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第三章 希望を抱いて

噂が現実に

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 諒太は愕然としていた。夏美が話していた噂話。どうしてか現実になっている。明確な出現報告のない魔物が眼前に現れていた。

「俺ってやつは……」
 少しも信憑性を感じなかった魔物。死に戻ったプレイヤーの嘘だと思っていた魔物がネクロマンサーの召喚によって現れていた。

【ドラゴンゾンビ】
【Lv140】
【物理】強
【火】微弱
【水】強
【風】強
【土】強

 噂であって欲しかったが、生憎と現実らしい。聞いたままの強さや姿には覚悟を決めるしかない。
「婿殿、あれはヤバいぞ!」
「わぁってる! 先にネクロマンサーを倒す!」
 流石にリナンシーも驚いている。世界中で畏怖される彼女だが、戦闘力を持ち合わせていないのは明らかであった。

「いくぞ!」
 早速と斬りつけている。幾らネクロマンサーが弱いといっても、それは単体での場合だ。Lv140の新手が現れたとあってはその限りではない。
 二度目のソニックスラッシュを当てた直後、ようやくとネクロマンサーの動きが止まる。
 程なく崩れ落ちるようにして、ネクロマンサーは消失していった。

「クソッ……」
 僅かに期待した展開とはならない。召喚主を倒したというのに、ドラゴンゾンビは今も存在しているままだ。

「こいつが裏ボスってわけか……」
 召喚に時間がかかったのは諒太にとって好都合であった。多勢に無勢となる前にネクロマンサーを葬れたのだから。

 徐々に浮き出ていたドラゴンゾンビの姿は今や存在として確立している。全体が完全に顕現するや、ドラゴンゾンビは雄叫びのような咆吼を上げていた。
「行くっきゃねぇなっ!!」
 果敢にも諒太は斬り掛かっていく。強大な相手であり、未知なる魔物であったというのに。
 初斬の感覚は最低の一言。腐った柔らかい肉にめり込むような感触が残った。決して切ったとは言い難いそれがダメージを与えているとは思えない。

「やっぱ物理耐性か……」
 こうなると魔法頼みとなる。しかしながら、諒太が唱えられるのは中級に区分されるBランクの魔法しかない。
「ファイアーストーム!!」
 唯一の弱点である火属性。諒太はそれを撃ち続けるしかないようだ。
 視界一杯に炎の竜巻が生み出されている。熟練度の数が上限であり、諒太は上限一杯の43個を撃ち放っていた。

「ちょちょ、婿殿! 妾は魔力が尽きておるんじゃぞ!?」
 流石にリナンシーが諒太を制止する。そういえば先ほど目一杯の魔力を注ぎ込んでいた。諒太を見下したようなセリスを屈服させるという馬鹿らしい目的で……。

「るせぇ! 構うもんか!」
「死んでしまうぅぅっ!」
 どうやらリナンシーの加護は強制力があるらしい。諒太が魔力を使えば彼女には供給する義務があるのだと思われる。
 ファイアーストームは全てがドラゴンゾンビへと着弾。もの凄い粉塵を巻き上げていたけれど、ドラゴンゾンビは無傷であるかのよう。怯むことなく諒太に突撃してくる。

「金剛の盾!」
 骨と腐肉だけであるというのに、巨体を活かした突進は想像よりも威力があった。吹き飛ばされるような事態にはならなかったものの、諒太は何メートルも押し込まれてしまう。

「盾とスキルがあって良かった……」
 今となっては戦争イベントも糧となっている。もしも、あの戦いがなかったとしたら、防御手段のない諒太は虐殺されるだけであったことだろう。

「ファイアーストーム!」
 透かさず魔法攻撃を繰り出す。この度も撃てるだけの数を生み出している。絶対的強者に対して、出し惜しみはしない。

 ところが、
「っ…………」
 諒太は目眩を覚えていた。初めてインフェルノを撃ち放ったときと同じもの。それはつまり魔力切れの兆候である。

「婿殿! 妾はもうスッカラカンじゃぞ!? もう魔法は撃つな!」
「黙ってろ! ファイアーストーム!!」
 合計43個の竜巻が再びドラゴンゾンビへと着弾する。魔力が尽きようとしていたとしても、諒太は倒さなければならないのだ。

「ちくしょう、回復しないと……」
 距離を取り、諒太はMP回復ポーションを飲む。しかし、目眩は収まらない。どうしてか少しも聞いていない気がする。

「どうしてだ……?」
「婿殿! 妾はスッカラカンじゃと言っただろ!? ある程度まで妾が回復しない限り、婿殿は回復せん!」
「マジで言ってんのか!?」
 自動供給するだけと考えていたリナンシーの加護。けれど、その実は依存関係にあるらしい。リナンシーの魔力がある程度回復しないことには諒太の回復など成されないという。

「50本でどこまで回復できる?」
「分からん!」
 言い合っている間に再びドラゴンゾンビが突っ込んで来る。骨が剥き出しの口を開き、まるで諒太を飲み込むかのように。

「クソ、金剛のた……」
 スキルを発動させようとするも、意識が途切れそうになってしまう。それは完全に魔力切れの症状だ。結果として諒太はスキルを使いそびれていた。

「ぐあぁぁああぁぁっ!!」
 突進に耐えられなかった諒太は弾き飛ばされ、後方の壁へと激突してしまう。何とか意識は繋ぎ止めたものの、再び立ち上がれるのかどうか自信がない。

 直ぐさま回復ポーションを使用。とりあえず動けるだけの体力を回復していた。
「こっちは効くな……」
 体力が回復できたのは救いである。かといって魔力がなければ、諒太は剣で戦うしかない。

「逃げられねぇんだ。斬っていくっきゃねぇ……」
 どうやら目眩という症状は身体機能に影響を与えている。一応は今も剣を振れるけれど、思うように身体が動かないのだ。スキルが発動できなかったのは、恐らく魔力切れによる能力制限に違いない。

 けれども、諒太は剣を振る。立ち止まってなどいられないと。攻撃を避け、少しずつダメージを与えるだけ。物理耐性のある魔物であったけれど、もうそれしか手段はないのだ。

 スキルさえ使わなければ何とか動ける。モーションによってドラゴンゾンビの攻撃を予測しつつ、諒太は懸命に戦っていた。
「マズいな……」
 時間が気になってしまう。今はまだ深夜零時を過ぎたところ。だが、この分だと長期戦は避けられない。この戦いは完全な持久戦となっていたのだから。

「明日も学校があるし……」
 通常の斬り付け攻撃しか使えない縛りプレイ。それでも諒太は登校までにドラゴンゾンビを討伐しなければならなかった。

 エンシェントドラゴンとの戦いはスキルや魔法が使用できた。しかし、エンシェントドラゴンよりも強いドラゴンゾンビを相手に斬り付けるしかできないだなんて何時間かかるか分からない。

 可能な限り早期の決着を目指して、諒太は戦い続けていた……。

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