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第三章 希望を抱いて

一国対個人

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「残念ですが、我が国は勇者リョウと分かり合えないようです……」
 諒太の要請は残念ながら拒否されてしまう。セリスは諒太について何も知らないのだ。勇者であると認めても、国益に反する真似ができるはずもない。

「セリスや、そこまでにするのじゃ!!」
 セリスが拒否を口にしたところで、リナンシーが話に割り込む。またも彼女は仲裁するつもりなのか、大きな声でセリスを制止した。

「言っておくが、婿殿はスバウメシア聖王国軍を相手に一人で立ち向かった経験がある。もちろん圧倒してしまった! 妾は婿殿のためではなく、ボンのためにいうておる。婿殿を敵に回すと本当に国が滅びてしまうぞ?」
 諒太は唖然とリナンシーを見ていた。それは明確に助け船であったものの、困惑する内容を含んでいる。

「リナンシー、やはりお前はあの世界線を覚えているのか……?」
「カッカッカ! 魂を共有する妾は何でも知っておるぞ? 婿殿が経験した全てを知っておるわ! 世界線すら動かしてしまったことをな!」
 リナンシーは全てを共有したという。また諒太には一つだけ思い当たる節があった。
 それは右手の痣。諒太自身が世界線の影響を受けないのだから、魂を共有する彼女もまた理の外にいるのかもしれない。

「もしかして……これか?」
「その通りじゃ! 実をいうと婿殿が元いた世界の情報も見ておる! もっとも妾はセイクリッド世界を出ると顕現できなくなるようじゃがな!」
 しれっと恐ろしいことを聞いてしまう。残念妖精の加護はどうやら地球世界にも有効であるらしい。顕現できないのは恐らく魂の枠がないからだろう。地球世界では諒太の魂に寄生するしかないようだ。

「お前は何て恐ろしい呪いを……」
「呪いではない! 加護だというただろう!?」
 これではプライバシーなどないも同然。常に監視されているような気さえする。この加護は諒太にとって、明らかに呪いであった。

「とにかくセリスや、ボンに伝えておけ。今後、如何なる時も勇者リョウに従うと。妾の国と接続するボンの国が焼け野原になるのは流石に見ておれんからな……」
 先ほどからボンと口にするリナンシー。文脈からそれが皇様の名であることを諒太は推し量っていたけれど、これまでにボンという名は一度として聞いたことがない。

「それほどまでにリョウは強者なのでしょうか……?」
「当たり前じゃ。妾と同等の魔力を持っておる。しかも剣の腕っ節は勇者ナツにも負けておらん。婿殿は大魔導士であるというのに……」
「先ほどリョウがスバウメシア聖王国軍と戦ったと仰っておりましたが、それは本当でしょうか?」
 セリスはまだ疑念を持っているらしい。彼女らが崇める妖精女王の言葉であったけれど、受け止めるには大きすぎる話であったのだろう。

「伝説級の超大魔法を二発。一瞬にして大地は焼け焦げ、最終的には大地を割るほどの神雷が落ちたの。婿殿は敢えて外して撃ったのじゃが、もしも街にそれが落ちてみよ? 国を崩壊させるのに婿殿なら一時間もかからんわい」
 何度も首を振るセリスにリナンシーは長い息を吐く。
 リナンシーもまたドワーフとエルフの敵対問題を知っていた。しかし、自身の言葉すら聞き遂げられないほどに、こじれていただなんて考えもしていないことだ。

「婿殿、もう見せてやれ……。あの獄炎を。クラフタットでも見える火柱を見せつけてやるのじゃ!」
「いやしかし、インフェルノをこの森で放てば山火事になっちまうぞ?」
 諒太としても実力を見せつけるべきだと思っている。だが、諒太はAランク魔法を持っていない。ドワーフたちが畏怖するような魔法はインフェルノとディバインパニッシャーだけである。

「構わん! 妾が直ぐに消火する。この小童の目に焼き付けてやれ。妾の言葉すら信じられないのじゃからな……」
 どうやらリナンシーはご立腹である様子。自身の言葉が信じられないというのなら、実力行使しかないと。

 一つ頷いたあと、諒太はインフェルノの詠唱を始める。大自然を統べるリナンシーが許可したのだからと……。
「奈落に燻る不浄なる炎よ……幾重にも重なり烈火となれ……」
 馬車の窓から見える森林に狙いを定める。諒太はドワーフの誰もが確認できるように、小高い丘を狙うことにした。

「可否は問わず……ただ要求に応えよ……」
 ありったけの魔力を注いでいる。国を滅ぼす力を証明するために。セリスが王城へと駆け込まなくてはならないほどの大爆発を願っていた。

「獄炎よ……大地を溶かし天を焦がせ……天地万物一片も残すことなく灰燼と化すのみ」
「ちょ、ちょっとリョウ!?」
 異様な魔力の圧縮にセリスも気付いたらしい。けれど、諒太は詠唱を止めない。元はといえば彼女が信じてくれなかったからだと。目にもの見せてやると、諒太は呪文を完結させていた。

「インフェルノォォオオオオッ!!」
 馬車の中からでも地鳴りが聞こえている。発動までの僅かな時間。これ程までに空と大地が共鳴しているのは初めてだ。
 きっと今まで以上の獄炎が立ちのぼるのは間違いないことだろう。

 一瞬のあと、視界を覆い尽くす炎の壁が天まで焼き尽くした。明らかに今までとは異なる形状。炎柱であったはずが、巨大な炎の壁が森林を焼き尽くしてしまう。
「お、おぉ…………?」
 詠唱したはずの諒太でさえ度肝を抜かれている。流石にこんなはずではなかった。いつもより少しばかり強力な炎柱を生み出すだけだと考えていたのに。

「ど、どうじゃ! セリスや……。おぇぇっぷ!!」
 見るとリナンシーが疲労困憊と言った感じだ。どうやら彼女が余計に魔力を注いだせいで、威力が何倍にも跳ね上がったらしい。矜持心を保つにしても、やり過ぎだと思える魔力を注いだのだろう。

「こ……、これは……?」
「セリスよ、婿殿は信頼していいぞ。決して悪いようにはせん。うっぷ! じゃ、邪竜が目覚めようとしておるのだ。ドワーフはエルフと仲良くしろ……」
 最終的には命令となっていた。客観的に世界を見守るセイクリッド神とは異なり、彼女は実質的な地上の支配者だ。三種族には抗えぬ存在であり、そういう意味ではルイナーと同じ括りになるのかもしれない。

「そう……ですね……」
 小高い丘が焼け野原になってしまった。その事実には危機感しかない。皇城に一発落とすだけで国が傾くのは明らかであったのだから。

「婿殿は凄いのじゃ! 以降、二度と無礼な物言いは許さん! おえええぇっぷ!! 貴様らの畑を全て砂漠と化してやるからな!」
「リナンシー、それくらいにしろ。もう彼女にも分かったはずだ。無益な戦いがあるということは……」
 スバウメシア聖王国への侵攻はガナンデル皇国に利益があったとしても、第三者には利益などない。そういった話は諒太にとっても同じことであった。勇者リョウが戦いやすいようにと、ガナンデル皇国を滅ぼす。皇国にとっては少しの利益もなく、戦いを強いられるのは無駄でしかなかった。

 少しばかりの沈黙があったものの、セリスは頷いて重い口を開く。
「了解しました。バーハイム皇にはそのように伝えます。ただ決定にはしばらくかかるかと存じますが、よろしいでしょうか?」
「ならん! 三つ月が昇るまでじゃ。それまでに決定せよ。妾は腹が立っておる! ボウは即位時に誓ったはず。永遠の忠誠をこの地の平穏と引き換えにしてな! じゃから妾は承認したのじゃ。ボウが無理だというのなら皇をすげ替えい!」
 怒鳴るようなリナンシーにセリスは頷くだけ。諒太だけでなくリナンシーまでもを敵に回すなどあってはならないと。

「リョウ、申し訳ございませんが、私は皇城へと引き返さねばなりません。この街道を北に向かった場所にジャスミスという村がございます。その村を西へ進んだところにジャスミス大鉱山というダンジョンがございまして、そこでは稀にミスリルが産出されるのです。金策でしたらそこで戦われたらいかがでしょう?」
 思いのほか良い話が聞けた。リナンシーが割り込んだときにはどうなることかと不安に感じていたけれど、結果として良いように話が纏まっている。

「ありがとう。俺は別に皇国を滅ぼしたいわけじゃない。意味のない戦争を止めてくれたらそれでいいから……」
 最後に諒太は真意を伝える。何が何でも対立しようとしているのではなく、戦争さえ止めてくれたのならそれで構わないのだと。

「了解しました。流石に今の魔法を撃ち込まれては一溜まりもありません。皇国のドワーフは魔法に滅法弱いのですから……」
「よろしく頼む。皇様に告げる内容としては簡単なものじゃないけれど、三種族は手を取り合うべきだ。晦冥神が降臨したことも三種族が戦争をしていたせいだし……」
 晦冥神が終焉を迎える世界に選んだ理由は彼らが争い続けていたからだ。価値がないと判断されたセイクリッド世界にはルイナーという罰が与えられている。

「過去にルイナーを封印できたのは三国が協力していたから。仮にいがみ合っていたとすれば、晦冥神の思うつぼ。勇者一人ではどうしようもない。全人種が協力してくれなければ、俺は戦えないのだから……」
 最後にもう一度だけ願いを請う。セリスが皇様に直談判してくれるように。伝えづらい内容であっても、上位貴族としての使命として全うしてくれるようにと。

「分かりました。バーハイム皇には聖王国との和平交渉をお願いします。もちろん、我が国が戦後処理を請け負うといった内容で……」
 実現困難な話であったけれど、セリスは皇国の非を認めた感じだ。即時の和平とはならないだろうが、勇者と妖精女王を敵に回すなどあり得ない。好戦的な皇様であったとしても、是としないはずである。

「じゃあ、俺はジャスミス大鉱山に行くよ。今は借金返済に追われている身だしな?」
 冗談を言って馬車を降りる。まだ目的地は遠かったけれど、セリスに仕事を押し付けたのだから、贅沢は言っていられない。

「リョウ、またお会いしましょう。落ち着きましたら会食の席をご用意いたします。改めて非礼の数々をお詫び致しますわ……」
「そうしてくれ。美人さんとの再会を期待してる。俺もまた君に会いたいよ……」
 どうしてかセリスは顔を赤らめていた。諒太はちょっとした社交辞令を口にしただけであるというのに。しかし、耳まで赤くする彼女には割と本気で突き刺さってしまったようだ。

『軟派士が【軟派士(強)】に昇格しました』

 次の瞬間には通知されていた。またも諒太はやってしまったらしい。セリスとは決して親しい関係ではなかったというのに、たった一言の甘い言葉で籠絡してしまったようだ。

「婿殿、いっそ三国同盟をおなごで成し遂げたらどうじゃ? 無論、妖精の国がその頂点だがの!」
 魂を共有するリナンシーの話。彼女もまた諒太のスキルアップとセリスの感情変化に気付いた様子だ。

「じゃあ、セリス! またな!」
 ここはそそくさと退散するしかない。ただでさえ諒太には時間がないのだ。利子の返済期日までに八万ナールを貯めなくてはならない。

 自己嫌悪に陥りながらも、諒太は北へと歩き出すのだった……。
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