幼馴染み(♀)がプレイするMMORPGはどうしてか異世界に影響を与えている

坂森大我

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第二章 悪夢の果てに

運命

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『イロハちゃん!?』
 夏美が動揺している。諒太も戸惑っていたけれど、ここは指示を出す場面だ。早々に夏美を落ち着かせねばならない。

「ナツ、落ち着け! イロハの分もお前が頑張らなきゃ、イロハは浮かばれないぞ!」
 イロハとレイブンの同士討ちは夏美だけでなく、多くのプレイヤーにとって衝撃であった。
 二人が消失するまで、まるで時が止まったかのようにプレイヤーたちは動きを止めてしまう。

『うん……。そうだね……』
 今は戦闘に集中してくれと願う。一息つきたいところだが、制限時間一杯まで夏美は気を緩めるべきではない。
 一方で諒太は悪い想定を始めていた。イロハが失われたこと。その事実はまだ世界線が変わっていないと考えられるものであった。夏美は誰も倒していないというのに、まだ世界線は移行していないように思う。

「確か石碑にあった裏切り者はナツとラリアットだけ……」
 もしもこの状況で聖騎士イロハが生き残っていたとすれば、味方を斬った彼女もまた裏切り者となっていたはずだ。けれど、三百年後にイロハは名前すら登場しない。それはつまりイロハの死は予定通りであり、後の歴史に関与していないことを意味する。

「イロハはここで失われる運命だった……?」
 そうとしか考えられない。イロハが裏切りの対象とならなかったのは、この戦いで失われていたから。戦死者の一人でしかなかったからだろう。
 だとすれば、このあとの展開も自ずと予想できる。恐らくこの戦いの行く末は……。

「騎士団員が全滅する――――」
 それは運営の思い描いた展開である。しかし、想定外でもあるはずだ。その殆どが同士討ちであり、イベント内容に反していたのだから。

『あと10分だよ!』
 夏美は今も健在である。諒太の予想が正しければ、このあとも夏美は生き残るだろう。けれど、諒太の想像通りに騎士団員は一人二人と姿を消していく。

 世界線を改変できているのかどうか。どうしても不安を覚えてしまう。やはり世界線の移行なんて、神でもない人間には無理なのかもしれない。
 まだ夏美が移籍した事実をもみ消すような状況には至っていないのだ。戦争における同士討ちなんて改変要素に値しない。
 罪人ナツの罪状は想定よりも遥かに重く、世界線をガッチリと固定しているように思えた。

「マズい……」
 このイベントがこのまま終わってしまえば、世界線の状況は更に悪化するだろう。アクラスフィア王国とスバウメシア聖王国の友好関係は語るまでもなく、両国の兵力差はより顕著となる。アクラスフィア王国騎士団は同士討ちをしただけなのだ。中立を宣言するくらいでは何の意味も持たなかった。

『九重さん、君には死んでもらうっ!!』
 ここで怒声が届いた。随分と数が減ったプレイヤーたちの間を抜け、突進してくる姿がテレビに映し出されている。
 それはラリアットだった。今の今まで隠れていたのか、ここにきて彼は夏美へと襲いかかっている。

『リョウちん、どうしよう!?』
 夏美の味方となる王国の騎士団員たちはそれなりに生き残っていたが、聖騎士ラリアットと互角に戦える実力者はいない。またスバウメシア聖王騎士団員の方には戦えそうなプレイヤーがいたけれど、彼らが手を出してしまっては防戦の意味合いを失ってしまう。加えて夏美は誰も殺めてはならなかったというのに、ラリアットの明確な攻撃対象である。

「どうすればいい……?」
 諒太は思案している。やり過ごそうにもラリアットは最上位プレイヤーだ。夏美だけを狙う彼の猛攻を防御するだけで乗り切れるはずがない。

「あっ……?」
 ふと脳裏に妙案が浮かぶ。固定された世界線を動かす秘策。どうせ動かぬのなら動かしてみるべき。無抵抗で夏美が殺されるよりは絶対にマシであるはずと。

「ナツ、剣を抜け!」
 ここにきて今までの指示を撤回。諒太は夏美に剣を抜くよう命令していた。更には取るべき最後の行動を指示している。

「ラリアットを討て!――――」

 アクラスフィア王国とスバウメシア聖王国間の問題は解決しないかもしれない。けれど、現状で夏美の頑張りは十分に評価できるものだ。さりとて、それに満足して死に戻るわけにはならない。セイクリッド世界には勇者ナツが必要なのだ。歴史の起点となる勇者ナツが失われてしまっては、それこそ諒太が知るセイクリッド世界ではなくなってしまう。

『わ、分かった!』
 戸惑いながらも夏美は剣を抜く。向かいくるラリアットに向け、盾と剣を構えた。

 諒太は考えていた。ラリアットを斬ることで世界線は必ず動くはずと。
 なぜなら裏切りの碑に刻まれた罪人が一人減るからだ。死に戻ったラリアットは聖騎士という肩書きを失う。レベル1のラリアットがこの先にどこへ移籍しようとも歴史に影響はなく、彼の死はセイクリッド世界が改変を始めなければならない状況を生み出すはずだ。

『九重さん、僕は本気なんだっ!!』
『そんなの知らないよ! あたしはラリアット君が好きじゃない!』
『僕のために死んでくれ!』
 オープンチャットであるというのに、ラリアットは個人回線のように話す。対する夏美もまた自らの気持ちを声にしている。

 ラリアットは評判通りの強さだ。夏美とはレベル差があったというのに、彩葉も認めたようにその実力は十分だった。
 巧みな剣捌きや適切な回避行動は彼の反射神経が優れている証拠だ。攻守共に隙がないプレイスタイルは直感的な夏美とは異なる。

 二人の剣戟に視線が集中していた。イベントは今も続いていたというのに、参加者たちの注目を浴びている。それだけ二人の戦いは高いレベルにあった。

『クソ、九重さん……』
 ラリアットは攻めあぐねていた。ラリアットが類い希なるセンスの持ち主なら、夏美は幸運に愛された廃プレイヤーだ。やり込みによる熟練度だけでなく、豪運によって守られている。

 ラリアットには幾度となく攻め込む場面があったけれど、攻撃する瞬間に表示される命中率が彼を躊躇させていた。
 画面の端に小さく表示される命中率。並のプレイヤーであれば気にも留めないだろう。
 立ち位置や地形の有利不利、幸運値を勘案して計算されるその確率はトッププレイヤーならば必ず確認するものである。仮にヒットミスとなった場合はカウンター攻撃を受けることになり、死に戻る確率が高まるからだ。

 ラリアットが攻勢に出られないのは命中率が常に80%を下回っていることだ。魔物が相手では決して起こり得ない。地形的不利がほぼないこの状況で考えられる原因は一つ。明確に劣る幸運値の差がこの確率を導き出しているのだと思う。
 少しでも態勢が悪くなれば50%程度にまで低下してしまう。従ってラリアットは無茶な連撃に出られないままだ。

 諒太としてはこのまま時間切れでも構わなかった。寧ろタイムアップこそが望む展開である。その場合の世界線は変わらないかもしれないが、勇者ナツが生き残り、一人も殺めないという目的だけは達成されるのだから。

 攻めあぐねるラリアット。手数に勝る夏美が優勢になりかけたそのとき、
『絶対に僕が勝つ! メテオォォバスタァァアアア!!』
 何を血迷ったのかラリアットはSランクスキルを発動してしまう。メテオバスターは範囲攻撃であり、対象周囲に甚大な火属性ダメージを与える。彼の周囲には敵と味方が溢れていたというのに、気にすることなく繰り出していた。

 剣を振りかぶるラリアットの頭上には燃え盛る隕石が出現。長剣が振り下ろされるや否や、火属性を伴った巨大な隕石が戦場に落下を始めた。

「ナツ、全力回避だっ!」
『嫌っ! 絶対に防ぎきる!』
 刹那に回避を指示するも夏美は反発する。最大級のスキルを防ぎきること。確かにラリアットの戦意を削ぐだろうが、どうにもリスクが高すぎた。
 だが、仮に防ぎ切れたのなら悪くない判断となる。なぜならスキル硬直中のダメージは通常の1.5倍というカウンター判定が確定しているのだ。被弾範囲外へと逃げていたのでは、その好機を逃すことになった。

『九重さん、覚悟ォォォッ!!』
 困惑する諒太に構うことなく、ラリアットのメテオバスターが発動する。勇者ナツに向かって巨大な隕石が落下していった……。

 盾を構える勇者ナツ。彼女は金剛の盾が最大の効率に達する瞬間をただひたすら待っていた。
 一方で諒太は何も指示できない。初めて見るメテオバスターの防御タイミングなど、彼には予想すらできなかった……。

『金剛の盾っ!!』
 諒太の指示を仰ぐことなく、夏美がスキルを発動。それはもう隕石が眼前まで落ちてきた頃である。
 流石に遅すぎるような気もした。しかし、何の指示もしていない諒太には見守るしかできない。今は夏美を信じるしかなかった。

 瞬時にモニターが真っ赤に染まり、大爆発の様子をリアルに映し出している。
 巻き起こった粉塵によって視界は完全に失われてしまう。しかし、響き渡る叫声によってラリアットが引き起こした大惨事を容易に想像させていた。

 恐らくメテオバスターは敵味方を巻き込み、大勢を死に戻りさせたはず。低レベルプレイヤーは言うに及ばず、上位プレイヤーでさえも、その餌食となったことだろう。

 戦場には煙のようなエフェクトが充満している。大爆発の余韻によって、完全に視界が失われていた。誰が生き残り、誰が失われたなんて確認のしようがない。
『ハハハ! 僕はやったんだ! 勇者を倒したんだ!』
 まだ視界が回復せず、周囲の様子が分からない。高笑いをするラリアットの声だけが、モニターから届いていた。
 諒太は鼓動を早めている。しかし、夏美の様子が気になったからではない。
 完全に視界が失われた状態であっても、成すべきことがあると彼は気付いていた……。

「ナツ、カウンターで仕留めろっ!!」

 勇者ナツはまだ大地に立っていたのだ。少しも視点が変わらない事実に諒太は確信していた。
 ならばと指示を出す。ラリアットを討ち取れと。ラリアットがスキル硬直している間に一撃加えてやるのだと……。

 間髪入れず応答がある。諒太の指示に夏美は応えている。
『了解! パワァァスティングッ!!』
 諒太の不安をよそに夏美は持ち堪えていた。更には指示通りに、Aランクスキルを発動している。

 粉塵を抜けた夏美の剣技パワースティングが幾つものエフェクトを伴いながら炸裂。硬直中のラリアットにはカウンター判定となり、加えて夏美はその一撃をクリティカルヒットとしている……。

 徐々に視界が晴れていく。生き残った者たちは全員が視線を奪われていた。
 メテオバスターが発動した中心地にある二つの影。明確な結末を全員が目の当たりにしている。

 勇者ナツの剣技はラリアットの身体を突き抜いていた――――。

『うぁああぁあぁああっ!』
 ラリアットの絶叫が木霊する。五感を刺激するゲームにあって、この一撃は効いたはず。カウンター且つクリティカルヒットをまともに受けたのだ。Sランクスキルの使用によって、体力が激減したラリアットには堪えきれるはずもなかった。

 勇者ナツの剣が引き抜かれると、程なくラリアットは前のめりに倒れ込む。このあとは失われるだけであったはずが、なぜか彼は問いを返している。

『どうして……?』
 消失するだけだというのに、ラリアットは死に際に聞いた。もう僅かな時間しかなかったというのに。

『あたしは頑張って金剛の盾を習得したからね!』
 夏美はドヤ顔をしてラリアットに答えた。しかし、恐らくそれはラリアットが聞きたかった返答ではない。かといってラリアットは満足そうに頷いている。

『やっぱり……君には敵わないな……』
 ここでラリアットが消失していく。霧が晴れるかのように、薄く淡く消えていった。

 ラリアットの消失を見届けた夏美は高々と剣を掲げた。今やアクラスフィア王国最強となったラリアットを討ったのだと。それはもう誇らしげに。かつて存在したあの銅像のように……。

 自然と大歓声が巻き起こっている。味方であるスバウメシア聖王国軍だけでなく、どうしてかアクラスフィア王国につくプレイヤーたちからも。
 どうやら味方をも殺めたラリアットは支持されなかったらしい。

『イベント終了です。両陣営にご参加頂きましたプレイヤー様、お疲れさまでした』

 ようやくタイムアップとなり、全員に通知が流れた。予定されていた一時間が経過したのだ。最後まで運営はだんまりであったけれど、結果からすると一定以上の効果があったのかもしれない。

『リョウちん、やったよ!』
「ああ、よくやった……」
 本心をいえば誰も殺して欲しくなかった。世界線の移行に淡い期待をしていたけれど、最後の最後で夏美は聖騎士ラリアットを葬っている。世界線は確実に動くはずだが、アクラスフィア王国とスバウメシア聖王国間の軋轢は解消されないことだろう。

 こうなってくるとセイクリッド世界での頑張りが生きてくる。
 諒太はセイクリッド世界にあった戦争を止めたのだ。仕上げとしてロークアットとの婚約話を残していたけれど、勇者業に差し障りがある事態は既に脱している。結婚については誤魔化しつつ、両国の関係を良好なものへと変えていくだけであった。

 イベント終了の告知と共に画面が切り替わっていく。
 それはリザルト画面である。イベントの個人成績がそれには表示されていた。
 とはいえ確認するまでもない。夏美の戦果はたった一人である。それが聖騎士であったのはプラス評価かもしれないけれど、夏美が上位に名を連ねることなどないはずだ。

「嘘……だろ……?」
 ところが、諒太は驚愕させられている。表示された夏美の戦績に。それは運営が間違ったとしか思えない結果だった。
 ただし、夏美のランキングが上位だったというわけではない。彼女は一人倒しただけ。順位でいうならば、間違いなく下から数えた方が早い。

 諒太が驚いた理由。明々白々であった夏美の討伐数は、どうしてか彼の予想と違っていたのだ。

【結果】
[アクラスフィア兵]0人
[アクラスフィア王国民]0人
[スバウメシア兵]0人
[スバウメシア聖王国民]0人

 確かに夏美はラリアットを倒した。たった一人だけ仕留めたはずだ。だというのに夏美の戦果にラリアットは含まれていない。

「あっ……?」
 ようやく諒太は気付く。夏美がアクラスフィア兵を倒していない理由に。リザルト画面の下側にそれは記されていた。

[罪人]1人

 この一人こそ夏美が倒した唯一のプレイヤーである。ラリアットはアクラスフィア王国兵ではなく、どうしてか罪人にカウントされていた。

「メテオバスターのせいか……?」
 それはイベントの注意事項に記されていたことだ。同士討ちは罪人になるのだと。
 Sランクスキルの使用により、多くの味方を死に戻りさせたラリアットは、メテオバスターの発動直後に罪人となってしまったらしい。

『リョウちん、やったよ!』
「ナツ、期待以上の結果だよ!」
 にわかに世界線の移行が現実味を帯びる。既に諦めていたけれど、どうしても期待してしまう。もしかするともしかするのではないかと……。

『これで上手く行くよね!? 絶対の絶対に!』
「戻る可能性は残した。あとは祈るだけだ。ナツには感謝してる……」
 諒太の計画は万事上手くいった。これでも世界線が移行しないのであれば、人間にはどうすることもできないはずだ。世界線の移行は神の御業であると受け入れるしかない。現状は最善を尽くした結果であり、二人にできることは間違いなくここまでである。

『只今集計中。報酬は後ほどお知らせ致します』

 しばらくは戦争イベントなど企画されないだろう。なぜならアクラスフィア王国軍の騎士団員たちは同士討ちの末に全滅したのだ。加えて騎士団員以外の上位プレイヤーも殆どが死に戻りとなっており、アクラスフィア王国所属のプレイヤーは三国で最弱となったことだろう。
 結果としてスバウメシア聖王国の力が増しただけであり、ガナンデル皇国よりもアクラスフィア王国は国力を失っている。イベントの意味があったとは思えない結果であった。

 夏美は生き残った者たちと盛り上がっている。所属勢力など関係なく和気藹々と語り合っていた。
 夏美が楽しんでいる姿を見ては何だかホッとしてしまう。妙な夢を見た諒太は少しばかり気にしていたのだ。夏美がアルカナをやめてしまうだなんて事態を……。

『ナツさんの報酬は以下の通りです』

 ポンと通知音がして、またも画面が切り替わった。報酬といっても夏美は罪人を一人倒しただけだ。何かが与えられるだけでも感謝すべき立場であろう。

【称号】セイクリッド世界の英雄(勇者)
【評価】種族間の争いを止めた英雄に送られる称号。勇気と能力が認められた証し。

 何と夏美は中立が評価されていた。運営の思惑とは違っていたはずだが、イベントの中心人物として参加した夏美には英雄の称号が与えられている。

 だが、それよりも驚くことがあった。夏美には称号が贈られるだけでなく、報酬としてアイテムまで贈呈されている。
 諒太は何度も頭を振る。受け入れ難く、それでいて納得できるような報酬。夏美に与えられたアイテムは諒太を困惑させていた……。

【報酬】雷属性魔法ディバインパニッシャー
【レアリティ】★★★★★

 世界が繋がっていく。ここでようやく世界間の矛盾が解消されている。諒太が先んじて手に入れたSランクスクロールはこの場面で夏美が手にする予定だったらしい。

『リョウちん、ディバインパニッシャーだよ!?』
「ああ、まさかここにきてディバインパニッシャーが出てくるなんてな……」
 なるほどと思わざるを得ない。運営は何かしらの報酬を用意していると考えていたけれど、それがディバインパニッシャーだとは思わなかった。一応はハイレアリティでありながら、夏美を今以上に独走させないもの。運営は脳筋戦士に使用できないスクロールを報酬に選んでいた。

 もしかすると夏美の倉庫でディバインパニッシャーを手に入れた瞬間から、この現実に誘導されていたのかもしれない。絶対に夏美が興味を示さないスクロール。あのときから倉庫のゴミ箱入りが決定していたようにも感じる。

「ナツ、俺はもう帰るよ。役目は果たしたから……」
『あ、待ってよ。ログアウトする!』
 別に見送りなんて必要なかったが、諒太は夏美を待つことにする。ログアウトするだけであるし、特に急ぐ用事もなかったから。

「やったね、リョウちん!」
 ヘッドセットを外すやハイタッチを交わす。夏美はもうセイクリッド世界の改変を疑っていない。諒太としてはまだ準備を終えたという感覚であり、半信半疑であったのだけど。

「安心するのはまだ早いけど、俺的には上手くいったんじゃないかと思う」
「絶対大丈夫だよ! あたしは罪人を一人倒しただけだし!」
 笑顔の夏美は疑っていない。さりとて諒太も徐々に楽観的思考を始めている。

「なぁナツ、レイブンってのはフレンドか?」
 少しばかりの疑問を解消し、諒太は予想に肉付けをする。改変が確信に変わるように。世界線の移行が成されることを信じられるようにと。

「え? レイブンさんはβの頃だけだね。フレンドには登録しているけど、騎士団と近衛兵団はあんまし仲が良くないし……」
 その辺りは予想通りだ。三百年後も似たような設定である。恐らくは現状の関係を引き継いでいるのだろう。

「なら、嫌なやつが一人減ったな……」
「別に嫌なわけじゃないって!」
 独り言にも似た話に返答があった。それは思考の末に至った結論に対する台詞であったというのに。

「ああ、悪い。独り言なんだ。俺はようやく世界線の移行に自信が持てたよ。少なくとも何らかの改変は期待できるはず」
 思えばイベントが始まる前より、世界線が動き始めていたのかもしれない。諒太にはそんな気がしてならなかった。

「どゆこと?」
「ま、結果は明日を楽しみにしておけ。朝一にログインして教えてやるよ」
 諒太は言葉を濁す。なぜなら夏美には知られたくなかったからだ。
 派手な黄金の鎧を装備したイバーニ・レイブンという存在。間違いなく死に戻ったレイブンの末裔であろう。ガナンデル皇国にいるというアアアア大臣の名も名字となっていたのだ。よってイバーニはレイブンの名を継ぐ子孫で間違いないだろう。

 しかし、今し方レイブンは死に戻った。レベル1の戦士であり、有象無象の一員となったはず。その事実はイバーニの存在を否定するだろう。
 現状から考えるとイバーニが同じようなポストにいるはずがない。爵位を持つ近衛兵長という身分をレイブンが失った今、それらを引き継ぐイバーニ・レイブンは歴史から姿を消すはずだ。矛盾を解消するためにモブとなってしまうのか、或いは存在ごと抹消されてしまうのか。

 イロハと同士討ちをした時点で既に別の世界線が動き始めていた。諒太が知らない未来が始まっていたことになる。
「じゃあ、あたしも連れてって欲しい! 構わないでしょ? 頑張ったんだし!」
 どうしたものかと考える。まあしかし、世界線が戻っていたのなら支障などないのかもしれない。

「分かった。昼からこいよ。日曜だが親は会社に行くって言ってたし」
「別におばさんとかいても大丈夫だけど?」
「俺が面倒なんだ。まだナツと同じクラスだって言ってもいないし……」
 諒太の話に夏美は驚いていた。彼女としては真っ先に伝える話題であるようだ。とはいえ諒太は諒太である。美人に成長した夏美の話を切り出しにくくて、彼は二の足を踏んでいたのだから。

「リョウちんはどうしようもないね? んで明日はお昼ご飯を食べてから行けば良いの?」
「ああ、そうしてくれ。朝のうちに一通り確認しとくから……」
 世界線が戻っていたとすれば最高の結末。アーシェが生存する世界であればと願うだけだ。
 やれるだけをやったと思う。今以上の結果は何度繰り返そうが出せそうにない。
 ならば諒太は結果を待つだけであり、全てを受け入れるだけであった。

「あっ、そういや……」
 諒太は次なる指示を夏美に伝えねばならなかった。最後の矛盾を解消しなければならない。勇敢なる神の使徒である諒太は時系列を歪めた神の行為に応える必要がある。

「ディバインパニッシャーは汚部屋のゴミ箱に放り込んでおけよ?」
 いわば今はマイナスの状態である。恐らく見つけた場所に放り込むとそれは消失するだろう。諒太が持っているスクロールは、間違いなく夏美が手に入れたスクロールなのだから。
 夏美は頬を膨らませている。見たままを口にしただけだというのに反論があるようだ。

「汚部屋じゃないっ!――――」
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