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第二章 悪夢の果てに

戦争イベント

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 割と時間を食ってしまった。予想していたから少しばかり早く家を出たというのに、本当にイベント開始時間ギリギリである。
「ナツ、入るぞ……」
「リョウちん、おそっ! もうみんな集結してるよ!」
 既に夏美はベッドへと横たわり、ヘッドセットを装着している。あと10分。イベントのカウントダウンが始まっていた。

 テーブルにあるノートパソコンが起動してあり、テレビにもゲームの様子が映し出されている。どうやら諒太が来ることを夏美は少しも疑っていなかったらしい。
「リョウちん、指示を頼むね!」
「ああ任せろ。ヘッドセットをつけたから大声じゃなくてもいいぞ?」
 諒太の準備も万端である。ちょうど一時間。的確な指示を出し夏美を生かし続けなければならない。

 アクラスフィア王国が攻め込んだという設定であり、テレビに映し出されている景色はサンテクトに程近い草原だった。スバウメシア聖王国軍はサンテクト側に陣取り、対するアクラスフィア王国軍はオツの洞窟側にいた。

 参加を表明したプレイヤーたちは既に揃っている感じだ。諒太は上位プレイヤーだけが参加すると考えていたけれど、割とレベルの低いプレイヤーの姿もある。恐らくは報酬を期待してのことだろうが、彼らの参加は計算外だ。軽く殴っただけで死んでしまうようなプレイヤーの存在は倒さずに生き残るという夏美の邪魔でしかなかった。

「ナツ、ハンマーで殴って気絶させるのはやめとけ。防御に徹しろ。気絶する前に死ぬプレイヤーが少なからずいる……」
『はいよ。長剣に戻すよ!』
 大混戦になるのは目に見えていた。上位プレイヤーだけを気絶させるなんて不可能だ。気絶スキルは低確率であるし、一撃で倒してしまう相手が含まれているのなら使用は控えるべき。

「ナツ、宣言しろ。誰とも戦うつもりはないと。自分は中立であり、戦争を支持しない。ルイナーの封印に向けて全員が団結すべきだと」
 始まる前に宣言するべきだ。それにより運営は考えさせられるだろう。
 運営の失態を夏美に丸投げしてしまったこと。暗に批判されているのだと運営にも分かるように。トッププレイヤーの中でも最上位にいる夏美であるから、運営は彼女の言葉を重く受け止めるしかないはずだ。

 指示通り、夏美は最前線に出た。アクラスフィア王国軍が見える位置まで。高々と剣を掲げ、彼女は全員の視線を集める。
『あたしは戦争イベントをボイコットします! こんなの許せない! ルイナーを封印しようと頑張っていたのに、どうしてプレイヤーたちが殺し合わなきゃいけないの? ガナンデル皇国にプレイヤーが少ないのは運営のせい! 彼らがイベントに参加できないのは皇国のプレイヤーを減らしたくないからだよ! 皇国にプレイヤーを呼び込めないのは魅力がないからだし、その責任があるとすれば運営だもん! あたしたちが殺し合って死に戻る必要なんてない!』
 鬱憤が溜まっていたのか、夏美は洗いざらいぶちまけてしまう。
 オープンチャットでの発言は流石にプレイヤーたちを戸惑わせた。騒動の中心人物である勇者ナツがイベントをボイコットすると発信。誰も予期しない展開となっている。

『あたしは参加するけど誰も倒さない。斬りかかってきても受けるだけ。友達だった人たちを傷つけたくないの。でも最後までここにいるし、あたしは逃げも隠れもしない。イベントを楽しみたい人は楽しんで欲しい。あたしが楽しまないだけだよ……』
 本当に堂々としている。仮に諒太が同じ立場であれば、こうも率直に意見できたとは思えない。恐らく夏美のようには振る舞えなかったはずだ。
 可哀相と同情する者や賛同する者、自分勝手だと批判する者など反応は様々である。しかし、集まった全員に夏美の意志は伝わったことだろう。

 刻一刻と開始時間が迫っていた。だが、運営の反応はない。ともすれば中止になるかもしれないと考えていたけれど、運営はこのままイベントを続行するつもりらしい。
「アーシェ……」
 諒太は短くも長い数日間を思い出していた。世界線の移行なんて身の程知らずな目標を立てて邁進してきたこと。やるべきことは全てやった。だからどのような結果も受け入れるつもりだ。

 神はどう判断するだろう。世界線から消された一人の少女を救うという勇者らしからぬ行動を咎めるのか、或いは諒太の想いを聞き遂げてくれるのか。
 また諒太はルイナーを封印するだけでなく、どうせならセイクリッド世界に住む全員を守りたかった。彼らの幸せを守っていくことこそ勇者の仕事だと思う。仮に自身の決断によって不幸が生み出されてしまったのなら、諒太はそれを是正しなければならない。

『只今より、イベント【アクラスフィア王国の進軍】を開始致します』

 カウントダウンが終わり、ざわついたままイベントが始まった。両軍が指定されたエリアへと走って行く。ボイコットすると宣言した夏美だが、一団の先頭に立ち自分の存在を強くアピールしていた。

「ナツ、急がなくて良い。一時間あるんだ。逃げ回らずにいるだけで構わないから」
『だけど、あたしが率先して前にでなきゃ、ボイコットじゃなく逃げてることになる!』
 夏美は入手したばかりの盾を構え、襲い来るアクラスフィア軍に備えた。

【ブレイブシールド+100】

 レシピに見たブレイブシールドである。僅か一日で越後屋はこれを製作してしまったらしい。夏美のボイコット宣言以外は歴史に残るままであった。

 このまま両軍が衝突するかと思いきや、イベントは新たな動きを見せる。
『アクラスフィア王国騎士団は勇者ナツを支持します! このイベントは運営の失態を勇者ナツに押し付けるものです!』
 聖騎士イロハが声を張った。彼女は打ち合わせ通りに勇者ナツの味方であると表明。ボイコットを宣言した夏美の側に付くと宣言した。

『スバウメシア聖王騎士団も勇者ナツを支持する! 移籍は個人の自由であるはず! なのに勇者ナツは悪者とされ、戦争イベントの原因とされてしまった!』
 続いてスバウメシア聖王騎士団も夏美の味方であると表明する。移籍して間もない夏美だが、メンバーの支持を得られたらしい。

 これにより夏美を双方の騎士団員が取り囲む。異様な雰囲気になっていた。かといって全員が夏美に同調したわけではない。やはり大半のプレイヤーはイベントの趣旨通りに敵軍へと斬りかかってしまう。
 夏美に賛同した中立軍は双方の間に入り、被害を抑えようとしている。夏美もまた声を上げ、戦争の無意味さを説いた。戦うべき相手はルイナーであり、プレイヤー同士ではないのだと。

 戦況は中央に陣取る中立軍に対し、アクラスフィア王国とスバウメシア聖王国が向かい合うという格好である。双方が味方であるプレイヤーに対して剣を抜いていた。
「ナツ、大丈夫か!?」
『ブレイブシールドは凄いよ。みんなが守ってくれるし、今のところ問題なし。Aランクスキルでも難なく防御できる。ポーションを飲む余裕だってあるし!』
 考えていたより順調だった。両騎士団の協力があってこそであるが、今のところ被害は最小限に抑えられている。

 ところが、全てが上手く運んでいるとは言い難い。参戦した下位プレイヤーたちの争いまで手が回らないのだ。彼らは上位プレイヤーがひしめく中央から離れた場所で戦闘を始めている。
「あと30分……」
 瞬く間に半分が経過していた。まだ運営によるアナウンスはなく、この状況も織り込み済みと言わんばかりに静観している。ただ運営が動き出したとして諒太たちには関係ない。このまま最後まで完走するだけなのだ。

『勇者ナツ覚悟っ!!』

 ところが、簡単には終わらなかった。突如としてイヤホンに流れ込む大声。明らかに敵意を感じるものだ。不意に接近したその影は夏美の背後から斬り掛かってきた。

「ナツ、死角から狙われてる!」
『ナツ、後ろォォッ!!』

 諒太が叫んだ直後に彩葉の声が届く。夏美の視点では彩葉の姿を捉えられなかったが、叫び声に気付いた夏美は直ぐさま背後を振り返っている。

【レイブン】
【近衛兵長・Lv105】

 夏美を襲った者はレイブンという。死角から勢いよく斬り掛かっていた。
 刹那に夏美が見たもの。当然のこと諒太も目撃している。勇者ナツに斬り掛かるレイブンと、それにいち早く気付いた聖騎士イロハ。それは別に難解な場面ではなかった。けれど、諒太だけでなく夏美もまた愕然とさせられてしまう。

 二人の剣が互いを貫いていた――――。

『ごめん、ナツ……』
 小さく声が届くとイロハは泡のように消えゆく。
 双方がカウンター判定となったらしく、夏美を襲ったレイブンもまた時を移さず消失していた……。
 淡い霧のように。存在した事実を記憶から消去するようなエフェクトを伴いながら、二人が戦場から退場していく。

 程なく、アルカナの世界から存在を消していた……。
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