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第一章 導かれし者

予想できる結末

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 騎士団をあとにした諒太は馬車を探した。
 目的地は夏美たちが戦っているというアクラスフィア王国の西部にあるペンダム遺跡である。そこにはミノタウロスが一般的な魔物として出現するらしい。よってソニックスラッシュを覚えた諒太には最適なダンジョンだといえた。アップデートを終えた今、この世界にも必ずペンダム遺跡が存在しているはず。ただ最寄りの街ペナムには移動ポータルが設置されておらず、面倒ではあるけれど馬車での移動が基本となる。

「ソニックスラッシュが連続で何回使用できるか分からないけれど……」
 剣技などのスキルにはMPではなくHPを消費する。連続で使用し疲れてきたならば、体力が底を突きかけていると考えるべきだ。スキルを多用するだろうからと、諒太は回復ポーションを多めに買っておくつもりである。

 早速と西部行きの荷馬車を発見。目的地はペンダム遺跡に最も近いペナム。発車までにポーションを買い込み、諒太は乗車賃を支払って馬車へと飛び乗っていた。
 二頭引きの大きな馬車は考えていたよりも速い。荷馬車であるため乗客は他に一人もおらず、荷物の隙間に諒太は座り込んでいる。

 ペナムはアクラスフィア城下からかなり遠かった。二頭引きの馬車でも一時間はかかるようだ。この時間を利用し諒太は初日にフレアからもらった書物を読むことにした。それはセイクリッド世界について纏められているというものであり、彼がこの世界で戦う上での情報が記されているらしい。

【アクラスフィア王国史】
『世界はセイクリッド神により創造された。力のない神であれば細々とした大陸しか創造できないというのに、彼女は一度目で巨大な大陸を生み出している。
 中央に位置するのは大陸を三つに分けるダリヤ山脈だ。セイクリッド神はそれぞれの区画に異なる人種を配置した。
 山脈の北にはエルフ。山脈の南西にはドワーフ。そして南東には人族を住まわせている。
 セイクリッド神はかの三種族が切磋琢磨し、世界を発展させてくれると期待していた。しかし、セイクリッド神の思惑は途中までしか叶わない。順調に世界が発展したところで三種族は三つ巴の戦争を始めてしまったのだ。競い合うようにと創造したことが裏目に出てしまったらしい。この戦争は百世戦争と呼ばれ、文字通り数百年という長い戦乱の時代となる。だが、山脈に分断されている三国は互いに決め手を欠き、結局はどの国も失われることなく終戦を迎えた。
 いがみ合っていた三国が手を取り合った理由は簡単なものであった。突如として降臨した晦冥神により、世界はその終焉を告げられたからだ。共通する敵は暗黒竜ルイナー。漆黒の巨大な竜は世界に終焉をもたらす神の使者だという。
 暴虐と破壊の暗黒竜ルイナーは世界に与えられた罰らしい。争い続けるだけの世界に価値はなく、終焉を迎える世界に選定したと晦冥神は言った』

 ここまでは諒太も聞いた話である。三国が戦争をやめたのは、それぞれが終焉を望んでいなかったからだ。暗黒竜ルイナーを共通の敵として、矛先を転じたに違いない。

『暗黒竜ルイナーは強大な魔物であった。三種族が共闘しようとも、かすり傷すらつけられない。ここでようやく人々はこの状況が罰であることを理解した。晦冥神が本気となれば一瞬にして世界は滅ぶはずであり、わざわざルイナーなる暗黒竜を使わせたのは絶望を与えるためだと。
 このまま終焉を迎えるのかと思われた矢先、アクラスフィア王国は起死回生の手段に打って出る。神託に従い暗黒竜ルイナーを討つべく勇者を異界より召喚したのだ』

 これは夏美のことだろうかと諒太は鼓動を早めていた。三百年前の勇者である夏美がここで登場したのではないかと。

『大賢者ベノンの指揮の下、勇者は召喚された。召喚術は犠牲を伴ったのだが、期待を裏切らない勇者の強さに人々は安堵する。異界人の成長速度はまるで異なっていたのだ。三国一の剣士となるのに時間などかからない。だが、それでも暗黒竜ルイナーの討伐は叶わなかった。たった一人の勇者だけでは暗黒竜ルイナーを倒せなかったのだ。
 万事休すかと思われたものの、ここで勇者は作戦を変える。異界人だけが持つ神聖力を用いてルイナーをダリヤ山脈の火口に封印してしまおうと。
 勇者は最後の力を振り絞り、ルイナーの封印に成功する。討伐は叶わなかったけれど、封印により世界は救われていた。
 勇者は偉業を称えられ伯爵位を授かる。またアクラスフィア王の勧めで伴侶をめとり、二人の子をもうけている。引退後、爵位は息子へと継がれ、勇者一族はアクラスフィア王国史にその名を刻んでいく』

「ナツのやつ結婚までするのか……」
 これが事実であれば勇者ナツは王の勧めで結婚するらしい。加えて子供まで産んでしまうだなんて本人を知る諒太には想像もできなかった。

「あれ……?」
 何やら諒太は違和感を覚えていた。アクラスフィア王国史はフレアから貰ったものであり、正式な歴史であるはず。なのに少しばかりの矛盾が彼を戸惑わせている。

「伴侶をめとるっておかしくないか?」
 娶るとは妻に迎えることだと思う。また子をもうけるというのは間違っていないけれど、勇者が女性であれば産んだとか授かったと書くような気もする。

「まだ勇者の名は記されていない……」
 確かこの書物は夏美のフレンド登録を済ませる前にもらったものだ。もしも世界の改変がアイテムボックスにまで及んでいないのであれば、記される内容は改変前にあったこの世界の歴史となる。

「このアクラスフィア王国史は改変を受けていないのかもしれない……」
 ここまで夏美の記述がなかったことに加え、諒太はこの歴史書が本来のセイクリッド世界を綴っているという明確な証拠を見つけている。

「大賢者ベノン――――」

 騎士団本部のある広場には大賢者ベノンの石碑が確かにあったのだ。改変を受けたあとでは勇者ナツの銅像に変わっていたけれど、それは間違いなく存在していた。また改変を受けたあとのフレアは大賢者ベノンを知らないと口にしている。
 改変後の歴史に消された大賢者の記述は、この歴史書が本来のセイクリッド世界について記している仮説を肯定していた。

 ここにきて諒太は考えさせられていた。セイクリッド世界の改変について。運命のアルカナがセイクリッド世界に与えた影響がどれほどあるのかと。
「もしかして、根底にある背景は何も変わっていないんじゃ……?」
 ルイナーの封印は三百年前の出来事である。現在は間違いなく夏美のデータに書き換わっているけれど、この書物に記される勇者は恐らく夏美ではない。大賢者ベノンが存在する世界線に夏美はいないはずだ。
 仮に別人だとすればセイクリッド世界は諒太が召喚される以前より、運命のアルカナの世界と同じであった可能性がある。アルカナの設定に影響されることなく、始めから三種族の国が存在していたはずだ。

 疑念が脳裏に満ちている。諒太はこの先を読むのが怖くなっていた。ただの推論が真相に近付いているのではないかと……。

『仮にルイナーの封印が解けた場合は迷わず異世界召喚を行うべきである。故に文書を残す。大賢者ベノンが受けた神託を後世にも伝える義務があるからだ。
 再封印は異世界の勇者にしかできない。犠牲を伴う儀式であるが、セイクリッドの民には封印など不可能なのだ。神が望まれるように、セイクリッド世界を存続させるためには勇者を召喚すべき。
 我らが召喚した……』
 
 諒太は息を呑んでいる。確かに改変前の文書ではないかと考えていたけれど、明確な回答が提示されるだなんて思わなかった。
 文書の最後に告げられている。当時、召喚された勇者が何者であるのかを。

『勇者ダライアスと同じ強者を――――』

 しばらくは声がでなかった。諒太は頭を振るだけだ。
 やはり歴史書に登場した勇者は夏美とは違う。アクラスフィア王国史はそれを完全に否定していた。現状では勇者ナツによって、ルイナーは封印されていたのに。

 記述により明らかとなる。フレアから貰ったアクラスフィア王国史は改変を受けていないのだと。運命のアルカナが発売されるよりも前にセイクリッド世界が存在したことを……。

「セイクリッド世界側も俺たちの世界に影響を与えている……」
 それは広場の石碑に書いてあったことだ。石碑には間違いなく異世界召喚の弊害について記されていた。
 繋がった双方の世界は同質化を図ろうとする。あたかも始めからそうであったかのように双方が改変を始めるのだと。
 勇者召喚よりも前にセイクリッド世界が存在し、人族にエルフ、ドワーフの国が存在していたこと。背景はまるで運命のアルカナである。加えてアクラスフィア王国史に出てきたルイナーなる暗黒竜。それもまたゲームが発売されるよりも前に存在していたはずだ。それらの一致を偶然で片付けるのは難しい。

「アルカナの設定はセイクリッド世界の情報を元に改変を受けたのかもしれない……」
 飛躍しすぎたようにも感じる。しかし、諒太は仮説を疑えない。
 プレイヤーキャラ【リョウ】を対象とした召喚術式が発動した直後、運命のアルカナが改変を受けた可能性。召喚陣と直結するクレセントムーンは同質化という強い影響力を受けたに違いない。また運命のアルカナを改変することは現実世界をも書き換えたはず。矛盾を解消するために、プレイヤーだけでなく開発陣やゲームにかかわる全ての事象が瞬時に改変を受けたと思われる。
 フレアが騎士団長コロンの銅像に違和感を覚えなかったように、自然と改変がなされてしまったはずだ。

 アクラスフィア王国史の巻末部分には王国の歴史が羅列してあった。年表を追うと、やはり暗黒竜ルイナーが現れたのは三百年前に違いない。勇者ダライアスによる封印以降ルイナーに関する記述はなかった。

 最後のページ。そこには異世界召喚について記されていた。召喚に必要な文言から術式、召喚陣についてまで。更には犠牲となった術者の情報もこと細かに記述してあった。
 ただし、それは歴史というより世界を救う義務が諒太にあるのだと告げるような内容だ。押し付けがましく書かれているのは諒太が責任を放棄しないようにとのこと。軽々しく逃げ出さないようにと。

「まさか三百年前に本当の勇者がいたなんて……。俺がフレンド登録したせいで、勇者ダライアスは歴史から消えたのか……」
 読み終えた諒太は嘆息している。
 全てはフレンド登録から始まっていた。それまでは確かに大賢者ベノンの石碑があったのだ。セイクリッド世界の英雄ともいえる二人はフレンド登録後の改変により名声も功績も失ってしまった。

「セイクリッド世界は通信で繋がるナツの存在を過去とするしかなかったんだ。歴史から勇者と大賢者が消失したとして誰も責められるべきじゃない……」
 夏美のデータが過去とされた瞬間、世界線が移行したのだと思う。本来あった過去は全て消去され、夏美のデータに基づいた過去が新たに構築されてしまった。
 恐らくはダライアスもベノンもフレンド登録さえなかったのなら、今も偉人として存在していただろう。

「ナツが勇者になったのは偶然だろうか? それともセイクリッド世界からの力が働いた? 勇者ダライアスの代わりとするため……」
 夏美が勇者に選ばれた理由にセイクリッド世界が関係しているのかどうか。諒太は意味のないことを考えてしまう。夏美は無理矢理に選ばれたわけではなく、勇者の資格を十分に満たしていたというのに。

「あれ……? 勇者ダライアスの代理はナツだとして、どうして大賢者ベノンには代わりがいないんだ?」
 モブキャラであればともかく、ベノンは世界を救った英雄に数えられてもおかしくない。その彼がどうしてか歴史から抹消されていた。彼が残した召喚陣はまだ残っていたというのに。

「適切なプレイヤーがいなかったのか?」
 神のお告げを聞くことができ、魔法を極めた大賢者と同等のプレイヤー。魔法を極めるくらいならまだしも、神に関する項目はプレイヤーにクリアできそうもない。よって彼の代理は存在せず、召喚陣だけを残して大賢者ベノンは消し去られていた。

「まあ、そのうちに現れるかもしれない……」

 ある日、突然に名前を聞くかもしれない。勇者ナツ像がいきなり建てられたように。ベノンの代役として活躍するプレイヤーの情報が流れてくることだろう。
 このとき諒太は深く考えていなかった。彼は大賢者の適任者を一人だけ知っていたというのに……。
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