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第一章 導かれし者
ゲーマーとして
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「バッテリーを内蔵していたのか?」
思えば夏美の本体もバッテリーによって起動していたのではないだろうか。市が異なるとはいえ、二人の家はそこまで遠くない。向こうも停電である可能性は少なからずあるはずだ。
まだ雨は降っていたけれど、雷は一度落ちただけで既に鳴り止んでいる。夏美と比べてかなり出遅れていたこともあり、諒太はバッテリーがなくなるまでプレイしようと決めた。
「雷は鳴っていないし、落雷での停電なら回復に時間はかからんだろう。チュートリアルだけでも終わらせておくか……」
停電如きでゲーマーは諦めない。ネットワークの問題は携帯の電波を使用することにした。テザリングという電波共有を設定してクレセントムーンを接続。通信速度はかなり遅いけれど、他のプレイヤーとパーティを組む予定はないし、迷惑をかけることもないはずだ。
再び諒太はヘッドセットを装着。やはり電源は落ちていないようだ。キャラメイクは既に終わっており、外装に浮き出ていた薄紫色の巨大な魔法陣が視界に映っていた。
「っ……!?」
サーバーを選択した覚えはない。しかし、諒太は魔法陣に吸い込まれていく。確かオープニングはプレイヤーが異世界召喚される場面からだ。このエフェクトはゲームが始まってしまったと理解するのに十分であった。
「気持ち悪い……」
五感を体感できるゲームとの触れ込みに嘘はない。まるで本当に魔法陣へと吸い込まれていく感覚があった。気を失いそうになるも、諒太は何とか意識を繋ぎ止めている。
しばらくすると視界には古めかしい石畳が映っていた。明らかにおかしい。調べた内容によるとオープニングは異世界召喚を行った謁見の間であるはず。煌びやかなアクラスフィア王城から始まるはずなのに。
諒太が視線を上げると飾り気のない石造りの部屋に一人の女性が立っていた。この状況も事前に調べていた内容と明確に異なる。本来なら諒太の眼前には王様がいるはずなのだ。
「ようこそ、異界の旅人……」
割と動揺していた諒太であるが、彼女の言葉に安心する。この台詞はまさにチュートリアルが始まった証拠。全てのプレイヤーが聞く話に他ならない。
「私はアクラスフィア王国、騎士団長のフレア。君の名を伺っても?」
調べたままの展開にはニヤリとしてしまう。王様が騎士団長へと変更になっていたけれど、何かしらの調整であるのだろうし、これから始まる壮大な冒険の前には些細な問題だ。
コントローラーを介さない操作には何だか違和感を覚えてしまうけれど、その辺りは慣れの問題に違いない。
「これはまさにオープニングのワンシーン……」
諒太はまずフレア騎士団長の能力を確認しようと思う。運命のアルカナはノンプレイヤーキャラクターをお供に冒険できるからだ。仲間とするには友好度を一定以上にしなければならないけれど、騎士団長ならば優先して友好度を上げるべきであろう。
【フレア・マキシミリアン】
【アクラスフィア王国騎士団長・Lv50】
【ATK】28
【DEF】30
【INT】9
【AGI】29
【LUC】2
【特殊技能】なし
特殊技能は持っていない。幸運値は2と各数値の最低だが、騎士として優秀であるように思えた。βテスト時のレベルマックスであるのは彼女が騎士団長であるからだろう。
全てのプレイヤーはアクラスフィア王国から始まる。だが、世界にはエルフの国やドワーフの国が存在しており、どの勢力に属しても問題はない。ただし、その場合は召喚をしたアクラスフィア王国との関係は悪くなってしまう。
「俺の名はリョウ……」
僅か一分でクレセントムーンが馬鹿売れした理由を知る。
目に映るもの。部屋の匂い。地面にへたり込む感覚まで諒太は何一つ否定できない。もはやゲームという感覚はなく、プレイヤーである彼にとって現実そのものであった。
「リョウ、君はセイクリッド世界へと召喚された。神により選ばれし者だ。君ならば世界を救えるとセイクリッド神により誘われたのだ。まずは問おう。君は同意の下にセイクリッド世界へと来たか?」
フレアの話は諒太を安堵させた。なぜなら運命のアルカナはサーバー名がそのまま世界名となるからだ。夏美からの電話と停電によって勝手に進行してしまったけれど、諒太は運良くセイクリッドサーバーに入ることができたらしい。
加えてフレアの話は調べていたままである。異世界召喚は一方的ではなく双方の同意がなければ実行されないという設定。だから諒太は自身の意思を伝えなければならない。
「もちろんです!」
何だか昂ってくる。いよいよ冒険が始まるのだと期待せずにはいられない。
「リョウ、ありがとう。現在、セイクリッド世界は存亡の機に直面している。永らく封印されていた暗黒竜が目覚めようとしているのだ。既に封印は解け、暗黒竜ルイナーはいつ目を覚ましてもおかしくない。暗黒竜が再び空を舞うのなら、世界は終わると伝わっている。彼女を再封印しない限り、セイクリッド世界は滅びてしまうだろう……」
運命のアルカナはプレイヤーの行動によって職業や地位が決定していく。自身が決められるのは装備や行動だけ。悪事を働く者は盗賊や罪人となり、善行を続けておれば聖人と呼ばれたりもするらしい。
また四ヶ月が経過した今も一人として勇者が現れていないのは運命のアルカナの仕様が原因である。プレイヤーは死を許されない。人生と同じように死んでしまえばそれまでなのだ。無茶をして死んでしまうとプレイヤーはキャラメイクから始めなくてはならない。ただアイテムや所持金は引き継げるらしく、労力の全てが失われることはなかった。かといってレベル1に戻るのはかなりのペナルティであり、一向に勇者が現れない原因である。
「俺にできるのでしょうか?」
流れを知っていたとしても諒太はテンプレに従い会話を続ける。勝手に話を切るのは良くないルートに突入する可能性があるからだ。更にはフレアが美人キャラであったことも長話の一因。目の保養だと思えば幾ら時間を割こうとも平気である。
「ルイナーの再封印には神聖力が必須だと古文書に記されている。また神聖力は異界より導かれし者だけが有するのだと……」
大陸の中央にあるダリヤ山脈。その中腹に暗黒竜ルイナーが封印されているらしい。また目覚めようとするルイナーを討伐ではなく再封印するという。
この設定にはネット上で様々な憶測が飛び交っている。いずれ訪れるイベントの布石ではないかと。勇者が誕生し何かしらを達成したとき討伐に切り替わるのではと。
「暗黒竜は目覚めると街を襲ったりするのでしょうか?」
「ルイナーは暴虐と破壊の暗黒竜だぞ? 暗黒より生まれ落ちた彼女は本来ならこの世界に存在すべきものではない。魔界ですら彼女は異分子だ。伝承によると晦冥神なるものが降臨し、終焉を迎える世界にセイクリッドを選定したらしい。ルイナーはその瞬間に生まれ落ちた。つまり彼女は世界に終焉をもたらす神の使者なのだ……。よって我々にはそれを少しばかり先送りにすることしかできない」
晦冥神なるものが使わせたというルイナーを人間如きが倒せるはずもない。討伐を選ばずに再封印しようとするのは他に手段がなかったからだろう。
「君に期待するしかないのだ。もうあとには引けない。我々は少なからず代償を支払っているからな……」
何だか穏やかじゃない話になってきた。代償とは何だろうと諒太は眉根を寄せる。同意さえすれば異世界召喚は成功となるはずなのに。
「どういうことです?」
「代償なく世界間を行き来する術はない。異世界召喚は術士の命を代償としているのだ。世界間の接続は本来なら理に反することであり、世界は術の成功に対し法則を守ろうとする。君をこの世界に存在させる代償として世界は術士の命を奪うのだ。それは魂の空きを作るため。君は術士の代わりとして存在を許され、術士の魂は逆に存在を失ってしまう。かといって君が負い目に感じる必要はない。失われた術士は自ら志願したのだ。君が背負い込むことはなく、君は君にできる行動をして欲しい」
設定として熱いと思った。見知らぬ誰かの宿命を背負うこと。王様に指図されるよりもずっと上手く世界に入って行けそうだ。オープニングが変更となった理由はプレイヤーをよりゲーム世界に没頭させるためであろう。
フレアが話した通り部屋には横たわった女性の姿があった。既に彼女は事切れている。恐らくは術士に志願した女性であるはずだ。
「君は決して失われないように。封印は解けたばかりであり、ルイナーが力を取り戻すまでまだ時間はある。だから無理はしなくていい。君が失われることは新たな犠牲を生むことだ。君ができる範囲で強くなれ。いずれ神聖力を扱えるようになればいい……」
フレアが続けた。それは諒太も知っていることだ。チュートリアルではゲームの性質上、死が軽いものではないとプレイヤーに伝えている。
「分かりました。俺にどれだけできるか未知数ですけど、その力があるのであれば世界を救いたい。俺はやれるだけやると約束します」
諒太が返事をするや石造りの部屋に何人かが入ってくる。けれど、彼らは諒太との会話を望んでいない。召喚の代償として失われた術士を部屋から運び出しているだけのようだ。
「支度金を用意した。ただし君は騎士団管轄となるために金額は期待しないでくれ。一応は王も君の召喚について承諾されているが、既に王は関与しないと表明されている。初代アクラスフィア王とは異なり、犠牲を必要とする異世界召喚を好ましく思われていないのだ。また王は異なる方法にてルイナーを封じる策を模索されているらしい。だが、何百年も研究され続けてきたことが簡単に解決するはずもない。よってこの召喚は騎士団主導で行われた。騎士団はできる限り君に協力する。だから君に期待させてくれ。どうかセイクリッド世界を救って欲しい……」
どうも諒太が調べた内容と違う。王様が反対していたなんて設定を読んだ記憶はない。ネタバレを恐れて詳しく読んではいなかったけれど、確か王様は勇者召喚に積極的であったはずだ。
「まずは冒険者ギルドに登録してくれ。依頼を受けながら強くなれば資金にも困らない。それでこれがギルドの登録に必要な紹介状となる」
どうにも困惑するけれど、恐らくアップデートによって設定が変更されたのだろう。発売から四ヶ月以上が経過しているのだから、少しばかりの仕様変更は仕方がない。改悪ではなく改善であると願うしかなかった。
「あとセイクリッド世界について纏めた書類を渡しておく。異界の人間である君には必要だろう。君を召喚した手順も詳細に記されている。暇なときにでも目を通して欲しい」
フレアから世界について記された書物とギルドに登録する際の紹介状を受け取る。ただし、これでチュートリアルが終わったわけではない。ネットで調べた内容によると、チュートリアルは冒険者ギルドに登録し、ホーンラット十匹の討伐依頼を完了するところまで続くはず。無論のこと仕様が変わっていなければの話であるけれど……。
フレアと別れ、諒太は石室をあとにしていく。どうやら召喚が行われたのは王城の敷地内であったらしく、背後には真っ白に輝くアクラスフィア王城が見えていた。
ようやく外に出た諒太は感動を覚えている。夏美のテレビで映像を見ていたけれど、実際にヘッドセットを装着して見る世界は本当にゲームだと思えない。言葉では上手く表現できそうにない生命感がそこには確かにあった。空の青さや生い茂る木々、肌を撫でていく風でさえも現実のように再現されている。
いよいよ始まろうとしていた。夢にまで見たアルカナでの冒険。受験を頑張れたのも、全てはこの瞬間のため。
前倒しで訪れた壮大なる冒険のスタートに諒太は胸を高鳴らせていた……。
思えば夏美の本体もバッテリーによって起動していたのではないだろうか。市が異なるとはいえ、二人の家はそこまで遠くない。向こうも停電である可能性は少なからずあるはずだ。
まだ雨は降っていたけれど、雷は一度落ちただけで既に鳴り止んでいる。夏美と比べてかなり出遅れていたこともあり、諒太はバッテリーがなくなるまでプレイしようと決めた。
「雷は鳴っていないし、落雷での停電なら回復に時間はかからんだろう。チュートリアルだけでも終わらせておくか……」
停電如きでゲーマーは諦めない。ネットワークの問題は携帯の電波を使用することにした。テザリングという電波共有を設定してクレセントムーンを接続。通信速度はかなり遅いけれど、他のプレイヤーとパーティを組む予定はないし、迷惑をかけることもないはずだ。
再び諒太はヘッドセットを装着。やはり電源は落ちていないようだ。キャラメイクは既に終わっており、外装に浮き出ていた薄紫色の巨大な魔法陣が視界に映っていた。
「っ……!?」
サーバーを選択した覚えはない。しかし、諒太は魔法陣に吸い込まれていく。確かオープニングはプレイヤーが異世界召喚される場面からだ。このエフェクトはゲームが始まってしまったと理解するのに十分であった。
「気持ち悪い……」
五感を体感できるゲームとの触れ込みに嘘はない。まるで本当に魔法陣へと吸い込まれていく感覚があった。気を失いそうになるも、諒太は何とか意識を繋ぎ止めている。
しばらくすると視界には古めかしい石畳が映っていた。明らかにおかしい。調べた内容によるとオープニングは異世界召喚を行った謁見の間であるはず。煌びやかなアクラスフィア王城から始まるはずなのに。
諒太が視線を上げると飾り気のない石造りの部屋に一人の女性が立っていた。この状況も事前に調べていた内容と明確に異なる。本来なら諒太の眼前には王様がいるはずなのだ。
「ようこそ、異界の旅人……」
割と動揺していた諒太であるが、彼女の言葉に安心する。この台詞はまさにチュートリアルが始まった証拠。全てのプレイヤーが聞く話に他ならない。
「私はアクラスフィア王国、騎士団長のフレア。君の名を伺っても?」
調べたままの展開にはニヤリとしてしまう。王様が騎士団長へと変更になっていたけれど、何かしらの調整であるのだろうし、これから始まる壮大な冒険の前には些細な問題だ。
コントローラーを介さない操作には何だか違和感を覚えてしまうけれど、その辺りは慣れの問題に違いない。
「これはまさにオープニングのワンシーン……」
諒太はまずフレア騎士団長の能力を確認しようと思う。運命のアルカナはノンプレイヤーキャラクターをお供に冒険できるからだ。仲間とするには友好度を一定以上にしなければならないけれど、騎士団長ならば優先して友好度を上げるべきであろう。
【フレア・マキシミリアン】
【アクラスフィア王国騎士団長・Lv50】
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【INT】9
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特殊技能は持っていない。幸運値は2と各数値の最低だが、騎士として優秀であるように思えた。βテスト時のレベルマックスであるのは彼女が騎士団長であるからだろう。
全てのプレイヤーはアクラスフィア王国から始まる。だが、世界にはエルフの国やドワーフの国が存在しており、どの勢力に属しても問題はない。ただし、その場合は召喚をしたアクラスフィア王国との関係は悪くなってしまう。
「俺の名はリョウ……」
僅か一分でクレセントムーンが馬鹿売れした理由を知る。
目に映るもの。部屋の匂い。地面にへたり込む感覚まで諒太は何一つ否定できない。もはやゲームという感覚はなく、プレイヤーである彼にとって現実そのものであった。
「リョウ、君はセイクリッド世界へと召喚された。神により選ばれし者だ。君ならば世界を救えるとセイクリッド神により誘われたのだ。まずは問おう。君は同意の下にセイクリッド世界へと来たか?」
フレアの話は諒太を安堵させた。なぜなら運命のアルカナはサーバー名がそのまま世界名となるからだ。夏美からの電話と停電によって勝手に進行してしまったけれど、諒太は運良くセイクリッドサーバーに入ることができたらしい。
加えてフレアの話は調べていたままである。異世界召喚は一方的ではなく双方の同意がなければ実行されないという設定。だから諒太は自身の意思を伝えなければならない。
「もちろんです!」
何だか昂ってくる。いよいよ冒険が始まるのだと期待せずにはいられない。
「リョウ、ありがとう。現在、セイクリッド世界は存亡の機に直面している。永らく封印されていた暗黒竜が目覚めようとしているのだ。既に封印は解け、暗黒竜ルイナーはいつ目を覚ましてもおかしくない。暗黒竜が再び空を舞うのなら、世界は終わると伝わっている。彼女を再封印しない限り、セイクリッド世界は滅びてしまうだろう……」
運命のアルカナはプレイヤーの行動によって職業や地位が決定していく。自身が決められるのは装備や行動だけ。悪事を働く者は盗賊や罪人となり、善行を続けておれば聖人と呼ばれたりもするらしい。
また四ヶ月が経過した今も一人として勇者が現れていないのは運命のアルカナの仕様が原因である。プレイヤーは死を許されない。人生と同じように死んでしまえばそれまでなのだ。無茶をして死んでしまうとプレイヤーはキャラメイクから始めなくてはならない。ただアイテムや所持金は引き継げるらしく、労力の全てが失われることはなかった。かといってレベル1に戻るのはかなりのペナルティであり、一向に勇者が現れない原因である。
「俺にできるのでしょうか?」
流れを知っていたとしても諒太はテンプレに従い会話を続ける。勝手に話を切るのは良くないルートに突入する可能性があるからだ。更にはフレアが美人キャラであったことも長話の一因。目の保養だと思えば幾ら時間を割こうとも平気である。
「ルイナーの再封印には神聖力が必須だと古文書に記されている。また神聖力は異界より導かれし者だけが有するのだと……」
大陸の中央にあるダリヤ山脈。その中腹に暗黒竜ルイナーが封印されているらしい。また目覚めようとするルイナーを討伐ではなく再封印するという。
この設定にはネット上で様々な憶測が飛び交っている。いずれ訪れるイベントの布石ではないかと。勇者が誕生し何かしらを達成したとき討伐に切り替わるのではと。
「暗黒竜は目覚めると街を襲ったりするのでしょうか?」
「ルイナーは暴虐と破壊の暗黒竜だぞ? 暗黒より生まれ落ちた彼女は本来ならこの世界に存在すべきものではない。魔界ですら彼女は異分子だ。伝承によると晦冥神なるものが降臨し、終焉を迎える世界にセイクリッドを選定したらしい。ルイナーはその瞬間に生まれ落ちた。つまり彼女は世界に終焉をもたらす神の使者なのだ……。よって我々にはそれを少しばかり先送りにすることしかできない」
晦冥神なるものが使わせたというルイナーを人間如きが倒せるはずもない。討伐を選ばずに再封印しようとするのは他に手段がなかったからだろう。
「君に期待するしかないのだ。もうあとには引けない。我々は少なからず代償を支払っているからな……」
何だか穏やかじゃない話になってきた。代償とは何だろうと諒太は眉根を寄せる。同意さえすれば異世界召喚は成功となるはずなのに。
「どういうことです?」
「代償なく世界間を行き来する術はない。異世界召喚は術士の命を代償としているのだ。世界間の接続は本来なら理に反することであり、世界は術の成功に対し法則を守ろうとする。君をこの世界に存在させる代償として世界は術士の命を奪うのだ。それは魂の空きを作るため。君は術士の代わりとして存在を許され、術士の魂は逆に存在を失ってしまう。かといって君が負い目に感じる必要はない。失われた術士は自ら志願したのだ。君が背負い込むことはなく、君は君にできる行動をして欲しい」
設定として熱いと思った。見知らぬ誰かの宿命を背負うこと。王様に指図されるよりもずっと上手く世界に入って行けそうだ。オープニングが変更となった理由はプレイヤーをよりゲーム世界に没頭させるためであろう。
フレアが話した通り部屋には横たわった女性の姿があった。既に彼女は事切れている。恐らくは術士に志願した女性であるはずだ。
「君は決して失われないように。封印は解けたばかりであり、ルイナーが力を取り戻すまでまだ時間はある。だから無理はしなくていい。君が失われることは新たな犠牲を生むことだ。君ができる範囲で強くなれ。いずれ神聖力を扱えるようになればいい……」
フレアが続けた。それは諒太も知っていることだ。チュートリアルではゲームの性質上、死が軽いものではないとプレイヤーに伝えている。
「分かりました。俺にどれだけできるか未知数ですけど、その力があるのであれば世界を救いたい。俺はやれるだけやると約束します」
諒太が返事をするや石造りの部屋に何人かが入ってくる。けれど、彼らは諒太との会話を望んでいない。召喚の代償として失われた術士を部屋から運び出しているだけのようだ。
「支度金を用意した。ただし君は騎士団管轄となるために金額は期待しないでくれ。一応は王も君の召喚について承諾されているが、既に王は関与しないと表明されている。初代アクラスフィア王とは異なり、犠牲を必要とする異世界召喚を好ましく思われていないのだ。また王は異なる方法にてルイナーを封じる策を模索されているらしい。だが、何百年も研究され続けてきたことが簡単に解決するはずもない。よってこの召喚は騎士団主導で行われた。騎士団はできる限り君に協力する。だから君に期待させてくれ。どうかセイクリッド世界を救って欲しい……」
どうも諒太が調べた内容と違う。王様が反対していたなんて設定を読んだ記憶はない。ネタバレを恐れて詳しく読んではいなかったけれど、確か王様は勇者召喚に積極的であったはずだ。
「まずは冒険者ギルドに登録してくれ。依頼を受けながら強くなれば資金にも困らない。それでこれがギルドの登録に必要な紹介状となる」
どうにも困惑するけれど、恐らくアップデートによって設定が変更されたのだろう。発売から四ヶ月以上が経過しているのだから、少しばかりの仕様変更は仕方がない。改悪ではなく改善であると願うしかなかった。
「あとセイクリッド世界について纏めた書類を渡しておく。異界の人間である君には必要だろう。君を召喚した手順も詳細に記されている。暇なときにでも目を通して欲しい」
フレアから世界について記された書物とギルドに登録する際の紹介状を受け取る。ただし、これでチュートリアルが終わったわけではない。ネットで調べた内容によると、チュートリアルは冒険者ギルドに登録し、ホーンラット十匹の討伐依頼を完了するところまで続くはず。無論のこと仕様が変わっていなければの話であるけれど……。
フレアと別れ、諒太は石室をあとにしていく。どうやら召喚が行われたのは王城の敷地内であったらしく、背後には真っ白に輝くアクラスフィア王城が見えていた。
ようやく外に出た諒太は感動を覚えている。夏美のテレビで映像を見ていたけれど、実際にヘッドセットを装着して見る世界は本当にゲームだと思えない。言葉では上手く表現できそうにない生命感がそこには確かにあった。空の青さや生い茂る木々、肌を撫でていく風でさえも現実のように再現されている。
いよいよ始まろうとしていた。夢にまで見たアルカナでの冒険。受験を頑張れたのも、全てはこの瞬間のため。
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