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第二章 悪夢の果てに
夏美の用事
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【着信 九重夏美】
着信音が脳裏に鳴り響いていた。
そういえば夏美からの着信を無視し続けていたのだ。そろそろ通話に出ないと怒るかもしれない。だとしたら丁度良い頃合いである。気恥ずかしくもあったし、未練を残しつつもも諒太はこの世界から退場しようと決めた。
「ロークアット、ありがとう。ささやかな思い出ができたよ」
「いえいえ、どういたしまして。必ずまたお会いしましょう……」
別れの瞬間が迫っていることを察しているのだろう。言葉とは裏腹にロークアットの笑顔には陰りが見えていた。
諒太は勇者である。与えられた任務は世界を救うことであり、改善は含まれていない。けれど、どうせなら諒太は幸せに満ちた世界を希望する。
失われる人もいなければ、何の憎しみもない。美しいあの世界に戻って欲しかった。されど仮に世界がこのままであったとしても、諒太は受け入れるつもりだ。
この世界はきっと平和を取り戻せるだろう。この世界ならば勇者として戦っていけるはず。ルイナーという強敵に対しても団結し、皆で世界を守っていけるだろう。
きっと永久に続く別れではない。だから、さよならを言うつもりはなかった。再会を期待する言葉こそがこの場に相応しいのだと。
「皆さん、あとはお任せします。またお会いしましょう。急ぎの用事ができましたので、今日はこれにて失礼します」
余韻も何もなくログアウトを選択。脳裏に耳障りなコール音を聞きながら、諒太は一つの世界線から離れていく。過度に後ろ髪を引かれつつも……。
時計を見るとまだ午後六時である。想定よりも早く諒太の問題は片付いていた。
今はそれよりも着信にでなければならない。夏美に問題が発生したのかもしれないのだ。
「もしもし……」
『あ、リョウちん!? 一体何してたの!?』
やはりお怒りである。諒太の用事について知っていただろうに、小魚と双璧である夏美の記憶力は忘却の彼方へと既に消し去ってしまったのかもしれない。
「戦争してたんだよ。言っただろ? アクラスフィア王国とスバウメシア聖王国間で戦争が起きると……」
『あ、そういやそうだった! 戦争中だったの?』
「お前のせいで俺は痛い目に遭ったんだぞ? 急にコールが鳴ったもんだから、金剛の盾を使えなかった。おかげでロークアットの全力攻撃を素で食らったっつーの!」
『アハハ、それは悪かったね? まあでも生きてんじゃん?』
うるせぇよと諒太。問題は痛い思いをしたことであって、夏美の着信が原因であったという話である。
『それで上手くいったの? 平和になった?』
「ふっ、誰が勇者をしてると思ってんだ? 大団円に決まってるだろ? 色々とな……」
最後のアレは黙っておくべきだと思う。余計な問題に発展しそうな甘美な思い出まで口にする必要はなかった。
「てかナツは何の用だったんだ? 慌ててログアウトしてきたんだぞ?」
素早い話題転換にてツッコミを回避。夏美のことなので引き摺るようなことにはならないはずだ。
『あ、えっとその……。リョウちん……』
なぜか急に声のトーンが変わる。どうしたというのだろう。この雰囲気はまるで夏美らしくない。悩み事など阿藤に関する問題だけであろうに。
『助けて――――』
諒太は声を失っていた。明確な救済を求められている。夏美が抱える問題に対して諒太ができることなどしれているはずなのに。
「どうした? 俺にできることなら手を貸すぞ。話してみろよ……」
フラれた腹いせに問題を起こすだなんて話はよく聞くことである。阿藤はまだ夏美のことを諦めきれなかったのだろうか。
『金剛の盾が覚えらんないの!!』
しかし、続けられた話は深刻な問題を否定している。実に夏美らしい話であり、人騒がせな報告でしかなかった。
かといって、金剛の盾は世界線移行計画に必須である。夏美が思い悩む理由はそれしかないだろう。よって諒太は考えざるを得ない。
習得には同じスキルを持つプレイヤーとの共闘が手っ取り早いと聞く。諒太もかつてフレアとパーティーを組み、ソニックスラッシュを習得したのだ。しかしながら、夏美のフレンドに盾を使うプレイヤーはいちご大福しかいないらしい。また、そのいちご大福は既にプレイ不可である。だとすれば夏美は新しいフレンドを作るべきなのだろうか……。
「ナツ、プレイヤー検索でリョウを探してみろ……」
恐らく結果は諒太が考えるままだ。確証はないけれど、セイクリッドサーバーのプレイヤー情報は改変を受けている。送り主不明の矛盾を解消するためだけに。
『あったよ! この前は引っかからなかったのに! でもオフラインってなってる……』
「そいつはたぶん俺だ。石ころを渡したときに改変され、情報だけが加えられたはず。アイテムの流れを明確にするために……」
やはり名前があった。架空ではあってもゲーム内にリョウは存在する。セイクリッド世界における魂の空きと同じように、リョウの席が運命のアルカナ内にも存在するのだ。
ならば、すべき行動は一つだけ。諒太は夏美を救うべく方法を告げた……。
「スキル習得は俺が手伝ってやる――――」
着信音が脳裏に鳴り響いていた。
そういえば夏美からの着信を無視し続けていたのだ。そろそろ通話に出ないと怒るかもしれない。だとしたら丁度良い頃合いである。気恥ずかしくもあったし、未練を残しつつもも諒太はこの世界から退場しようと決めた。
「ロークアット、ありがとう。ささやかな思い出ができたよ」
「いえいえ、どういたしまして。必ずまたお会いしましょう……」
別れの瞬間が迫っていることを察しているのだろう。言葉とは裏腹にロークアットの笑顔には陰りが見えていた。
諒太は勇者である。与えられた任務は世界を救うことであり、改善は含まれていない。けれど、どうせなら諒太は幸せに満ちた世界を希望する。
失われる人もいなければ、何の憎しみもない。美しいあの世界に戻って欲しかった。されど仮に世界がこのままであったとしても、諒太は受け入れるつもりだ。
この世界はきっと平和を取り戻せるだろう。この世界ならば勇者として戦っていけるはず。ルイナーという強敵に対しても団結し、皆で世界を守っていけるだろう。
きっと永久に続く別れではない。だから、さよならを言うつもりはなかった。再会を期待する言葉こそがこの場に相応しいのだと。
「皆さん、あとはお任せします。またお会いしましょう。急ぎの用事ができましたので、今日はこれにて失礼します」
余韻も何もなくログアウトを選択。脳裏に耳障りなコール音を聞きながら、諒太は一つの世界線から離れていく。過度に後ろ髪を引かれつつも……。
時計を見るとまだ午後六時である。想定よりも早く諒太の問題は片付いていた。
今はそれよりも着信にでなければならない。夏美に問題が発生したのかもしれないのだ。
「もしもし……」
『あ、リョウちん!? 一体何してたの!?』
やはりお怒りである。諒太の用事について知っていただろうに、小魚と双璧である夏美の記憶力は忘却の彼方へと既に消し去ってしまったのかもしれない。
「戦争してたんだよ。言っただろ? アクラスフィア王国とスバウメシア聖王国間で戦争が起きると……」
『あ、そういやそうだった! 戦争中だったの?』
「お前のせいで俺は痛い目に遭ったんだぞ? 急にコールが鳴ったもんだから、金剛の盾を使えなかった。おかげでロークアットの全力攻撃を素で食らったっつーの!」
『アハハ、それは悪かったね? まあでも生きてんじゃん?』
うるせぇよと諒太。問題は痛い思いをしたことであって、夏美の着信が原因であったという話である。
『それで上手くいったの? 平和になった?』
「ふっ、誰が勇者をしてると思ってんだ? 大団円に決まってるだろ? 色々とな……」
最後のアレは黙っておくべきだと思う。余計な問題に発展しそうな甘美な思い出まで口にする必要はなかった。
「てかナツは何の用だったんだ? 慌ててログアウトしてきたんだぞ?」
素早い話題転換にてツッコミを回避。夏美のことなので引き摺るようなことにはならないはずだ。
『あ、えっとその……。リョウちん……』
なぜか急に声のトーンが変わる。どうしたというのだろう。この雰囲気はまるで夏美らしくない。悩み事など阿藤に関する問題だけであろうに。
『助けて――――』
諒太は声を失っていた。明確な救済を求められている。夏美が抱える問題に対して諒太ができることなどしれているはずなのに。
「どうした? 俺にできることなら手を貸すぞ。話してみろよ……」
フラれた腹いせに問題を起こすだなんて話はよく聞くことである。阿藤はまだ夏美のことを諦めきれなかったのだろうか。
『金剛の盾が覚えらんないの!!』
しかし、続けられた話は深刻な問題を否定している。実に夏美らしい話であり、人騒がせな報告でしかなかった。
かといって、金剛の盾は世界線移行計画に必須である。夏美が思い悩む理由はそれしかないだろう。よって諒太は考えざるを得ない。
習得には同じスキルを持つプレイヤーとの共闘が手っ取り早いと聞く。諒太もかつてフレアとパーティーを組み、ソニックスラッシュを習得したのだ。しかしながら、夏美のフレンドに盾を使うプレイヤーはいちご大福しかいないらしい。また、そのいちご大福は既にプレイ不可である。だとすれば夏美は新しいフレンドを作るべきなのだろうか……。
「ナツ、プレイヤー検索でリョウを探してみろ……」
恐らく結果は諒太が考えるままだ。確証はないけれど、セイクリッドサーバーのプレイヤー情報は改変を受けている。送り主不明の矛盾を解消するためだけに。
『あったよ! この前は引っかからなかったのに! でもオフラインってなってる……』
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やはり名前があった。架空ではあってもゲーム内にリョウは存在する。セイクリッド世界における魂の空きと同じように、リョウの席が運命のアルカナ内にも存在するのだ。
ならば、すべき行動は一つだけ。諒太は夏美を救うべく方法を告げた……。
「スキル習得は俺が手伝ってやる――――」
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