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第二章 悪夢の果てに
大戦を明日に控えて
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以前と同じように諒太が考えるだけでワイバーンは操れた。この爽快感は現実でしか味わえないだろう。加えて背中に押し付けられた柔らかいもの。昨日から苦労続きであった諒太へのご褒美である。
「リョウ様、くっつきすぎでしょうか?」
「是非とも密着してくれ。装備をローブに変えて良かったと思ってる!」
ウフフと笑い声が聞こえた。冗談であり本気でもある。ウォーロックまで四時間近くかかるらしいが、寧ろもっと長くても良いくらいだった。
何時間が経過しただろうか。話題も尽きて二人共が景色を眺めているだけ。とはいえ別に雰囲気は悪くない。二人はずっと親密になっていたし、沈黙も気にならなくなっていた。
無言でしがみついていたロークアットだが、不意に口を開く。
「リョウ様、わたくしはこの景色をずっと覚えていますから……」
どこまでも続く地平線。茜色に色付く大地は平穏そのものである。明日には戦争が始まるだなんて想像もできない。
口にした内容はもしかすると先ほども話した世界線のことかもしれない。ロークアットは現在の記憶を失ってしまうと考えているのだろう。目に映る景色も二人で過ごした時間さえも……。
「大丈夫だよ……。俺には世界がどうなってしまうのか分からないけれど、どのような世界にあろうと君は君だ。世界線を越えたとして、俺はまた君と仲良くなれただろ? 俺たちは敵対勢力に属していたというのに……」
「そうですね……。確かにその通りです。何となく全てが失われるような気がして怖かったのですけど、わたくしとリョウ様の関係は変わらないのですね?」
「絶対に変わらないよ。君は俺が知るロークアットのままだ。だからどのような結末になろうとも本質的な部分は同じ。失われるものなんて存在しない……」
別に説得する必要はなかったはず。しかし、諒太は弁明するように言葉を繋げている。彼女が少しでも安らぎを得られるようにと。
「リョウ様、ならば明日は思い出に残る戦いとしましょう。決して忘れることのない強烈な記憶を刻み込むのです」
「望むところだ。万全を期してロークアットと戦う。トラウマになるほどのものを見せてやるよ……」
何だか煽り合うような会話である。二人は不安を感じつつも、明日の戦いに期待してもいた。
完全に日が落ちた頃、二人は目的地であるウォーロックへと到着している。既にアクラスフィア王国は兵を配置し、警戒にあたっていた。恐らくはフレアの部隊とは別働隊だろう。元々配備されていた者や各地からかき集められた兵であるはず。
「リョウ様、アクラスフィア王国はこれだけの兵士しかいないのでしょうか?」
「いや、明日には別の部隊が到着するはずだ。しかし、数はそれほど増えないと思う」
敵軍の大将に話すことでもないのだが、信頼関係を重視すると誤魔化すなんて無理だ。包み隠さず話すことが協力してくれるロークアットへの礼儀であるはず。
「街に活気がありませんね? ここは交易都市なのでしょう?」
「敗者なんてこんなものだよ。騎士団員ですら何の希望も持っていない……」
戦争がもたらす影響を目の当たりにしたロークアット。彼女は俯いたまま考え込んでいる。勝者と敗者の区別が明確に感じられたことだろう。
「ロークアット、転移魔法で送っていくよ。兵に見つかったら面倒だ……」
「ええ、お願いします……」
ワイバーンに乗り、ロークアットの手を握る。即座にリバレーションを詠唱し、二人はサンテクトに近いオツの洞窟へと転移した。
ここも懐かしく感じる場所だ。アーシェを助けるためにレベリングをしたダンジョンであり、ロークアットと初めて出会った場所でもある。
「とても美しいお月様ですね……」
別れを告げようとする諒太にロークアットが一言。その様子はまさに記憶にあるままだった。
まるで絵画のようである。昇り始めた朧月。弱々しい月明かりがロークアットの銀髪や白い肌を照らしている。その光景はこの世のものとは思えないほど幻想的なものであった。
しばし眺める諒太だが、小さく頷いてからロークアットに声をかける。
「ここでお別れだ。ロークアット、念のためこれを渡しておく」
アイテムボックスから取り出し、諒太はそれをロークアットへと手渡す。
「これは……?」
「それは一度だけ死を回避できる精霊石。場合によって俺は君に向かって最大級の魔法を撃ち放つだろう。その魔法の威力は極大だ。いちご大福閣下の指輪を装備していたとしても防げるかどうか分からない。君が失われては戦いを止めるどころじゃなくなるからな」
兵を黙らせるにはロークアットを瀕死に追い込むしかないだろう。大将でさえ敵わないならば、彼らも諒太の力に気付くはずだ。
「明日はよろしく頼む。必ず大盾を持ってくるんだぞ?」
「承知致しました。わたくしは夕方に到着するだけで良いのですよね?」
最終確認が取られる。やはり一通りの流れをもう一度話しておくべきかもしれない。
「それで十分だ。俺は両軍に勇者であると宣言し、双方に戦いをやめさせる」
最大目標は被害を出さぬこと。諒太は圧倒的な力を誇示し、彼らの衝突を未然に防ぐだけ。平和なセイクリッド世界を取り戻すだけである。
「それは生半可なことではありませんよ?」
「突如として空中に転移する予定だぞ? 俺はワイバーンごと戦場に現れる。転移魔法は勇者専用魔法。かつての勇者ナツを知るスバウメシア兵に理解できぬ者はいないはず。格好良すぎて惚れ直してもしらんぞ?」
フフフと笑うロークアット。諒太的には滅茶苦茶格好いいと思える登場なのだが、過剰演出とでも感じたのだろうか。
「もう既に十分です。今以上に惚れさせてどうするおつもりですか?」
「そこまでは考えてなかったな。まあ男冥利に尽きるよ……」
ちょっとした脱線話に諒太も自然と笑ってしまう。明日には笑顔などなくなるのだ。だとすれば今のうちに目一杯に笑っておくべきかもしれない。
「そのあと、わたくしと一騎討ちという流れでしょうか?」
「ああいや、一応は兵が動かぬようにSランク魔法を見せつける。両軍が微動だにできなくなるほどの魔法をな……」
「Sランク魔法? それは伝説的なものでしょう?」
プレイヤーがいないセイクリッド世界にSランク魔法を唱えられる者などいない。使えたとしてAランクの魔法までだろう。だからこそ諒太は効果があると考えている。
「まあ見てろって。だから俺が現れるまで絶対に接近するな。両軍の中央を焼け野原にする。焼け焦げたそこが俺たちの戦場だ……」
諒太が中立であり、諒太の力が神にも等しいと理解できれば両軍の衝突は避けられるだろう。アクラスフィア王国は既に戦う気力すら失われているし、戦いが回避できるのなら大人しくしてくれるはず。
「分かりました。是非とも全力でお願いします。手を抜いていると思われてはいけませんし」
「了解した。じゃあ明日な……」
諒太は手を抜いても問題などない。ただロークアットには全力で来てもらわねば兵が納得しないだろう。
諒太はここでログアウトを選択。両親が帰宅する前に戻らねばならない。かといって、やり残したことはなかった。十分な準備をしたと断言できる。
万全を期して決戦に挑めるはずだ……。
「リョウ様、くっつきすぎでしょうか?」
「是非とも密着してくれ。装備をローブに変えて良かったと思ってる!」
ウフフと笑い声が聞こえた。冗談であり本気でもある。ウォーロックまで四時間近くかかるらしいが、寧ろもっと長くても良いくらいだった。
何時間が経過しただろうか。話題も尽きて二人共が景色を眺めているだけ。とはいえ別に雰囲気は悪くない。二人はずっと親密になっていたし、沈黙も気にならなくなっていた。
無言でしがみついていたロークアットだが、不意に口を開く。
「リョウ様、わたくしはこの景色をずっと覚えていますから……」
どこまでも続く地平線。茜色に色付く大地は平穏そのものである。明日には戦争が始まるだなんて想像もできない。
口にした内容はもしかすると先ほども話した世界線のことかもしれない。ロークアットは現在の記憶を失ってしまうと考えているのだろう。目に映る景色も二人で過ごした時間さえも……。
「大丈夫だよ……。俺には世界がどうなってしまうのか分からないけれど、どのような世界にあろうと君は君だ。世界線を越えたとして、俺はまた君と仲良くなれただろ? 俺たちは敵対勢力に属していたというのに……」
「そうですね……。確かにその通りです。何となく全てが失われるような気がして怖かったのですけど、わたくしとリョウ様の関係は変わらないのですね?」
「絶対に変わらないよ。君は俺が知るロークアットのままだ。だからどのような結末になろうとも本質的な部分は同じ。失われるものなんて存在しない……」
別に説得する必要はなかったはず。しかし、諒太は弁明するように言葉を繋げている。彼女が少しでも安らぎを得られるようにと。
「リョウ様、ならば明日は思い出に残る戦いとしましょう。決して忘れることのない強烈な記憶を刻み込むのです」
「望むところだ。万全を期してロークアットと戦う。トラウマになるほどのものを見せてやるよ……」
何だか煽り合うような会話である。二人は不安を感じつつも、明日の戦いに期待してもいた。
完全に日が落ちた頃、二人は目的地であるウォーロックへと到着している。既にアクラスフィア王国は兵を配置し、警戒にあたっていた。恐らくはフレアの部隊とは別働隊だろう。元々配備されていた者や各地からかき集められた兵であるはず。
「リョウ様、アクラスフィア王国はこれだけの兵士しかいないのでしょうか?」
「いや、明日には別の部隊が到着するはずだ。しかし、数はそれほど増えないと思う」
敵軍の大将に話すことでもないのだが、信頼関係を重視すると誤魔化すなんて無理だ。包み隠さず話すことが協力してくれるロークアットへの礼儀であるはず。
「街に活気がありませんね? ここは交易都市なのでしょう?」
「敗者なんてこんなものだよ。騎士団員ですら何の希望も持っていない……」
戦争がもたらす影響を目の当たりにしたロークアット。彼女は俯いたまま考え込んでいる。勝者と敗者の区別が明確に感じられたことだろう。
「ロークアット、転移魔法で送っていくよ。兵に見つかったら面倒だ……」
「ええ、お願いします……」
ワイバーンに乗り、ロークアットの手を握る。即座にリバレーションを詠唱し、二人はサンテクトに近いオツの洞窟へと転移した。
ここも懐かしく感じる場所だ。アーシェを助けるためにレベリングをしたダンジョンであり、ロークアットと初めて出会った場所でもある。
「とても美しいお月様ですね……」
別れを告げようとする諒太にロークアットが一言。その様子はまさに記憶にあるままだった。
まるで絵画のようである。昇り始めた朧月。弱々しい月明かりがロークアットの銀髪や白い肌を照らしている。その光景はこの世のものとは思えないほど幻想的なものであった。
しばし眺める諒太だが、小さく頷いてからロークアットに声をかける。
「ここでお別れだ。ロークアット、念のためこれを渡しておく」
アイテムボックスから取り出し、諒太はそれをロークアットへと手渡す。
「これは……?」
「それは一度だけ死を回避できる精霊石。場合によって俺は君に向かって最大級の魔法を撃ち放つだろう。その魔法の威力は極大だ。いちご大福閣下の指輪を装備していたとしても防げるかどうか分からない。君が失われては戦いを止めるどころじゃなくなるからな」
兵を黙らせるにはロークアットを瀕死に追い込むしかないだろう。大将でさえ敵わないならば、彼らも諒太の力に気付くはずだ。
「明日はよろしく頼む。必ず大盾を持ってくるんだぞ?」
「承知致しました。わたくしは夕方に到着するだけで良いのですよね?」
最終確認が取られる。やはり一通りの流れをもう一度話しておくべきかもしれない。
「それで十分だ。俺は両軍に勇者であると宣言し、双方に戦いをやめさせる」
最大目標は被害を出さぬこと。諒太は圧倒的な力を誇示し、彼らの衝突を未然に防ぐだけ。平和なセイクリッド世界を取り戻すだけである。
「それは生半可なことではありませんよ?」
「突如として空中に転移する予定だぞ? 俺はワイバーンごと戦場に現れる。転移魔法は勇者専用魔法。かつての勇者ナツを知るスバウメシア兵に理解できぬ者はいないはず。格好良すぎて惚れ直してもしらんぞ?」
フフフと笑うロークアット。諒太的には滅茶苦茶格好いいと思える登場なのだが、過剰演出とでも感じたのだろうか。
「もう既に十分です。今以上に惚れさせてどうするおつもりですか?」
「そこまでは考えてなかったな。まあ男冥利に尽きるよ……」
ちょっとした脱線話に諒太も自然と笑ってしまう。明日には笑顔などなくなるのだ。だとすれば今のうちに目一杯に笑っておくべきかもしれない。
「そのあと、わたくしと一騎討ちという流れでしょうか?」
「ああいや、一応は兵が動かぬようにSランク魔法を見せつける。両軍が微動だにできなくなるほどの魔法をな……」
「Sランク魔法? それは伝説的なものでしょう?」
プレイヤーがいないセイクリッド世界にSランク魔法を唱えられる者などいない。使えたとしてAランクの魔法までだろう。だからこそ諒太は効果があると考えている。
「まあ見てろって。だから俺が現れるまで絶対に接近するな。両軍の中央を焼け野原にする。焼け焦げたそこが俺たちの戦場だ……」
諒太が中立であり、諒太の力が神にも等しいと理解できれば両軍の衝突は避けられるだろう。アクラスフィア王国は既に戦う気力すら失われているし、戦いが回避できるのなら大人しくしてくれるはず。
「分かりました。是非とも全力でお願いします。手を抜いていると思われてはいけませんし」
「了解した。じゃあ明日な……」
諒太は手を抜いても問題などない。ただロークアットには全力で来てもらわねば兵が納得しないだろう。
諒太はここでログアウトを選択。両親が帰宅する前に戻らねばならない。かといって、やり残したことはなかった。十分な準備をしたと断言できる。
万全を期して決戦に挑めるはずだ……。
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