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第二章 悪夢の果てに

妖精女王リナンシー

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 突然、現れた美しい妖精は諒太が期待したままの話を始める。

「妾が妖精女王リナンシーじゃ。其方の名はなんという?」
 やはり現れたのは妖精女王であった。どうやら彼女はリナンシーという固有の名前を持っているらしい。

「リョウです……」
「ほう、其方はリョウというのか。妾は歓迎するぞ。森を荒らす凶悪な魔物を退治してくれたのだろう?」
 夏美から聞いていた通りに、妖精の国はイベントボスを退治してからでないと辿り着けない設定らしい。お陰様で徹夜が確定してしまったけれど、諒太は妖精の国に入る機会を失わずに済んだみたいだ。

「ええ、強敵でした。妖精の国が助かって良かったです」
「して、討伐の証拠を持っておるかの? 妾は疑い深い性格での。それを見せてもらわんことには信用できぬ……」
 面倒な展開になってしまう。討伐の証拠と言われても、諒太は剥ぎ取りした石ころとドロップさせた古代竜の魔瘴しかない。石ころは未確定アイテムであるし、やはり古代竜の魔瘴を見せるべきだろう。

「これです……」
「何と! 森を荒らしておったのはエンシェントドラゴンであったか!?」
 言って妖精女王リナンシーはどうしてか古代竜の魔瘴を泉へと放り投げてしまう。また泉に落ちた古代竜の魔瘴はどういう理屈か溶けるように消えてしまった。

「ちょっと!? 何をするんですか!?」
「リョウ、別に妾は倒してくれとは頼んでいない。だから古代竜の魔瘴は妾のものじゃ!」
 いじめっ子理論を展開するリナンシー。どうやら女王と聞いて想像するような性格ではないのかもしれない。

「返してくださいよ! 貴重なアイテムなんですから!」
「くどい! 妾も本気を出せば古代竜など軽く捻ってやったのじゃ。つまりリョウの力など始めから必要ない。やーい、リョウのバーカ! おたんこなすぅ!」
 明確な殺意を覚えてしまう。カチンときた諒太は言い返そうと考えるも、ふと夏美の話を思い出していた。

『女王の好感度を上げないといけない――――』

 ここに来た目的はフェアリーティアを手に入れるためだ。だからこそ諒太は慎重に動かねばならない。
 恐らくリナンシーの性格は罠である。陰湿な運営がプレイヤーたちを陥れるために設定したはずだ。下手に口答えをして好感度を下げては運営の思う壺となる。

「貴重なアイテムですが、美しい貴方様への贈り物としましょう。稀有な美貌を持つ貴方様をお守りできたことこそ、何ものにも代えがたい褒美ですから……」
「はぇ!? 妾が美しいじゃと!? 稀有な美貌じゃと!? リョ、リョウに言われても嬉しくないんじゃからな……」

 突如としてリナンシーはツンデレテンプレを展開する。対する諒太は手応えを感じていた。必ずや彼女を籠絡しフェアリーティアを入手できるはずと。
「真実を語ったまで……。この世の美が集結したかのようなリナンシー様こそ、妖精の王に相応しい。俺は正直に貴方様を直視できません。何しろ美しすぎるものですから……」

「ふぁ! ふぁぁっ! ふああああっっ!」

 諒太が歯の浮く台詞を連発するとリナンシーが壊れた。耐性がなかったのか、顔を真っ赤にして大袈裟に頭を振っている。
 セイクリッド世界における諒太の魅力値は一般人を遥かに凌ぐはず。相手が妖精女王であろうとも、好感度が設定されているのなら必ず攻略できるはずだ。

「キュンときたのじゃ! 乙女心をくすぐられたのじゃぁぁっ!」
 威厳のあるキャラクターだと勝手に想像していたけれど、実際は夏美に勝るとも劣らない残念な人格をしていた。しかし、ここで引いてはならない。彼女の好感度を最大値まで上げきる必要があるのだから。

「何を驚かれているのです? 俺は感じたまま語っているだけ。揺るぎない事実は否定する隙がありませんし……」
 心にもない台詞を浴びせる。魅力値との合わせ技で好感度はうなぎ登りであろう。

「うはぁぁ! いいぞ、良く分かっているな! ならばリョウ、其方は妾のことを好いておるのか!?」
「問わなければ分かりませんか? もしそうであるなら残念です……」
 トドメとばかりに諒太は切なさを浮かべた表情をする。小さく溜め息を吐いてはチラリとリナンシーを横目で見た。

「分かぁぁる! 分からいでかぁ! 妾は完全完璧に察しておるぞ! 悲しい顔をするでない! ういやつなのじゃ! リョウはめんこいのじゃぁぁっ!」
 過度に強化された魅力値に抗うことなどできないはず。ギルドのアイドル受付嬢から始まりエルフの王女殿下に続いて今度は女王様である。セイクリッド世界の男性全員に恨まれたとして文句は言えない。

 その刹那、脳裏に通知音が鳴り響いた。

『称号【軟派で臆病】が称号【軟派士】に昇格しました』

 諒太は驚いていた。なぜなら【軟派で臆病】は既に書き換わっていたからだ。通知の通りであるとすれば、称号は書き換えられているのではなくプラスされていることになる。変化するジョブとは異なり、この通知は過去の称号が今も機能していることを意味した。

 称号が昇格したことにより察知できるのは何らかの経験値を得たこと。推測するにリナンシーの好感度が変化したのだと思われる。だとすれば諒太は次なる段階に進むだけ。フェアリーティアを受け取るだけであった。

「リナンシー様のお話はどうにも信じられません。何か形にしていただかないと……」
「おお、そうじゃったな! 古代竜討伐のお礼と併せ、妾個人からリョウに贈り物がしたいのじゃ!」
 完璧な展開じゃないかと諒太はほくそ笑む。確実にフェアリーティアを受け取れる流れだ。諒太でも一個はもらえると夏美は話していたが、彼女は諒太のモテ力を考慮していない。リナンシーの台詞から予想するに、諒太は一個以上のフェアリーティアを入手することになるだろう。

「さあ泉に入るが良い。其方が望むものがあるはずじゃ……」
 どうやら手渡しではないらしい。諒太自ら泉へと入って探さねばならないようだ。
 言われるがまま泉へと入る。本当に淀みが少しもなく、水に入った感覚がなければ泉であると分からないほどに透き通っていた。

 少し歩いた先にフェアリーティアを発見。だが、驚きのあまり諒太は声を失っている。けれど、その美しさに息を呑んだのではない。見つけたフェアリーティア自体が諒太を困惑させていたのだ。

「三つもある……」
 確かに二つはもらえそうだった。けれど、三つももらえるだなんて想定していない。
「リョウ、三つのフェアリーティアにはそれぞれ妾の溢れる想いが込められておる……」
 三つの宝石を泉から掬い取った諒太にリナンシーが言う。何とも不安を覚える話だ。自業自得ではあるのだが、やり過ぎた感が否めない。

「一つ目は愛……」

 一つ目にして破壊力があった。このあと二つの想いを聞く勇気が諒太には不足している。好感度を上げすぎたせいで、告白紛いの話を聞かされる羽目になった。

「あと……二つは……?」
 ゴクリと唾を飲み込んでから問いを返していた。三つの想いとやらを聞くために。覚悟を決めて諒太は聞き遂げるだけだ。

「聞きたいか……?」
 勿体ぶる必要性を感じなかったが、残念妖精リナンシーは面倒にも聞き返している。別に知りたくもなかったけれど、恐らくここまでがイベントであるはずだ。

「なんと二つ目も愛じゃ! なぜなら妾の愛は一つで収まりきれんかった! 妾は愛に生きる女! 故に我が愛は幾らでも溢れ出すのじゃ!」
 リナンシーの見た目は間違いなく美少女だが、諒太は猛烈な寒気を覚えている。このままイベントが発展していくと、最後には拉致監禁といった事態まで予想できてしまう。

「あろうことか三つ目も愛じゃ! 其方は濃厚濃密な妾の愛を手にした! さあ我が情愛を余すことなく受け取るが良い!!」
「愛が重すぎんだよっ!」

 どうやらリナンシーの好感度を極限まで上げきったみたいだ。かといって面倒なだけで不都合はない。何しろ諒太は三つもフェアリーティアを手に入れたのだから。
「リョウ、ずっとここにおれ。妾は其方に尽くすと決めたのじゃ!」
「無茶をいうな……。俺にもやるべきことがある。残念だが、ここに残ることはできない」
 芝居はもう終わりである。古代竜の魔瘴を奪われたままであったけれど、それはもう別に良い。お馬鹿な妖精とは縁を切るべきだと思った。

「嫌じゃ! 妾はここを離れられん! 其方がここに残れ!」
「無理だ。俺には世界を救う使命がある。これでも俺は世界に選ばれし勇者なんだ。どうか分かってくれ……」
 ここを離れられないといったリナンシーであるから、使命を話したとして構わないはずだ。彼女が諦めてくれる理由を諒太は口にするしかない。

「なんと其方は勇者であったか! 流石は妾のリョウじゃ! よし、ならば妾は其方と共に行こう!」
 妖精の国を離れられないといったリナンシー。夏美と同じで数秒前のことすら覚えていないようだ。彼女は女王としての責務を放棄するつもりなのか、諒太に同行すると話す。
「お前は国の繁栄に尽力してくれ。馬鹿な真似はやめろ。一応は女王だろ?」
「ふふん、妾には秘策があるのじゃ! ここに残りつつも同行するとっておきの術がな!」
 言ってリナンシーは何やら呪文を唱え出す。何を始めるのか分からなかったけれど、恐らくは面倒事に違いない。

「ほうれ! 妾の加護を受けよ!」
 呪文の詠唱が終わると諒太の眼前に目映い煌めきが現れる。それは徐々に身体へと接近し、終いには体内へと吸い込まれていく。

「えっ……?」
 右手に何やら力を感じる。よく見ると小さな痣が現れていた。薄いピンク色をした妖精のシルエット。どうやらそれが妖精女王の加護なのだろう。

「加護により妾たちは魂レベルで一つとなったのじゃ! 勇者リョウの戦いを影ながら手助けするぞ! 常に魔力を供給してやるのじゃ! 妾に依存せよ! 妾を溺愛せよ! 濃密濃厚且つ芳醇な愛を注ぎ込んでやるからなぁぁ!」
 リナンシーによると加護はステータス補正と魔力供給らしい。非常に助かるけれど、怖すぎる。残念成分は幼馴染みだけで間に合っているし、愛に関してもこの世界では同じことだ。

「俺は急いでいるからこれで。フェアリーティアをありがとう」
 無理矢理に話を切り、諒太は転移魔法を唱え出す。頭のネジが外れたとしか思えない残念妖精の相手をしている場合ではない。諒太は学校が始まるよりも前に防具の製作依頼を済まさねばならないのだ。

「リョウ、まだ早いのじゃ! 妾の気持ちは伝え終わっておらぬ! たとえ其方が失われたとしても天界へ還ることは許さん……」

 リナンシーを無視し、諒太はリバレーションの詠唱を終える。ところが、転移する瞬間にまで彼女は諒太を戦慄させていた。今もまだリナンシーは過度に重く感じる愛を語らっていたのだから……。

「そのとき妾は其方の魂を喰らうつもりじゃぁぁ――――」
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