上 下
69 / 226
第二章 悪夢の果てに

求められる対価

しおりを挟む
 ロークアットから痛烈な皮肉をもらった諒太。しかしながら、彼にも言い分がある。誠心誠意伝えることによって彼女の機嫌が良くなるようにと弁明を続けた。

「すまない。君を傷つけるつもりは少しもないから。だってほら防具の加工だぞ? 武器じゃないのだから許してくれ」
 後ろめたさはあったけれど、それが本心である。武器の加工ではないことこそが、諒太にとっての誠意であった。

「しょうがないですわね? まあ良いでしょう……。リョウ様に免じて許してあげます。ただし、わたくしの願いを一つ叶えて頂けませんか?」
 何とか許しを得たものの、ロークアットは気になる話を始めた。どうしてか彼女は諒太に対価を求めている。

「仮にリョウ様が望む世界線に戻らなかったとして。もしも、わたくしたちが結婚式を挙げるとして……」
 世界線を戻すとは明言していない。確かに諒太は誤魔化したはず。けれど、ロークアットは目的を察しており、その上で世界線の移行に失敗した先の話をしている。

「式にはお父様を呼んでください――――」

 諒太はとんでもない要求を突きつけられてしまう。確かにいちご大福が生きていると伝えた。しかし、それは世界線が異なる前の話だ。眼前に立つロークアットには少しですら教えていないはずなのに。
「リョウ様からナツ様やお父様と同じ雰囲気を感じたとお母様は仰っておりました。だからこそ、わたくしは牢獄まで会いに行ったのです。リョウ様を自分の目で確かめるために」
 年の功なのか、それともエルフ特有の感覚なのか。ロークアットだけでなくセシリィ女王もまた勘が鋭かった。

「どうして、いちご大福閣下が存命だと思うんだ?」
 一応は確認しておく。知りもしないはずの話だ。雰囲気だけで考えているのならやり過ごせるだろう。
「ナツ様が消息不明であるからです。お父様と時期が異なりますけれど、ナツ様はある日突然に姿を消されております。魔物や野党が敵う方ではなく、まだお若くあられたというのにです。恐らくは異界に戻られたのだと我が国では伝わっております……」
 夏美が移籍した世界線。スバウメシア聖王国は夏美がログインしなくなった日を明確に記録しているらしい。また、いちご大福が消息を絶った日との類似点を聖王国は見出しているようだ。

 誤魔化せたのならそれが一番である。しかし、勇者ナツが消えたことにより、いちご大福の消失理由が推し量れていた。そのような結論に至ったのであれば、もう隠すことはないのかもしれない。
「確かにいちご大福閣下は生きている。だけど彼はもう二度とセイクリッド世界に戻れない」
「どうしてです? 生きているのなら連れてきて頂けませんか? わたくしはお父様の顔を殆ど覚えておりません。お母様から聞かされるだけなのです」
 続けられたのは切実な話であった。けれど、アカウントが凍結されたなんて話はできない。説明のしようがない理由を諒太は口にできなかった。

「わたくしはお父様にお会いしたいのです。晴れ姿くらいは見て頂きたい……」
 どうすれば良いのだろうと頭を悩ます。諒太はいちご大福が誰であるのかを知らないし、セイクリッド世界に連れてくるには召喚しなければならない。加えて彼のアカウントは既に使用できず、彼がいたという痕跡しか残っていないのだ。
 アカウントを作り直したとして似たようなキャラにするのが精一杯である。微妙に異なる基礎値や隠しステータス。全てをいちご大福と一致させるのは不可能だ。

「どうしても無理なのでしょうか……?」
「可能性は少しもない。なぜなら彼は神が定めた禁忌を破ったからだ」
「禁忌……ですか?」
 諒太は再び伝えるしかないようだ。たとえロークアットが傷ついたとしても、彼女が納得する理由は他にない。

「三百年前のこと。スバウメシア聖王国は内乱状態となっていた。いちご大福閣下は危機感を抱いていたんだ。スバウメシア王家が転覆させられてしまうこと。愛する家族が失われてしまうことを……」
「それは聞いております。人族の子であるわたくしを認めない諸侯が多くいたのだと。国を分断する戦争が勃発する寸前であったことは……」

 結果的にイベントは中止となった。従ってこの世界において内乱は未遂に終わったはず。だからこそ、いちご大福は忽然と姿を消したことになっており、死んだとされたわけではない。
「彼は神の怒りに触れた。人の手にあるべきでない物を彼が作ったから。神の力により行き来する俺たちは神に逆らえない」
「お父様が何をしたというのです? 神様の怒りを買うだなんて……」
 ロークアットやセシリィ女王に責任はない。真相から考えると誰も罰せられるべきではなかった。けれど、定められたルールに抵触したのもまた事実である。

「いちご大福閣下は君たち二人に指輪を残した……」
 セイクリッド世界に残る事実はそれだけだ。チートアイテムを生み出してしまったこと。今も二人を守る謎の指輪こそがいちご大福の罪である。

「あの……指輪が?」
「君も知っているだろう? あのとんでもない力を秘めた指輪。あれは神の力だ。人の手に余るもの。彼はそれを生み出してしまい神の怒りを買ったんだ。それ故にセイクリッド世界から強制的に排除されてしまった……」
 俯くロークアットは気落ちしている様子。謎の指輪による効果を知る彼女はその罪深さを理解したらしい。

 諒太もまた溜め息を吐く。ただし同じように塞ぎ込んではいられなかった。ロークアットが前へと踏み出せるように、諒太は言葉を続けなければならない。

「あの指輪の存在は許されている。罪は彼自身が請け負ったからだ。だからこそ俺たちの決戦には是非とも装備して欲しい。君が望む結婚式ではないのだけど、俺たちの一騎討ちを……」
 この世界線でロークアットにできる唯一のこと。彼女を鼓舞する言葉を諒太は口にする。

「彼に見届けてもらおう――――」

 父親として晴れ姿を望んでいるはず。嫁ぐ姿ではなかったけれど、これは世界を救う一大決戦である。大舞台という意味では勝るとも劣らないだろう。
 対するロークアットは小さく頷いていた。彼女もまた覚悟を決められたようだ。

「承知しました。勇者様と一戦交えること。わたくしが全力でぶつかれる数少ない機会となるでしょう。お父様と共に立ちはだかりたいと思います」
 これでいいはずだ。手加減したというのに諒太はゴンドンを瀕死状態としてしまった。だからこそ謎の指輪を装備して欲しいと思う。諒太は彼女を傷つけたくなかったのだ。

「これが白金貨十五枚です。リョウ様も十分な準備をしてください。わたくしは楽しみにしておりますので……」
 言って金庫から取り出した白金貨を手渡してくれる。夏美に聞いた話によると白金貨はイベントなどで配られるレアアイテムであり、一枚が十万ナールという価値であった。

「ありがとう。誰も傷つけないと約束する。人族もエルフも一人だって……」
 諒太は感謝と決意を語り、転移魔法を唱える。

 仮初めの世界線であろうと勇者として戦うと決めた。確証のない未来に希望を抱いてはならない。この現実を守るのだ。いつ何時も諒太は世界と共にある……。
しおりを挟む

処理中です...