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第二章 悪夢の果てに
フェアリーティア
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諒太が転移して間もなく貴賓室の扉は開かれている。
「リョウ様、お待たせ致しました!」
元気一杯にロークアット。別にそこまで急いでいなかったのだが、ロークアットは慌ただしく入室してくる。
「全然待ってないよ。無理なお願いをして悪かった……」
「いえいえ、日増しに婚約の日取りが気になっております! 早く一騎打ちをして滅多打ちにされたいです!」
どうにも反応に困ってしまう。この世界線のロークアットは少しばかり異なっていた。妙に積極的であり、好意を全面に押し出してくる。
「俺はそこまで酷い奴じゃないぞ? 君は本気できてくれて構わない。ただし、君はいちご大福閣下の指輪を装備してくれ」
「お父様の指輪をご存じなのですか!? やはりリョウ様の仰る世界線なるものは存在するのですね!?」
ロークアットのテンションはずっと高めを維持している。浮かれるようなロークアットはある意味新鮮であった。
「そういったはずだぞ? 俺はある程度なら君のことについて知っているから……」
やはり諒太の話を全て信じたわけではなさそうだ。対となる誓いのチョーカーを持っていたとしても、信頼を得るには時間が少なすぎたらしい。
「申し訳ございません。貴方様のチョーカーは間違いなく、わたくし自身が錬金術で製作したものです。しかし、贈った覚えがないものですから、どうしても疑問が残っていたのです」
「しかし、不審に思う人間に婚約を要求するか?」
少し意地悪な質問にロークアットは頬を膨らませた。彼女がどこまで諒太を疑っていたのか分からないけれど、良識ある者ならば不審者に婚約を申し出るはずがない。
「意地悪ですわね? これでもわたくしは自身の直感を信じております。リョウ様を見た瞬間、身体中に電撃が走ったかのような感覚がありました。簡単にいうと一目惚れだったのでしょう。異なる世界線の自分がお慕いしたように、わたくしも一目で惹かれてしまったようです」
「まあ悪い気はしないけどな。正直に助かっている。ロークアットがいなければ、俺には戦争を止める手立てがなかった……」
スバウメシア聖王国を歩くたびに捕縛されていたのではどうしようもない。ロークアットが諒太を信じてくれなければ、前進など望めなかっただろう。
「それでリョウ様、わたくしにはまだ疑問がございます。先日、貴方様はこの世界線を望んでいないと仰っておりました。それはどういった意味なのでしょうか?」
どうも諒太は口を滑らせたようだ。かといって現状のロークアットには理解できぬ話であるはず。聞き流してくれれば良かったのだが、ロークアットは何気ない話を疑問に感じていたらしい。
「単純に三種族が手を取り合う世界。俺はそれを望んでいる。人族とエルフだけでなく、ドワーフとエルフにも和平を結んで欲しい。それは世界の変革と呼べるだろ?」
「ああそういうことですか。了解です……。わたくしは誤解していたのですね? 世界を変えることで、リョウ様がこの現実を消去しようとしているのかと深読みしていました。わたくしとの婚約ですら……」
ロークアットは計画の一端を予想していた。現状を改変する手段は分からないだろうが、諒太の企みに気付いているはず。皮肉っぽい言い回しはその表れである。
「ここに百万ナール以上の価値がある宝石を用意しました。冒険者ギルドで換金してください。白金貨もございますけど、ギルドカードに入金されるのでしたらこちらかと……」
やはりロークアットは聡明な人であった。諒太の目的を推し量るだけでなく、借金を何に使うのかまで察しているようだ。通行証の購入はギルドカード決済のみ。戦利品として買い取ってもらうと入金手数料は必要なくなり、そのままの金額が入金されるのだ。
「君は何でもお見通しだな? 俺を咎めようとしないのか?」
「100万という金額の用途は直ぐに察知できましたから。わたくしはリョウ様を信じております。世界の平和を望む貴方様なら、悪いようにはしないはず」
思わず笑みが零れてしまう。ガナンデル皇国へ向かうと気付いても、ロークアットは諒太を信じてくれるらしい。
「宝石分の100万ナールは必ず返すよ」
「くれぐれも踏み倒すことのないようにお願いしますね?」
苦笑いの諒太にロークアットの笑みが大きくなる。どうやら彼女は戻ってくるかどうかなんて気にしていない様子。ちょっとした冗談であるのは明らかだ。
「とりあえず宝石分の働きはするよ。それだけは約束できる……」
「はい、貴方様を信じます」
諒太はフェアリーティアという宝石をロークアットから受け取る。透き通った氷のように見える宝石だが、色も輝きもない石が100万ナールだなんて俄には信じられなかった。
別れのときが来たことをロークアットは察している。彼女は宝石を手渡すだけでなく、諒太の手を固く握っていた。
「リョウ様、二日後にお会いしましょう」
「ああ、楽しみにしている」
言って諒太はリバレーションを唱え出す。彼女の手をそっと離し、小さく頷いてみせる。
詠唱が完了し、ロークアットもまた頷く。旅に出る諒太を心配してくれているのか、どうしてか彼女は転移していく彼に聞き覚えのある言葉をかけてくれた。
「大いなる旅路に幸あらんことを――――」
「リョウ様、お待たせ致しました!」
元気一杯にロークアット。別にそこまで急いでいなかったのだが、ロークアットは慌ただしく入室してくる。
「全然待ってないよ。無理なお願いをして悪かった……」
「いえいえ、日増しに婚約の日取りが気になっております! 早く一騎打ちをして滅多打ちにされたいです!」
どうにも反応に困ってしまう。この世界線のロークアットは少しばかり異なっていた。妙に積極的であり、好意を全面に押し出してくる。
「俺はそこまで酷い奴じゃないぞ? 君は本気できてくれて構わない。ただし、君はいちご大福閣下の指輪を装備してくれ」
「お父様の指輪をご存じなのですか!? やはりリョウ様の仰る世界線なるものは存在するのですね!?」
ロークアットのテンションはずっと高めを維持している。浮かれるようなロークアットはある意味新鮮であった。
「そういったはずだぞ? 俺はある程度なら君のことについて知っているから……」
やはり諒太の話を全て信じたわけではなさそうだ。対となる誓いのチョーカーを持っていたとしても、信頼を得るには時間が少なすぎたらしい。
「申し訳ございません。貴方様のチョーカーは間違いなく、わたくし自身が錬金術で製作したものです。しかし、贈った覚えがないものですから、どうしても疑問が残っていたのです」
「しかし、不審に思う人間に婚約を要求するか?」
少し意地悪な質問にロークアットは頬を膨らませた。彼女がどこまで諒太を疑っていたのか分からないけれど、良識ある者ならば不審者に婚約を申し出るはずがない。
「意地悪ですわね? これでもわたくしは自身の直感を信じております。リョウ様を見た瞬間、身体中に電撃が走ったかのような感覚がありました。簡単にいうと一目惚れだったのでしょう。異なる世界線の自分がお慕いしたように、わたくしも一目で惹かれてしまったようです」
「まあ悪い気はしないけどな。正直に助かっている。ロークアットがいなければ、俺には戦争を止める手立てがなかった……」
スバウメシア聖王国を歩くたびに捕縛されていたのではどうしようもない。ロークアットが諒太を信じてくれなければ、前進など望めなかっただろう。
「それでリョウ様、わたくしにはまだ疑問がございます。先日、貴方様はこの世界線を望んでいないと仰っておりました。それはどういった意味なのでしょうか?」
どうも諒太は口を滑らせたようだ。かといって現状のロークアットには理解できぬ話であるはず。聞き流してくれれば良かったのだが、ロークアットは何気ない話を疑問に感じていたらしい。
「単純に三種族が手を取り合う世界。俺はそれを望んでいる。人族とエルフだけでなく、ドワーフとエルフにも和平を結んで欲しい。それは世界の変革と呼べるだろ?」
「ああそういうことですか。了解です……。わたくしは誤解していたのですね? 世界を変えることで、リョウ様がこの現実を消去しようとしているのかと深読みしていました。わたくしとの婚約ですら……」
ロークアットは計画の一端を予想していた。現状を改変する手段は分からないだろうが、諒太の企みに気付いているはず。皮肉っぽい言い回しはその表れである。
「ここに百万ナール以上の価値がある宝石を用意しました。冒険者ギルドで換金してください。白金貨もございますけど、ギルドカードに入金されるのでしたらこちらかと……」
やはりロークアットは聡明な人であった。諒太の目的を推し量るだけでなく、借金を何に使うのかまで察しているようだ。通行証の購入はギルドカード決済のみ。戦利品として買い取ってもらうと入金手数料は必要なくなり、そのままの金額が入金されるのだ。
「君は何でもお見通しだな? 俺を咎めようとしないのか?」
「100万という金額の用途は直ぐに察知できましたから。わたくしはリョウ様を信じております。世界の平和を望む貴方様なら、悪いようにはしないはず」
思わず笑みが零れてしまう。ガナンデル皇国へ向かうと気付いても、ロークアットは諒太を信じてくれるらしい。
「宝石分の100万ナールは必ず返すよ」
「くれぐれも踏み倒すことのないようにお願いしますね?」
苦笑いの諒太にロークアットの笑みが大きくなる。どうやら彼女は戻ってくるかどうかなんて気にしていない様子。ちょっとした冗談であるのは明らかだ。
「とりあえず宝石分の働きはするよ。それだけは約束できる……」
「はい、貴方様を信じます」
諒太はフェアリーティアという宝石をロークアットから受け取る。透き通った氷のように見える宝石だが、色も輝きもない石が100万ナールだなんて俄には信じられなかった。
別れのときが来たことをロークアットは察している。彼女は宝石を手渡すだけでなく、諒太の手を固く握っていた。
「リョウ様、二日後にお会いしましょう」
「ああ、楽しみにしている」
言って諒太はリバレーションを唱え出す。彼女の手をそっと離し、小さく頷いてみせる。
詠唱が完了し、ロークアットもまた頷く。旅に出る諒太を心配してくれているのか、どうしてか彼女は転移していく彼に聞き覚えのある言葉をかけてくれた。
「大いなる旅路に幸あらんことを――――」
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