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第二章 悪夢の果てに

再びロークアットと……

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 家に戻った諒太は直ぐさまクレセントムーンを準備し、セイクリッド世界にログインしていく。ロークアットが今も誓いのチョーカーを装備していると期待して彼女に念話を送った。

『ロークアット、返事をして欲しい』
 友好関係を築いていた頃であればログインするたびにロークアットから呼びかけがあった。だからこそ不安に感じるところなのだが、ここはロークアットを信じるしかない。
 ここで応答がなければ諒太はまたも捕らわれるしかなくなるだろう。無理矢理に転移し、声高にロークアットの名を叫ぶしか手段はない。

『リョウ様、わたくしに何かご用でしょうか?』
 ところが、不安を掻き消すような柔らかい声が届いた。これには感謝しかない。再逮捕されずに済みそうである。
『ああ、実は頼みがあって念話している……』
『頼みですか? それはやはり一騎打ちの手加減でしょうかね?』
 諒太の強さを知らないロークアットは誤解しているようだ。一騎打ちに彼が不安を覚えていると予想したらしい。

『一騎打ちは全力で来てくれ。そうでないとスバウメシア兵を納得させられない。俺の頼みは全く違う話だ。非常に頼みづらいことなんだけど……』
『はぁ……』
 予想と異なったからか、気の抜けた返事をするロークアット。しかし、彼女は今以上に想定外の話を聞くことになる。

『金を借してくれ……』

 スバウメシアを代表する美女に何を願っているのかと自己嫌悪に陥ってしまう。けれど、諒太は精神的苦痛に耐えつつも彼女から100万ナールを借り受けるしかない。
『リョウ様、資金的に大変なのでしょうか? それはお幾らほど……』
『呆れるだろうが、特別な事情があって100万ナールを借りたい。即日に用意しなければならないんだ……』
 我ながら情けないと思う。まるで借金取りに追われているかのような言い訳だ。かといってガナンデル皇国の通行証を手に入れたいとは話せないし、借り受けるためには諒太が恥を忍ぶしかない。

『リョウ様は異界の勇者様なのでしょう? ならばアクラスフィア王国が支援してくれるのではないでしょうか?』
『確かに俺は勇者だが、俺を召喚したのはアクラスフィア王国の騎士団なんだ。王様は俺を認めていない。よって俺はフリーに近い存在であって、アクラスフィア王国を頼れないんだよ』
 諒太だって王様が懇意にしてくれたのなら、アクラスフィア王国に頼んだだろう。しかし、現状の諒太は騎士団に組み込まれているような存在だ。支度金に千ナールしか工面できなかった騎士団が百万という金を用意できるはずもない。

『それはとても良いお話です! 我が国に婿入りするのに障害はなくなりましたね! ならば良いでしょう! わたくしの個人資産から100万ナールをご用意します。婿入りの結納金としてお納めください』
 急にハイテンションとなるロークアットは諒太の申し出を受けてくれるらしい。ただし、借金ではなく結納金として……。

『いやそこは貸しにしといてくれ。俺にもプライドがあるんでな……』
『ああ確かに……。殿方のお気持ちを察せず申し訳ございません……』
 謝られてしまうと罪悪感が増す。基本的に踏み倒すつもりの諒太は彼女の謝罪に苦笑するしかない。
『直ぐに来られますか? わたくしの自室はご存じでしょうかね?』
『君の部屋に招かれたことはない。いつも貴賓室で待ち合わせをしていたから……』
『なるほど、それならば貴賓室でお待ちします。今用意しておりますので、直ぐにでも大丈夫ですよ?』
 ロークアットが本当の彼女であれば良いのにと思う。同じ世界線に生まれていたのなら、迷わず彼女の申し出を受けていたはずだ。

 一も二もなく了承し、諒太は移動魔法リバレーションを唱える。いつものように貴賓室の様子を思い浮かべながら、スバウメシア聖王国へと転移していく……。
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