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第二章 悪夢の果てに

大戦に向けて

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 ガナンデル皇国への入国を決めた諒太。かといって情報収集は必須である。せっかくのレア素材を無駄にしないためにも、優秀な工房を夏美から聞き出す必要があった。

「ナツのフレンドにも生産者はいるのか?」
「もちろん! βの頃から贔屓にしてるプレイヤーはフレンドになってるよ。金属加工なら【越後屋】さん一択だし、革製品なら【ココ】ちゃんだね」
 越後屋にココ。しかし、今も彼らの工房が残っているのかどうかは行くまで不明だ。何しろ諒太の世界は三百年後であるのだし。

「屋号とかないのか? 名前じゃ見つけられないかもしれない……」
「えっと、越後屋さんのお店は【悪徳商会】でココちゃんのお店は【カモミール】だよ。有名な工房だからガナンデル城下に行けば直ぐに分かるはず」
 越後屋の店は直ぐに分かりそうだ。如何にもな店構えであるのに疑いはない。しかし、カモミールなる名前は割と世界観に溶け込んでいそうな感じ。夏美が話すように有名な工房でなければ見つけられるかどうか分からない。

 加工に関してはひとまず置いておくことにした。だが、諒太には重大な問題が残っている。
「ガナンデル皇国に向かうとして、俺は二万ナールしか持っていない……」
「ああ、金策からかぁ……。あたしも人のことは言えないけど……」
 ぶっちゃけ、あと三日しかなかった。それまでに通行証を買い、防具の作成を依頼するのは不可能である。期待した夏美の財布もすっからかんであるらしい。

「それに敵対もしているからな。通行証を買ったとして普通に入国できるのかどうかも分からん」
「それは大丈夫じゃないかな? ガナンデル皇国は来るもの拒まずって感じだし。一冒険者なら大丈夫だよ。とにかく通行証の収益を求めてるって設定だから罪人であろうと余裕で入国できるはず」
 それなら問題はないのかもしれない。かといって通行証代の百万ナールが諒太には大きな障害であった。

 しばし考える。数日の内に百万ナールだなんて夏美の装備コレクションを全て売ったとしても無理だと思う。セイクリッド世界の商人はプレイヤーではないし、彼らとの取引は足下を見られるに決まっているのだ。
「まてよ……?」
 絶望感すら覚え始めていたのだが、諒太は起死回生の妙案を思いつく。上手く行けば数日どころか一瞬で解決できるはずと。

「よし、防具の製作は任せろ。お前は金剛の盾を必ず習得しておけ」
「リョウちん、貧乏なのにどうすんの? 金策なら手伝うよ?」
「貧乏言うな。まあ確かに貧乏ではあるが、俺には秘策があるんだ。まあ聞いて驚け。残念なる幼馴染みよ……」
 諒太には一瞬にして百万ナールという大金を用意する案があった。まず間違いなく実行可能であり、失敗する確率は極めて低い。諒太は自信満々にその方法を夏美へと告げる。

「ロークアットに借りる――――」

 このアイデアに勝るものはなかった。クエストを一々こなしていたのでは絶対に間に合わない。お姫様であるロークアットなら、百万ナールくらいは造作もない金額であるはず。婚約してくれと頼まれた自身であれば、彼女のポケットマネーを引き出せるはずだと。
「ええ!? そんなに借りて返せるの!?」
「良いかよく聞け? 要は世界が元通りになれば良い。また世界線が元通りになるのなら、この今は巻き戻って処理されるだろう。つまり俺が借金しなければならない状況はなくなる。だからこの世界線での借金は無効となるんだ。よって踏み倒すという算段……」
「それって極悪人の思考じゃん! でも元にもどらなかったらリョウちんは返せないよね? 奴隷になるってこと?」
 アルカナにおける借金は指定期日に利子さえ払っておれば問題ない。しかし、利子が払えなければジョブは奴隷へと変化する。しかし、諒太は不安など覚えていない。何しろ諒太はロークアットに求婚されているのだ。仮に世界線が戻らなかったとしても、奴隷ではなく婚約が現実味を帯びるだけだろう。

「そういうわけだからお前は自分のことに専念しろ。俺も家に帰ってからロークアットに頼んでみるよ……」
 ログアウトしようかというところで、諒太は本来の目的を思い出している。
 そういえば諒太は戦争の準備をしようと夏美の家まで来たのだった。エルフ軍の魔法攻撃に耐えられる装備を拝借しようとして。

「ああナツ、悪いけど他にも装備が欲しいんだ。魔法耐性のある装備をくれないか?」
「ん? 良いけど何に使うつもり?」
 理由を話すのは憚られるけれど、隠していても仕方がない。諒太は装備を用意する理由を問われるがまま口にした。

「俺はロークアットと一騎討ちする予定だ……」
 思わぬ話に夏美は言葉をなくしている。夏美もまたロークアットを知っているのだ。良好すぎる関係に見えた諒太とロークアットが戦うだなんて想像できなかったのだろう。

「どうしてローアちゃんと戦うことになるの?」
「アクラスフィア王国とスバウメシア聖王国が敵対してるって話をしただろ? 二日後にスバウメシア聖王国はアクラスフィア王国に進軍する。俺がアクラスフィア王国につかなければ、まず間違いなく人族は滅びてしまうだろう。かといってスバウメシア聖王国の兵を傷つけるなんて駄目だ。スバウメシア聖王国を納得させるため、俺は力を誇示しつつ大将であるロークアットを叩きのめすつもり。スバウメシア聖王国の戦意を削ぐために……」
 諒太はフレアに聞いた話を夏美に伝えた。この三百年に何があったのか。そもそもの原因が人族であり、人族に与する諒太が停戦を呼び掛けたとして何の効果もないことを。

「でも歴史を修正するっていったじゃん? あたしさえ中立でいたら勝手に修正されるんでしょ?」
 アーシェの死に対する罪悪感が夏美にはあったのだろう。だからこそ彼女は中立という立場を受け入れ、イベントを完走する決意を固めたはず。生きていたはずのアーシェを元の姿に戻そうとして。

「じゃあ戻らなければどうする?――――」

 最悪の想定を諒太はしていた。世界線が戻る可能性はきっとある。けれど、もし仮に歴史が修正されなかった場合はアクラスフィアとスバウメシア間の戦争が続き、最終的にアクラスフィア王国は滅亡するだろう。ガナンデル皇国もまた脅威である。三国が手を取り合う状況にならなければ、残念ながらセイクリッド世界は終焉を迎えるはずだ。

 ルイナーが完全復活を果たしたそのとき、抵抗する余力を残さぬ彼らは簡単に蹂躙されてしまうだろう。加えて勇者である諒太はスバウメシア聖王国を自由に歩き回れない。アクラスフィア王国内ではレベリングに相応しいダンジョンがなく、今のまま歴史が進んだとすれば、十分なレベルアップが望めなかった。
 ルイナーが完全に目覚めるよりも早く諒太は強くならなければならなかったというのに。

「それは……」
「俺もまた夏美と同じ立場だ。犠牲を出すことなく戦いを終わらせる。圧倒的な力量差を見せつけたあと、俺は行軍の大将であるロークアットに一騎討ちを申し込む」
 スバウメシア兵たちが一騎討ちを受け入れる雰囲気に持ち込めたのなら、諒太は目的を達成したといえる。既にロークアットは了承しているし、一騎討ちならば彼女に負けるとは思えない。

「俺たちは戦争と呼べない戦いをするしかない。だから装備は慎重に選ぶんだ。エルフたちは基本的に弓兵と魔導兵だろう? だから盾を装備し、魔法耐性のある防具を選ぶ。俺は彼らの攻撃を全てしのぐつもりだ」
 頷く夏美。諒太の決意を汲んでくれたかのよう。加えて彼女は装備の当てがあるのか、アイテムボックスを開いている。

「じゃあ、リョウちんにはこれを進呈しよう!」
 言って夏美が取り出したもの。諒太は正直に言葉がなかった……。

【ドワーフの奇面】
【魔法耐性】大
【呪術耐性】極大

 何とも反応に困るものが飛び出した。まさかあの奇面を装備する日が来てしまうとは考えもしないことである。並々ならぬ精神力を消費してしまいそうだが、確かに性能は持ち歩くに相応しいものだ。

「しかし、ドワーフは何だってこんな面を?」
「だってドワーフたちにとってエルフは天敵だからね。この奇面は対エルフ戦に特化した装備なの。エルフにはシャーマンも多くいるし、この奇面ならNPCの初級魔法はほぼノーダメージになるよ」
 見た目さえまともであればと考えずにはいられない。
 厳つい鬼のような面なのだが、描かれた目は左右で視線がズレており、鼻の配置は製作ミスとしか思えない。また酷く歪んだ口は眺めているだけで不安になってしまう。極めつけが全面に描かれる血管のような模様。装備者に対する運営の悪意を覚えずにはいられない。

「まあしょうがないな。全てはエルフ戦の準備だ……」
「二日後ならあたしの戦いよりも早いから、砂海王の堅皮で作った防具はリョウちんが装備したら良いよ。きっと全ての属性に耐性があるはず。とりあえず精霊石は返しとくね」
 夏美から精霊石を受け取り、アイテムボックスへとしまう。確かに出張データである夏美にあげたとして意味はなかった。

「もしも製作が間に合わない場合は何か見繕ってくれ。妖精女王のローブは賢さ極振りだし……」
「いいよ。そのときは連絡ちょうだい!」
 恐らく物理攻撃部隊は弓兵しかいない。だから魔法耐性重視は有効な手段だと思う。しかし、それは防具製作が上手く運んだ場合だ。もしも間に合わないといった状況になればメンタルに多大なダメージを与える奇面に頼るしかなくなる。なけなしの自尊心を諒太は失うことになるだろう。
 兎にも角にも作戦会議は終了。ひとまず諒太が戦利品を預かることになり、二人は互いに準備を始める。

 夏美はスキル金剛の盾の習得。一方で諒太は防具製作へと動き出す……。
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