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第二章 悪夢の果てに

未知なるスクロール

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 諒太は夏美に望みを伝えている。
 セイクリッド世界が元の世界線へと移行するように。彼女が再び楽しめるようにと。

「ナツにとってマイナスばかりじゃないと思う。標的となるお前には何らかの報酬が用意されているはず。生き残りさえすればイベントを盛り上げた主役として、それなりの報酬が与えられるだろう」
 どう考えても勇者にメリットはない。不参加すらあり得る話だ。注釈に内容の変更について記されているのもそこを危惧しているからだろう。他のサーバーに先んじてイベントが進行するセイクリッドサーバーにおいて運営は色々と試しているに違いない。協力をした勇者が何の報酬も与えられないとは考えにくかった。

「リョウちん、どうすればいいの!? あたしは滅茶苦茶燃えてきたよ!」
「それでこそナツだ。一緒に対策を考えよう。俺自身もお前の力を借りたくて来たんだ。まずはお前をセイクリッド世界に召喚する。そこで話をしようぜ」
 二人は召喚の準備をし、並んでベッドに横たわる。阿藤に見つかれば発狂しそうな状況であるけれど、実体がなくなる二人の本体はこうやって保護するしかない。

 程なく夏美の召喚が完了。諒太はそのまま夏美の手を握り、即座に転移魔法を唱える。一応は諒太も考えているのだ。夏美と遊ぶために召喚したのではない。
「ここは……?」
 夏美は目をパチクリとしている。それもそのはず目の前には見慣れた小屋。現実と化した自身の倉庫があったからだ。

「ナツ、防護結界を解除してくれ。中に入りたい」
「ああ、なるほど! 最適な防具を見つけ出すんだね?」
 夏美が防護結界の解除を実行した直後、周囲が激しく揺れだした。それは徐々に大きくなり、終いには立っていられないほどの衝撃となっていく。

「くそ、面倒なやつが……」
 間違っても負ける気はしないが、すべきことがレベリングではない今となっては邪魔くさいだけである。

【グレートサンドワーム(亜種)・Lv100α】

 現れたのは予想通りにグレートサンドワームであったのだが、どうにも記憶と異なった。
 名前には亜種とあり、体色は黄土色だったはずが真っ黒である。大木のように地面から伸びるモーションは変わらないけれど、レア種であるのは間違いないようだ。

「リョウちん、開いたよ! グレートサンドワームを先に倒す?」
「いや、まず倉庫に入るぞ!」
 グレートサンドワームを放置し、二人はまず倉庫へと入った。どうせ直ぐには消えないはず。以前も小屋から諒太が出てくるのを待っていたのだ。

「はぇぇ、リアルだとすっごい迫力! 格好いいなぁ……」
「お前の目は腐ってんのか? アレのどこが格好いいんだ?」
 諒太には巨大な黒ミミズにしか見えなかったけれど、夏美の残念なフィルターを通すと巨大ミミズも格好良く映るらしい。

「リョウちん、当然アレ倒すよね!? グレートサンドワーム亜種なんて初めて見たからさ。絶対に素敵アイテムがもらえるよ!」
「まあ戦っても良いが、情報はないのか? レベルが100αっておかしなことになってるけど……」
 ドロップに期待はしていない。何しろ以前のグレートサンドワームは魔石しか落とさなかったのだ。通常ドロップでさえスルーする諒太の幸運値では期待するだけ無駄である。

「いやあ、グレートサンドワームの亜種は初めて聞いたね。でも他の亜種は稀にポップするよ。αは確かランダム値なの。最大で二割強くなるんだったかな……」
 なるほどと諒太。プラスアルファとは強さがはっきりしないという意味らしい。しかし、運悪く最大値を引いてしまうとLv115の夏美よりも強くなってしまう。Lv101であってくれと願うばかりである。

「ちなみに普通のグレートサンドワームも良いお宝を持ってた! あたしが着けてる豪運のイヤリングはグレートサンドワームからドロップしたのよ!」
 夏美が頭部に装備しているのはイヤリングだった。しかもレアリティが半端ない。魔法耐性があるだけでなく、幸運値20%アップとか壊れ装備である。

【LUC】248

 夏美のステータスを確認すると確かに豪運であった。諒太は8しかないというのに、この格差である。装備品により強化しやすい賢さや力に比べ、幸運値を上昇させる装備は少ない。だからこそ200を超える夏美は異常だ。かといって仮に諒太がこのイヤリングを装備したとしても最大で2しか上がらない。小数点を切り上げてもらわなければ二桁に届かなかった。

「俺は魔石しかドロップしてないぞ?」
「リョウちんは不幸縛りプレイだし。そのレベルでラック8とか逆に凄いよ!」
「うるせぇ……。俺は運に左右されない男なんだよ……」
 悲しくなる現実であった。幸運値は確認できるステータスにおいて最も軽視されているけれど、ドロップ率の他にクリティカルヒットや魔物のアタックミスにも影響を与える。微々たる影響ではあるのだが、やはり最後は運に頼りたいところでもあった。

「しっかし、亜種だけに強そうだね。明確な弱点がないよ……」
 倉庫の小窓から様子を窺う。確かにグレートサンドワーム亜種は通常ポップと比べて弱点がなかった。以前は火耐性が弱であったけれど、今回のグレートサンドワーム亜種はまるで違っている。

【物理(強)・火(強)・水(強)・風(強)・土(強)】

 耐性確認の意味すらなかった。全耐性を持っているとか、ふざけているとしか思えない。
「これはひょっとするとかなりレアな魔物かもしれない……」
「だろうな。現状で最強の魔物を引いちまったかもしれん……」
「まあ無効がないだけマシでしょ? あとはどんな攻撃を仕掛けてくるかだけど」
 強敵であるほど燃えるのだが、やはり命あっての物種である。諒太としてはログアウトするという選択まで考えていた。

「リョウちん、とりあえず行こうか!」
「おい、やめろって! とりあえずとかマジでやめてくれ!」
 こんなところで死ぬなんて真っ平御免である。せめて装備を整えなければいけない。強敵を前にして対策を練らないなど諒太にはあり得なかった。

「ナツ、グレートサンドワームの出現エリアはどこまでだ?」
 まずは出現エリア外を確認する。戦いを挑んでしまえばログアウトは選べない。勝つか負けるか、或いは出現エリア外まで逃げるしか手がなくなってしまうのだ。

「たぶんペンダム移籍だと思う。それより東では報告がないし……」
 随分と広い設定に思う。けれど、それは夏美の推測であった。明確な境が分からないのだ。エリアは出現報告から推察するしかない。

「遠いな……。走って逃げるならかなり消耗しそうだ……」
「リョウちん、ポーションはどれくらいある? ペンダム移籍まで走るなら消費体力分だけでノーマルポーション50本は必要だけど?」
「それは問題ない。悪落ちしてからポーションは余分な数を持つようにしてる」
 走るという行動はスキルと同じようにHPを必要とした。夏美によるとペンダム移籍までは50本以上必要とのこと。

「どうしても戦うってのなら、小攻撃がどれくらいの威力か見極めてからだな。小攻撃が息切れするくらいのダメージなら流石に逃げるしかない」
「それで良いよ。てか貴重なゲームの時間がマラソンになっちゃうね?」
「死ぬよりマシだろ?」

 二人は笑い合う。ゲーム的でありながら、この今は間違いなく現実であったというのに。
 セイクリッド世界での死は恐らく現実の死である。アルカナであれば死に戻るだけだが、リョウとナツは肉体ごと召喚されているのだ。ログアウト時に同じ怪我を負うと分かっている現状においては死を軽んずるなんてできなかった。

「殴り倒せるかな?」
「やってみなければ分からん。どうせ弱点がないんだ。ナツは物理で俺が魔法を使う。言っておくが危なくなっても逃走だからな?」
「分かってるって。判断はリョウちんに任せる!」
 正直に諒太は戦いたくなかった。しかし、夏美は正反対にやる気満々である。
「ナツ、ログアウトを選ぶ気はないか?」
「嫌っ! 絶対に倒せるって! 一人なら無理かもしれないけど今は二人いる。それに最大を引いてもレベルは120。十分に倒せる相手だよ!」
 あまり気が進まなかったが、諒太は頷いていた。夏美は逃走することに同意しているのだし、その判断を諒太に委ねると口にしている。マラソンは過酷であるけれど、死に戻るという最悪の状況は避けられるはずだ。

「リョウちんはともかく、あたしなら絶対に役立つアイテムを引けるからさ! 豪運の美少女天使とはあたしのことよ!」
 自称美少女天使が胡散臭さを増す。まあしかし、戦ってみるのは悪くなかった。二人は数日後に無謀な戦いを強いられるのだ。最強モンスターのドロップアイテムに縋りたい気持ちは少なからずあった。

「まあ最大値を引かなきゃ余裕で戦えるか……」
「そういうこと!」
 弱点がなくなった亜種。インフェルノでも一撃では倒せないだろう。よってインフェルノの使用は最終手段だ。連発で撃てる魔力はないし、何よりインフェルノは詠唱時間が長すぎた。
「ナツ、火魔法か風魔法のレアスクロールはないか?」
 現状での作戦は夏美が前衛を請け負い、諒太が魔法で削る。インフェルノより詠唱が短く、尚且つ魔法消費に優れているなんて都合の良いスクロールを諒太は求めていた。

「スクロールはあんまりチェックしてないんだよね。そこの箱に入れてあるけど……」
 確かにリアフレである彩葉も脳筋騎士である。集めたとして使用機会のないものに執着するはずもなかった。
 仕方なく諒太は物色を始める。得意属性であるそのどちらかで連発できる魔法を見つけ出すのみ。
「土魔法アースクェイク……」
 割とよさげな中級スクロールを発見するも諒太には不要だった。初期値が1であった土魔法は選択肢に入らない。

 大きな箱に詰め込まれているスクロール。収納しているというより、これではまるでゴミ箱である。整頓されていないスクロールをチェックするのは流石に骨が折れた。
 苛立ってきた諒太はゴミ箱をひっくり返し、確認したものから元に戻すという方法に変えている。その方が絶対に効率的だろうと……。

「ああ! そんなに散らかして!」
「元々、汚部屋だろうが? 始めから散らかってるんだから問題ない」
 夏美の横槍にもめげず、諒太はスクロールを確認していく。何十個と確認した彼はふと妙なスクロールを発見していた。

「雷魔法……?」
 そういえばステータスに雷系の属性はない。だが、確かにリッチは雷を放っていたのだ。つまるところ隠しステータス。スクロールがある以上は存在するはずだ。

【雷属性魔法ディバインパニッシャー】
【レアリティ】★★★★★
【威力】極大
【消費】大
【範囲】単体
【付加】麻痺(10%)

 レアリティを確認する限り、インフェルノと同じ最高ランクだ。単体魔法とのことで消費は抑えられている感じ。しかも付加効果として麻痺を与える可能性まである。
「おいナツ、これはどこで手に入れたんだ?」
「えっ!? そんなスクロールは知らない! まったく記憶にないよ!」
 諒太は眉間にしわを寄せた。これもまた同胞の魔道士たちが発狂しそうになるほどトライした逸品だろうと。夏美は記憶にも残らないほどあっさりとドロップさせてしまったはずだ。

「いやホントに初めて見るよ。雷属性魔法なんて実装されていないはずだし!」
 それは諒太も思ったことだが、夏美ですら実装を知らないなんてどういうことだろう。現物が確かにあるのだから、夏美は知っているはずなのに。

 改変が進んだセイクリッド世界。今さら何が起きても驚かないつもりだったが、ゲームの内容と異なってしまうなんてどうにも不可解である。
「ひょっとして……」
 夏美の許可を得ることなく諒太はアイテムボックスにスクロールを収納する。以前はこの瞬間に盗人へとジョブチェンジしたはず。夏美のアイテムを盗んだという行為によって。

「やはりそうか……」
 ジョブに変化はなかった。それが意味すること。諒太はある仮説を立てている。
「リョウちん、許可前にボックス送りしたら、また悪落ちしたんじゃないの?」
「いや、変化はない。今も俺は勇敢なる神の使いであり、勇者のままだ……」
 夏美が確認するも諒太のステータスは変わっていない。盗む以前と変化はなかった。
「どゆこと? 全然分かんないよ!」
「落ち着け。恐らくこのスクロールは厳密にいうとお前のものじゃない。だから盗人に変化しなかったのだと思う……」
 難解な現実であったが、このスクロールは夏美のものであって夏美のものではないのだと考えられる。

「あたしのじゃないのに、どうしてあたしの倉庫にあるのよ?」
「完全な憶測だけど、ひょっとするとこの先にお前が手に入れるはずのものかもしれない」
 どうしてか心当たりがあった。諒太は過去の記憶を思い出している。セイクリッド世界へと召喚されたあの日のことを。

【リョウ】【時空を歪めし者・Lv1】

 思えば妙な称号だと思っていた。あのときは心躍ったものだが、今になって諒太はその称号が果たす意味合いを見つけている。
「ナツ、初期の称号って何だったか覚えてるか?」
 確認せねばならない。もしも諒太の予想通りであるのなら、きっと諒太の知らない称号が飛び出してくるだろう。

「えっ? 最初はみんな異界人でしょ?」
 当たり前のように返されてしまう。だが、これにより諒太の推測は真実味を帯びた。諒太の称号は異界人ではなく時空を歪めし者であるのだから。

「世界線の時間軸をねじ曲げていたのは俺だった……?」

 かなり飛躍した思考かもしれない。だが、少なからず諒太は時空に影響を与えたはず。ミノタウロスの石ころを三百年前に送ったことや、倉庫で手に入れた所有者不明のスクロールまで。
「きっと俺は三百年前のデータに介入しているんだ。改変の影響下にないこともそれが原因かもしれない。俺がこのゴミ箱をひっくり返すまで、恐らくディバインパニッシャーのスクロールは箱に入ってなかったはず……」
 諒太が行動したことで未来から過去のどこかとリンクした可能性。まだ到達していない未来の中身が漏れ出してしまったのではないかと思う。

「そんなことってある? 大福さんのBANにリョウちんは関係してないじゃん。あの件も未来が先に決まってたんでしょ?」
「いやまあそうだ。でもセイクリッド世界自体が時間軸に縛られていないのは事実だと思う。アルカナの世界とセイクリッド世界は前後関係が明確に決まっているけれど、並行世界的な側面も持っている。世界と同じように俺自身も時間軸に縛られていないような気がするんだ」

 眉根を寄せる夏美に諒太は初期称号を伝える。お馬鹿な夏美にも分かるだろうと。
「俺の初期称号は時空を歪めし者。現に俺は三百年後であるこの世界からミノタウロスの石ころを送れた。だとすればナツが手に入れる予定のスクロールまで引き出してしまったとは考えられないか?」
 可能性として考えられるだけ。発動方法も何も分からないのだ。しかし、ディバインパニッシャーの発見はそう仮定するのに十分な現実だった。

「そんな称号は聞いたことないね? じゃあ、あたしはそのうちにディバインパニッシャーをドロップさせて、その箱に放り込むってわけ?」
「そうなるんじゃないかと思う。その時点で俺は盗人になるだろう。だから今のうちに一筆書いてくれよ」
「アハハ、おもしろいね! どうしようかなぁ……」
「ふざけんな。闇ギルドと付き合う気はないし、俺は公明正大な勇者なんだ……」

 称号については今後も検証する必要があった。まあしかし、今はグレートサンドワームである。雷属性が効くかどうかは分からないが、諒太は試してみたくなっていた。
 上手くいけばレベルが上がるかもしれない。マラソン大会になる可能性はあったけれど、ドロップを含めて戦う価値があるように思う。

 諒太は勝利すべく思考を始めている……。
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