幼馴染み(♀)がプレイするMMORPGはどうしてか異世界に影響を与えている

坂森大我

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第二章 悪夢の果てに

戦争イベント

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 セイクリッド世界からログアウトした諒太は急いでクレセントムーンを梱包し、自転車へと飛び乗っていた。
 道中に夏美と連絡を取り、今から行くと伝えている。

「照れくさいもんだな……」
 諒太は告白紛いの話を聞いたのだ。電話する前はすっかり忘れていたけれど、夏美の家を目前にしてそれを思い出してしまった。
「まあ気にする必要もないか……」
 諒太が気にしなければ夏美も気にしないはず。今はそれよりも色々と問題が山積しているのだ。落ち着くのは全てが解決してからとなる。

「リョウちん、早いね!」
 わざわざ玄関先で待っていたらしい。ゲームをしていないのはやはりまだ移籍したことについて悩んでいるのだろう。
 諒太は急いでクレセントムーンを手に取り、夏美の部屋へと向かう。本体を持ってきた理由は夏美も察しているはずだ。

「また召喚してくれるんだ?」
「ちと問題が発生してな。大変なことになってる……」
 諒太は改変を受けた世界について説明する。アクラスフィア王国とスバウメシア聖王国が対立し、戦争が勃発したことについて。

「えっ!? そっちも戦争なの!?」
 思わず諒太は眉根を寄せた。そっちもとはどういう意味なのかと。嫌な予感に苛まれたのは語るまでもない。
「どういうことだ? 説明してくれ……」
「ああうん、スマホでチェックしたんだけど、三日後にアクラスフィア王国とスバウメシア聖王国間で全面戦争のイベントをするって書いてあったの……」
 またもや世界がリンクしていく。知らぬ間に同じような状況となっていた。しかし、想定外というわけではない。何しろセイクリッド世界の勇者ナツは罪人扱いされていたのだ。アクラスフィア王国に対して剣を抜く機会がこの先のどこかに必ずある。

「勇者の裏切りが発端となって、アクラスフィア王国が宣戦布告したという設定みたい。一時間の制限がある大乱戦。あたしのせいで戦争が起きちゃうんだよ……」
 言って夏美はイベントの告知を見せてくれる。それには確かに勇者ナツの移籍が原因と明記してあった。


【イベント告知】アクラスフィア王国の進軍
【概要】勇者ナツのスバウメシア聖王国への移籍によりアクラスフィア王国は混乱していた。不穏な空気が満ちる中、アクラスフィア王はスバウメシア聖王国へ宣戦布告をする。場所はスバウメシア聖王国南部の交易都市サンテクト。ここで両軍が衝突することになる。一時間の制限時間内を戦い抜かねばならない。
【補足事項】該当勢力に所属するプレイヤーは前日までに参加意思を表明してください。また調整に不具合が生じる恐れがあるため、本日よりイベント終了までガナンデル皇国から対象二カ国への移籍はできません。悪しからずご了承くださいませ。
 なお敵対勢力に対してのみプレイヤーキルは罪に問われません。同士討ちは通常通り罪人扱いとなりますのでご注意ください。展開により様々な報酬を用意しておりますので奮ってご参加くださいませ。
 注意)予告なく内容が変更される場合がございます。


 長い息を吐く夏美は割と参っているようだ。廃人ゲーマーであるというのにイベントへの期待など少しも感じさせない表情である。
「ねぇ、リョウちん……」
 溜め息混じりに夏美が言う。大好きなゲームの話をしているとは思えない感じだ。

「あたし、もうやめたい――――」

 続けられた話は諒太の記憶を掻き乱した。どうしてか諒太はこのシチュエーションを知っている。
 既視感の理由は先日の夢だった。確か夢の夏美は同じような台詞を口にしていたと思う。夢では何をやめるのか判然としなかったけれど、アルカナをやめるのだろうと諒太は推理していた。

 記憶によると夢の諒太はしょうがないと夏美の話に同意していたはず。だが、どうしても同じ解答に行き着かない。夏美がプレイし続けることを現実の諒太は期待していたのだから。
「馬鹿を言うな。ゲームなんだから楽しめばいい。フレンドは移籍の理由を知ってるだろ? 知らないやつが騒ぎ立てたとして放っておけばいいだけだ……」
 夢とは異なるルートを選択する。あの夢では夏美に感謝されていたけれど、仮に激怒されたとして諒太はプレイをやめるだなんて絶対に阻止するつもりだ。

「リョウちんならそう言うと思ってたけど……。今なら大福さんの苦痛が分かるよ。イベントの中心になるだけじゃなく、周囲を巻き込むのは気が重いよね……」
 本心ではゲームを楽しみたいと考えているはず。夏美は他人に迷惑をかけるのが嫌なだけだろう。このイベントで死に戻ったプレイヤーに嫌味を言われたり、諸々の軋轢を気にしたりしているはずだ。

「ナツは何も気にすんな。今じゃ他のサーバーにも勇者がいるらしいけど、セイクリッドサーバーの勇者はお前だ。主人公なんだから堂々としていろ」
 イベントを企画しているのは運営であり、夏美が計画したものではない。チートでもなければ卑怯な手でもないのだ。プレイヤーに与えられた権利を行使しただけ。後ろめたいことはなにもなかった。

「まあそうだね……。原因ではあるけど、意地悪なイベントを企画したのは運営だもん。あたしは勇者として正々堂々と戦うことにするよ」
 不安がないわけではない。諒太はイベントの行き着く先をある程度予想していた。
 このイベントが成功を収めると戦争イベントが加速するかもしれない。ガナンデル皇国をも巻き込み、セイクリッド世界に伝わる三国大戦なるものに発展するのではないかと。

「ナツ、俺の意見を言ってもいいか?」
「んん? リョウちんは戦えって言ったんじゃないの?」
 諒太は困難な要求をぶつけようとしている。それが可能かどうかは分からないけれど、諒太はあの未来を変えて欲しかった。もしも鍵があるとすれば、それは夏美だけが握っている。

 今回もセイクリッド世界がゲームよりも先に動いた格好だ。歴史を鑑みるとこのイベントは三国大戦への布石となっており、運営が期待するままに進行すれば恐らくそこへと行き着くはず。
 ただし、歴史が先に決定していることは好都合でもあった。なぜなら夏美はまだイベント前なのだ。イベント結果を反映したかのような歴史は矛盾を抱えることによって簡単に覆る可能性がある。

「ナツ、お前はどちらにも加勢するな。中立を宣言し、最前線に陣取れ。全力で戦争を回避しろ……」
 無茶な要求だと思う。イベント内容は戦争であると決まっているのだ。諒太が望むことは運営の思惑に反している。

「そんなのできると思う? あたし一人では止められないよ!」
「それならイロハやフレンドを説得しろ。お前がこの先も楽しくプレイするならば戦うべきじゃない。ナツはフレンドたちを倒せるのか?」
 諒太はある推測をしていた。運営がこのようなイベントを企画した意味。戦争だなんて言っているけれど、本質は別のところにあるのだと。

「恐らくこれは戦争に見せかけた勇者討伐イベントだろう。悪落ちすることなく勇者を倒す機会が与えられるというもの。悪落ちすることに躊躇していたプレイヤーたちへの救済処置だ。また戦争はアクラスフィアとスバウメシアだけに留まらない。最終的にはガナンデル皇国とも戦うことになるはずだ」
 国家間の軋轢など運営が考えているとは思えない。全ては運営のさじ加減一つなのだ。そういう設定にするだけで戦争を起こせる運営が細かな感情まで考える必要はなかった。

 つまるところセイクリッド史がこのイベントを遺恨や敵対と捉えただけであり、夏美が適切な行動をするだけで未来に変化を起こせるはず。
 だが、簡単な話ではなかった。セイクリッド史に夏美が無罪であると認めさせるには、両国の被害を最小限ないしゼロとしなければならない。夏美は一人も殺めることなく、一時間を生き抜かねばならなかった。

 この戦闘を無血で乗り切り、移籍の事実を美談と置き換える。アクラスフィア王国側が納得できる形で終結させることができたのなら、セイクリッド世界はその流れを汲んでいくはずだ。
「本当にそんなイベントなの? あたしのせいじゃないってこと?」
「当然だろう? どうして時間制限があると思う? 本気で戦争を始めさせるつもりなら制限などないはずだ。制限をかけたのはナツへの配慮と死に戻りするプレイヤーを抑えるためだ。運営は全滅なんて望んじゃいない……」
 諒太の説明に夏美は頷いている。ようやく夏美も運営の思惑を理解したらしい。笑みを浮かべる彼女にはイベントを楽しもうという感情が蘇っていた。

「これって運営の挑戦なのね? あたしは倒されちゃ駄目なんだ!」
 このイベントにおける運営の狙いは二つあると諒太は考えている。その一つが勇者の交代。一人のプレイヤーが勇者というレアジョブを独占しないようにと仕向けられたものだ。

「絶対に死ぬな。本来なら無双して欲しいところだが、俺の世界線では別の問題が発生している。現在の勇者ナツは罪人とされているんだ。移籍が裏切りと取られたからであって、アクラスフィアとスバウメシアの友好関係はリセットされた。三百年前から敵対していることになっている……」
 黙っていようかと考えていたのだが、諒太は現状を伝えることにした。思い出すだけで気が滅入る話を夏美に語っている。

「改変されたセイクリッド世界ではアーシェが死んでいる……」

 リッチを討伐し、不死王の霊薬にて回復させたこと。それがロークアットの助力によるものだったこと。アクラスフィアとスバウメシアの敵対関係がアーシェの回復をなかったことにしてしまった。諒太は余すことなく夏美に伝えていく。決して夏美だけの責任ではなかったけれど、彼女がより奮い立てるようにと。

「アーシェちゃんが? 不死王の霊薬がなかったことに!?」
「俺はロークアットの力を借りていたから。現状の彼女は俺のことを知らなかった。だから共闘した事実はなくなっている。今のセイクリッド世界において俺はアーシェを救えなかったらしい」
 夏美は何度も頭を振る。実際に回復した場面を見た夏美はアーシェが死んだという事実を受け入れられないようだ。

「あたしがアクラスフィア王国兵に攻撃しなかったらアーシェちゃんは助かるの?」
「可能性はあると俺は考えている。実際に俺はロークアットと共にリッチを討伐し、不死王の霊薬を手に入れた。しかし、その現実には矛盾が生じたんだ。だからこそ討伐自体がなかったことにされ、アーシェは回復できなかった。両国の関係さえ持ち直したのなら、俺が経験した現実に戻るのではと期待している……」
 断言はできない。全ては諒太の憶測である。一度決定してしまった未来を元通りにするなんて神様でもない限り不可能だろう。しかし、諒太自身はレベルも所持品も変化していない。だとすればセイクリッド世界がまだあの世界線を保留している可能性は十分にあると考えられた。
 今度は諒太という存在を基軸として矛盾を解消するのではないかと。もし現在の状況が過去との整合性を失ったのなら、元の世界線が優先される可能性は少なからずあるはずだ。

 夏美の行動が鍵を握っている。裏切りと思われる行動さえしなければ、元の世界線への扉は開かれるだろう。
 またスバウメシアに対しても義理を果たさなければならない。どちらの角が立ってもいけないのだ。歴史を変えるのであれば夏美は最後まで中立を貫かねばならなかった。

「すまないがナツは無理をして欲しい。襲いかかるプレイヤーから生き残ってくれ。誰も失われてはならない。ナツが未来を変えるんだ……」
 力強く頷いた夏美。ようやく彼女も意味のないイベントに戦う理由を見つけられたのかもしれない。

 弱々しい顔は勇者に相応しくなかった。諒太は夏美に期待するだけでなく、心から彼女が笑える未来を望んでいる……。
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