幼馴染み(♀)がプレイするMMORPGはどうしてか異世界に影響を与えている

坂森大我

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第二章 悪夢の果てに

異世界線のロークアット

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 想像通り転移先のプライベートルームにはセシリィ女王の姿があった。しかし、諒太の当ては外れたも同然である。なぜなら兵らしき者まで彼女の部屋にはいたのだ。

「何者だ!? 貴様、どこから侵入した!?」
 瞬く間に取り押さえられてしまう。だが、抵抗してはならない。アクラスフィア王国との関係改善を目指す諒太が兵を傷つけるなんてできるはずもなかった。

「セシリィ女王陛下、話を聞いてください! 俺はリョウと言います!」
「ええい、黙らんか! 無礼であるぞ!」
 手錠をかけられ、諒太は退場させられていく。だが、まだ声を張らねばならない。諒太は一言も女王と話をしていないのだ。

「俺は怪しい人間じゃない! せめてロークアットと話をさせてください! そうすれば、きっと分かってもらえる!」
 精一杯に訴えるも諒太は牢へと放り込まれてしまう。計画ではセシリィ女王が諒太の話を聞いてくれるはずだった。けれど、諒太は否応なしに捕らえられ、彼女とは少しばかりの会話すらできなかった。

 聖王城の地下にある牢獄。確認する限り諒太しか囚われていない。
 ログアウトやリバレーションを唱えたのなら簡単に脱獄できたけれど、諒太はそれを実行することなく牢屋に留まっている。
「どうしてだよ……。俺が何をしたって言うんだ……」
 もどかしさから愚痴が零れてしまう。この静寂に満ちた空間に響く、落胆と悔恨の溜め息。諒太は嘆き続けるしかなかった。

「なぜ改変してしまう? 一つの命が救われたのだから、それで良いじゃないか……」
 思い返すたび憂鬱に感じる。途切れることのない長い息が吐き出されていく。
 アーシェの墓標。何も語らぬあの石柱に諒太がどれだけ絶望したのか。会って話をする必要があったというのに、彼はアーシェが存在したという痕跡に対して懺悔するしかできなかった。

「せめてロークアットと話ができれば……」
 まだ希望は捨てていない。ロークアットならば諒太の話を聞いてくれるはず。彼女であれば、この呪われたような未来を変えてくれるだろうと。
 何度目かの溜め息を吐く。諒太は無計画すぎた行動を悔やみ続けていた……。

「わたくしと話ができれば、どうなると言うのです?」

 突として静寂を破る声。耳に届いたそれは聞き慣れた柔らかい声だ。顔を確認するまでもなく、諒太には声をかけた人物が分かった。

「ロークアット!?」
「確かにわたくしはロークアットです。貴方様はどなた様でしょうか?」
 どうして牢獄に王女殿下がいるのか。何故に捕らえられた人族と面会しているのか。疑問は絶えないけれど、この状況は諒太が望んだままである。

「どうして王女殿下が牢獄に?」
 まずは聞いておかねばならない。いきなり本題を切り出したとして、信頼を得られるはずもないのだ。

「貴方様が呼んだのでは? お母様にわたくしの知人が捕らえられていると聞いたからですけど?」
 どうやらセシリィ女王陛下は諒太の発言を聞き流していなかったようだ。勘の鋭い彼女は諒太がどういった人間であるのかを感じ取ってくれたのかもしれない。

「もちろん用がある。俺は異なる世界線からここに来た。しかし、それを望んだわけではない……」
 ロークアットには何も分からなかったことだろう。彼女にとっては、この今こそが現実であったのだから。

「俺はアクラスフィア王国とスバウメシア聖王国の戦争を阻止したい。既に敵対しているのは知っているけれど、俺はそれを容認できないんだ……」
 兵のいない牢獄は全てを語るのに適していた。余計な横やりはないし、ロークアットとしても安心して諒太の話を聞けるからだ。

 世界線の移行を望んでいる。しかし、容易ではないことも分かっていた。だから諒太はまずこの世界線を正す。戦争によって更なる被害が生まれないようにと。
「ロークアット、戦争を止めてくれ――――」
 今はロークアットを信じるしかない。彼女に流れる人族の血。加えて聡明で良識ある彼女自身を。

 ところが、ロークアットは小首を傾げている。諒太の話がまるで理解できないといった風に。
「戦争は人族が始めたことですよ? 貴方様はそれをなかったことにしたいというのですか?」
 当たり前の話である。アクラスフィア王国から仕掛けた戦争を形勢が不利になったからといって、止めるようにと頼んでいるのだ。

「それは知っている。だけど勇者ナツの移籍問題は俺が彼女をそそのかしたからだ。こんな未来になるなんて考えもしなかったんだよ……」
 どこまで伝わるのか不明である。しかし、諒太は訴え続けるしかない。ロークアットが信じてくれるまで語り続けるだけだ。

「貴方様はまるで異なる世界線を見てきたように語られています。わたくしには信じられません。現実はこの今のみ。過去も未来も一つしかないものでしょう?」
 ロークアットは首を振った。諒太の話が夢物語だと言っているようなもの。ともすれば気の触れた人族であるとしか考えていないだろう。

「確かに現実は常に一つだ。過去から色々な選択を経て一つの未来が選ばれている。でも現実は複数存在するんだ。並行世界とも言うべき現実。今この時とは異なる背景を持った現実が……」
 どれほど力説しようと伝わるはずがない。今を生きるロークアットに異なる彼女の存在を提示したとして信じられるわけがなかった。だが、諒太は声を上げ続ける。

「俺はそれを証明できる……」
 予想していなかったのか、諒太の返答にロークアットは息を呑む。異なる世界線なんてものは信じられなかっただろうに。

「俺の首にあるチョーカーに見覚えはないか?」
 間違いなくロークアットにもらったものだ。今となっては異なる世界線。あの世界のロークアットが諒太に贈った品である。

「確かにわたくしが製作したチョーカーに似ています。けれど、わたくしはチョーカーを誰にも渡していません。生まれてこの方、わたくしは一人も将来を誓った相手がございませんけれど?」
「ならば確かめるがいい。君の持つ赤い宝石のチョーカー。それを装備さえすれば俺と念話ができる。何しろ、これは他ならぬ君が俺にくれたものだからな……」
 確証はない。恐らくこの世界線に青いチョーカーは二つあるだろう。けれど、諒太のチョーカーは紛れもなく片割れである。ロークアットが所有する赤い宝石のチョーカーと対を成す品に他ならない。

「しばしお待ちください……」
 言ってロークアットが牢獄をあとにする。しかし、時間はかからないだろう。以前も彼女は直ぐさま誓いのチョーカーを諒太に手渡したのだ。

『聞こえますか?』

 心の奥底に声が届く。聞き慣れた声に諒太は頷いている。ロークアットは妄言にも似た話の検証に付き合ってくれたのだ。
『もちろん聞こえる。俺のチョーカーは君にもらったと言っただろ?』
 更なる返答はなかった。けれど、諒太は確信している。ロークアットに諒太の声が届き、彼女は諒太の話を信用してくれるはずと。

 しばらくして、牢獄の扉が開く音がした。検証を終えたロークアットが戻ってきたのだ。銀色の美しい髪をなびかせながら彼女は再び牢屋の前に立つ。
「お名前をお伺いしても?」
 そういえばまだ名乗っていなかった。セシリィ女王にどこまで聞かされているのか分からない。けれど、名前を尋ねるロークアットが詳しく知っているとは思えなかった。

「俺はリョウだ。この現状とは異なる世界線からやって来た。だけど、この世界は俺が望むものじゃない。君であればこの世界を変えられると思ってスバウメシアまで来たんだ……」
 頷くロークアット。誓いのチョーカーを持つ諒太は幾分か彼女の信頼を得られたのだろう。

「人族とエルフは争うべきじゃない。俺が知る世界なら二つの国家は手を取り合っている」
 現状を否定する諒太をどう思うのか。現実とは常に唯一の事象であり、この今を除いて他には存在しない。それはファンタジー要素を含むセイクリッド世界でも同じことである。

「現にアクラスフィア王国と我が国は敵対しておりますが?」
「問題は三百年前に起きた。事の発端は俺が勇者ナツにスバウメシア聖王国への移籍を勧めたこと……」
 取り返しのつかない過ちであった。夏美を移籍させたりしなければ現状には導かれなかったはず。

「確かに三百年前、勇者ナツ様は拠点をスバウメシアに移されましたが、それをリョウ様が勧めたというのでしょうか? リョウ様は人族でしょう? 三百年前から生きておられるのでしょうか?」
「俺は少々訳ありでな。年齢のことは気にしないでくれ。勇者ナツには俺が移籍を勧めたんだ。また当時はそれが最善の策だと俺は疑っていなかった。けれど、移籍によって両国の関係が悪化してしまったんだ。俺が望んでもいない方向へと進み続けた……」

 もしも昨日の時点に戻れるのなら、頭がパンクするまで考えただろう。最善の解答を得られるまで諒太は思案し続けたに違いない。
「その世界線のわたくしはどのような人物でしたでしょうか? 別にリョウ様を疑っているわけではないのですけれど……」
 質問が続けられる。だが、それは当然であろう。諒太の話は簡単に受け入れられるものではない。世界線を越えて来たなんて話は……。

 ロークアットへどのように返すべきか。きっと諒太は試されている。綺麗事でお茶を濁しても良かったのだが、相手は勘が鋭いロークアットだ。取り繕うような話をするのは愚策であるように思う。
「君は手が付けられないお転婆姫だ……」
 お淑やかな見た目とは異なり、実際のロークアットはかなり行動的だ。一人で夜中に彷徨いてみたり、リッチとの戦いに参加しようとしたり。

「お転婆は酷くないですか? 一応は淑女ですよ?」
 どうしてそう思うのかロークアットは気になっているようだ。自覚がないのか問いを返している。

「淑女だと思うこともあるけれど、やはり君はお転婆な姫様だよ。あるとき俺は不死王リッチを討伐しようと魔道塔に向かった。君が俺をワイバーンに乗せてくれたんだ。でも俺は一人で戦おうと考えていて、ボス部屋の前で君を置き去りにしようとした。しかし、君は大扉に盾を挟み込んでそれを阻止したんだ。加えて紳士的な俺の行為を不敬罪だと言ったんだぞ? 王女殿下であるというのにあり得ないだろ?」
 諒太の話にロークアットは笑い声を上げた。きっと思い当たる節があるはず。型破りな姫君という自覚が彼女にはあるはずだ。

「それは確かに不敬罪ですよ? リョウ様は裁かれなくて幸運でしたね?」
「そうかなぁ?」
 随分と打ち解けてきたと思える。それこそ軽い冗談を言って笑い合えるほどに。 
「それで異なる世界線のわたくしはリョウ様に誓いを立てたのでしょうか? 貴方様を信頼し、生涯を共にする決意をリョウ様に語ったのですかね?」
「いいや、そんな話は聞いてない。俺が誓いのチョーカーに意味があると知ったのは君から受け取ったあと。アクラスフィアの騎士団長に問い詰められて知ったんだよ。君は誓いのチョーカーが念話の魔道具だとしか言ってなかったし、だから俺は何も考えずにチョーカーを受け取った……」
 異なる世界線を知らぬロークアットだが、諒太は真実を語るだけだ。明らかな好意を感じていたけれど、ロークアットは誤魔化してばかりだった。ベタ惚れだったなんて嘘を口にするべきじゃない。

 どうしてかロークアットは含み笑いをしている。今の話に面白い内容があったとは思えない。けれど、彼女はクスクスと小さな笑い声を漏らしていた。
「ああ、それならばわたくしに違いありません。わたくしは素直じゃないのですよ。気持ちをそのまま伝えられないのです。でも、貴方様にそれを手渡したとき、わたくしはかつてないほど動揺していたはずですよ?」
「そうかな? 君は平然としていたけれど?」
 一拍おいてまたも笑い合う。彼女はまさに諒太が知るロークアットだ。世界線が異なった今も諒太が知っているままであった。

 この様子ならば大丈夫。諒太はロークアットに全てを打ち明けようと思う。彼女なら世界を元の平和な状態に戻せるはずと……。
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