幼馴染み(♀)がプレイするMMORPGはどうしてか異世界に影響を与えている

坂森大我

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第一章 導かれし者

一難去って……

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 魔道塔にてリッチを討伐し、見事に目的を遂げた諒太。いち早く霊薬の入手を知らせたいと詰め所の中に直接転移している。しかし、それは間違いだった。一体何が起きたのかというと、

「うぎゃあああぁぁああっ!」
 諒太は瞬間的に殴られていた。転移した瞬間に見たものはフレアの顔。触れるくらいの近さに転移してしまい、驚いた彼女の強烈な右ストレートを浴びている。

「痛ぇぇ……」
「リョ、リョウか!?」
 驚いたのは諒太もだが、咄嗟に殴ってしまうのは流石である。まあしかし、倒れ込んでいる暇はなかった。諒太は早速と不死王の霊薬を彼女に手渡さなければならない。

「フレアさ……」
「団長、大変です!」
 諒太が不死王の霊薬について話し始めようとした瞬間、詰め所に騎士団員が飛び込んできた。血相を変えて登場した彼。ただならぬ問題が起きたと予想するのは簡単だった。

「ルイナーが街を襲っているんです!」
 報告により知らされた事態は想像を遥かに超えていた。最悪といっても過言ではない。通常の魔物でも手を焼く世界だ。晦冥神が使わせたという暗黒竜ルイナーを人々がどうこうできるとは思えない。

「ルイナーは休眠中であったはずだろう!?」
「それが連峰に程近いノースベンドに突如として襲いかかってきたのです!」
 聞けばノースベンドという街に移動ポータルはないという。緊急事態だというのに、移動にはワイバーンか馬を走らせるしかないようだ。

「貴様はどうやってここまできた!?」
「ワイバーンです!」
 返答を聞くやフレアはワイバーンを貸せと叫ぶ。現在、本部にはワイバーンが一騎も残っていない。南方での魔物被害に総出で対応しているため、本部に残った騎士たちはノースベンドへと向かう手段がなかった。

「私が追い払う。遠征に向かった者が戻ればノースベンドに向かわせろ。貴様は南方に馬を走らせるんだ!」
「了解です!」
 神なるものに生み出された暗黒竜を討伐するなど不可能である。まして彼女たちは全員がレベル50以下なのだ。その結果を想像するのは容易だった。

「フレアさん、俺も行きます!」
「駄目だ! リョウ、君はまだ失われてはならない人。そのときが来るまで君は鍛錬に励んで欲しい。だが、私は騎士団長だ。王国民の危機に駆けつけない理由はない。たとえこの身が失われようとも、私には守る義務がある……」
 フレアは勇敢にもたった一騎で立ち向かうつもりのよう。相手は人の手に余る存在であったというのに。

「リョウ、どうかアーシェを頼む!」
 言って飛び出していく彼女を諒太は止められなかった。仮に諒太が聖神力を得られるほど強くなっていたとすれば話は違っていたはず。恐らく諒太は共に戦うことを許されたに違いない。

「フレアさん……」
 せっかく不死王の霊薬を手に入れたというのに諒太には何もできない。自身の不甲斐なさを改めて感じてしまう。

 ギュッと固く唇を噛んだ。フレアの言い分は諒太も理解できたけれど、もしもアーシェが目覚めたときを考えると間違いであるように思う。
 二人は互いに唯一の肉親である。逆の立場であったとき、フレアですら取り乱していたのだ。フレアが失われたと聞けば、きっとアーシェは絶望する。親愛なる姉の最後を事後報告されるだなんて、彼女が立ち直れるはずもない。

「俺は……」
 だとすれば諒太はどう動くべきか。悩んだとして解決方法があるような気はしない。ノースベンドがどこにあるのかも分からないし、暗黒竜に有効な神聖力を彼は持っていないのだから。

「神聖力……?」
 絶対に解決策は見つからないと考えていた。だが、諒太は一つだけ閃いている。もし、それが可能であるならばフレアを救えるかもしれない。もとい彼女を救う手立てはそれしかないとさえ思う。

 考えるよりも先に駆け出す。諒太が召喚された石造りの部屋に向かって。誰もいない陰気なあの部屋であれば彼の作戦は実行できるはず。

「恐らく歴史に影響を与える。だから慎重に行動しなければならない……」
 初日にフレアからもらった書物を取り出し一読する。やはり内容に変化はない。だとすればフレアを助けるという計画は実行可能だと思えた。

「まずはログアウトだ……」
 セイクリッド世界を離れると諒太はベッドから飛び起きる。夜中だというのに荷物を纏め、両親に外出を伝えることなく家を飛び出していた。

 目的地は盟友の家。諒太は幼馴染みである夏美に会おうとしている。自転車を漕ぎながら電話をし、彼女が応答に出るや叫ぶように言った。

「ナツ、今構わないか!?」
『リョウちん、これってスマホから? 今はゲーム中だけど、どしたの?』
 温度差が違いすぎる。諒太は直ぐにでも夏美と会わねばならない。フレアが無謀な攻撃を仕掛けるよりも前に夏美の了解を得なければならなかった。

「今からお前んちに行く。夜だけど構わないな?」
 時間は既に午前0時。夏美の両親には悪いと思うけれど、明日になんてできない。フレアを助けるには今でなくては駄目なのだ。

『う、うん……。あとどれくらい?』
「もうすぐ着く!」
『えええ!?』
 懸命に自転車を走らせる。こんなとき原付免許でもあれば良かったと思う。残念ながら何の免許もない諒太は自身の足で漕いでいくしかない。

 僅か十五分。諒太は最速記録を更新し、夏美の家へと到着している。門の前には夏美の姿。パジャマ姿であるのは時間的にも仕方ないだろう。

「すまん! すぐに上がらせてくれ!」
「リョウちん、一体どしたの?」
 困惑する夏美を余所に諒太は勝手に階段を上がって彼女の部屋へと入る。即座に荷物を取り出しセッティングを始めた。

「リョウちん、直結しようとして来たの!? こんな夜中に!?」
 それは今朝方、聞いたこと。クレセントムーンを直結したのなら、所属が異なるプレイヤー同士が共闘できるというものである。ここで諒太はそれを試してみるつもりだ。

「すまんが少し付き合ってくれ。事情はあとで話す。まずは直結用のデータをダウンロードしてから、通信を切って欲しい」
 諒太は持参していたクレセントムーンを夏美の本体へと接続。自分ではどうしようもない事態の収拾を依頼するために。

「ナツ、頼む……」
 諒太は頭を下げた。夏美に頼みごとをするなんて思いもしないことだ。それもゲームに関する頼みだなんて。

「お前の神聖力を貸してくれ――――」

 夏美はレベルが110になり、神聖力を手に入れたと話していた。まだLv1らしいが、神聖力さえあればルイナーに対抗できるはず。

「ええ! 違うサーバーのルイナーと戦わせるつもり!?」
 クエストを手伝う側のデータは仮データである。クエスト中にレベルが上がろうとも、レアアイテムをゲットしようとも、元データに反映できない。よって万が一にも夏美の元データを破損するなんて事にはならないはずだが、念のため通信は切っておくべきである。

「ちと問題が発生してな。ルイナーが暴れまわってるんだよ。お前なら何とか追い払えるんじゃないかと……」
「へぇ、奇遇だね? セイクリッドサーバーもルイナーが初めて街を襲ってさ、プレイヤー総出でノースベンドから追い払ったところなの。めちゃくちゃ強かったよ!」
 夏美の話に諒太は眉を顰める。それは偶然だろうかと。三百年前の世界でルイナーが街を襲ったこと。加えて三百年後の世界も同じノースベンドであったこと。

 二つの世界は相互に影響を与え合っている。夏美のデータが過去であり、セイクリッド世界が現在であるのに疑いはない。けれど、過去であるはずの勇者ナツは現在進行形であり、それはセイクリッド世界も然りだ。更新され続ける二つの世界は過去と現在以上の関連性を持っており、今回のルイナーに関しては同時発生的であるように思えてならない。

「じゃあ、ちょっくら異世界も救ってあげますか! リョウちん、この夏美ちゃんに感謝してよね?」
 二つの世界に起きた問題はどちらが起点となっているのか。以前であれば三百年前のデータがセイクリッド世界に影響したと考えただろう。しかし、いちご大福の一件で世界間の公式はあやふやとなった。世界は相互に影響を与え合っている。過去も未来も関係なく、ただ混ざり合っていた。

「準備できたよ。でも、ネットワークを切ってるから始められないけど……」
 夏美の準備が整ったというのに、諒太はまだ躊躇している。とても危険な世界に彼女を連れ出そうとしているのだ。けれど、フレアを救えるのは夏美しかいない。夏美に頼むしか彼女を救えなかった。

 ひとしきり悩んだあと諒太は一つ頷いている。どうやら考えが纏まったらしい。

「ナツ、俺はお前を召喚しようと思う……」
 夏美には意味が分からなかっただろう。ログインではなく召喚。諒太がプレイしているのは現実なのだ。諒太のクレセントムーンにある召喚陣を介し夏美を召喚する。

「えっ? 召喚? 何それ?」
 恐らく時系列は問題とならない。過去と現在が明確に分かれているけれど、常にその前後関係は曖昧なのだ。ミノタウロスの石ころが過去へと遡ったように、諒太は夏美を未来に呼べるはず。

「ナツ、最終的な判断はお前に任せる。しばらくタイトル画面のまま待っていてくれ。ゲームが始まったとき、もしも俺がナツの隣で倒れていたとしたら、お前は騎士団の本部へと向かい状況を確認して欲しい。その上でどうするのかをナツ自身が決めてくれないか?」
 伝えるべきことを伝え終えた諒太も準備を始めた。まずはクレセントムーンを起動し、即座にログインを始める。いつものように王城の地下にある石造りの部屋へと彼は戻ってきた。

 これより始まるのは諒太にとっても命懸けの行為だ。フレアを助ける唯一の方法は最初の段階から危険を伴っている。

「召喚術士は失われる……」
 それはフレアが言っていたことだ。異世界間の召喚は魂の枠を空けるため、代わりに術士が失われるのだと。だが、諒太は彼女の話に光明を見ている。なぜなら勇者ナツはセイクリッド世界の偉人であるからだ。加えて世界間の公式は前後こそ明確に決められているが、双方は時系列を加味しないかのように過去から未来がごちゃ混ぜである。だとすれば勇者ナツの存在。過去の偉人でありながら、世界にはまだ彼女の枠があるのではないかと。
 ただし、それは賭だった。実際の夏美は異世界に住む女子高生であり、ナツとはゲーム上のキャラクターに過ぎないのだ。

「上手くいってくれ……」
 諒太はフレアに貰ったアクラスフィア王国史の巻末に綴られた祝詞を唱える。もしも読みが外れた場合に諒太は失われ、夏美だけがセイクリッド世界に召喚されるだろう。

 既に覚悟は決めている。だからこそ躊躇なく諒太は祝詞を唱え続けた。勇者ナツを召喚し、暗黒竜ルイナーを追い払えると信じて……。
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