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第一章 導かれし者
アーシェの容体
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帰宅した諒太は早速とクレセントムーンを起動しヘッドセットを被る。
【新しいデータがあります】
いつもとは異なり、視界にあるのはアップデートの通知である。電源が入っていなくてもログイン可能だというのに、アップデートしないことには画面にある魔法陣に触れることもできないようだ。
「ログインできないのか……。まあ新しいダンジョンが現れるくらいなら影響はさほどもないだはずだ」
意を決してアップデートを許可。既に夏美がアップデートしているのだから、寧ろ矛盾は避けるべきだろう。
アップデートが完了すると意志確認もないままに諒太は召喚されていく。昨日までなら楽しみに感じていたけれど、今日はやはり気が重い。それはもちろんアーシェの容体が何も分からなかったからだ。
いつもの石室を出て、王城のなだらかな坂を下っていく。その先に見えるものは二つの銅像。そこはアクラスフィア騎士団本部の詰め所がある場所だ。
思わず通り過ぎそうになるけれど、逃げては駄目だと立ち止まる。原因の一端である諒太は覚悟を決めてアーシェの現状を問わねばならない。
詰め所へと入り受付嬢にフレアを呼んできてもらう。諒太はちゃんと向き合うべきだ。少なからずアーシェの災難にかかわった彼であるから、どのような事実を告げられようとも話を聞く義務がある。
「ああ、リョウ。わざわざすまないな……」
フレアが奥の部屋から現れる。沈み込むような表情から吉報は既に期待できない感じだ。
「こっちだ。ついてこい……」
諒太は病室に案内されている。だが、少しだけ安堵していた。仮に訃報であったなら、行き先は病室ではないだろう。更には話よりも先に面会させるはずもない。
詰め所の三階。同じような扉が並んでいるのは全てが病室だからかもしれない。
「失礼します……」
フレアに続いて諒太が病室へと入っていく。そこは小さな個室だった。壁際にベッドがあり、そこにはアーシェが横になっている。
「アーシェ……?」
ピクリとも動かない。それどころか彼女は半透明の結界的なものに守られていた。
「リョウ、アーシェは命こそ取り留めたが、生命維持には魔法陣によってマナ供給を続けなければならない。つまるところ、もうアーシェは死んだも同然だ……」
衝撃の事実を告げられてしまう。訃報を回避できたと安堵したのも束の間、諒太は同等以上に残酷な話を聞く羽目になった。
「そんな……? もう助からないのですか!?」
「君が来るまで生かしておくことにしたのだ。臓器の損傷が激しい。大神官によるリカバーでさえ回復させられないほどに」
リカバーは回復呪文ではなく状態異常を治癒させる呪文だ。それは高位の神官職でしか扱えないもので、大神官なる人物が唱えたリカバーでさえ効果なしとの現状は回復手段がもうないことを意味した。
「嘘……だろ……?」
自然とこの数日を思い返している。可愛らしいギルドの受付嬢を見た瞬間にからかいたくなってしまったこと。一方的に妙な約束をして彼女を食事に誘ったこと。
この世界を誤解していた諒太はアーシェをNPCとして見ていただけだ。自分自身が楽しければ問題ないと考えていた。彼女がどう考えているかなんて、諒太は少しも気にしていなかったのだ。
嘆息する諒太につられたのか、フレアもまた長い息を吐いた。
「こんなことなら反対すべきじゃなかった。アーシェのささやかな希望すら、愚かな姉は叶えてやれなかったのだ……」
諒太は首を振っている。全ては自分のせいだと思う。諒太さえ妙な下心を抑えていれば悲劇は回避できた。本当に軽率だったと思わざるを得ない。
「生命維持の魔法陣はこのままにしておくことができないのでしょうか?」
無慈悲な現実に抗うかの如く諒太は質問を返していた。マナ供給を絶つと失われてしまうなんて悲しすぎると。
「治る見込みがなく、騎士団員でもないアーシェに病室を与えておく理由がない。それに魔法陣の維持には魔石が必要なんだ。数時間ごとの交換が必須であり、費用も人員も割かなければいけない。私が妹のためにできることは、せめて彼女の想い人に生きたまま会わせてやることしかなかった……」
胸が張り裂けそうになる。どうにも平静を保てそうになかった。燻っていく感情に思わず声を荒らげそうになるも、諒太はふと思い出している。
それは何気ない目標の一つだった。それこそが光明であることに気付いている……。
『効果は奇跡的な回復薬でどんな状態異常も治っちゃうの――――』
残念な幼馴染みは確かにそう言っていた。アーシェの現状が状態異常に括られているとすれば、彼女を助けられるかもしれない。しばし彼女を延命するための理由を諒太は見つけていた。
「不死王の霊薬……」
確かドロップ確率は3%だと聞いた。諒太ならば不可能かもしれないが、夏美であれば所持している可能性がある。
「フレアさん、もし仮に完全なる状態異常回復薬が手に入るとしたら、魔法陣を維持してもらうことは可能でしょうか?」
まずは確認からだ。騎士団長であるフレアだから費用に関しては問題ないはず。彼女が懸念しているのは魔石を交換する治癒士の労力に違いない。
「もちろん手があるのなら私だってアーシェを生かしたい。明確な根拠が示せるのであれば、いつまでも延命させたいと思う。けれど、それが可能性でしかないのならば、一週間くらいしか誤魔化せない。会わせたい人がいると嘘をつけるのはその程度だ……」
「少し待ってください。これから独り言をいいますけど、気にしないで欲しいです」
諒太はスナイパーメッセージを起動し、即座に夏美へとコールを始めた。
僅か二回のコール。ペンダム遺跡でドロップマラソン中の幼馴染みは思いのほか早く通話に出てくれた。
『もしもしリョウちん? もしかして、あたしが恋しくなっちゃったかな?』
「馬鹿言うな。急用だ……」
素早い応答は有り難い。これならば問題は立ち所に解決するだろう。何しろ勇者ナツは不死王の霊薬をドロップしている。それも諒太の目の前で。
「ナツ、お前はまだ不死王リッチの霊薬を持っているか?」
『それを聞いてどうするの? リョウちんは他のサーバーにいるんでしょ?』
「そんなことは良いから答えろ。ナツは持っているのかいないのか!?」
声を張る諒太をフレアは眉根を寄せて見ていた。かといって一人で喋り一人で怒っている彼を不思議に思うのは無理もない。
『この前のは使っちゃったから、もう持ってない……』
「じゃあ、今すぐ取りに行けるか? 魔道塔のリッチからドロップさせて欲しい」
夏美ならば、そう時間はかからない。三十分でけりが付くところまで考えられた。しかし、無情にも諒太の要望は却下されてしまう。
『今は無理だよ……』
親友の願いを無下にするなんて。夏美であれば二つ返事で引き受けてくれるものと考えていたのに。しかしながら、彼女が断った理由は自分のことに忙しかったからではないようだ。
『昨日というか今朝方なんだけど、レベル70のプレイヤーたちがリッチのボス部屋を破壊しちゃったのよ。無理をして挑んだから……』
「Sランクスキルを使用したのか!? それともAランクスキルを壁にぶち当てたのかよ!?」
『アップデート後にドロップアイテムの譲渡が可能になったでしょ? 彼らはSランクスキルが付与された武器を譲ってもらったらしくて、敗北寸前でそれを使っちゃったみたい。しかも、相打ちで死に戻ってんの。セイクリッドサーバースレッドで滅茶苦茶に叩かれているよ……』
何てことだろう。最悪のタイミングでボス部屋が破壊されるなんて。これにより諒太の作戦は一縷の望みすらなくなってしまった。
『だから最低でも二週間はリポップしないよ。最大で一ヶ月はかかるね』
非常な通告が続けられた。一ヶ月は流石に長すぎる。確実とはいえない不死王の霊薬のために延命させるのは賭けだった。もしも治らなかった場合にフレアの立場まで悪くなってしまう。
諒太は少しばかり考える。自分はどうすべきなのか。自身はどう動きたいのかと。
「ナツ、ソロでリッチを倒すのにはどれくらい必要だ?」
諒太はリッチ討伐を決意していた。アーシェを救う可能性があるのならば、諒太はやるしかない。可能か不可能かを考える暇すら残されていないのだ。
問題は破壊された魔道塔だが、それは恐らくセイクリッド世界に影響を与えていない。魔道塔を破壊したのが夏美や彼女のフレンドでないのなら、セイクリッド世界にある魔道塔は無事であると思う。一万人もいるプレイヤーの行動を全て反映しているわけがないのだ。仮に反映していたとすれば、それこそセイクリッド世界は滅茶苦茶になってしまう。勇者ナツを起点としているセイクリッド史は彼女のフレンドでもない限り、その影響を受けないはずだ。夏美との接点を持たぬプレイヤーの行動ならば何の問題もないと考えられた。
『リョウちん、レベルは幾つ? コロン団長を連れて行けば90くらいで何とか倒せるはず。完全にソロならリョウちんでも95以上は必要となるね』
諒太の世界にコロン団長はいない。いたとして死ぬまで盾に使うなんてできなかった。だとすれば諒太はLV95までレベルを上げるしかない。
「了解した。ありがとう、ナツ。頑張ってみる!」
『うん、頑張って! リョウちんも勇者になっちゃいなよ!』
返答もせず諒太は通話を切る。正直に時間はなくなった。今すぐにでも戦いに向かわねばならない。時間が許す限りに諒太はレベルを上げるだけだ。
「フレアさん、俺は不死王リッチがドロップする不死王の霊薬を手に入れようと思います。レベル95を目標に死ぬ気で戦います。だからアーシェを一週間は延命して欲しい」
延命可能な期間は一週間程度とフレアは言っていた。それまでに諒太はLv95に到達し、リッチを倒す。加えてドロップ確率3%という不死王の霊薬を手に入れなければならない。
「どうか俺に時間をください――――」
誠心誠意伝えるだけ。まだ可能性の域を出ていないのだ。この世界でも同じようにリッチから不死王の霊薬がドロップするのか。はたまた不死王の霊薬があらゆる状態異常に聞くのかどうかも不明である。
「リョウ、私はアーシェを失いたくない。たった一人の家族なんだ。少なくとも一週間は引き延ばしてみせる。だから、どうかアーシェを救ってくれ。もはや頼れる者は君しかいないのだ……」
回復の見込みがない身内の延命行為は騎士団長としてあるまじき行動であろう。けれど、藁をも掴むかのように、彼女は信憑性のない諒太の話に同意していた。
「任せてください。絶対にアーシェを救ってみせます……」
朧気な目標であったリッチの討伐。今やそれは明確に諒太が目指すべきものとなっている。アーシェを救うという義務が彼にはあった。
「騎士団長である私は連日に亘って出歩くわけにはならない。それでも構わないか?」
「何を言っているのです? 俺は別にフレアさんに頼まれて戦うわけじゃない。純粋にアーシェを助けたいから、やると決めたのです。貴方が止めても俺は戦います」
もう死を恐れない。ゲームであると信じていた頃のように諒太は無茶をするつもりだ。ハイオークをソロ討伐したときと変わらず、無理なレベリングをして強くなるだけである。それこそ一週間以内にリッチを討伐できるLv95となれるように……。
【新しいデータがあります】
いつもとは異なり、視界にあるのはアップデートの通知である。電源が入っていなくてもログイン可能だというのに、アップデートしないことには画面にある魔法陣に触れることもできないようだ。
「ログインできないのか……。まあ新しいダンジョンが現れるくらいなら影響はさほどもないだはずだ」
意を決してアップデートを許可。既に夏美がアップデートしているのだから、寧ろ矛盾は避けるべきだろう。
アップデートが完了すると意志確認もないままに諒太は召喚されていく。昨日までなら楽しみに感じていたけれど、今日はやはり気が重い。それはもちろんアーシェの容体が何も分からなかったからだ。
いつもの石室を出て、王城のなだらかな坂を下っていく。その先に見えるものは二つの銅像。そこはアクラスフィア騎士団本部の詰め所がある場所だ。
思わず通り過ぎそうになるけれど、逃げては駄目だと立ち止まる。原因の一端である諒太は覚悟を決めてアーシェの現状を問わねばならない。
詰め所へと入り受付嬢にフレアを呼んできてもらう。諒太はちゃんと向き合うべきだ。少なからずアーシェの災難にかかわった彼であるから、どのような事実を告げられようとも話を聞く義務がある。
「ああ、リョウ。わざわざすまないな……」
フレアが奥の部屋から現れる。沈み込むような表情から吉報は既に期待できない感じだ。
「こっちだ。ついてこい……」
諒太は病室に案内されている。だが、少しだけ安堵していた。仮に訃報であったなら、行き先は病室ではないだろう。更には話よりも先に面会させるはずもない。
詰め所の三階。同じような扉が並んでいるのは全てが病室だからかもしれない。
「失礼します……」
フレアに続いて諒太が病室へと入っていく。そこは小さな個室だった。壁際にベッドがあり、そこにはアーシェが横になっている。
「アーシェ……?」
ピクリとも動かない。それどころか彼女は半透明の結界的なものに守られていた。
「リョウ、アーシェは命こそ取り留めたが、生命維持には魔法陣によってマナ供給を続けなければならない。つまるところ、もうアーシェは死んだも同然だ……」
衝撃の事実を告げられてしまう。訃報を回避できたと安堵したのも束の間、諒太は同等以上に残酷な話を聞く羽目になった。
「そんな……? もう助からないのですか!?」
「君が来るまで生かしておくことにしたのだ。臓器の損傷が激しい。大神官によるリカバーでさえ回復させられないほどに」
リカバーは回復呪文ではなく状態異常を治癒させる呪文だ。それは高位の神官職でしか扱えないもので、大神官なる人物が唱えたリカバーでさえ効果なしとの現状は回復手段がもうないことを意味した。
「嘘……だろ……?」
自然とこの数日を思い返している。可愛らしいギルドの受付嬢を見た瞬間にからかいたくなってしまったこと。一方的に妙な約束をして彼女を食事に誘ったこと。
この世界を誤解していた諒太はアーシェをNPCとして見ていただけだ。自分自身が楽しければ問題ないと考えていた。彼女がどう考えているかなんて、諒太は少しも気にしていなかったのだ。
嘆息する諒太につられたのか、フレアもまた長い息を吐いた。
「こんなことなら反対すべきじゃなかった。アーシェのささやかな希望すら、愚かな姉は叶えてやれなかったのだ……」
諒太は首を振っている。全ては自分のせいだと思う。諒太さえ妙な下心を抑えていれば悲劇は回避できた。本当に軽率だったと思わざるを得ない。
「生命維持の魔法陣はこのままにしておくことができないのでしょうか?」
無慈悲な現実に抗うかの如く諒太は質問を返していた。マナ供給を絶つと失われてしまうなんて悲しすぎると。
「治る見込みがなく、騎士団員でもないアーシェに病室を与えておく理由がない。それに魔法陣の維持には魔石が必要なんだ。数時間ごとの交換が必須であり、費用も人員も割かなければいけない。私が妹のためにできることは、せめて彼女の想い人に生きたまま会わせてやることしかなかった……」
胸が張り裂けそうになる。どうにも平静を保てそうになかった。燻っていく感情に思わず声を荒らげそうになるも、諒太はふと思い出している。
それは何気ない目標の一つだった。それこそが光明であることに気付いている……。
『効果は奇跡的な回復薬でどんな状態異常も治っちゃうの――――』
残念な幼馴染みは確かにそう言っていた。アーシェの現状が状態異常に括られているとすれば、彼女を助けられるかもしれない。しばし彼女を延命するための理由を諒太は見つけていた。
「不死王の霊薬……」
確かドロップ確率は3%だと聞いた。諒太ならば不可能かもしれないが、夏美であれば所持している可能性がある。
「フレアさん、もし仮に完全なる状態異常回復薬が手に入るとしたら、魔法陣を維持してもらうことは可能でしょうか?」
まずは確認からだ。騎士団長であるフレアだから費用に関しては問題ないはず。彼女が懸念しているのは魔石を交換する治癒士の労力に違いない。
「もちろん手があるのなら私だってアーシェを生かしたい。明確な根拠が示せるのであれば、いつまでも延命させたいと思う。けれど、それが可能性でしかないのならば、一週間くらいしか誤魔化せない。会わせたい人がいると嘘をつけるのはその程度だ……」
「少し待ってください。これから独り言をいいますけど、気にしないで欲しいです」
諒太はスナイパーメッセージを起動し、即座に夏美へとコールを始めた。
僅か二回のコール。ペンダム遺跡でドロップマラソン中の幼馴染みは思いのほか早く通話に出てくれた。
『もしもしリョウちん? もしかして、あたしが恋しくなっちゃったかな?』
「馬鹿言うな。急用だ……」
素早い応答は有り難い。これならば問題は立ち所に解決するだろう。何しろ勇者ナツは不死王の霊薬をドロップしている。それも諒太の目の前で。
「ナツ、お前はまだ不死王リッチの霊薬を持っているか?」
『それを聞いてどうするの? リョウちんは他のサーバーにいるんでしょ?』
「そんなことは良いから答えろ。ナツは持っているのかいないのか!?」
声を張る諒太をフレアは眉根を寄せて見ていた。かといって一人で喋り一人で怒っている彼を不思議に思うのは無理もない。
『この前のは使っちゃったから、もう持ってない……』
「じゃあ、今すぐ取りに行けるか? 魔道塔のリッチからドロップさせて欲しい」
夏美ならば、そう時間はかからない。三十分でけりが付くところまで考えられた。しかし、無情にも諒太の要望は却下されてしまう。
『今は無理だよ……』
親友の願いを無下にするなんて。夏美であれば二つ返事で引き受けてくれるものと考えていたのに。しかしながら、彼女が断った理由は自分のことに忙しかったからではないようだ。
『昨日というか今朝方なんだけど、レベル70のプレイヤーたちがリッチのボス部屋を破壊しちゃったのよ。無理をして挑んだから……』
「Sランクスキルを使用したのか!? それともAランクスキルを壁にぶち当てたのかよ!?」
『アップデート後にドロップアイテムの譲渡が可能になったでしょ? 彼らはSランクスキルが付与された武器を譲ってもらったらしくて、敗北寸前でそれを使っちゃったみたい。しかも、相打ちで死に戻ってんの。セイクリッドサーバースレッドで滅茶苦茶に叩かれているよ……』
何てことだろう。最悪のタイミングでボス部屋が破壊されるなんて。これにより諒太の作戦は一縷の望みすらなくなってしまった。
『だから最低でも二週間はリポップしないよ。最大で一ヶ月はかかるね』
非常な通告が続けられた。一ヶ月は流石に長すぎる。確実とはいえない不死王の霊薬のために延命させるのは賭けだった。もしも治らなかった場合にフレアの立場まで悪くなってしまう。
諒太は少しばかり考える。自分はどうすべきなのか。自身はどう動きたいのかと。
「ナツ、ソロでリッチを倒すのにはどれくらい必要だ?」
諒太はリッチ討伐を決意していた。アーシェを救う可能性があるのならば、諒太はやるしかない。可能か不可能かを考える暇すら残されていないのだ。
問題は破壊された魔道塔だが、それは恐らくセイクリッド世界に影響を与えていない。魔道塔を破壊したのが夏美や彼女のフレンドでないのなら、セイクリッド世界にある魔道塔は無事であると思う。一万人もいるプレイヤーの行動を全て反映しているわけがないのだ。仮に反映していたとすれば、それこそセイクリッド世界は滅茶苦茶になってしまう。勇者ナツを起点としているセイクリッド史は彼女のフレンドでもない限り、その影響を受けないはずだ。夏美との接点を持たぬプレイヤーの行動ならば何の問題もないと考えられた。
『リョウちん、レベルは幾つ? コロン団長を連れて行けば90くらいで何とか倒せるはず。完全にソロならリョウちんでも95以上は必要となるね』
諒太の世界にコロン団長はいない。いたとして死ぬまで盾に使うなんてできなかった。だとすれば諒太はLV95までレベルを上げるしかない。
「了解した。ありがとう、ナツ。頑張ってみる!」
『うん、頑張って! リョウちんも勇者になっちゃいなよ!』
返答もせず諒太は通話を切る。正直に時間はなくなった。今すぐにでも戦いに向かわねばならない。時間が許す限りに諒太はレベルを上げるだけだ。
「フレアさん、俺は不死王リッチがドロップする不死王の霊薬を手に入れようと思います。レベル95を目標に死ぬ気で戦います。だからアーシェを一週間は延命して欲しい」
延命可能な期間は一週間程度とフレアは言っていた。それまでに諒太はLv95に到達し、リッチを倒す。加えてドロップ確率3%という不死王の霊薬を手に入れなければならない。
「どうか俺に時間をください――――」
誠心誠意伝えるだけ。まだ可能性の域を出ていないのだ。この世界でも同じようにリッチから不死王の霊薬がドロップするのか。はたまた不死王の霊薬があらゆる状態異常に聞くのかどうかも不明である。
「リョウ、私はアーシェを失いたくない。たった一人の家族なんだ。少なくとも一週間は引き延ばしてみせる。だから、どうかアーシェを救ってくれ。もはや頼れる者は君しかいないのだ……」
回復の見込みがない身内の延命行為は騎士団長としてあるまじき行動であろう。けれど、藁をも掴むかのように、彼女は信憑性のない諒太の話に同意していた。
「任せてください。絶対にアーシェを救ってみせます……」
朧気な目標であったリッチの討伐。今やそれは明確に諒太が目指すべきものとなっている。アーシェを救うという義務が彼にはあった。
「騎士団長である私は連日に亘って出歩くわけにはならない。それでも構わないか?」
「何を言っているのです? 俺は別にフレアさんに頼まれて戦うわけじゃない。純粋にアーシェを助けたいから、やると決めたのです。貴方が止めても俺は戦います」
もう死を恐れない。ゲームであると信じていた頃のように諒太は無茶をするつもりだ。ハイオークをソロ討伐したときと変わらず、無理なレベリングをして強くなるだけである。それこそ一週間以内にリッチを討伐できるLv95となれるように……。
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