幼馴染み(♀)がプレイするMMORPGはどうしてか異世界に影響を与えている

坂森大我

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第一章 導かれし者

勇者ナツと勇者リョウ

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 精神的に疲れ果てた諒太は夕飯を食べて直ぐに寝てしまった。昨日は明け方までレベリングに精を出した彼であるが、本日は一度も目覚めることなく気付けば朝である。

「アーシェ、大丈夫かな……」
 気になるのはアーシェの容体だ。諒太にできることは間違いなくあそこまで。あれより先は騎士団に常駐する治癒士に委ねるしかなかった。
 気にはなったものの、諒太にとっての現実はこの世界に他ならない。セイクリッド世界も大事に思うけれど、この現実は彼自身が存在すべき場所である。

 トーストを食べたあと自転車に飛び乗り、諒太は学校へと向かう。道中はやはりセイクリッド世界について考えていた。本当にあの世界を救えるのかどうかと。

「リョウちん!」
 自転車置き場で諒太はまたも夏美と出会った。待ち合わせなどしていないというのに、ピタリと合わせてくるのは流石である。

「おう、昨日はすまなかったな……」
「夜は電源すら入ってなかったけど寝ちゃったの?」
 夏美は夜も諒太を誘おうとしていたのかもしれない。ゲーム機の電源を切っていたから、彼女は諒太がゲームをしていないと知っているはず。諒太がプレイするのに電源は必要ないけれど、電源が入っていなければ、スナイパーメッセージは使えないのだ。

「夕飯までゲームはしてた。まあでも俺はサーバーを移動させられてな。お前とパーティを組めなくなったんだ」
 取って付けたような嘘なのだが、他に言い訳は思いつかない。夏美を巻き込まないためにも彼は嘘をつくしかなかった。

「そんなことあるの? 叡智のリングは受け取り済みだよね? 言付けはID指定してなかったけど……」
「受け取ったあとだよ。俺がセイクリッドサーバーに入れたのは手違いみたいだ。セイクリッドサーバーは既に定員オーバーらしい。サーバーの負荷を考慮して半ば強制的に移動させられたんだ……」
「だったら検索にでてこないのは仕方ないか。幾ら探してもリョウちん出てこないんだもの……」
 本当に悪いと思っている。諒太は夏美にクレセントムーンをもらったのだ。彼女が諒太とのゲームを楽しみにしていたことを考えると正直に心が痛む。

「他のゲームでも一緒にしようぜ? 運命のアルカナは諦めるとして……」
 諒太としても夏美とゲームを楽しみたかった。ゲーマーである二人の再会に水を差したのは皮肉にも入手を心待ちにしていたクレセントムーン。あの熱く暑い夏は記憶だけにしか存在せず、二人の現実には戻ってこなかった。

 授業中はずっとアーシェのことを考えている。彼女の容体が気になって仕方がない。また仮に彼女が命を取り留めたとして、諒太はどう向き合っていくのか。フレアが釘を刺したように諒太はもうアーシェとの関わりを避けるべきかもしれない。
 授業が終わり一人で教室をでると諒太は背中を叩かれていた。

「リョウちん、一緒に帰ろう!」
 振り向く前に誰であるのか分かったけれど、一応は驚いておく。それこそ小学生の頃は毎日一緒に帰っていたのだ。今も変わらぬ関係に感謝を込めて、諒太はオオッと声を上げた。

「一緒にって、本町の交差点までだろうが?」
 諒太と夏美の家はもう隣同士じゃない。途中から方向が異なる。加えて小学生時代とは違い、行動を共にすると噂を立てられてしまう。諒太としては夏美が気にしなければ問題ないのだけれど、やはり気になるところであった。

「そうだ……。ナツ、お前んちに行ってもいいか?」
 直ぐにセイクリッド世界へと戻るつもりであったが、諒太は気が変わっていた。
 仮にも夏美は勇者だ。しかも諒太よりずっと強い。きっと夏美のプレイは新米勇者である諒太にとって参考となるはずだ。

「うん、いいよ。格ゲーとかする?」
 魅惑的な提案があるも即座に首を振る。夏美とはいつでも遊べるのだ。互いに住所を知らない昔の二人ではない。

「いや、お前の勇者ぶりを見せて欲しい。あと世界の色々な場所を見せてくれよ」
「ほう、勇者であるあたしに興味持っちゃった!? あたしが世界を救うところを見てみたいってか!?」
 おだてると調子に乗るところは変わっていない。この分だと夏美に怪しまれることはないだろう。
 二人は並んで自転車を走らせている。先日も感じたことだけど、やはり懐かしいと思う。小学生時代の記憶が意図せず蘇っていた。

「なあ、ナツ……」
 ふと諒太は問いかけている。夏美に聞いてみたい話を諒太は思い出していた。

「お前って誰かと付き合ったことあるのか?」
「はいぃ?」
 諒太の知らない三年間をどう過ごしてきたのか。別に問い詰めるつもりもなかったけれど、諒太は聞いてみたいと思う。

「中学時代はゲーム三昧だよ。三年生は勉強もしてたけど……」
 口を尖らせる夏美。分かりきったことを聞くなと言った風に。
 かといって夏美に彼氏がいないのは諒太も分かっている。受験生になってまでβテストに参加している猛者なのだ。異性と付き合う時間があったとは思えない。

「じゃあ、たとえばの話だけど、告白された場合に相手を傷つけず断る方法ってあるのか?」
 夏美にする質問じゃないのは明らか。けれど、夏美も一応は女子高生だ。諒太が抱える問題を解決できるかもしれない。

「リョウちん、馬鹿じゃないの?」
 しかし、無駄であったようだ。解決方法を口にするより馬鹿呼ばわりするだなんて。恋愛経験に乏しい事実を隠そうとする夏美に諒太は薄い目を向けていた。

「そんなのあるわけないじゃん。どんなに取り繕ったとしても絶対に傷つく。たとえそれが運命的なことで、避けられないことであっても……」
 どうしてか続けられた話は意外に的を射ていた。運命的であり避けられないこと。それはつまり諒太自身が抱える問題の中心的な原因であった。

「たとえ話だが、もし仮に普通に断るのと返事をしないのとではどう違う? 有耶無耶にするのは間違っているか?」
「ねぇ、一体何の話? ひょっとしてリョウちん、新生活早々に告られたの?」
 少し踏み込みすぎたようだ。夏美に鋭く切り返されてしまう。
 だが、諒太はそれを説明できない。何しろ異世界にある冒険者ギルドの受付嬢が相手である。信じてもらう以前に精神状態を疑われてしまうはずだ。

「いやまあ、たとえばの話だ……」
「どうして断るの? タイプじゃなかった?」
 ニヤリとする夏美から諒太は視線を外す。たとえばと言っているのに流石は幼馴染みだ。夏美は諒太の話として問いを返していた。
 こうなると誤魔化しようがない。諒太は長い息を吐きつつも、彼女の問いに答え始める。

「いや、どちらかといえばタイプだ……」
「んん? ならどうして断るのよ?」
 否定するのは諦めた諒太であるが、異世界云々の話は別だ。セイクリッド世界における出来事だと伝えるなんてできない。

「色々あんだよ。俺は彼女に相応しくない……」
「へぇ、リョウちんでも自重するんだ?」
「ふざけんなよ? お前だって言ってただろ? 自分も成長してるって……」
 自重したことにしておく。諒太が断る理由とは明確な差があったけれど、夏美がそれで納得するのなら下手に言い訳しない方がいいはずだ。

「まあ良いでしょ! リョウちんには美少女天使の夏美ちゃんがいるからね!」
「自分で言うな……」
 まるで参考にならなかったけれど、不思議と気分は悪くなかった。かなり思い悩んでいた諒太だが、夏美のおかげで踏ん切りがついている。

「でもさ、有耶無耶にするのだけはやめてあげて。たとえばの話だけど、引っ越しする当日になるまで親から何も聞かされていなかった子がいるの……」
 不意に続けられた話は諒太にも覚えがあるものだった。
 あの茹だるような暑い夏の日。諒太の世界から幼馴染みは忽然と姿を消した。のちに両親から引っ越しの事実を聞かされるまで、諒太は何も知らなかったのだ。

「その子が駄々をこねるからって両親は黙っていたみたい。でもその子はちゃんとお別れがしたかったの。新居に到着して初めて引っ越しを告げられるなんて馬鹿な話よ……」
 恐らくは諒太の方も同じだ。もしも夏美が引っ越しすると知っていたなら、諒太もまた無茶をいっただろう。九重家の隣に引っ越せと親に泣きついたと思う。

「なるほど、理解した。別れの挨拶がないのは確かにつらいな。その子の友達も凄く悲しかったはず。市外に引っ越したと聞いて、もう二度と会えないほど遠くへ行ってしまったのだと思ったことだろう……」
 ひょんなことで三年前のモヤモヤが晴れていた。両親は二人の仲が良いと知っていたし、共に別れを受け入れられないと分かっていたのだ。両家で話し合った結果が最後まで黙っていることだったのだろう。

「まあ昔のことよ! さあゲームを始めようか!」
 しんみりする雰囲気を嫌ってか、夏美は豪快に自転車を降りて家の門を開く。ちらりと魅惑の白い布が見えたのはここだけの話だ。
 例によって誰もいない九重家。三度目ともなると遠慮はしない。夏美の指示を待つことなく、諒太は彼女の部屋へと向かう。

「早速プレイするけど、くすぐるのは駄目だよ! あたし、こそばゆいの苦手なんだから! 絶対の絶対だからね!?」
 少しもそんな気はなかったのだが、お笑い芸人のようにフラグを立てられてしまうと、くすぐらないわけにはならない。
 ゲームまでの儀式とも言えるじゃれ合いをしてから、諒太は夏美のパソコンを起動。会話をしながらプレイ映像をテレビで確認していた。

『そうそう、アップデートは済ませた? 新しいアップデートで街以外にも土地が買えるようになったの! どこでも購入できるわけじゃないけど、今までは既存の家しか買えなかったからね。もちろん、あたしも土地を買って倉庫を建てたよ!』
 その話は諒太も今朝方知ったところだ。昨日の夜にアップデートがあったこと。だが、諒太は正直に迷っている。アップデートすることでセイクリッド世界に更なる異変が起きるのではないかと。

「へぇ、倉庫っていいな。何処にあるんだ?」
 諒太の質問に対し夏美は得意げに笑う。直ぐさまマップを呼び出し、その場所にマーカーを付けてくれた。一応はアクラスフィア王国にあるようだ。昨日踏破した北の洞窟から遙か西にある。

『リバレーション!!』
 夏美は移動魔法を唱える。勇者専用の呪文を持つ彼女は街から遠く離れた場所に土地を買ったらしい。アップデートは深夜だったはずなのに、既に購入して倉庫まで建てているとはゲーマーの鑑である。

 転移魔法で着いた先は砂漠的なフィールドだった。そこにポツリと石造りの小屋があり、夏美はその建物に近付いていく。

『これがあたしの倉庫! 防護結界を解くから待ってて!』
「防護結界? こんな僻地に盗賊なんてでるのか? それとも魔物避けか?」
 盗賊は諒太も出会ったばかりだ。思い悩む原因となった奴らである。

『魔物は建造物に入れないよ。街とかもそうだけど、魔除けの術が施されているという設定だからね。でも盗賊はこれから増えると思う。だからこその防護結界。今までは他人のレアアイテムを使用できなかったけれど、アップデート後はハイレアリティでも使えるようになったから……』
 夏美は最前線を突き進むトッププレイヤーの一人だ。従って彼女のアイテムは狙われやすい。だからこそ、辺鄙な荒野に倉庫を構えて、尚且つ防護結界で警備しているのだろう。

「防護結界があれば盗賊は侵入できないってわけか?」
『まあ基本的に。結界を使用したプレイヤーよりレベルが低いと結界にダメージを与えられないの。あたしはレベル103だし、Lv113はないと警備NPCが来るまでに破壊できないね。警備NPCは滅茶苦茶強いから!』
 どうやらレベルは100以上もあるらしい。既に夏美はレベル103であるみたいだ。
 また防護結界のスクロールには警備保障が付いているらしい。仮に防護結界が攻撃を受けると直ぐさま駆けつけてくれるという。
 夏美は結界を解除。ふふんと鼻歌交じりに倉庫へと入っていく。きっと彼女はまたも諒太に自慢するつもりだろう。

『じゃーん! あたしの倉庫どうよ!?』
「すげぇ! 完全に武器屋じゃねぇか!」
 やはり自慢であったけれど、諒太は所狭しと並べられた武具に思わず感嘆の言葉を投げてしまう。羨ましくなんかないと言うつもりが圧倒されてしまった。

『ドロップアイテムの置き場が欲しかったのよ。今まで持ちきれないアイテムはNPCに売るしかなかったからね!』
 どれも逸品ばかりだ。騎士団の汎用装備である諒太とは雲泥の差がある。さりとて夏美の幸運は諒太もよく知るところ。恐らくどれも数%という難関を潜り抜けてきたアイテムに違いない。

「それでナツはスバウメシア聖王国って行ったことあるか? エルフが統治する国……」
『当然でしょ! スバウメシアもガナンデルもね。いやあ、まったくリョウちんはしょうがないなぁ! リョウちんが希望するのなら勇者であるあたしが直々に案内してあげよう!』
 言って夏美は移動魔法を唱え出す。それはもう満面の笑みを浮かべながら。
 一方で諒太はネタバレにもなるのだが心躍らせている。新たな世界がそこに拡がっていることを彼は期待していた。

 一瞬のあと、景色がガラリと変わる。中世ヨーロッパ的なアクラスフィア王国とは異なり、スバウメシア聖王国にはファンタジーっぽい尖った奇妙な家が建ち並んでいた。

『じゃじゃーん! ここがスバウメシアの聖都エクシアーノだよ!』
 ガラリと雰囲気が変わっている。諒太の胸は高鳴っていた。聖都エクシアーノは王都センフィスと比較にならないほど発展を遂げている感じ。どこまでも続く街並みには息を呑むしかない。

「エルフだ……」
 アクラスフィア王国では見なかった人種である。ゲームにありがちな格好の彼らは一目見てエルフだと判断できた。

『女王陛下は八百歳なんだよ! つい最近、結婚したの!』
 短い割にツッコミどころが多い話だ。かといって、これは間違いなくゲーム。ここは聞き流しておこうと諒太は思った。

「何だか街の至る所が破壊されてるけど、どうしてなんだ?」
『ああ、それは一昨日の話だよ……』
 街が破壊された原因は二日前にあるようだ。それは諒太がクレセントムーンを夏美からもらった日。諒太が運命のアルカナをプレイし始めた日に他ならない。

「何があったんだ?」
『ほら、緊急クエストがあるって言ったでしょ? リョウちんのレベリングを手伝えなくなったやつ。あれはスバウメシアで起きたクーデターを鎮圧するっていうものだったの』
 クーデターとは穏やかじゃない話である。地理的にはアクラスフィア王国の直ぐ北。騎士団員であった聖騎士ナツは要請を受けたのか、スバウメシア聖王国まで出向いたらしい。

「ナツはどっちについた?」
『あたしは正規軍だよ。クーデター側にはガナンデル皇国に所属するプレイヤーがついてた。あれはセイクリッド史に残る大戦だったね!』
 確かスバウメシア聖王国は友好国だとフレアが話していた。ゲームでもスバウメシア聖王国が敵対していないのであれば、アクラスフィア王国の騎士である夏美が正規軍についたのは明らかである。

「大戦で活躍して勇者になったってわけか?」
『まあそういうこと。あたしは先陣を切って戦ってたからね! エクシアーノに攻め入った軍勢を退けたあと、ワイバーンで最前線まで行ったんだから!』
 三国を巻き込む大戦に発展したクーデター。聖騎士ナツは昔と変わらず猪突猛進であったらしい。死に戻ってレベル1になるなんて頭にはなかったはずだ。

「しかし、クーデターっていきなりなんだな? 運営のイベントってことか?」
 気になるのはクーデターの原因である。スバウメシア聖王国で何が起きたというのだろうか。たとえイベントだとしても、それなりの設定があるはずだ。

『プレイヤーの一人がセシリィ女王陛下の好感度をマックスまで上げちゃってさ、彼女に求婚されてしまったのよ!』
 原因はまるで予想外だった。プレイヤーは恐らく人族である。従ってクーデターは純血主義者による反乱であったと推測できた。

 サービス開始直後から恐らくそのイベントは計画されていたのだろう。しかし、女王陛下に好感度が設定されているなんて、大半のプレイヤーは考えていなかったはず。女王陛下に求婚させた廃プレイヤーですら、そのようなフラグがあるとは知らなかったに違いない。

『今、そのプレイヤーは王配になってるよ! いちご大福さんはβテストから、あたしの廃フレなの。スキル金剛の盾を持つ滅茶苦茶に固いタンクで【不動王】の二つ名持ち。彼はいつも盾役を買ってでてたよ』
「いちご大福ってか……?」
 著しく世界観を損なうプレイヤーがスバウメシア聖王国の王族となってしまったらしい。とはいえ諒太は納得している。夏美のフレンドが普通の感性を持っているはずもなかったのだ。

「それでこの破壊された街は元に戻らんのか? 大戦があったという演出?」
『地形変化は普通にダメージを入れたら起きるよ。Sランクスキルは基本的に範囲攻撃だから壊れまくり。ちなみに、あそこにある大穴はあたしが作り出したんだから!』
 自慢げに夏美。視界の先には確かに大穴がある。大通りのど真ん中に地獄へと繋がっていそうな深い穴があいていた。
 諒太は愕然としてしまう。ただし、大通りの穴が想像以上に深かったからというわけではない。彼には見覚えがあったのだ。

「メテオバスター……」

 クレーター形状の穴。それはセンフィスへと続く街道から見たものと同じだった。荒野にできた巨大な穴は勇者ナツの一撃によって生まれたと聞いている。

『よく知ってんじゃん? メテオバスターは武闘会で一位になったときにもらえたの。最近まで覚えられなかったんだけどね』
 やはり記憶のままであった。荒野に空いた穴と大通りの穴は同じものであり、生み出したのは勇者ナツに他ならない。

「じゃあさ、ソニックスラッシュでも地形変化は起きるのか?」
『ソニックスラッシュはAランクの単体スキルだよ。それでも壁とかを狙うと破壊しちゃう。一応は気をつけて戦ってんのよ。塔や洞窟で地形変化なんて起こしたらプレイヤー全員に叩かれるからね。特にボス部屋を破壊しちゃったら、修復されるまでボスがリポップしないの。破壊の程度にもよるけれど、二週間以上はそのままだね』

 どうやらこの大穴はしばらく消えないようだ。住人には不便でしかないだろうが、クーデター軍が勝利していたらスバウメシア聖王国はなくなっていたかもしれない。これくらいの代償は仕方がないことであろう。

「今のところセイクリッドサーバーのプレイヤーで重要な役割についているのはナツといちご大福さんだけなのか?」
『聖騎士レベルなら割といるけどね。ガナンデル皇国にもアアアアさんって大臣がいるけど。多くのプレイヤーは二日前の大戦で軒並みレベル1になっちゃったね……』

 アアアアなんて名前をつけるプレイヤーがいるとは驚きだ。夏美でさえ面倒がらずにナツとつけているというのに。
 勇者ナツはスバウメシア聖王国でも有名人のようだ。すれ違うプレイヤーの視線が熱い。中にはエリアチャットで名前を呼んでくるプレイヤーもいた。

『あっ! スナイパーメッセージが入った!』
 夏美が声を上げる。その告知音は諒太もよく知るものだ。ゲームの標準機能であるフレンドチャットではなく、メッセージということはスナイパーメッセージにフレンド登録をしているプレイヤーだろう。

「男か?」
『ふふん、気になる? あたしは美少女天使だからなぁ!』
 言って夏美がメッセージを開く。諒太が見ても構わないのであれば、相手は女性である可能性が極めて高い。

 @イロハ『ナツ、暇だったら手伝ってくれない? ペンダム遺跡にいるんだけど』

 ペンダム遺跡はアクラスフィア王国の西端にある。割と高難度ダンジョンであり、この度のアップデートで追加された新ダンジョンだと諒太は記憶している。

『リョウちん、助っ人に行くけど良い?』
「俺は構わんが、俺が見ていることをイロハさんは知らないだろ?」
 まさか第三者が見ているなんて考えもしていないはずだ。基本的にゲームはヘッドセットを被ってプレイするのだし、家族ですら何をプレイしているか知らないのだから。

『問題ないって。中学時代のゲーム友達だから。彼女も伯母山の生徒だよ』
 彼女との話に諒太はホッとしている。ただ夏美のゲーム友達が同じ伯母山高校に通う生徒だとは思わなかった。なぜなら夏美は毎日諒太と一緒に帰ろうとするのだ。中学時代のゲーム友達であれば家は同じ方角だろうに。

「どうしてナツはイロハさんと一緒に下校しないんだ?」
『イロハちゃんはバス通学なの。彼女の家はバスの方が早いからね。それでボイスチャットに誘うけど良いでしょ?』
「三者通話か……」
 女子であるのは諒太にとって喜ばしい限りだが、会ったこともない同級生というのは些か不安に思うところでもある。

「まあ良いぞ」
 諒太が許可すると立ち所に彩葉が入室してくる。と同時に彼女は挨拶を済ませた。

『ハーイ! 私がイロハよ。噂の彼氏君と話ができて嬉しいわ!』
『彼氏じゃないっていってんじゃん!』
 諒太の話を諒太が聞いているところで始める二人。一方的に聞かされている諒太は会話に入るのを躊躇してしまう。

「えっと、俺はリョウだ。イロハさんよろしく。今は夏美のプレイを見てるだけだけど」
『よろしくぅ。私はイロハでいいよ。それじゃあペンダム遺跡の攻略を見ててね!』
 思ったより取っつきやすい性格のよう。かといって再び諒太は納得していた。夏美の友達だからこんなものかもしれないと。

「イロハはレベル101だけど、一人じゃ攻略できないのか?」
 魔道塔は高難度のダンジョンであったが、夏美はNPCを一人連れてきただけでクリアしていた。だから魔道塔より難易度が低いダンジョンであれば、夏美に助力を求めなくても彩葉であれば攻略可能ではないかと思う。

『踏破はできるんだけど長時間籠もるからね。NPCじゃ直ぐに死んじゃうのよ』
『イロハちゃん、それで何が目的なの? ひょっとしてアップデート後に話題となってるやつかな?』
 夏美は彩葉の目的を察しているようだ。大型アップデートであった今回の追加要素は多岐にわたっている。目玉はレアアイテムの譲渡可能要素であるが、他にも細々とした変更があるらしい。

『そうなの。ミノタウロスが落とすアレよ……』
『ああ、やっぱり。あたしも欲しいなって考えていたから、とことん付き合うよ! 絶対に欲しいよね!』
 夏美まで欲しがるとは、かなりのレアアイテムに違いない。また彩葉が夏美を誘ったのは夏美の強運にあやかろうとしているからだろう。

『ミノタウロスの石ころ――――』

 続けられた話に諒太は固まっていた。聞き違いかと思う。ミノタウロスといえば諒太が北の洞窟で倒した魔物である。加えて石ころというドロップアイテムも記憶にあるものであった。
「石ころが何の役に立つんだよ?」
『リョウちん、そんなことも知らないの?』
『リョウちん君、ダッサ!』
 ネットではよくあることだが、彩葉は馴れ馴れしく愛称で諒太を呼ぶ。まるで夏美が増殖したかのようだ。現実ではあまりかかわりたくないタイプかもしれない。

『ミノタウロスの石ころは超超激レアアイテムで、磨き続けると精霊石になるの。精霊石を持っていると攻撃による死を一度だけ回避できる。蘇生アイテムや魔法がない現状で、唯一ともいえる効果があるのよ』
 あの石ころにそんな効果があるなんて。いやしかし、問題はその確率である。夏美を以て超超激レアという石ころ。諒太の考えている石ころとは違うようにも思う。

『トッププレイヤーは絶対に死に戻りしたくないしね。まだガナンデルとスバウメシアはきな臭いし、きっと近い内に大戦があるはずだもん』
「石ころってのは色々と種類があるのか?」
『いやぁないない! ミノタウロスがドロップする石ころは一つだけだよ。前々から石ころの存在は報告があったんだけど、売却値も1ナールだし超ハズレの激レアってことになってたの』

 要は用途が分からなかったってことらしい。しかし、諒太疑問を覚えてしまう。それならば、どうしてアップデートが関係しているのだろうかと。

「アップデートによって使用用途が明らかにされたのか?」
『それは違うよ。使い方は生産職の人が発見した。それもアップデートの二日前にね』
 とても有能な生産職プレイヤーである。意味もなく磨き続けるなんて正気の沙汰ではない。何らかの用途があると考えたプレイヤーは賞賛されるべきであった。

「じゃあ、アップデートはどういった内容だ? まるで関係ないように思えるけど」
 少しも理解できなかった。アップデート前に発覚した石ころの錬金術。なぜアップデート後に騒ぎ出すのかが諒太には分からない。

『リョウちん君、アップデート内容を読みたまえ。これまでミノタウロスは固定で出現するダンジョンがなかったの。各ダンジョンのボス部屋で極小の確率でしかポップしないレアボス扱いだったでしょ? つまりは狙って石ころを入手する手段がなかった。でも、今回のアップデートで新設されたペンダム遺跡にはミノタウロスがポップする。それもボスではなく通常エンカウントの魔物として。これは行くっきゃないでしょ!』

 諒太は難しい顔をして考え込んでいる。ここまでの話を要約すると、諒太とフレアは出現確率が極小であるレアボスを引き当て、尚且つ超超激レアという石ころをドロップさせてしまったことになる。

「それはやべぇな……」
『そう、ヤバいのよ! 神アプデに感謝だわ!』
 諒太の感想は完全に取り違えられてしまう。驚いたのはアップデートの内容ではなく、不幸同士を掛け合わせた結果が豪運となっていたことだ。

「一番ヤバいのは、それを手放してしまったフレアさんだ……」
『えっ? 何?』
 思わず漏らした独り言が聞こえてしまったらしい。ここは笑って誤魔化しておく。
 仮に夏美や彩葉が石ころ欲しがったとして、諒太はサーバーが異なるどころか世界線すら違う場所にいるのだ。石ころを二つも持っていることは秘密にしておかねばならない。

 一度目のチャレンジはミノタウロスの斧。これは実質的なレアドロップとされていたものらしい。確率は2%とのことで前衛職ならば自慢できる武器であるようだ。まあしかし、そこは夏美である。一度目で引き当ててしまうなんて明らかに彼女は幸運だった。

「えっと、俺はもう帰るわ。良いプレイを見せてくれてありがとうな」
『リョウちん君、明日は土曜日だから泊まってけばいいのに。ナツも喜ぶよ?』
『イロハちゃん!?』
 何もなければ諒太だって徹夜でゲームがしたい。夏美と語らっていたいと思う。
 けれど、諒太には使命があった。少しでも強くなり、本当か嘘かも分からない世界でした神との約束を果たさなければならない。諒太は胸の内に思う。

 そろそろあの世界に戻るとしよう――――。
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