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第一章 導かれし者

勇者ナツの日常

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 勇者誕生から一夜明けたセイクリッドサーバーは一大イベントのあとであり、特別な催しは企画されておらず、全てのエリアが日常に戻っていた。
 かといって全てが平常通りということではない。その平穏はたった一人を除く。勇者に選定された彼女だけは不穏な時間を過ごしていたのだ。

「ナツ、一体何度襲われたら気が済むわけ? わたしゃもう疲れたよ」
「あたしのせいじゃない! イビルワーカーのせいだって!」
 夏美は一日で五回も野党集団に襲われている。それは彼女が勇者となったのが原因だ。基本的に善良なプレイヤーを斬り付けると悪落ちするのだが、元からイビルジョブであったプレイヤーが勇者への攻撃を躊躇うはずもない。

「きっと暗殺依頼でもでてるんだよ!」
「まあそうかもね。勇者交代を目論むプレイヤーがイビルワーカーを雇ってるんだと思う」
 悪落ちしたプレイヤーは総じてイビルワーカーと呼ばれている。そのジョブは盗人から殺戮者まで様々であったけれど、軽度の悪である盗人より先のジョブにいる者はイビルサイドを好むプレイヤーであった。また悪落ちすると商店での買い物ができなくなり、教会などの施設を利用できないなどペナルティが発生する。しかし、闇ギルドが存在し、制約はあるのだがプレイを続ける環境は整っていた。

「まいったなぁ。勇者って大変だ……」
「しょうがないよ。全サーバーで初めての勇者だもん。どんな対応が適切なのかも分からない。闇ギルドに突撃できたら楽なんだけどね」
 夏美はリアフレの藤波彩葉ふじなみいろはとレベリング中のよう。しかし、事あるごとに夏美が襲われてしまい少しも楽しめていない感じだ。

「出会う人が全員、イビルワーカーに見えてくるよ……」
「だね……。もう帰ろっか……。任務は他の団員がするっしょ? どこか人気のないところでレベリングしようよ」
 二人は所属する騎士団の任務中のようだが、任務どころか対人戦ばかりを強いられている。騎士団独自のクエストであったけれど、もう諦めてしまうらしい。

「あ! イロハちゃん、ちょうど荷馬車が来たよ!」
「おお、ラッキーじゃん。ってナツはリバレーションが使えるでしょ? それで騎士団に任務破棄の報告をしようよ?」
 彩葉は夏美がリバレーションなる魔法を手に入れたことを知っている。従って馬車で帰るよりも楽な方を希望した。

「ダメダメ! これからレベリングするんでしょ? だったら魔力は温存しないと。あれって滅茶苦茶MP持ってかれんだよね。あたしは元が戦士だからギリッギリなの!」
「ならMPポーション飲めば良いじゃん?」
「それが装備を一新したから金欠なのよ。今は節約したい……」

 じゃあしょうがないねと彩葉。乗合馬車は移動時間が必要となるけれど、格安で目的地まで到着できる。王都センフィスへは夏美の希望通りに馬車を使うことになった。

 顔バレ防止機能を使用していない夏美は馬車の中でも有名人である。ただ幸いにも初心者ばかりであったから注目を浴びるだけで済んでいた。
 ところが、馬車に飛び乗ってから五分あまり。センフィスはまだ先であったものの、馬車が急停車してしまう。

「ナツ!?」
「うん、ターゲット指定が入った。イビルワーカーだね……」
 プレイヤー同士の戦いは不意打ちができない。必ずターゲットを指定する必要があった。制限としてレベルが80以下のプレイヤーには戦いを挑むことができない。
 徒党はターゲット一人に対し二人まで。その割合を超えて挑む場合は人数超過によりペナルティが与えられた。ただし、ターゲットパーティーのレベルが徒党の平均レベルより強い場合はその度合いによりペナルティが軽減される。
 またプレイヤーアタックは応じなくても構わない。ただし、その場合は勇猛値や大義値といった隠しステータスが減少すると公式から発表されている。 

「ナツ、いい加減にして欲しいよね? 今日、六回目だよ?」
「いいじゃん? 返り討ちにしたらボーナスが入るし!」
 挑む側も挑まれる側も多くの経験値が期待できる。挑む側は悪落ちが避けられないのだが、気にしなければ魔物でレベリングするよりもずっと楽だった。更に職業が盗賊であれば倒したプレイヤーが持っていた所持金の二割を手にすることもできる。

「ナツ、パーティーに暗殺者とシリアルキラーがいる。ちと厄介かな?」
「へーき! ペナルティ付きで挑んでくる輩なんて大したことないよ。覚えたばかりのメテオバスターを開戦時に撃ち込むし。硬直時間はイロハちゃん、よろしくね?」
 メテオバスターはSランク剣技であり、広範囲に超大ダメージを与えるというものだ。秘伝書の使用条件がレベル100であったため、夏美はそれを覚えたばかりであった。昨日のイベントで一回使っただけの超レアスキルである。

「はいはい……。生き残ってるプレイヤーがいたらね?」
 彩葉は呆れたような顔をして夏美を見ている。彼女はメテオバスターの威力を目の当たりにした一人だ。昨日の緊急クエスト開始早々に彩葉は見せつけられていた。

「あと5秒……」
 条件に合う戦いを挑まれた場合、ターゲットプレイヤーないしパーティーは承認後一分以内に準備を終えなければならない。
 一分間のカウントダウン中、二人は何の準備もしていない。ざっと敵となるプレイヤーを確認したのだが、メテオバスターに耐えうる者が一人もいなかったからだ。

「さあさあ! あたしが勇者ナツだよ!」
 夏美は馬車の荷台に仁王立ちし剣を高々と掲げる。大きな笑みは待ち受けるイビルワーカーたちにも確認できたことだろう。

「滅せよ! メテオバスタァァッ!!」
 夏美がそう叫ぶと上空に燃え盛る巨大な隕石が突如として出現。空を覆い尽くすかのようなその巨岩は彼女が剣を振るや落下していく。
 呆然とするだけのイビルワーカーたちは何が起こったのかも理解しないうちに、その一撃を体験することになった。

 阿鼻叫喚の地獄絵図である。九人という大パーティーを編成したイビルワーカーであったが、スキルを使用する間もなく全員が巨岩の下敷きに。加えて落下と同時に炎が巻き起こり、何とか生き残った残党も焼き尽くされてしまう。

「ナツ、またレベルアップしたよ……」
「あんまり気分が良いものじゃないけどね?」
 荒野に残ったのは何らかの災害を予感させる巨大な穴だけだ。そこにイビルワーカーたちが潜んでいた痕跡は少しですら残っていない。

「ナツ、地道に闇ギルドを削ってくしかないかぁ?」
「だね? 悪者退治も勇者としての使命なのだよ。イロハくん!」
 再び馬車が動き出す。夏美の活躍に初心者たちは思わず拍手をしていた。
 手を振って応える夏美。センフィスへと向かう荒野の一本道に彼女の甲高く大きな笑い声が木霊していた……。
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