幼馴染み(♀)がプレイするMMORPGはどうしてか異世界に影響を与えている

坂森大我

文字の大きさ
上 下
11 / 226
第一章 導かれし者

セイクリッド世界の異変

しおりを挟む
 家に帰ると諒太は真っ先にクレセントムーンを起動。夏美は母親から買い物を頼まれているらしく、一時間ほどは一人でのプレイとなる。少しばかりクエストを消化したあとで連絡を取り、夏美と合流する予定だ。

 ログインするとやはり気持ち悪い。脳波に干渉しているとのことで、こればかりは避けられないことなのかもしれない。
 開始地点は昨日と同じ王城の地下にある石造りの部屋だ。運命のアルカナはログインすると必ず所属する国の王城から始まる。移動が面倒であるけれど、仕様ならば受け入れるしかない。

「せめてワクワク感を覚える場所にしてくれよ。ここは陰気すぎる……」
 ログアウト場所で再開できれば楽なのは間違いない。王城から狩り場へと歩いて行くのはやはり面倒である。
 アクラスフィア王城をあとにし、諒太はギルドへと向かうために騎士団の詰め所前を通過する。しかし、彼はふと立ち止まってしまう。

「これは……?」
 城門の前にある大広場には確か大賢者ベノンの石碑があったはず。けれど、既に跡形もなくなり、代わりとして巨大な銅像が建てられていた。

「やあ、リョウじゃないか。昨日はすまなかったね……」
 呆然と銅像を見上げる諒太に声をかけたのは騎士団長フレアである。

「こんなのいつできたのですか?」
「はぁ? 君は何を言っているんだ? これは大昔からあるぞ」
 そう言われると新しいものには見えない。台座などには苔があり、とても昨日のうちに造られたとは思えなかった。だが、諒太の記憶が正しければ、確かにここは大賢者ベノンの石碑があった場所だ。

「この銅像は暗黒竜ルイナーを封印した偉業を称えて、三百年前に設置されたものだ」
 三百年前とは驚きである。急なアップデートでそういった設定が加えられたのかもしれない。
 銅像は見た感じ騎士のようだ。誇らしげに掲げられた長剣が如何にも銅像らしい。また髪の長さから推察するに、モデルは女性だと思われる。

「てことは、銅像のモデルが三百年前にルイナーを封印した人ですか? この方の施した封印式が今になって解けてしまったということですかね?」
「まあそういうことだ。討伐でもしない限り、永遠などあり得んよ……」
 割とドライな考え方である。とはいえ、強大な魔物を封じ込めたのだから、寧ろ三百年も機能したと考えるべきだろう。

「どういった偉人なのでしょうか?」
 何となく気になっただけだ。ストーリーに関係しているのなら聞いておいて損はしないはず。その知識がゲームクリアに役立つかもしれないと。

「何を言っているんだ?」
 先ほどから諒太は同じ台詞ばかり言われている。幾ら美人であろうとも彼女はNPC。会話に柔軟性を求めるのは間違いだ。

 生暖かい目でフレアを見ていた諒太であるけれど、続けられた言葉に唖然とする。なぜなら会話が繋がらないどころか、その返答は脈略すら失っていたのだ。

「これは勇者ナツの銅像だぞ――――」

 何がどうあれば、そのような返答に行き着くのだろう。諒太は困惑していた。夏美は昨日の夜に勇者となったばかり。またそれは決して三百年前の話ではない。

「勇者ナツって何人もいるのでしょうか?」
 偶然の一致であると思う。この銅像と諒太の知る勇者は別人に違いない。偶然同じ名前となってしまっただけ。運営が致命的なミスを犯しただけであろうと。

「君は何を言っている?」
 疑問を返したばかりに、諒太は何度目かの決まり文句を聞く羽目に……。そのあと彼は知らされてしまう。セイクリッド世界の矛盾に。時系列が完全に狂ったこの世界について。

「勇者ナツは歴史上たった一人。白銀に輝く鎧を身に纏った人族の英雄だよ。君が昨日受け取った聖遺物も三百年前から本部に預けられていたものだ……」
 ゴクリと唾を飲み込むも動悸は治まらない。今も心臓が痛いくらいに脈打っている。
 これはどういうことなのだろう。諒太は夏美と同じセイクリッドサーバーに入り、運命のアルカナをプレイしているだけ。なのにどうしてか諒太は後日談的なエピローグを、若しくはある意味プロローグとも取れる話を聞かされている。

「約三百年前、聖騎士ナツは勇者となり、暗黒竜ルイナーを封印した。彼女はセイクリッド世界の救世主だ。偉大なる勇者ナツは圧倒的な戦闘力を有しており、もしかすると暗黒竜ルイナーを倒せたかもしれないとさえ言われている」
 諒太が知るアルカナの世界と背景は同じだ。にわかに受け入れられない話だが、フレアが語る勇者ナツは諒太が知る残念な幼馴染みと特徴が似ている。

 運営の考えが分からない。諒太だけに発生したイベントであるはずはないし、そもそも三百年前という設定が必要であるとは思えなかった。

 思考は急速に危ない方向へと転換していく。なぜなら諒太には悪い想像を肯定する理由があったのだ。昨日は気にしていなかったものの、諒太はまだ一人のプレイヤーにも会っていない。それが意味すること。一万人が参加するサーバーで明け方まで一人も出会わないのはあまりに不自然であった。

「勇者ナツは三百年前の偉人……?」
「その通りだ。彼女はルイナーの復活を予見していたのかもしれない。三百年後の存在である君にアイテムを残していたのだから……」
 諒太の呟きには素早い返答があった。諒太は今も夏美と連絡が取れるというのに、この世界における夏美は三百年前の存在なのだという。

「あの……これをアーシェに渡しといてください。今日はもう戻ります」
「昨日はどこに宿泊したのかと思っていたのだが、やはり君は両方の世界に存在できるのだな……?」
 諒太の言付けを無視するようにフレアが話す。どうしてか深い溜め息を吐きながら。異界との接続云々は彼女自身が教えてくれたことだというのに。

「全ては古文書通りか。異界より舞い降りし勇者は世界間を行き来できる。私としてはアクラスフィア王国にて人生を全うして欲しかったのだがな。それはそうと……」
 フレアは小さく頷いたあと、どうしてか諒太の肩をポンと叩く。

「異性へのプレゼントを言付けるなど許さんぞ?」
 ギロリと鋭い視線。どうやらアーシェへの謝罪を有耶無耶にしようとしたことが見透かされたようだ。妹想いの騎士団長はぞんざいな扱いを許してくれないらしい。

「りょ、了解です……。彼女には誠心誠意謝っておきますから……」
「それでいい。ただし、深追いはやめてくれ。アーシェは世界間を行き来できんのだ」
 ここにきてフレアはスタンスを変えていた。昨日は間違いなく諒太とアーシェの仲を認めるような話をしていたけれど、今は明確に否定している感じだ。
 それは妹を想う発言に違いない。しかし、彼女たちはNPCである。現実の存在ではなく、与えられた役割しかこなせないはずなのに。

 諒太に渦巻く疑念は大きくなるばかりで、サブクエスト的なイベントの収拾を躊躇させていた。彼女たちが見せる感情の機微。とてもゲームだとは思えない。よって諒太は以降の選択を決定できないままだ。

 返答を待つことなくフレアが続ける。ニコリと微笑む彼女は、きっと諒太が察したものと考えているのだろう。彼がフレアの意を汲むものと疑っていない表情だ。

「リョウ、恐らく君は世界を救う使命を生まれながらにして持っている。勇者ナツの聖遺物を開封してみせたのは君がこの世界と因果関係を持つ証拠だ。期待せずにはいられない。どうかセイクリッド世界を救って欲しい」
 頭を下げるフレアに諒太は何も返答できなかった。
 もし仮に諒太のゲーム機が現実のセイクリッド世界に繋がっていたとして、彼にとってはゲームでしかなく、勇者ナツは時空を共にする残念な幼馴染みに他ならない。フレアが考えるような複雑な関係性を彼らは持っていなかった。

「必ず戻りますから……。少しばかり確かめたいことがありますので……」
「ああ、頼む。ハイオーク二頭をソロ討伐するような君に騎士団が助力できるとも思わんが、どのような要請だろうと協力すると誓おう……」
 諒太はフレアの目の前でログアウトをした。彼女にとっては超常現象のそれであり、諒太に対する神聖視は一層強まるだろうが、今は真っ先に確認しなければならないことがある。

 諒太のセイクリッド世界と夏美がプレイする世界の差異について。諒太が体験する世界の真実が何であるのかを……。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...