Solomon's Gate

坂森大我

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第三章 死力を尽くして

努力の成果

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 午後八時を回り、ミハルはキャロルと食事を取ったあと自室で雑談をしていた。
 そんな折、思い掛けず部屋のチャイムが鳴る。

「あれ? 誰だろうね?」

 キャロルが応対に出ていく。ミハルは買ってきたおやつを頬張りながら、我関せずといった様子だ。

「ミハル! ジュリアさんって方よ?」

 ところが、来客はミハルに用事らしい。夕食後に何の用だと、ブツクサ言いながらミハルは重い腰を上げる。

「何よ、ジュリア?」
 不機嫌さを露わにしながらジュリアに尋ねた。急用であったのは明らか。息を切らせてやって来た彼の用事が雑談であるはずはない。

「いや、悪いな! どうしても見て欲しいデータがあるんだ!」

 ギアを片手に嬉々として話すジュリアに、ミハルも何かを感じ取っていた。明日にして欲しいところではあったが、彼の表情を見ると帰れとも言い出せない。

「まあ入れば? キャロルに妙なことをすれば、ぶっ飛ばすけど?」
「するかよ! 別に立ち話でも良いんだが……」

 困惑するジュリアを放置し、ミハルは奥へと戻ってしまう。過度に気が引けたものの、ジュリアは言葉に甘えてお邪魔することにした。
 非常に女の子らしい匂いがする。自室のむさ苦しさとはまるで違う。ジュリアは正直に動揺していた。

「ギアに入ってるのは何? 早く見せなさいよ!」

 まるで気にする様子のないミハル。少しは気を遣えと小さく愚痴をこぼしながら、ジュリアはギアのデータをミハルへと送る。

「さっきまでシミュレーターをしていた。これはそのデータだ。かなり上手く飛べたと思う。お前ならどう感じるかを聞きたい……」

 夕食も取らずにジュリアは自主訓練をしていた模様だ。居残りに付き合った技師を気の毒に思うけれど、そんなことよりもミハルは渡されたデータに興味を持った。

 ミハルは言葉もなく映像を再生し始める。一方のジュリアは目を泳がせていた。姉がいたから女性には慣れていると信じていたのに、どうしても視線を合わせられない。

「そういや姉貴の女子力は最低レベルだった……」

 今更ながらに気付く。自身の姉が世間一般の女子とは異なっていたことを……。
 ミハルたちはTシャツにショートパンツという非常にラフな格好。無防備な部屋着姿にジュリアは落ち着かなく視線を動かすだけ。勢いで部屋に入ったことを後悔し始めていた。

「へぇ! 良いじゃん! 敵機へのアプローチが良いね! これなら私も合わせられる!」

 ミハルがデータを見終わった。彼女は笑みを浮かべながら親指を立て見せる。
 それは想像以上に良いフライトだった。アイリスに頼まれたままの返答を思わずしてしまうほどに。

「やめてくれ! 俺は合わせてもらうつもりなんかない! 俺がお前について行くだけなんだ。ミハルは全力で飛べよ。そうじゃなきゃ頑張る意味がない!」

 ところが、らしくない発言が返される。
 正直なところ渡されたデータ通りに飛んでくれたならミハルに負担はない。互いに擦り寄る結果を選択しても十分に戦えるはずだ。

「私はまだ本気を出していないけど良いの?」
 強気には強気で。ミハルはジュリアの気持ちを跳ね返すように聞く。

「当然だろう? 支援機が足を引っ張ってどうする? 俺はミハルを自由に飛ばせたい。何も気にすることなく飛んで欲しい」

 強い意志が込められた返答はミハルを自然と頷かせている。情けない台詞を漏らしていた彼は、もうそこにいなかった。

「私はね、アイリス・マックイーンと勝負してるの。大戦における彼女の撃墜数を私は超えなければならない。絶対に負けたくないの。だから大戦があるのなら出し惜しみはしない……」

 ミハルは目標について語り出す。負担になるのなら黙っていようと考えていたことだが、今のジュリアにそんな心配は必要ないと思う。寧ろ今ならば更なる発奮を促す燃料になるだろうと。

「姉貴と勝負……?」

 ジュリアはゴクリと唾を飲み込んでいた。
 偉大なる姉に挑もうとするパイロット。それは常軌を逸しているか、或いはとんでもない大物のどちらかに違いない。かといって彼女はルーキーである。普通であれば先に結果を想像したり、立場的なことを考えたりして躊躇するだろう。しかし、挑戦するミハルにとって障害物の大きさは少しも問題になっておらず、また彼女が本気で勝とうとしているのは明らかだった。

 ジュリアは知っている。勝負をけしかけられたなら、姉は必ず受ける人だと。たとえ相手がルーキーであろうとも、容赦なく全力でぶつかる人であると。

「姉貴と勝負って本気か?」

「当たり前よ。一年前、私はアイリス・マックイーンに酷評されたの。そんなの我慢ならないでしょ? あの日から私は彼女を倒すためだけに努力してきた。もしも私が勝利したのなら、あの人は土下座をして謝ってくれるそうよ」

 勝負を挑むところから間違っているようにも感じるが、ミハルは勝ったあとの約束まで取り付けているらしい。

 どうにも大物感を覚えずにはいられない。高すぎる目標に気付けないのは自身もまた高みに立っているのか、若しくはどこまでも自分を信じ抜く強い精神力があるからだろう。ミハルの場合は後者だったはず。しかし、努力し続けた彼女は既に前者の位置にまで達しているのだとジュリアは思った。

「了解した……。俺も姉貴にひと泡吹かせてみたい。お前が全力で戦えるように俺は精進しようと思う」

「私は心が決めたようにしか進みたくないの。たとえどのような障害があろうとも、私は絶対に引き下がれない。二着が負けだと知ったあの日から一番しか望んでいないわ。アイリス・マックイーンに勝つことでしか私は自分を誇れないのよ……」

 初めて負けたあの日。誰にも負けたくないと心が訴えた。
 酷評されたあの日。ミハルは絶対に負けてはならない相手を見つけた。

「馬鹿が付くほど自分に正直だな……? まあしかし、俺も見習おうと思う。凡人は泥臭く誰よりも努力するしかない……」

 卑下するような話だが、ジュリアは満足げな表情をしていた。少しばかりのプライドを取り払った代わりに、彼はほんの少しの自信を得たようだ。

 静かに扉が閉められ、ジュリアが去って行く。ただ話はここで終わらなかった。ミハルの背後にはニヤついたキャロルが立っていたのだ。

「な、何……?」
「何って何よ、ミハル! ちょっと格好いいじゃない!? あの人がミハルの支援機なの!? てっきりオジさんとばかり思ってたんだけど!」

 キャロルはさあ吐けと空になったグラスをミハルに突きつける。とても面白い話のネタができたと満面の笑みだ。

「ジュリアは一つ学年が上だよ。去年のレースで私が負けた相手……」
「ええっ!? 年上を呼び捨てにしてるの!? ここ軍部だよ!?」

 キャロルの声が上擦っていた。流石に面食らっている。訓練所では年功序列が絶対だった。同期以外と会話するのが躊躇われるほどに。

「尊敬できないパイロットに敬語は使えない……」
「ミハル、つえぇぇ! どうしようもないと思ってたけど、あんた本当にどうしようもないね!?」
「他の人には敬語を使ってるって!」

 二人は笑い合った。日々緊張が高まる中、親友と過ごすことがどれほど心の安らぎとなっているだろう。この部屋割りには二人して感謝していた。

「なるほど……。支援機になった彼と呼吸が合わないんだ。でもそれは私も分かるな。こればっかりは数を飛んで理解していくしかないもんね……」

「だけど、キャロルは随分と良くなってるじゃん? データを見た限りだけど、息は合ってるんじゃないかな? その……オジさんと!」

「それは否定しない! 少しも否定できないわ! 確かにオジさんだけど、もう何ヶ月も支援してるの。これで合わなきゃ向こうが下手くそ……」

 一瞬の間を置いて、またも二人は爆笑していた。
 一年の時を経て、二人は寮を飛び出し戦場にいる。それは想像を絶する未来だ。しかし、これは彼女たちの現実に他ならない。

 既に二人は歴とした戦闘機パイロットなのだから……。
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