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第三章 死力を尽くして
ミハルの支援機
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午後になり301小隊は詰め所に集まっていた。話していた通りにダンカンの姿がある。どうやら彼は会議が始まるよりも前に報告を済ませたようだ。
全隊員が揃うと直ぐに部隊連絡が始まった。長々としたベイルの話。今後のスケジュールが伝えられたあとは、いつもならそれで解散となる。しかし、本日はまだ解散とならないようで、ベイルは最後の議題を口にした。
「昨日の午後、私は編隊訓練をしろと伝えたはずだ。ところが、ミハル一等航宙士は単機で訓練したという。スコット、これはどういうことだ?」
厳しい表情をしてスコットに聞く。ミハルの待遇が気にくわないのはベイルも承知していたけれど、新人を放置するなんて行動は流石に看過できなかった。
「すみません……」
小さく謝るも、それ以上の言葉はなかった。スコットも死にたくなかったのだ。下手にかかわって後衛機とされるのだけは避けたかったに違いない。
「ここではっきり決めておこうと思う。無事であったから良かったものの、先ほどのように単機で出撃するなんて問題外だ。誰かミハル一等航宙士の後衛機になろうという者はいないのか?」
ベイルは午前中にあった交戦の報告を受けている。結果的にスコットとミハルが編隊を組んでいたが、彼はそれまでの経緯を問題視しているらしい。
とても長い沈黙だった。それは終わりの見えない間であるようにも思える。
しかし、よく通る大きな声が室内に響き渡り、張り詰めた空気は緊張を解いた。ただし、声を張ったのは隊員の誰かではない。声の主はベイルの隣に立つダンカンだった。
「頼む! 誰かミハルと飛んでくれ! まだ若いがそれでもミハルは戦えるんだ! どうか支援機を引き受けてやって欲しい! 整備士が生意気だと思うだろうが、お願いだ!」
ダンカンは立候補者が現れない現状を危ぶんでいる。更には大きく頭を下げて、担当パイロットの相棒を募った。
「ダンカンさん! 私のためにそこまでしなくても!」
「ミハル! お前も頭を下げろ! お前はここじゃ一番の下っ端なんだぞ! 頼み込まずして誰も受けてはくれん!」
ダンカンの姿にミハルはようやく気付かされていた。
戦場でルーキーがパートナーを得ること。それが如何に困難であるかを。ましてエイリアンとの大戦を控えているのだ。とてもじゃないが突然現れた新人なんて信頼できない。命を懸けてまでルーキーの世話係を請け負う者など存在しないだろう。
「どうかお願いします! どなたか私の支援機になってください!」
ミハルも頭を下げて訴えた。ダンカンよりも頭を低くし、名乗りが上がるのをひたすら待つ。一人でも現れることを願っている。
「ミハル君、顔を上げたまえ。これでも我々はエース部隊だ。実力なき者は去るのみ。だが、実力ある者ならば歓迎する。誰も立候補しないならば、私が引き受けよう……」
ミハルの懇願に手を挙げたのは何と副隊長のベイルだった。けれど、彼はシューターであり、三機編成の前衛機である。大戦では全体の十番手という戦果を収めていた。その彼が後衛機に回るのは隊として得策であるようには思えない。
誰も予期せぬ展開に詰め所がざわつき始めた。シューターであるベイルがミハルの支援機を務めるなんて、考えもしなかったことだ。
「ベイル副隊長!」
重い雰囲気が充満する中、一際大きな声が響く。その声を上げたのは先ほど怒られたばかりのスコットである。
「俺がやります! 副隊長はシューターなんですから、ミハルの後衛機は俺に任せてください。先ほど俺はミハルの実力を見ていますから……」
スコットは名乗りを上げたわけを口にする。一転して態度を変えたその理由について。
「ミハルは並外れた機動を見せていました……。認めるのは本当に悔しい……。けれど、彼女が前衛機であるのなら、俺は命を預けられます……」
ルーキーである事実が実力まで否定しないことを、スコットは身をもって知らされていた。ただ彼が手を挙げたことによって、またも詰め所は騒然としている。貧乏くじを避けようとしていた彼の心境変化に驚きを隠せなかったらしい。
「静かに! お前たちが騒ぐ必要はない! この際だから皆に伝えておく……」
騒ぎ立つ隊員たちを一喝し、ベイルは騒動の根幹である話を始めた。
「皆がミハル君の配備について快く思っていないことは知っている。私だって懸念していた一人だ。きっと誰かの血縁であり、我々はその子守を任されたのだと……」
ベイルは隠すことなく語る。小隊を代表するような台詞は全員が感じていたことだ。
「私は昨日、司令室に呼ばれた。事後承認という形であったミハル一等航宙士の配備説明を受けるためだ。そこで私はセントラル基地での戦績から、彼女のフライト映像を見せてもらった……」
昨日の訓練に参加しなかったベイルはミハルの配備について説明を受けていたらしい。承認者であるクェンティンとアーチボルトの都合により配備後の説明となったようだ。
「それは不安を一掃する内容だった。考えていた司令部への文句を全て忘れてしまうほどに衝撃的なもの。今やミハル君はセントラル基地のエースといっても過言ではない戦績を残している。また先ほどの交戦におけるデータも素晴らしい。それは私が伝え聞いた才能をそのまま反映したかのような戦果だ……」
次にベイルはダンカンが持参したシミュレーションデータをモニターへと映した。
立ち所に詰め所は静まり返る。全員が息を呑んだ。表示されたのは計測数値の一覧であったのだが、隊員たちは数値が示す意味を理解していた。
「どうだ? このデータはアイリス隊長を彷彿とさせるだろう? この数値を見てもなお不安を覚える者はいるか? グレッグ大尉より推薦されたのは実力があってこそだ。また一番機に決めたのは我らが隊長の一存であるけれど、隊長は責任を持つと言っているし、それはクェンティン大将も同様である。だから、安心して欲しい。我々は見限られたわけではなく、ちゃんとした補充を受けたのだ……」
ベイルは隊員たちと視線を合わせる。全員の表情を確認するように。懸念であった不協和音が払拭できたのかどうかを。
もう異論はないようだ。全員が静かに頷きを返していた。
「最後に隊長がどうしても皆に説明したいとのことで、病室と通信が繋がっている」
言ってベイルはモニターを切り替えた。するとそこには邪悪にも感じる笑みをたたえたアイリスの姿がある。
「やあ諸君、久しぶりだな! ミハルの配置について、とやかくいうつもりはなかったのだが、一番機に据えたことがグレッグ大尉にバレてしまってな! こうして説明しなければならなくなったのだ……」
アイリスの姿に全員が背筋を伸ばした。隊員たちは概ね彼女よりも年上であったが、天下に轟く名声とその実力を目の当たりにした彼らは畏敬の念を抱いている。
「まず一番機に関して。立場は人を育てるという。隊長代理という重責こそベイルに委任したままだが、ミハルには隊を代表するという意識を持って欲しかった。しかし、これは依怙贔屓などではない。彼女に懸念されるのは若さだけだ。年齢以外に一番機から下げる理由は存在せず、仮に若さを考慮し実力から割り引いたとしてもミハルは一番機として適格である。貴様らはミハルを羨むよりも、有能な僚機を得られたことに感謝すべきだ」
饒舌に語るアイリス。有無を言わせぬ物言いはベイルにない威圧感があった。
「それに一番機は隊の花形だ。私がいない宙域には華がないだろう? この配置はクソ野郎である貴様たちへのサービスだよ! 有り難く受け取れ……」
続けられた話が冗談であるのか本気であるのか隊員たちは理解に悩む。アイリスは見た目の雰囲気とは異なり、部下に対して非常に厳しい上官である。よって彼らは表情を少しも崩さない。
このあとモニターにはグレッグより送られたフライト映像が流された。大海賊団との一戦。そこには圧倒的な戦力差をものともしないミハルの機動が映っている。二機編成でありながら、次々と照準に収めていく様は圧巻の一語に尽きた。
「どうだ? 貴様たちの足りない頭でも理解できただろう? 私にくだらない手間を取らせるな! 以降は文句があれば病室までやってこい! 隊の決定に従わない者は厳しく処分する! この決定はロートルを宛がわれるよりもずっと良い選択だよ! 貴様たちは幸運だったな!」
アイリスの説明はここで終わった。拍手もなければ頷きすら返す者がいない。モニターからアイリスの姿が消えるまで全員が固まったままである。
「まあ隊長からは以上だ。もう実力は分かってもらえただろう。馴れ合えとはいわんが、信頼するくらいはしておけ。我々は共に戦う仲間であり、熾天使の一団なんだ……」
ベイルが話を締める。ふと誰かが手を叩いた。それは一つ二つと伝染するようにして、気付けば全員が拍手を送っている。
「それではミハル君の後衛機はスコットということでいいか? 私としては優秀な支援を失うのは痛手でしかないのだがな……」
冗談を口にするベイル。先の大戦ではスコットとマークの支援を受けていた。よって支援機が減ったからといって、彼への支援がなくなるわけではない。
「ミハル、昨日はすまなかった。俺だって死にたくねぇんだ。戦場で子守なんかできない。でも、戦えるパイロットならば話は別だ。支援は俺に任せて欲しい」
「あ、ありがとう……ございます……」
スコットは昨日の非礼を詫びる。ミハルとしてはわだかまりなど残っていなかった。支援を受けてくれるなら喜んでお願いする立場である。
「助かるスコット。なあ、みんな。妙なプライドはもう捨てようじゃないか? 腕の立つ若いパイロットが一番目の機体に補充されただけだ。若さ故に至らない部分もあるだろう。しかし、それを補ってやるのが先輩である我々の仕事だ。彼女なら足を引っ張るなんてことにはならないだろう。我々は手を取り合って、次戦を生き抜こうと考えるがどうだ?」
上手く話が進む。間髪入れず歓声が巻き起こり、拍手と共にベイルの提案が了承された。
ミハルの支援機も決定し、いよいよ301小隊が再始動しようとしている。
「待ってください!――――」
ところが、団結する隊員たちを制するかのような大声が轟く。突として詰め所の扉が開かれていた。
現れたのはジュリアだ。切迫感を漂わせた表情をしている。長く休養していた彼はようやく覚悟を決められたのかもしれない。
「俺にもう一度チャンスをください! 今度こそ役に立って見せます!」
編成が決定した場面だというのに、再考を願うようにジュリアが叫んだ。いつになく積極的であり、気迫を前面に出していた。
ただベイルを初めとした隊員たちは困惑顔をしている。アイリスがいない今、ジュリアの復帰を望んでいる者はいないようだ。それこそ戦場で子守だなんてといった風に。
「ジュリア、お前は良いパイロットだと思う。だが、現状で301小隊のメンバーとして物足りないのも事実だ。昨日、アイリス隊長と話し合ったんだが、今後は後衛部隊に異動し、そこで頑張ってもらおうかと考えている。長い目で見れば、これはジュリアにとっても良い異動になると思う。その件について、私はこれから司令に会ってくる予定だ……」
宥めるようなベイルにジュリアは直ぐさま首を振った。
「どうかお願いします! 絶対に役に立って見せます! ミハル! 俺を支援機に指名してくれ!」
抗うジュリアは尚も大声で訴えた。彼に引く気配はない。いつもであれば隊の命令に反論などしなかったはずなのに。
「やっと目が覚めたんだ! 俺は弱虫なんかじゃない! 二番じゃ負けなんだろ? だったら二十五番目なんて最悪だ! 俺だって一番がいい! 姉貴を追い越して一番になりたい! 俺はこのまま引き下がれないんだっ!」
どうやらジュリアは思い出したらしい。ミハルとの出会いやミハルに語ったこと。
遠く霞む姉の背中をずっと追いかけていたことも全て――――。
「しかし、ジュリア……。既にミハル君の支援機はスコットに決定している。アイリス隊長が戦列を離れた今、お前が収まるべき場所はなくなってしまった……」
非常な通告がなされる。ベイルははっきりと告げていた。ジュリアの技量が最前線へ配置される部隊に相応しくないことを。子守を引き受けようとする者がいない事実を……。
「収まるべき……場所……?」
勇気を持って詰め所に乗り込んだ。けれど、待っていたのは戦力外通告にも似た話だった。姉に追いつくというジュリアの夢はここで潰えてしまう。
「後方部隊で力を付けてくれ。お前はまだ若い。エース部隊で戦うには経験が不足しすぎている。十分な力をつけたとき、ここに戻ってくれば良い……」
打ちひしがれるジュリア。決定的な言葉にもう反論はできなかった。どんなにやる気を見せたとしても、誰かが共に戦ってくれなければ戦場には出られないのだ。
項垂れたジュリアは静かに身体を反転させた。一歩ずつゆっくりと未練を感じさせるように退場していく。
「ベイル副隊長、待ってください!!」
そんなとき甲高い大きな声が詰め所に木霊した。誰もが声の方を振り向く。部屋をあとにしようというジュリアでさえも歩みを止めていた。
「私は昨日、ジュリア一等航宙士に支援機となってくれるようお願いしていました。だから彼がどうしても支援機を務めたいと言うのであれば、私はその申し出を断れません。手を挙げてくれたスコット二等曹士には申し訳ないのですけど……」
声を上げたのはミハルだった。彼女は丸く収まりそうだった話を振り出しに戻してしまう。
一方でジュリアは唖然としていた。しかし、次の瞬間には気付く。自身は新人にチャンスを与えられているのだと。恐らくこれが本当に最後の機会であろう。301小隊でやり直すのなら、この機を逃して次はない。少なからずあった矜持をかなぐり捨て、泥臭くも願いを請う場面に違いなかった。
「ミハル、やらせてくれ! 俺は身命を賭してでもミハルを援護する! どうかお願いだ! お前の支援を俺に任せてくれ!」
ジュリアは深く頭を下げた。もう失うものは何もない。どんなに蔑まれようが、301小隊に残りたいと思う。無様にしがみついてでも、ここで戦いたいと願った。
全員の視線がミハルに集中している。まるで彼女が全ての権限を有しているかのように。
ミハルはゆっくりと視線を上げ、ジュリアを見つめた。
「いいよ……。じゃあ私の支援をお願いします……」
副隊長の意見を聞くまでもなく、ミハルは即答している。昨日とは全く立場が変わっていたものの、ミハルの気持ちに変化はなかった。
「ミハル君、いいのか? スコットと比べるとジュリアはかなり見劣りするぞ? 前衛機である以上、君にはそれなりの結果が求められる。それでもアイリス隊長と同じように出来るのか?」
試すように聞いたのはベイルだ。隊として計算できる前衛機には適切な支援を付けたいところ。現状のジュリアでは期待値に遠く及ばないことをベイルは伝えた。
「構いません。初めから彼が支援機になってくれることを私は望んでいましたから……。慢心していた私を目覚めさせてくれたのは彼なんです。アイリス・マックイーンに挑もうとしているのも、彼女に勝とうと努力してきたことも全て彼のせいだから……」
隊員たちは間接的に知らされていた。ミハルの目的について。本気かどうかはともかくとして、ミハルが軍部を代表するエースパイロットに挑もうとしていることを。
ベイルは困惑していた。自身の安全を重視するならスコットに任せるはず。経験の浅いパイロットを指名する意図が少しも理解できない。
「意志は固いのだな? ならば試してみるといい。しかし、私が無理だと判断すればスコットと交代だ。それでいいな?」
無下に却下することなく、ベイルはミハルの申し出に許可を出した。条件付きであったのは、やる気を削ぐよりも試させた上で納得させようとのことだ。
「もちろんです……」
この件はひとまず決着をみた。人事に変更はない。ジュリアが役割を全うする限り、与えられた戦力で次戦へと挑むことになる……。
全隊員が揃うと直ぐに部隊連絡が始まった。長々としたベイルの話。今後のスケジュールが伝えられたあとは、いつもならそれで解散となる。しかし、本日はまだ解散とならないようで、ベイルは最後の議題を口にした。
「昨日の午後、私は編隊訓練をしろと伝えたはずだ。ところが、ミハル一等航宙士は単機で訓練したという。スコット、これはどういうことだ?」
厳しい表情をしてスコットに聞く。ミハルの待遇が気にくわないのはベイルも承知していたけれど、新人を放置するなんて行動は流石に看過できなかった。
「すみません……」
小さく謝るも、それ以上の言葉はなかった。スコットも死にたくなかったのだ。下手にかかわって後衛機とされるのだけは避けたかったに違いない。
「ここではっきり決めておこうと思う。無事であったから良かったものの、先ほどのように単機で出撃するなんて問題外だ。誰かミハル一等航宙士の後衛機になろうという者はいないのか?」
ベイルは午前中にあった交戦の報告を受けている。結果的にスコットとミハルが編隊を組んでいたが、彼はそれまでの経緯を問題視しているらしい。
とても長い沈黙だった。それは終わりの見えない間であるようにも思える。
しかし、よく通る大きな声が室内に響き渡り、張り詰めた空気は緊張を解いた。ただし、声を張ったのは隊員の誰かではない。声の主はベイルの隣に立つダンカンだった。
「頼む! 誰かミハルと飛んでくれ! まだ若いがそれでもミハルは戦えるんだ! どうか支援機を引き受けてやって欲しい! 整備士が生意気だと思うだろうが、お願いだ!」
ダンカンは立候補者が現れない現状を危ぶんでいる。更には大きく頭を下げて、担当パイロットの相棒を募った。
「ダンカンさん! 私のためにそこまでしなくても!」
「ミハル! お前も頭を下げろ! お前はここじゃ一番の下っ端なんだぞ! 頼み込まずして誰も受けてはくれん!」
ダンカンの姿にミハルはようやく気付かされていた。
戦場でルーキーがパートナーを得ること。それが如何に困難であるかを。ましてエイリアンとの大戦を控えているのだ。とてもじゃないが突然現れた新人なんて信頼できない。命を懸けてまでルーキーの世話係を請け負う者など存在しないだろう。
「どうかお願いします! どなたか私の支援機になってください!」
ミハルも頭を下げて訴えた。ダンカンよりも頭を低くし、名乗りが上がるのをひたすら待つ。一人でも現れることを願っている。
「ミハル君、顔を上げたまえ。これでも我々はエース部隊だ。実力なき者は去るのみ。だが、実力ある者ならば歓迎する。誰も立候補しないならば、私が引き受けよう……」
ミハルの懇願に手を挙げたのは何と副隊長のベイルだった。けれど、彼はシューターであり、三機編成の前衛機である。大戦では全体の十番手という戦果を収めていた。その彼が後衛機に回るのは隊として得策であるようには思えない。
誰も予期せぬ展開に詰め所がざわつき始めた。シューターであるベイルがミハルの支援機を務めるなんて、考えもしなかったことだ。
「ベイル副隊長!」
重い雰囲気が充満する中、一際大きな声が響く。その声を上げたのは先ほど怒られたばかりのスコットである。
「俺がやります! 副隊長はシューターなんですから、ミハルの後衛機は俺に任せてください。先ほど俺はミハルの実力を見ていますから……」
スコットは名乗りを上げたわけを口にする。一転して態度を変えたその理由について。
「ミハルは並外れた機動を見せていました……。認めるのは本当に悔しい……。けれど、彼女が前衛機であるのなら、俺は命を預けられます……」
ルーキーである事実が実力まで否定しないことを、スコットは身をもって知らされていた。ただ彼が手を挙げたことによって、またも詰め所は騒然としている。貧乏くじを避けようとしていた彼の心境変化に驚きを隠せなかったらしい。
「静かに! お前たちが騒ぐ必要はない! この際だから皆に伝えておく……」
騒ぎ立つ隊員たちを一喝し、ベイルは騒動の根幹である話を始めた。
「皆がミハル君の配備について快く思っていないことは知っている。私だって懸念していた一人だ。きっと誰かの血縁であり、我々はその子守を任されたのだと……」
ベイルは隠すことなく語る。小隊を代表するような台詞は全員が感じていたことだ。
「私は昨日、司令室に呼ばれた。事後承認という形であったミハル一等航宙士の配備説明を受けるためだ。そこで私はセントラル基地での戦績から、彼女のフライト映像を見せてもらった……」
昨日の訓練に参加しなかったベイルはミハルの配備について説明を受けていたらしい。承認者であるクェンティンとアーチボルトの都合により配備後の説明となったようだ。
「それは不安を一掃する内容だった。考えていた司令部への文句を全て忘れてしまうほどに衝撃的なもの。今やミハル君はセントラル基地のエースといっても過言ではない戦績を残している。また先ほどの交戦におけるデータも素晴らしい。それは私が伝え聞いた才能をそのまま反映したかのような戦果だ……」
次にベイルはダンカンが持参したシミュレーションデータをモニターへと映した。
立ち所に詰め所は静まり返る。全員が息を呑んだ。表示されたのは計測数値の一覧であったのだが、隊員たちは数値が示す意味を理解していた。
「どうだ? このデータはアイリス隊長を彷彿とさせるだろう? この数値を見てもなお不安を覚える者はいるか? グレッグ大尉より推薦されたのは実力があってこそだ。また一番機に決めたのは我らが隊長の一存であるけれど、隊長は責任を持つと言っているし、それはクェンティン大将も同様である。だから、安心して欲しい。我々は見限られたわけではなく、ちゃんとした補充を受けたのだ……」
ベイルは隊員たちと視線を合わせる。全員の表情を確認するように。懸念であった不協和音が払拭できたのかどうかを。
もう異論はないようだ。全員が静かに頷きを返していた。
「最後に隊長がどうしても皆に説明したいとのことで、病室と通信が繋がっている」
言ってベイルはモニターを切り替えた。するとそこには邪悪にも感じる笑みをたたえたアイリスの姿がある。
「やあ諸君、久しぶりだな! ミハルの配置について、とやかくいうつもりはなかったのだが、一番機に据えたことがグレッグ大尉にバレてしまってな! こうして説明しなければならなくなったのだ……」
アイリスの姿に全員が背筋を伸ばした。隊員たちは概ね彼女よりも年上であったが、天下に轟く名声とその実力を目の当たりにした彼らは畏敬の念を抱いている。
「まず一番機に関して。立場は人を育てるという。隊長代理という重責こそベイルに委任したままだが、ミハルには隊を代表するという意識を持って欲しかった。しかし、これは依怙贔屓などではない。彼女に懸念されるのは若さだけだ。年齢以外に一番機から下げる理由は存在せず、仮に若さを考慮し実力から割り引いたとしてもミハルは一番機として適格である。貴様らはミハルを羨むよりも、有能な僚機を得られたことに感謝すべきだ」
饒舌に語るアイリス。有無を言わせぬ物言いはベイルにない威圧感があった。
「それに一番機は隊の花形だ。私がいない宙域には華がないだろう? この配置はクソ野郎である貴様たちへのサービスだよ! 有り難く受け取れ……」
続けられた話が冗談であるのか本気であるのか隊員たちは理解に悩む。アイリスは見た目の雰囲気とは異なり、部下に対して非常に厳しい上官である。よって彼らは表情を少しも崩さない。
このあとモニターにはグレッグより送られたフライト映像が流された。大海賊団との一戦。そこには圧倒的な戦力差をものともしないミハルの機動が映っている。二機編成でありながら、次々と照準に収めていく様は圧巻の一語に尽きた。
「どうだ? 貴様たちの足りない頭でも理解できただろう? 私にくだらない手間を取らせるな! 以降は文句があれば病室までやってこい! 隊の決定に従わない者は厳しく処分する! この決定はロートルを宛がわれるよりもずっと良い選択だよ! 貴様たちは幸運だったな!」
アイリスの説明はここで終わった。拍手もなければ頷きすら返す者がいない。モニターからアイリスの姿が消えるまで全員が固まったままである。
「まあ隊長からは以上だ。もう実力は分かってもらえただろう。馴れ合えとはいわんが、信頼するくらいはしておけ。我々は共に戦う仲間であり、熾天使の一団なんだ……」
ベイルが話を締める。ふと誰かが手を叩いた。それは一つ二つと伝染するようにして、気付けば全員が拍手を送っている。
「それではミハル君の後衛機はスコットということでいいか? 私としては優秀な支援を失うのは痛手でしかないのだがな……」
冗談を口にするベイル。先の大戦ではスコットとマークの支援を受けていた。よって支援機が減ったからといって、彼への支援がなくなるわけではない。
「ミハル、昨日はすまなかった。俺だって死にたくねぇんだ。戦場で子守なんかできない。でも、戦えるパイロットならば話は別だ。支援は俺に任せて欲しい」
「あ、ありがとう……ございます……」
スコットは昨日の非礼を詫びる。ミハルとしてはわだかまりなど残っていなかった。支援を受けてくれるなら喜んでお願いする立場である。
「助かるスコット。なあ、みんな。妙なプライドはもう捨てようじゃないか? 腕の立つ若いパイロットが一番目の機体に補充されただけだ。若さ故に至らない部分もあるだろう。しかし、それを補ってやるのが先輩である我々の仕事だ。彼女なら足を引っ張るなんてことにはならないだろう。我々は手を取り合って、次戦を生き抜こうと考えるがどうだ?」
上手く話が進む。間髪入れず歓声が巻き起こり、拍手と共にベイルの提案が了承された。
ミハルの支援機も決定し、いよいよ301小隊が再始動しようとしている。
「待ってください!――――」
ところが、団結する隊員たちを制するかのような大声が轟く。突として詰め所の扉が開かれていた。
現れたのはジュリアだ。切迫感を漂わせた表情をしている。長く休養していた彼はようやく覚悟を決められたのかもしれない。
「俺にもう一度チャンスをください! 今度こそ役に立って見せます!」
編成が決定した場面だというのに、再考を願うようにジュリアが叫んだ。いつになく積極的であり、気迫を前面に出していた。
ただベイルを初めとした隊員たちは困惑顔をしている。アイリスがいない今、ジュリアの復帰を望んでいる者はいないようだ。それこそ戦場で子守だなんてといった風に。
「ジュリア、お前は良いパイロットだと思う。だが、現状で301小隊のメンバーとして物足りないのも事実だ。昨日、アイリス隊長と話し合ったんだが、今後は後衛部隊に異動し、そこで頑張ってもらおうかと考えている。長い目で見れば、これはジュリアにとっても良い異動になると思う。その件について、私はこれから司令に会ってくる予定だ……」
宥めるようなベイルにジュリアは直ぐさま首を振った。
「どうかお願いします! 絶対に役に立って見せます! ミハル! 俺を支援機に指名してくれ!」
抗うジュリアは尚も大声で訴えた。彼に引く気配はない。いつもであれば隊の命令に反論などしなかったはずなのに。
「やっと目が覚めたんだ! 俺は弱虫なんかじゃない! 二番じゃ負けなんだろ? だったら二十五番目なんて最悪だ! 俺だって一番がいい! 姉貴を追い越して一番になりたい! 俺はこのまま引き下がれないんだっ!」
どうやらジュリアは思い出したらしい。ミハルとの出会いやミハルに語ったこと。
遠く霞む姉の背中をずっと追いかけていたことも全て――――。
「しかし、ジュリア……。既にミハル君の支援機はスコットに決定している。アイリス隊長が戦列を離れた今、お前が収まるべき場所はなくなってしまった……」
非常な通告がなされる。ベイルははっきりと告げていた。ジュリアの技量が最前線へ配置される部隊に相応しくないことを。子守を引き受けようとする者がいない事実を……。
「収まるべき……場所……?」
勇気を持って詰め所に乗り込んだ。けれど、待っていたのは戦力外通告にも似た話だった。姉に追いつくというジュリアの夢はここで潰えてしまう。
「後方部隊で力を付けてくれ。お前はまだ若い。エース部隊で戦うには経験が不足しすぎている。十分な力をつけたとき、ここに戻ってくれば良い……」
打ちひしがれるジュリア。決定的な言葉にもう反論はできなかった。どんなにやる気を見せたとしても、誰かが共に戦ってくれなければ戦場には出られないのだ。
項垂れたジュリアは静かに身体を反転させた。一歩ずつゆっくりと未練を感じさせるように退場していく。
「ベイル副隊長、待ってください!!」
そんなとき甲高い大きな声が詰め所に木霊した。誰もが声の方を振り向く。部屋をあとにしようというジュリアでさえも歩みを止めていた。
「私は昨日、ジュリア一等航宙士に支援機となってくれるようお願いしていました。だから彼がどうしても支援機を務めたいと言うのであれば、私はその申し出を断れません。手を挙げてくれたスコット二等曹士には申し訳ないのですけど……」
声を上げたのはミハルだった。彼女は丸く収まりそうだった話を振り出しに戻してしまう。
一方でジュリアは唖然としていた。しかし、次の瞬間には気付く。自身は新人にチャンスを与えられているのだと。恐らくこれが本当に最後の機会であろう。301小隊でやり直すのなら、この機を逃して次はない。少なからずあった矜持をかなぐり捨て、泥臭くも願いを請う場面に違いなかった。
「ミハル、やらせてくれ! 俺は身命を賭してでもミハルを援護する! どうかお願いだ! お前の支援を俺に任せてくれ!」
ジュリアは深く頭を下げた。もう失うものは何もない。どんなに蔑まれようが、301小隊に残りたいと思う。無様にしがみついてでも、ここで戦いたいと願った。
全員の視線がミハルに集中している。まるで彼女が全ての権限を有しているかのように。
ミハルはゆっくりと視線を上げ、ジュリアを見つめた。
「いいよ……。じゃあ私の支援をお願いします……」
副隊長の意見を聞くまでもなく、ミハルは即答している。昨日とは全く立場が変わっていたものの、ミハルの気持ちに変化はなかった。
「ミハル君、いいのか? スコットと比べるとジュリアはかなり見劣りするぞ? 前衛機である以上、君にはそれなりの結果が求められる。それでもアイリス隊長と同じように出来るのか?」
試すように聞いたのはベイルだ。隊として計算できる前衛機には適切な支援を付けたいところ。現状のジュリアでは期待値に遠く及ばないことをベイルは伝えた。
「構いません。初めから彼が支援機になってくれることを私は望んでいましたから……。慢心していた私を目覚めさせてくれたのは彼なんです。アイリス・マックイーンに挑もうとしているのも、彼女に勝とうと努力してきたことも全て彼のせいだから……」
隊員たちは間接的に知らされていた。ミハルの目的について。本気かどうかはともかくとして、ミハルが軍部を代表するエースパイロットに挑もうとしていることを。
ベイルは困惑していた。自身の安全を重視するならスコットに任せるはず。経験の浅いパイロットを指名する意図が少しも理解できない。
「意志は固いのだな? ならば試してみるといい。しかし、私が無理だと判断すればスコットと交代だ。それでいいな?」
無下に却下することなく、ベイルはミハルの申し出に許可を出した。条件付きであったのは、やる気を削ぐよりも試させた上で納得させようとのことだ。
「もちろんです……」
この件はひとまず決着をみた。人事に変更はない。ジュリアが役割を全うする限り、与えられた戦力で次戦へと挑むことになる……。
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あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
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