Solomon's Gate

sakamori

文字の大きさ
上 下
39 / 62
第三章 死力を尽くして

301小隊

しおりを挟む
 昼食を取ったあと、ミハルは301小隊の訓練に参加していた。向かった第八ドックは中央区画にある第三航宙戦団専用の施設である。

「私はこれから司令に呼ばれている。すまないが班毎に連携訓練をしてくれ。また明日の午前中は急な会議が入った。よって部隊連絡は昼からにしよう。午前中にある警備飛行は各班が分担し行ってくれ」

 副隊長のベイルが指示を出した。彼は司令室へと行く用事があるらしく訓練に参加しないとのこと。ベイルの話が終わるや、隊員たちは班毎に集まり行動を始めている。

「班は五機編成よね……?」

 細かな行動は班単位で行う。基本的にナンバリングの上位から五機ずつ。ミハルは一番機であったから、二番機から五番機が同じ班となるはずだ。

「あの……本日から参加のミハル・エアハルトですけど……」

 ミハルはまだ残っていた二人に声をかけた。二人とも三十歳くらいの男性である。

「ああ、聞いている。俺たちは一班だ。班連携とのことだが、君のサポートは来ていない。ベイル副隊長も不参加のようだから、勝手に訓練していろ……」

 三人での連携訓練はしないとのこと。棘のある口調は敵意が見え隠れしていた。やはり一番機に配置されたことは不協和音の元となっているらしい。

 ミハルはふとグレッグの話を思い出していた。

『エイリアンも301小隊も全てを圧倒しろ――――』

 恐らくグレッグは現状を予想していたはず。ただの仲良し部隊ではなく、信頼を得られなければ居場所なんて用意されないことを。

「なるほど……。陰湿なことをするんだ……」

 向けるべき敵意が間違っていると思う。しかし、仮にもここはエース部隊と呼ばれている。個々のプライドは相当なものがあるだろう。指示通りに圧倒しなければ、誰もミハルとコンビを組もうとしないはずだ。

「ベイル副隊長はともかく、誰が不参加なの……?」

 先ほどの二人はベイルと三機編隊で連携していたようだ。ミハルを含めると班員の残りは一人。恐らくはアイリスの支援機がその人だろう。

 班員をギアで確認してみる。普通なら五番機までが一班に違いなかったが、一班の最後は二十五番機だった。

「二十五番機って……ジュリアさん?」

 先ほどの話にあった訓練に来ていない一人。それは二十五番機に乗るジュリアであった。これまた良くない想像が働いてしまう。慣例と異なる班割りには首を傾げるしかない。

「てことは、ジュリアさんが私とペアになるのか……」

 ジュリアが前を飛ぶのか後ろを飛ぶのか分からない。連携訓練のしようがなかった。待っていても仕方なかったから、ミハルは単機で訓練することに。

「おう、若きエース! セッティングは終わっているぞ。不具合があれば言ってくれ」

 担当の整備士は割と年配の人だった。嫌味にも聞こえる呼び掛けであったが、その表情を見る限り敵意は感じられない。

「やめてくださいよ。ただでさえ、ひがみが凄いのに……」

「わはは! 一番機を宛てがわれて、断らなかったそうじゃないか? だが、俺は良いと思うぞ。最近の若者にはない芯の強さを感じる」

 整備士はダンカンというらしい。腕前は自称エースクラスとのこと。まあ確かにエース部隊の担当整備士である事実は彼の言葉の裏付けでもある。

「何か色々と嵌められた気がします。でも、それは望むところ。私は培ってきた力を発揮するだけです。気にすることじゃないと思ってる……」

「なにせ君は若すぎるからな? 二年生のジュリアも苦労している。ここにいる連中はどうにも我が強い。若くして抜擢される全員が縁故によるものだと考えてしまうんだ。まあ実際にジュリアはそうだったからな……」

 どうやらジュリアの配置は姉の後光に照らされたものであるらしい。アイリスの支援機を務めていたのも、他の隊員が嫌がった結果かもしれない。

「301小隊は概ねフロント閥の息がかかっている。だから派閥外の者からすれば、余計に君の配置は納得がいかんだろう。果たして君に黙らせる力があるのかな?」

 ダンカンは笑っている。試すように聞いたのは彼もまた疑っていたからだ。ただ彼にとってミハルがどこに配置されようが関係のないことである。担当するパイロットという事実しかなかった。

「一人ですから、宙域シミュレーターを起動して欲しいんです。技師の方っていらっしゃるんですか? エリアは空いている宙域で構わないのですけど……」

「技師は必要ない。俺が見てやろう。ジュリアも休んでいるし、担当機がなくて暇なんだよ。先般の戦闘データがシステムに反映されているから、それをやってみてはどうかな? 一応は俺も資格者だから、データ取りは任せてくれ」

 宙域シミュレーターは疑似戦闘を体験できるものだ。ホログラムの敵機を宙域に映し出し、ポインターレーザーという威力のない光線で撃ち落としていくというもの。宙域を広く使うので、通常は単機でする訓練ではなかった。

 ミハルは自機に乗り込み、直ぐさま起動。セッティングカードを持参していたから、脳波アナライザーの準備は短時間で終わる。即座にシミュレーションモードへと移行し、超伝導コンベアにて発進デッキまで移動していく。

「301小隊一番機ミハル・エアハルトです。発進許可願います!」

『中央管制了解。セラフィム・ワン発進を許可します』

 管制から応答があり、ミハルは宙域へと飛び出していく。現在は第三航宙戦団の訓練時間となっており、いわば全機が僚機である。しかしながら、基本的には班単位での行動となっており、その訓練方法も様々であった。

『ミハル、それでは始めるぞ。エリアデータをモニターに反映した。レッドライン内が演習範囲だ。広すぎるかもしらんが、一番機に抜擢された実力ならば問題ないだろう』

 またもダンカンは懐疑的な物言いだ。悪意は感じなかったものの、皮肉っぽい言い回しはその表れである。

「了解。いつでも始めてください」

 割と基地から距離があった。流石に近場の宙域を押さえることはできなかったらしい。ミハルはフルスロットルで指定宙域を目指す。

「いきなりだね……」

 早速と敵機が現れた。それも複数機だ。宙域シミュレーターの使用は訓練所以来であったが、実戦経験を積んだミハルには問題なかった。

「CA1シュート。続いてCA3チェック……」

 宙域に現れるカザインの敵機を次々と撃墜していく。
 レーダー反応は全てカザインの頭文字【C】で表示された。無人機はCAであり、有人機であればCS。先の戦いでは判別されていなかったが、無人機のみが発する電波を検出し、その二つは区別されていた。

「CA18シュート! 次は……」

 延々と無人機だけが現れていた。先の戦いにおける航宙機はほぼ全てが無人機であったという。シミュレーターは出現割合まで忠実に再現しているのかもしれない。

「あっ……!?」

 遂に変化があった。レーダーの表示は未だ黄色い無人機の反応が大多数を占めていたけれど、突如として赤色の機体番号が出現する。表示にあるCS1は初めての有人機に他ならない。

「そうこなくっちゃ!」

 ミハルはレーダーを注視する。目標までの距離を線で繋いだ。最も適切な機動を脳裏に思い描いていく。

「よし行こう!」

 威勢よくスロットルを踏み込む。飽き飽きしていた雑魚退治。まるでこのゲームのレアボスが出現したといわんばかりに、ミハルは大きな笑みを浮かべていた。

「邪魔よ!」

 真っ直ぐには向かわず、ミハルは思い描いたルート通りに飛んだ。敵機をやり過ごすことなく、的確に撃ち抜きながら有人機に近付いていく。

「これで終わりっ!!」

 有人機を照準に収めると、ミハルは間髪入れずトリガーを引く。
 躊躇いなく撃ち放ったものの、その攻撃は敢えなく外れた。無人機なら問題ない角度であったけれど、有人機はスピードで押し切るようにして回避してしまう。

「無人機より随分と速いね……」

 無人機であれば撃墜できただろう。かといって戸惑うことはなかった。それこそ木星におけるミハルの敵は常に有人機であったからだ。

「ぎりぎり避けた感じ。ちゃんと狙えば撃ち抜けるはず……」

 言ってミハルは素早く回頭し、再び有人機の後方へと回り込む。
 今度はセミオートにて狙いをつけた。有人機の速度や機体の向き、周囲の状況から回避空間まで。宙域のあらゆる情報を合算し、射撃に補正を加えている。

「当たれぇぇっ!!」

 自画自賛の一撃に違いない。万が一にも外れる気がしなかった。ミハルは追加的な機動を取ることなく、ただビーム砲の行き着く先を見つめている。

「CS1シュートォォ!!」

 ゲームクリアといった風に満面の笑みを零す。ミハルは大きく高らかに宣言していた。

 しかし、程なく予定時間が過ぎ、宙域に残っていたカザインの航宙機は一度に消えてしまう。何の余韻もないままにシミュレーターは終了となった……。
しおりを挟む

処理中です...