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第三章 死力を尽くして
ルームメイト
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ミハルは自室へ戻る前に基地を散策していた。明日になって慌てないように301小隊の詰め所を確認したり、数あるレストランからベストな夕食を探してみたりと。
最終的にミハルが自室へ到着した頃には午後十時を過ぎていた。
ID認証をして扉を開く。相部屋と聞いていたから少し緊張している。
「失礼します……」
自室ではあったのだが、少しばかり緊張する。ルームメイトが睡眠中である場合を考え、ミハルは静かに部屋へと入っていく。初日から悪い印象を与えないようにと。
「ミハル、遅かったじゃない! 待ってたんだから!」
ところが、飛び出してきたのは懐かしい顔だった。現れたのは気遣い無用の友人であり、学生時代ずっとルームメイトだったその人である。
「キャロル! あんたの部屋だったの!?」
二人は再会を喜び抱き合っている。卒業から九ヶ月が過ぎて、二人は再びルームメイトとなった。
「遅すぎるよ! せっかく一緒に晩ご飯を食べようと思ってたのに!」
「ごめん、もう食べちゃったよ! ルームメイトの話なんか聞いてなかったし! でもお菓子とジュースを買ってきたから、これで勘弁して!」
キャロルはミハルがルームメイトであることを聞いていたらしい。ミハルの夜食を分けてもらいながら、募る話を交わしていた。
「301小隊とか凄すぎるよ! あたしなんか防衛ライン外の配置だよ?」
キャロルは苦笑している。ミハルの実力は知っているつもりだが、それでもミハルが配置された部隊は俄に信じられなかった。
ソロモンズゲートには防衛線が敷かれている。ゲートに一番近いラインがアルファ線。続いてベータ線、ガンマ線、デルタ線へと続く。最終的な防衛ラインはイプシロン基地であり、ここを抜かれると人類の敗北が濃厚となるのだ。キャロルはライン外とのことで、イプシロン基地の守護部隊であるらしい。
「前の戦いじゃデルタ線まで敵機が来なかったんでしょ?」
「少なくともあたしのところには来なかったよ。それでもすっごく怖かったんだから!」
キャロルが語る戦闘はリアリティを感じさせた。飛び交うビーム砲や爆散する艦船。宙域に残る数々の爆発痕が生々しかったという。
「それで次の戦いってありそうなの?」
話のついでに聞いた。木星でも次戦の可能性について様々な憶測が飛び交っていたものの、現地での話を知りたく思って。
「可能性は凄く高いみたい。軍は停戦を促す発信をしているようだけど、返事がないらしいの。次の戦いは前回を軽く上回る規模になるって言ってた。恐らくカザインは攻め込んでくると思う……」
大方の予想通りである。キャロルが知っていることはミハルもそれとなく聞いていた。だが、あると分かっていたならばモチベーションを維持できる。突然、戦争になるよりも、ずっとスムーズに戦えるはずだ。
「ねぇ、ミハル……。もしも、また戦争が起きたとしたら、ミハルはちゃんと戦えるの?」
不意にキャロルがそんなことを尋ねた。彼女は先の大戦に参加していたにもかからわず。
静かに見つめ合う二人。心をまさぐるような緊張がミハルの返答を遅らせていた。
「私は戦うために来た……」
嘘を言ってキャロルを安心させようとはしなかった。親友であるから本心を伝える。彼女を安心させたところで、変えられる未来はないのだと。
「そっか……。やっぱりミハルは凄いな。じゃあさ、あたしはどう戦えば良いと思う? いざ敵機が飛来したとき、訓練所で習ったことを出し切れる気がしないの……」
キャロルは一度の実戦も経験することなくゲートに配備された。まさかと考えていた戦争が勃発し、生き残りはしたものの次戦に対する不安が募っている。
ミハルは言葉を選んでいた。訓練と実戦は似て非なるもの。どれだけ訓練を積もうが一度の実戦から得られる経験値には遠く及ばないのだ。
「キャロルは支援機なの?」
「うん、あたしは後衛機だよ……」
一つ質問をしてからミハルは考えていた。自身は前衛機。初陣こそ後衛機を務めたが、それ以来支援に回ったことがない。
「私なら……」
そう前置きをして、ミハルは記憶にある支援を思い出した。自身が受けたものの全て。後衛機がどう動いてくれたなら飛びやすかったのかを。
「前衛機の照射ラグを見逃してはいけない。大したことがないように思えて、それはとても重要なこと。もしも敵機に反撃されたのなら、それは後衛機の責任だと思う」
戦闘機に備わる中性粒子砲は連射が利かない。砲身の冷却時間が少なからずあったからだ。それは時間にして二秒弱。その隙を埋めるのが支援機の役目だとミハルは言う。
「命中しなくてもいいの。反撃の隙を与えなければそれで十分。下手に狙って攻撃に時間がかかるよりも、敵機が反撃できないよう照射ラグの間に撃って欲しい」
思えばグレッグの支援は的確だった。グレッグ自身の撃墜率は低かったが、それによりミハルはかなりの自由を得た。回避機動に取られる間がなくなり、思い描いたように飛べたのだ。
「照射ラグ? それってそんなに重要なの? あたしはそんなの考えたこともなかったけど……」
「前衛機の腕前にもよるだろうけど、上手く支援してくれたなら前衛機は敵機を撃墜し続けることが可能。実際、私はそんな支援を受けてきたのよ……」
思い返してみても飛びやすかったと断言できる。回避に気を取られることがなかったのだ。ミハルは宙域の敵機を線で繋ぎ、その想定通りに撃墜できた。
「それで生き残れるの……? あたしはまだ死にたくない――――」
身につまされるような言葉が発せられる。それは誰しもが考えることだろう。ミハルとて死にたくはない。人類のためという大義名分など、自身の命には代えられなかった。
「キャロル、安心してよ。後衛機がいきなり狙われることなんてないわ。あるとすれば背後を取られた場合。だから前方よりも左右や背後に気を配っておくこと。背後を取られそうならば、編隊を崩したって構わない。後ろを取られるのは前衛機の位置取りが悪いせいだもの」
ミハルは考えられる限りの機動を伝えた。キャロルの配置的に、そこまで敵影が濃くなるはずはない。仮にあるとすればGUNSの敗戦が濃厚となる場面だ。だとすればキャロルのすべきことは敵影を的確に捉えること。レーダーに映し出される敵機を見逃さないことだけだ。
「あたしに……出来るかな……?」
「大丈夫! キャロルなら出来る!」
突出した能力はなかったが、キャロルは学生時代からそつのないパイロットだった。
ミハルは信じている。生き残るくらいは問題ないはずと。キャロルなら裏を取る敵機を見逃さないだろうと。
「ありがとう、ミハル! 本当は退役も考えてたんだけど、もう少し頑張ってみる。ミハルに比べたら、あたしのポジションなんてしれてるだろうし」
「頑張ってよ! キャロルがどうこうするような頃には私も駄目だろうから!」
アハハと乾いた声で笑うミハルは拳を突き出していた。
一瞬、意味が分からなかったキャロル。しかし、彼女もその意味合いを理解した。
「戦いに勝ったら、高級なレストランに行ってみない?」
「いいね、それ! 私は休みが一日もなかったから、給料は全部振り込まれたままだよ!」
「だったらミハルの奢りだねぇ?」
二人は冗談を言いながら、フィストバンプを交わした。
これは約束だ。互いに生き残るため。未来へと続く約束は生きる意欲の源である。些細な希望であっても、苦境に陥ったその時に最後の力を絞り出すことだろう。
そう遠くない未来に違いない。二人はその場面を想い描く。戦闘機パイロットとしては自覚が足りない気もする。けれど、二人にとっては戦う原動力となっていた。
眠れない夜が続いていたキャロルも、この日はぐっすりと眠れた様子。親友の存在が想像以上に大きく、彼女に安らぎを与えていたようだ……。
最終的にミハルが自室へ到着した頃には午後十時を過ぎていた。
ID認証をして扉を開く。相部屋と聞いていたから少し緊張している。
「失礼します……」
自室ではあったのだが、少しばかり緊張する。ルームメイトが睡眠中である場合を考え、ミハルは静かに部屋へと入っていく。初日から悪い印象を与えないようにと。
「ミハル、遅かったじゃない! 待ってたんだから!」
ところが、飛び出してきたのは懐かしい顔だった。現れたのは気遣い無用の友人であり、学生時代ずっとルームメイトだったその人である。
「キャロル! あんたの部屋だったの!?」
二人は再会を喜び抱き合っている。卒業から九ヶ月が過ぎて、二人は再びルームメイトとなった。
「遅すぎるよ! せっかく一緒に晩ご飯を食べようと思ってたのに!」
「ごめん、もう食べちゃったよ! ルームメイトの話なんか聞いてなかったし! でもお菓子とジュースを買ってきたから、これで勘弁して!」
キャロルはミハルがルームメイトであることを聞いていたらしい。ミハルの夜食を分けてもらいながら、募る話を交わしていた。
「301小隊とか凄すぎるよ! あたしなんか防衛ライン外の配置だよ?」
キャロルは苦笑している。ミハルの実力は知っているつもりだが、それでもミハルが配置された部隊は俄に信じられなかった。
ソロモンズゲートには防衛線が敷かれている。ゲートに一番近いラインがアルファ線。続いてベータ線、ガンマ線、デルタ線へと続く。最終的な防衛ラインはイプシロン基地であり、ここを抜かれると人類の敗北が濃厚となるのだ。キャロルはライン外とのことで、イプシロン基地の守護部隊であるらしい。
「前の戦いじゃデルタ線まで敵機が来なかったんでしょ?」
「少なくともあたしのところには来なかったよ。それでもすっごく怖かったんだから!」
キャロルが語る戦闘はリアリティを感じさせた。飛び交うビーム砲や爆散する艦船。宙域に残る数々の爆発痕が生々しかったという。
「それで次の戦いってありそうなの?」
話のついでに聞いた。木星でも次戦の可能性について様々な憶測が飛び交っていたものの、現地での話を知りたく思って。
「可能性は凄く高いみたい。軍は停戦を促す発信をしているようだけど、返事がないらしいの。次の戦いは前回を軽く上回る規模になるって言ってた。恐らくカザインは攻め込んでくると思う……」
大方の予想通りである。キャロルが知っていることはミハルもそれとなく聞いていた。だが、あると分かっていたならばモチベーションを維持できる。突然、戦争になるよりも、ずっとスムーズに戦えるはずだ。
「ねぇ、ミハル……。もしも、また戦争が起きたとしたら、ミハルはちゃんと戦えるの?」
不意にキャロルがそんなことを尋ねた。彼女は先の大戦に参加していたにもかからわず。
静かに見つめ合う二人。心をまさぐるような緊張がミハルの返答を遅らせていた。
「私は戦うために来た……」
嘘を言ってキャロルを安心させようとはしなかった。親友であるから本心を伝える。彼女を安心させたところで、変えられる未来はないのだと。
「そっか……。やっぱりミハルは凄いな。じゃあさ、あたしはどう戦えば良いと思う? いざ敵機が飛来したとき、訓練所で習ったことを出し切れる気がしないの……」
キャロルは一度の実戦も経験することなくゲートに配備された。まさかと考えていた戦争が勃発し、生き残りはしたものの次戦に対する不安が募っている。
ミハルは言葉を選んでいた。訓練と実戦は似て非なるもの。どれだけ訓練を積もうが一度の実戦から得られる経験値には遠く及ばないのだ。
「キャロルは支援機なの?」
「うん、あたしは後衛機だよ……」
一つ質問をしてからミハルは考えていた。自身は前衛機。初陣こそ後衛機を務めたが、それ以来支援に回ったことがない。
「私なら……」
そう前置きをして、ミハルは記憶にある支援を思い出した。自身が受けたものの全て。後衛機がどう動いてくれたなら飛びやすかったのかを。
「前衛機の照射ラグを見逃してはいけない。大したことがないように思えて、それはとても重要なこと。もしも敵機に反撃されたのなら、それは後衛機の責任だと思う」
戦闘機に備わる中性粒子砲は連射が利かない。砲身の冷却時間が少なからずあったからだ。それは時間にして二秒弱。その隙を埋めるのが支援機の役目だとミハルは言う。
「命中しなくてもいいの。反撃の隙を与えなければそれで十分。下手に狙って攻撃に時間がかかるよりも、敵機が反撃できないよう照射ラグの間に撃って欲しい」
思えばグレッグの支援は的確だった。グレッグ自身の撃墜率は低かったが、それによりミハルはかなりの自由を得た。回避機動に取られる間がなくなり、思い描いたように飛べたのだ。
「照射ラグ? それってそんなに重要なの? あたしはそんなの考えたこともなかったけど……」
「前衛機の腕前にもよるだろうけど、上手く支援してくれたなら前衛機は敵機を撃墜し続けることが可能。実際、私はそんな支援を受けてきたのよ……」
思い返してみても飛びやすかったと断言できる。回避に気を取られることがなかったのだ。ミハルは宙域の敵機を線で繋ぎ、その想定通りに撃墜できた。
「それで生き残れるの……? あたしはまだ死にたくない――――」
身につまされるような言葉が発せられる。それは誰しもが考えることだろう。ミハルとて死にたくはない。人類のためという大義名分など、自身の命には代えられなかった。
「キャロル、安心してよ。後衛機がいきなり狙われることなんてないわ。あるとすれば背後を取られた場合。だから前方よりも左右や背後に気を配っておくこと。背後を取られそうならば、編隊を崩したって構わない。後ろを取られるのは前衛機の位置取りが悪いせいだもの」
ミハルは考えられる限りの機動を伝えた。キャロルの配置的に、そこまで敵影が濃くなるはずはない。仮にあるとすればGUNSの敗戦が濃厚となる場面だ。だとすればキャロルのすべきことは敵影を的確に捉えること。レーダーに映し出される敵機を見逃さないことだけだ。
「あたしに……出来るかな……?」
「大丈夫! キャロルなら出来る!」
突出した能力はなかったが、キャロルは学生時代からそつのないパイロットだった。
ミハルは信じている。生き残るくらいは問題ないはずと。キャロルなら裏を取る敵機を見逃さないだろうと。
「ありがとう、ミハル! 本当は退役も考えてたんだけど、もう少し頑張ってみる。ミハルに比べたら、あたしのポジションなんてしれてるだろうし」
「頑張ってよ! キャロルがどうこうするような頃には私も駄目だろうから!」
アハハと乾いた声で笑うミハルは拳を突き出していた。
一瞬、意味が分からなかったキャロル。しかし、彼女もその意味合いを理解した。
「戦いに勝ったら、高級なレストランに行ってみない?」
「いいね、それ! 私は休みが一日もなかったから、給料は全部振り込まれたままだよ!」
「だったらミハルの奢りだねぇ?」
二人は冗談を言いながら、フィストバンプを交わした。
これは約束だ。互いに生き残るため。未来へと続く約束は生きる意欲の源である。些細な希望であっても、苦境に陥ったその時に最後の力を絞り出すことだろう。
そう遠くない未来に違いない。二人はその場面を想い描く。戦闘機パイロットとしては自覚が足りない気もする。けれど、二人にとっては戦う原動力となっていた。
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