Solomon's Gate

坂森大我

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第二章 星系を守護する者たち

ミハルの要望

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 セントラル基地では夜勤の時間になっていた。

 本日の担当はグレッグである。夜勤とはいっても基本的にはオペレーター業務をこなすだけだ。緊急通信や担当エリアの不審船アラートを受けるためであり、出撃の際には全員が集まることになっている。

 大きな欠伸をしていたグレッグは不意に開かれた扉に慌てて姿勢を正す。

「何だミハルかよ? どうした?」

 オペレーションルームに現れたのは自室へ戻ったはずのミハルだった。何やら神妙な面持ち。眠れないといった理由ではないのはグレッグにも理解できた。

「グレッグ隊長、ひとつお願いがあります……」

「面倒くさい奴だな? 何だ言ってみろ?」

 グレッグはミハルの要求をある程度察していた。成長著しいミハルが上を目指したいと願うのは自然な流れである。

「ここでは嫌でも経験値が上がる。三人しかパイロットがいないからな。実戦は訓練で得られない確かな実力を与えてくれるんだ。同期の誰もミハル以上の経験は積んでいないだろう。もしもミハルがイプシロン基地へ向かいたいというのなら話はつけてやる。だが、これまで以上に訓練に身を入れないことには同じように成長できないぞ?」

 ミハルが答える前にグレッグが諭すように話す。毎日のように出撃があるセントラル基地と比べ、ゲートに配備されたパイロットは訓練でしか成長が望めないのだ。

「違いますよ! 私は異動を願いに来たわけじゃありませんから!」
 ところが、ミハルはその話を否定する。アイリスがいるイプシロン基地への配備は彼女の目的であったはずなのに。

「じゃあ、何だ? まさか後衛機に変えてくれというつもりじゃないだろうな?」

 またもミハルは首を振る。編隊に関する要望でもないらしい。
 ミハルの希望なんてそんなにはないだろうと考えていたが、グレッグが思いついたものは全て不正解だった。

「グレッグ隊長、ちゃんとした義足をつけてください!」

 意外な要求にグレッグは唖然としている。それは予想していた内容とまるで違っていたのだ。てっきりミハル自身に関する話だと考えていたというのに。

「確かに俺はミスをした。けれど、この七年で初めてのことだ。予備の義足は強度を確認したし、もう同じ失敗はしないぞ?」
「ダメです! 手術を受けてください! 今日は命拾いをしましたが、次も同じように助かる保証はありません!」

 大きな声を上げるミハル。実際にニアミスが起きた以上は黙っていられなかった。

「ミハルに心配されるとは俺も落ちたものだな? いや、お前は自分が危ないからそう言っているのか?」

「子供みたいなこと言わないでくださいよ! 今ここで約束してください! 貴方は手術を受けるべきです! もっと戦えるパイロットなのに腐ってんじゃないですよっ!」

 感極まって声を震わすミハルに、グレッグは何も言い返せなかった。実をいうとこんな説教染みた話をされるのは二度目なのだ。かつても、しつこく手術を勧める人がいた。

 グレッグは小さく顔を振り、過去を思い返すようにしてミハルから視線を外す。

「お前は本当に似ているな……」
 嘆息するグレッグが語る。記憶と重なって仕方がない。秘められた能力や異常な成長速度。負けず嫌いなところまでそっくりだった。

「アイリスにも口うるさく言われていた。でも、あいつが成長する上で俺の左足はない方が良いと考えていたんだ。俺を見る度に、あいつは失敗を思い出すからな……」

 グレッグは過去の話を始めた。それはバゴスに聞いた内容と同じ。アイリスとグレッグの出会いから、アイリスが成長していく話だった。

「今やアイリスは軍部を代表する大エースになった。エイリアン相手にトップシューターだなんて八年前じゃ考えられない……。あいつは俺の想像以上に成長している……」

 溜め息交じりに話すグレッグだが、彼は最後に微笑む。その笑みはミハルがセントラル基地に配備されてから初めて見るような優しい表情だった。

「ひょっとすると俺の左足は、もう役目を果たし終えたのかもしれん……」

 続けられた言葉には溢れるほどの感情が込められていた。ミハルはその意味合いをはっきりと理解する。自身の要求が呑まれた瞬間に違いないのだと。

「ミハル……。俺は手術を受けようと思う。俺が留守にする間はお前に隊を任せたい……」

 喜ぶべき話に戸惑う内容が付け加えられた。確かにグレッグがいなくなれば隊長不在となってしまう。けれど、ハンター隊にはミハルの他にバゴスもいるのだ。

「どうして私なんですか? 新人ですよ!?」
「ミハルしかいないだろう? バゴスさんは階級のない嘱託パイロットだぞ? 正規のパイロットはお前しかいないんだ。言い出しっぺの責任は取れ……」

 理由を聞いた今も困惑していた。手術して欲しいのは本心。だが、隊長代理を仰せつかるだなんて考えもしていないことだ。

「まあそう深く考えるな。やることは変わらん。代理といっても指示を出す部下はいないし、書類上だけの話だからな。それに……」

 呆然とするミハルに構うことなく、グレッグは一方的に意見をぶつけた。

「ミハルは使えるパイロットだ――――」

 いつぞやの話である。それはミハルが配属した日のことだ。
 グレッグはミハルを見定めるように聞いていた。彼女が使えるパイロットかどうかを。あれから三ヶ月が過ぎて、その問いは自然と回答を得たらしい。

 一方でミハルは驚いていた。確か質問には答えていない。自信はあったけれど、目を逸らしてやり過ごしていたのだ。今思えば感情に任せて答えなかったのは正解だった。ろくに戦えなかった自分に答える資格があったとは思えない。

 ミハルは小さく微笑む。今度は視線を逸らすことなくグレッグと視線を合わせている。

「当たり前ですよ! 大尉は鈍いですね? 今ごろ気付いたんですか?」

 悪戯な笑みを浮かべ、ミハルは冗談で返した。それはささやかな心遣いだ。師であるグレッグが憂えることなく手術を受けられるようにと。

「言うじゃねぇか? まあそれでこそセントラル基地のエースだ。俺は安心して手術を受けられる……」

 グレッグはミハルの肩をポンと叩いた。もう眠れと促すように。

 返事はせず、ミハルが頷く。もう彼女の用事は終わったのだ。心配事が増えたような気もするけれど、得られた戦果は大勝利といっても過言ではなかった。
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