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第二章 星系を守護する者たち
アイリスとベイル准尉
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ジュリアが去って行った病室。アイリスは悩んでいた。どうにも姉弟のコミュニケーションがマズいように思う。今までも上手くいった例はなかったものの、やはりたった一人の弟である。仲良くしたいとは考えていた。
「まあ、あれは俗にいう反抗期というやつだろう……」
見当外れの解答を導き、納得した様子。特にするべきこともなかった彼女はもう眠ってしまおうとライトパネルに手を伸ばした。
「アイリス中尉! ベイルです!」
ところが、またも来客である。夕方になって面会謝絶が解除されたばかりだ。可愛い弟ならばまだしも、副隊長と仕事の話をする気にはなれなかった。
無視をして眠ろうとする。けれど、返事をしないからか呼び声は収まらない。
「さっさと入れ! ベイル!」
怒りを露わにしながら、アイリスは解錠ボタンを押す。どうにも腹立たしく感じたが、早く話を済ませて追い返す方が建設的だと思い直していた。
「何のようだベイル? このような夜更けに乙女の寝室を訪れるなど無礼だろうが!?」
「失礼ですが、中尉のそのような時代はとうに過ぎ去っていますよ? しかし、寝たふりは酷いですね? 面会謝絶の頃に押し入らなかっただけ有り難いと考えて欲しいものです」
チッと舌を鳴らすのはアイリスである。仲が悪いわけでもなかったが、彼女は寝ようとした矢先に訪れたベイルが許せなかったらしい。
「で、何のようだ? というより、その辛気くさい顔を何とかしろ! 親の顔より見たぞ? うら若き乙女の病室に入室を許されたのなら、男であればニヤついて見せるところだろうが!? 天使の如き目映さの乙女であれば尚更だ!」
地雷を踏んでしまったことにベイルは気付いた。苦い顔をして薄ら笑いを返すしかない。
ベイルは第三航宙戦団第一隊の副隊長だ。現在はアイリスの代理を務めている。年齢はアイリスより十歳も年上であったが、圧倒的な技量を見せるアイリスを尊敬していた。ただそれは操縦技術面のみであって、普段の彼女は実年齢ほど成熟していないことを分かっている。
「実は補充に関することで相談が……」
「補充だと? そんなものはクェンティン司令に任せておけば良いだろうが!」
どうにもからかったことを後悔する。冷静な話をするためには一度話題を変えるべきかと思う。
「ところで、隊長の復帰はいつ頃になるのでしょうか……?」
もう何年もアイリスの部下をしている。だから扱いは慣れたものだ。瞬間的に沸騰しやすいアイリスであるけれど、その持続力のなさは折り紙付きである。
「何だ? 私の復帰を待とうというのなら、それは間違っているぞ? 貴様は迅速な補充を受けるべきだ。確かに手術は成功し、この通り私は元気だが、義足の神経接続が上手くいっていない。左足はピクリともせんのだ……」
ただの話題転換であったはず。けれども、ベイルは想定外の話を聞かされてしまう。アイリスの手術は成功したと聞いていたから楽観的に考えていたのだ。欠員補充に関してはアイリスの席まで考えていない。
「どういうことです……? 隊長は復帰できないのでしょうか!?」
「もちろん私はやる気だが、それには時間を必要とする。再検査をして、手術、そしてリハビリという予定だ。恐らく三ヶ月以上はかかるだろう」
ベイルは先の戦闘が前哨戦のようなものであると聞いていた。従って次戦はそう遠くない未来であるはず。一ヶ月程度ならまだしも、三ヶ月という期間はベイルにとって長すぎた。
「私が三ヶ月も代理を務めるのですか!? 隊長のいない301小隊がどれほど戦えると思いますか!? 我々はゲートのど真ん中を守護しなくてはならないのですよ!?」
取り乱したようなベイルに、アイリスはふんと息を吐いた。慎重すぎるベイルの悪い癖といわんばかり。概ね実力を過小評価しているように思う。
「ベイル、私がいなくとも我が小隊は戦えるはずだぞ? 補充さえ適切に行えば充分に戦える。次戦もエイリアン共を追い返せば良いだけだ」
「隊長はアイリス・マックイーンを直に見ていないから、そのようなことが言えるのです! 貴方は我々の精神的支柱なのですよ!? 失われた数を補充しただけでは決して埋まるはずもありません!」
ベイルは力説した。どんなに喉をからそうが、アイリスの容体が改善するわけでもなかったというのに。
「ならばベイル。貴様はどうなれば納得できるのだ? 現実問題として今すぐ私が戦場に戻るのは不可能だぞ?」
「それは分かっていますが、隊長が参戦できないという事実は我々にとって重すぎる話です。隊長に比肩するような実力者でも補充できない限り、隊の士気は下がってしまうかと思われます」
どの部隊もエース格の異動など容認しないだろう。特に軍部では非公式ながら派閥が存在しており、エース級の異動が派閥間で行われるのは稀なことであった。
「そこはクェンティン司令に泣きつけ。ある程度のパイロットなら都合してくれるはずだ」
「アイリス隊長が陳情するならまだしも、私などが意見したところで人数合わせのパイロットしか融通してもらえません!」
ベイルは頑なに首を振った。アイリスに丸投げするつもりはなかったが、上官にも忌憚ない意見を口にするアイリスこそが適任だと考えている。
「少しは病人を気遣えよ、ベイル准尉……。まあ、分かった。私から話を通しておこう。木星には元レーサーやら退役軍人が配備されだしたと聞いている。だとすれば人数が揃った部隊の隊長クラスを……」
言ってアイリスは口籠もる。ふと妙案が思い浮かんだ。木星に相応しい人材がいたことを思い出していた。
「おい、ベイル。最高のパイロットが木星に残っているぞ! あの人を迎え入れよう。セントラルからの異動であれば他閥は関係ない。実力も折り紙付きだ!」
ニヤリとするアイリスにベイルは嫌な予感を覚える。決して交友範囲が広いとはいえないアイリスが薦める人材。問わずとも誰であるのか分かった。
「あの方は隻脚ですよ!? それに彼は大尉です! 隊長よりも格上を組み入れるなど不可能でしょう!? ベテラン揃いの401小隊でも持て余しますよ!?」
「ギャンギャンとうるさい奴だな? 隻脚だろうが腕前は保証する。それに一時的な異動だ。私がいない間の隊長代理であれば問題なかろう」
既にアイリスの中では決定しているようだ。ベイルが何を言っても覆らないだろう。元よりエース格の異動はベイルが望んだ通りだ。健常であった頃しか知らないベイルは少しばかり不安に感じていただけである。
「エース格の異動についてはお任せします。どうか隊にとって良い選択を……」
「ああ、任せておけ……。あとベイル、SBF通信の超光速端末を用意してくれないか? 久しぶりに可愛い愛弟子である【乙女】の姿を見せてやろうと思う……」
話の流れが強引に変えられた。アイリスはベイルを睨むように見ている。
どうやらアイリスはまだ怒っていたらしい……。
「まあ、あれは俗にいう反抗期というやつだろう……」
見当外れの解答を導き、納得した様子。特にするべきこともなかった彼女はもう眠ってしまおうとライトパネルに手を伸ばした。
「アイリス中尉! ベイルです!」
ところが、またも来客である。夕方になって面会謝絶が解除されたばかりだ。可愛い弟ならばまだしも、副隊長と仕事の話をする気にはなれなかった。
無視をして眠ろうとする。けれど、返事をしないからか呼び声は収まらない。
「さっさと入れ! ベイル!」
怒りを露わにしながら、アイリスは解錠ボタンを押す。どうにも腹立たしく感じたが、早く話を済ませて追い返す方が建設的だと思い直していた。
「何のようだベイル? このような夜更けに乙女の寝室を訪れるなど無礼だろうが!?」
「失礼ですが、中尉のそのような時代はとうに過ぎ去っていますよ? しかし、寝たふりは酷いですね? 面会謝絶の頃に押し入らなかっただけ有り難いと考えて欲しいものです」
チッと舌を鳴らすのはアイリスである。仲が悪いわけでもなかったが、彼女は寝ようとした矢先に訪れたベイルが許せなかったらしい。
「で、何のようだ? というより、その辛気くさい顔を何とかしろ! 親の顔より見たぞ? うら若き乙女の病室に入室を許されたのなら、男であればニヤついて見せるところだろうが!? 天使の如き目映さの乙女であれば尚更だ!」
地雷を踏んでしまったことにベイルは気付いた。苦い顔をして薄ら笑いを返すしかない。
ベイルは第三航宙戦団第一隊の副隊長だ。現在はアイリスの代理を務めている。年齢はアイリスより十歳も年上であったが、圧倒的な技量を見せるアイリスを尊敬していた。ただそれは操縦技術面のみであって、普段の彼女は実年齢ほど成熟していないことを分かっている。
「実は補充に関することで相談が……」
「補充だと? そんなものはクェンティン司令に任せておけば良いだろうが!」
どうにもからかったことを後悔する。冷静な話をするためには一度話題を変えるべきかと思う。
「ところで、隊長の復帰はいつ頃になるのでしょうか……?」
もう何年もアイリスの部下をしている。だから扱いは慣れたものだ。瞬間的に沸騰しやすいアイリスであるけれど、その持続力のなさは折り紙付きである。
「何だ? 私の復帰を待とうというのなら、それは間違っているぞ? 貴様は迅速な補充を受けるべきだ。確かに手術は成功し、この通り私は元気だが、義足の神経接続が上手くいっていない。左足はピクリともせんのだ……」
ただの話題転換であったはず。けれども、ベイルは想定外の話を聞かされてしまう。アイリスの手術は成功したと聞いていたから楽観的に考えていたのだ。欠員補充に関してはアイリスの席まで考えていない。
「どういうことです……? 隊長は復帰できないのでしょうか!?」
「もちろん私はやる気だが、それには時間を必要とする。再検査をして、手術、そしてリハビリという予定だ。恐らく三ヶ月以上はかかるだろう」
ベイルは先の戦闘が前哨戦のようなものであると聞いていた。従って次戦はそう遠くない未来であるはず。一ヶ月程度ならまだしも、三ヶ月という期間はベイルにとって長すぎた。
「私が三ヶ月も代理を務めるのですか!? 隊長のいない301小隊がどれほど戦えると思いますか!? 我々はゲートのど真ん中を守護しなくてはならないのですよ!?」
取り乱したようなベイルに、アイリスはふんと息を吐いた。慎重すぎるベイルの悪い癖といわんばかり。概ね実力を過小評価しているように思う。
「ベイル、私がいなくとも我が小隊は戦えるはずだぞ? 補充さえ適切に行えば充分に戦える。次戦もエイリアン共を追い返せば良いだけだ」
「隊長はアイリス・マックイーンを直に見ていないから、そのようなことが言えるのです! 貴方は我々の精神的支柱なのですよ!? 失われた数を補充しただけでは決して埋まるはずもありません!」
ベイルは力説した。どんなに喉をからそうが、アイリスの容体が改善するわけでもなかったというのに。
「ならばベイル。貴様はどうなれば納得できるのだ? 現実問題として今すぐ私が戦場に戻るのは不可能だぞ?」
「それは分かっていますが、隊長が参戦できないという事実は我々にとって重すぎる話です。隊長に比肩するような実力者でも補充できない限り、隊の士気は下がってしまうかと思われます」
どの部隊もエース格の異動など容認しないだろう。特に軍部では非公式ながら派閥が存在しており、エース級の異動が派閥間で行われるのは稀なことであった。
「そこはクェンティン司令に泣きつけ。ある程度のパイロットなら都合してくれるはずだ」
「アイリス隊長が陳情するならまだしも、私などが意見したところで人数合わせのパイロットしか融通してもらえません!」
ベイルは頑なに首を振った。アイリスに丸投げするつもりはなかったが、上官にも忌憚ない意見を口にするアイリスこそが適任だと考えている。
「少しは病人を気遣えよ、ベイル准尉……。まあ、分かった。私から話を通しておこう。木星には元レーサーやら退役軍人が配備されだしたと聞いている。だとすれば人数が揃った部隊の隊長クラスを……」
言ってアイリスは口籠もる。ふと妙案が思い浮かんだ。木星に相応しい人材がいたことを思い出していた。
「おい、ベイル。最高のパイロットが木星に残っているぞ! あの人を迎え入れよう。セントラルからの異動であれば他閥は関係ない。実力も折り紙付きだ!」
ニヤリとするアイリスにベイルは嫌な予感を覚える。決して交友範囲が広いとはいえないアイリスが薦める人材。問わずとも誰であるのか分かった。
「あの方は隻脚ですよ!? それに彼は大尉です! 隊長よりも格上を組み入れるなど不可能でしょう!? ベテラン揃いの401小隊でも持て余しますよ!?」
「ギャンギャンとうるさい奴だな? 隻脚だろうが腕前は保証する。それに一時的な異動だ。私がいない間の隊長代理であれば問題なかろう」
既にアイリスの中では決定しているようだ。ベイルが何を言っても覆らないだろう。元よりエース格の異動はベイルが望んだ通りだ。健常であった頃しか知らないベイルは少しばかり不安に感じていただけである。
「エース格の異動についてはお任せします。どうか隊にとって良い選択を……」
「ああ、任せておけ……。あとベイル、SBF通信の超光速端末を用意してくれないか? 久しぶりに可愛い愛弟子である【乙女】の姿を見せてやろうと思う……」
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