Solomon's Gate

sakamori

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第二章 星系を守護する者たち

特訓の成果

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 太陽系全域に防衛成功という吉報が届いた。誰しもがGUNSの奮闘を称え、星系に訪れた束の間の平穏を実感したことだろう。

 セントラル基地にも勝利の一報は届いている。しかし、吉報だけではなく届いたのは負傷者や死者の詳細まで。

 いの一番にキャロルの無事を確認したミハルは安堵している。また長く軍部に在籍する他の隊員たちも食い入るように名簿を眺めていた。

 朝一番は出撃がなければ全員でコーヒーを飲むのが慣例である。夜勤明けの交代時間であるため、簡単な引き継ぎと雑談をするのだ。いつもなら大した話題もないのだが、本日は開戦翌日とあって長話となっている。

「大尉、アイリス中尉が戦線離脱だって! 無事だといいのだけど……」

 シエラが被害報告書を読みながら話す。顔見知りである人たちの怪我や訃報は快勝した事実よりも大きく、心の内からゆとりを奪っていく。

 死者数は想定よりもかなり少なかったのだが、それでも昨年度に記録した二百倍という人数がたった数時間で失われていた。

「何でもジュリア坊を庇ってのことらしいの……。心配じゃなぁ……」

 ミハルの目標であるアイリスの容体については詳しく書かれていた。損傷した内臓の手術に加え、挫滅した左足を膝上から切断したことまで。内容を見た限りは、とてもパイロットを続けられる状態だと思えなかった。

「アイリス・マックイーンは絶対に復活しますよ!」

 皆が溜め息を吐く中、ミハルが声を張った。彼女がパイロットを辞めるなんて少しも想像できない。憎らしいほどの自信と共に復活すると信じている。

「逃げも隠れもしないって彼女は言ってたもの!」

 ミハルを導いていた目も眩むほどの光。少し風が吹いたくらいで消えるはずがない。今も太陽の如く輝いてミハルを誘っているのだから……。

「俺もそう思うぞ。損傷した臓器の手術は成功しているようだし左足についても、さして問題はないだろう。俺にちゃんとした義足を付けろというくらいだ。あいつは棒切れじゃないものを選ぶだろう」

 言ってグレッグが笑う。自虐的なその冗談に本気で笑える者はいない。皆が経緯を知っていたからオペレーションルームは微妙な空気に支配されてしまう。

「き、緊急通信! 大規模な海賊団が現れたようです! 大至急応援に向かってください! 位置はエスバニア区画から2000kmのところです! データリンクします!」

 GUNSが歴史的勝利を収めた翌日だというのに、宇宙海賊は空気を察することなく現れていた。

「やれやれじゃの……。しかし、応援とあらば基地を空にするわけにもいかんな?」
「バゴスさんは夜勤明けであるし待機していてくれ。俺とミハルが向かう……」

 出撃メンバーは直ぐに決定した。ミハルとグレッグの二機が応援に向かうらしい。
 直ちに行動開始。ミハルはドックに駆け込んでいた。

「ミハル、あまり感情的になるなよ? アイリスは死んじゃいねぇ。お前は自分にできることを冷静に対処しろ」

 ミハルの心情を察したのか、グレッグが宥めるようにいった。冷静になること。それは彼がいつも言い聞かせてくることであった。

「了解。でも私はいつだって冷静です!」
「どうだか?」

 二人は笑い合って自機へと搭乗していく。少し笑顔を作っただけで本当に落ち着けた。アイリスの戦線離脱はミハルをこれ以上なく動揺させていたのに。

 瞬く間に二機が宙域へと射出される。目指すはエスバニア区画沖2000km地点。主要航行路のある宙域であった。

「超高速航行モードへ移行……」

 エスバニア沖は入港許可待ちの輸送船が頻繁に停泊しているエリアである。よってエスバニア基地にはセントラル基地よりも多くのパイロットが配備されていた。しかしながら、イプシロン基地に大多数のパイロットが異動となった情報を得たのか、大胆にもユニックに近い宙域にまで宇宙海賊が現れている。

 隣接する区画ではあったが、基地の位置が正反対であるために時間を要してしまう。SBFが推進機へ転用される前であれば、とてもじゃないが救援に向かえる距離ではなかった。

「ようやく到着したか……」
 グレッグの言葉通り、幾つもの光が煌めく宙域に入った。どうやら輸送船は大破している模様である。

 宙域には多くの爆発痕が残ったままだ。激しい戦闘が繰り広げられているのは確認するまでもない。

「こちらハンター・ワン。インビジブル・ワン応答せよ。セントラル基地からの救援部隊だ。リンクを要求する」

 グレッグがエスバニア基地所属のパイロットへ通信を繋ぐと立ち所に応答がある。

『救援すまない。ハンター・ワン、久しぶりだな。こいつらは数が多い上に、やけに統率が取れている。気を付けてくれ。既にリンクは完了した。自由に飛んでくれて構わない』

「了解。状態異常のある機体は帰還してもらって結構だ。あとは任せてくれ」

 直ぐさまレーダーに僚機の情報がリンクしていく。パッと見たところ残存する僚機は五機。対する敵機は二十機以上も残っている。まだ艦船も二隻が残っており、聞いた通りに最大規模の海賊団であるのは明らかだった。

「ミハル、聞いた通りだ。お前が前を飛べ」
「了解。DE方向より進入します……」

 ミハルはスッと機体を前に出すとスロットルを踏み込んでいく。

「任せる。お前の真価を海賊共に見せつけてやれ!」

 グレッグの同意により、ミハルはDE方向より回り込むような機動を取る。近付く度に経験したことのない大乱戦であると分かった。

 ミハルは渦を巻くようにして一団へと取り付く。

「US16チェック……」

 未確認航宙機は現場にてナンバリングされる。アンアイデンティファイド・スペースクラフトを略してUS。リンクしたミハルの機体にも僚機と同じナンバリングが表示されていた。

「US16、シュート!」

 宙戦においてロックオンはあまり意味を持たない。よって僚機への通達として狙いを定めたという【チェック】と撃墜を知らせる【シュート】は余裕がある限り声をかける習わしである。

「E方向よりUWへ……」
「ハンター・ワン、了解。どんどん行け!」

 ミハルは次々と撃墜していった。地元部隊の戦果など考えずに、ただひたすら撃ち落としていく。彼女は交戦に加わってから五分足らずの間に九機もの撃墜を記録していた。

「急旋回します! NE方向へ回頭したあと僚機の援護を開始!」
「了解だ!」

 敵機が大きく旋回しているのにミハルは気付いた。それは高度差を取り、僚機の裏を取る機動に違いない。眼前の機体よりも優先して撃墜すべきとの判断である。

 ミハルが急旋回しようと減速し始めたそのとき……。
 背後からグレッグの機体が迫ってきた。機動の意図は予め伝えたはずなのに。

「ちょっ!?」
「ミハル、回避しろっ!!」

 突として通信から伝わる声。ミハルは何が起こったのか分からなかった。しかし、回避しろとの命令は危機的状況にあると推察するに十分だった。

「避けろぉぉぉっっ!!」

 ミハルは咄嗟にスロットルを踏み込んで、機体を無理矢理に回頭。グレッグの機体から離れるような機動を取る。

 間一髪ですれ違う二機。グレッグはようやく機体を立て直したようで、大きく旋回を始めていた。

「すまん。義足が外れ……いや、折れたのかもしれない……。減速スラスターペダルは右足で操作する。もう大丈夫だ……」

 機動の理由が通信を介して伝えられた。義足となって七年。一度もなかったミスが起きてしまったようだ。どうも根元から折れたらしく減速操作が疎かとなった。

「大尉はトレースを外してください! 残りは私が仕留めますから!」

 ミハルは旋回が遅れたグレッグを放って、当初の予定通りに下方の機体へ狙いを定めた。僚機が裏を取られる前に撃墜しなければ意味はないのだと。

「落ちろっ!!」
 生け捕りが推奨されてはいたものの、大海賊が相手の場合は生死を問われない。よってミハルは精度を上げるよりもスピードを重視している。

「次! DW方向……」
 ミハルの中で宙域が繋がっていた。厳しい訓練の賜物であるのか、蠢くような敵機が一つの線になって見える。

 全機の進路を予測し、最適な撃墜順を決定。ミハルはプログラムされているかの如く的確に撃ち落としていく。

 合流をして僅か十分。ミハルは宙域を平定していた。母艦三隻に航宙機五十機という稀に見る大編隊を率いた海賊団であったが、目的を達することなく全滅となっている。

『こちらインビジブル・ワン、宙域の安全を確認。ハンター諸君、恩に着る……』

「気にするな、バーナード。俺は大して役に立たなかったが、いつでも呼んでくれ。割ける人員は少ないけれど、パイロットの質は保証させてもらう」

 どうやらインビジブル・ワンはグレッグの知り合いであるようだ。隣り合う区画に友人がいるならば駆けつけない理由はないだろう。

『最初はバゴスさんじゃなくて驚いたが、ハンター・スリーは素晴らしいな。良い部下を持ったようで何よりだ。グレッグ……』

「名はミハル。どうか覚えてやってくれ。うちの若きエースだ……」

 ミハルは驚いていた。褒められたことなど三ヶ月に亘って一度もなかったというのに、最大級の賛辞が間接的に伝わっている。

 エース――――正直に実感がない。グレッグもバゴスも自分よりずっと上手かったのだ。高いレベルで安定し続ける彼らに追いついたとは考えられない。

 けれども、ミハルは言葉通りの姿になりたいと思った。自身や周囲が望むままのパイロット。アイリス・マックイーンに追いつくのなら通って然るべき道に違いない。与えられた称号に恥じないパイロットになろうとミハルは心に誓うのだった。
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