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第二章 星系を守護する者たち
初陣
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三番機に乗り込んだミハルは柄にもなく緊張していた。先輩たち二人と連携の確認すらしていないのだ。ぶっつけ本番の戦闘には不安を覚えて仕方がない。
『SYSTEM READY……』
システムチェックが完了すると即座に脳波アナライザーが起動する。これはパイロットの思考をAIが理解するためのものだ。脳波とAIが完全にリンクすると、見たもの感じたもの全てがAIと共有される。危険察知から操作ミスまで、あらゆる側面でAIはパイロットをアシスト。システムが完全に機能すると一瞬の判断が成否を左右する超高速域での回避起動も可能となる。
「三番機、起動準備完了! いつでもいけます!」
ミハルの準備が完了した。グレッグが了解と返事をし、管制を兼務するシエラに発進の旨を伝える。
『グレッグ隊長、無人機はどうしますか? 発進準備は完了していますけど……』
急ごうとするグレッグにシエラは問いを返していた。セントラル基地にはパイロットこそ三名しか在籍していなかったが百機もの無人機が配備されていたのだ。
無人機はその名の通りパイロットを必要としない機体である。AIによる完全操縦であり、パイロットが配備されない辺境の中継基地などでは重宝していた。
「無人機は必要ない。艦隊戦じゃないのなら邪魔なだけだ……」
『AIだって割とやると思うんですけどねぇ……』
「うるさい! 必要ない!」
シエラの提案を拒絶するようなグレッグ。彼は無人機の性能を認めていないようだ。
「シエラ! ハンター・ワン、発進するぞ!」
『はい、了解。気を付けて行ってきてください!』
ハンターとはグレッグの小隊が使用している識別コードだ。人数が減った今も変わらずに使用している。彼の隊にはJCTL001という部隊番号が設定されているが、戦闘中は間違いを防止するために小隊コードで呼ばれることが多い。
グレッグが発進し、続いて二番機のバゴス。三機しかいないものだから立ち所にミハルの順番となった。
『ミハルちゃん、頑張ってね。今回の出撃は海賊じゃないし、あの二人に任せておけば大丈夫だから……』
ミハルをリラックスさせようとシエラが声をかけた。緊張が見透かされていたのかもしれない。
目を瞑っていたミハルは頷いてから、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「大丈夫です! 私だって割とやるんですよ?」
ちょっとした冗談を言えるほどには落ち着けた。プッと吹き出したシエラの笑い声に、ミハルもまた笑みを零す。緊張で動けないといった事態は避けられたようだ。
「ハンター・スリー、発進します!」
先に発進した二機をミハルはフルスロットルで追いかけていく。
宙域に出揃うハンター隊。直ぐさまトレイルと呼ばれる縦列編隊を組んだ。
「接触するまで超高速航行モードにて移動。各機、俺に続け!」
グレッグの指示に了解と伝えるバゴスとミハル。超高速航行モードはSBFを搭載した推進機に備わるものだ。宙戦機動モードが素早い軌道変化を可能としているのに対し、超高速航行モードは推進剤を調節し真っ直ぐ後方にのみ噴射することで推進力を得ていた。ほぼ直線のみの飛行となるのだが、AIによる障害物探査を並列起動し航行を安定させている。
「了解! 超高速航行モード起動!」
ミハルの声が認証され、直ちに超高速航行モードへと移行する。機体中央にあるセンタースラスターが目映い光を帯びた。
ビーム砲の如く真っ直ぐに伸びる光の筋を宙域へ残しながら、機体はグングンと加速していく。目的地は担当区画外であったものの、距離は少しも問題とならなかった。
「レーダーに六機を捕らえた。バゴスさんは単機で。ミハルはそのまま俺の後方へと付けていろ。まずは警告をして従わないようであれば交戦だ。可能な限り生け捕りとする」
基本的に海賊や未認証機は撃墜ではなく起動不能に追い込む。何らかの組織であった場合に情報を聞き出すためだ。
指示通りにミハルはグレッグの背後へとつけた。宙戦機動モードに切り替えて彼の軌跡を追う。どんな戦いになるのか少しも想像出来なかったけれど、後衛機である事実はミハルに幾分かの余裕を与えていた。
『未認証機に告ぐ。大人しく投降するならば命は保証しよう。だが、交戦を望むのなら、その限りではない。その場合は覚悟しておけ』
グレッグがオープン回線を開いて未認証機へと警告した。だがしかし、これはただの慣例である。返答など万が一にもないだろう。何らかの不手際で宙域に出てしまったような機体であれば、区画を出るよりも前に当局の指示に従っているはずなのだから。
「めでたく交戦が決定した。バゴスさんは正面から頼む……」
「了解したぞ!」
しばらく応答を待つ素振りをしただけで追加的な警告はしなかった。宇宙海賊ではなかったのだが、違法な何かであるのは明白である。
「グレッグ、こりゃLM社の最新機じゃぞ!? 何か悪しき思惑が見え隠れしておるの!」
「デモンストレーションに利用されたのかもな。ブラックマーケットの価格つり上げだろう。完膚なきまでに叩きのめして、最安値を更新させてやるか!」
二人は状況を理解していた。よくある話なのかもしれない。テロリストや宇宙海賊に対するデモンストレーション。闇バイヤーの新型機お披露目に軍部は利用されていた。
「ミハル! 離されんなよ!」
「了解しました!」
威嚇射撃を行ったあとグレッグの全力機動が始まる。スピード全開で鋭く横滑りしたかと思えば、機体は敵編隊の裏を取るべく鋭角ターンを決めた。
「速いっ――――!」
とても隻脚であるとは思えなかった。ミハルはついて行くのが精一杯。バゴスが話していたように、グレッグの見せるフライトは確かに健常者を凌駕している。
未認証機群はビーム砲を撃ち返し透かさず応戦を始めた。まさに予想された通りの展開である。これにより宙域は戦場と化していく。
「ミハル、気を付けろ! 集中を切らすな!」
グレッグの指示にミハルは了解とだけ返事をした。
厳しい訓練を積んできたはずだ。しかし、訓練では殺傷力のある武器を使用しない。機体の脇を抜けていくビーム砲にミハルは動揺していた。
「US03シュートだ! バゴスさん!」
「こちらも一機片付けたぞい!」
交戦開始直後に早くも二人は敵機を仕留めたらしい。未認証機は六機であったから、瞬く間に互角ともいえる戦いとなった。
「ミハル、トレースするだけじゃ意味ないぞ! もっと積極的に出て行け!」
グレッグを追いかけるだけであったミハルに指示が飛んだ。確かにミハルはグレッグを追尾するだけでまだ支援すらしていない。
「でも、編隊が……」
「編隊もクソもあるか! 俺たちは常に劣勢の戦いを強いられる。定石通りの戦いじゃ生き抜けないんだよ! ここは僚機が腐るほどいる戦場じゃないんだ!」
素直に返事ができない。ミハルは編隊飛行を崩すなんて操縦を習っていなかった。
大切なことは編隊を維持し、持ち場を守ることだと訓練所では教えられている。戦局を左右する要素の一つが規律を守ることだと叩き込まれていたのだ。
「個人技でねじ伏せろ! 圧倒してやれ! 習ったことは全部忘れろ!」
ミハルが何も答えなかったからかグレッグが続けた。
これには混乱するミハル。前に出て何ができるのか。前に出たとして後衛機の務めである前衛機の支援はどうすれば良いのかと。
「わ、私……」
だが、ミハルはスロットルを踏み込んでいる。必ずしも明確ではなかった意志決定に従い、彼女は敵機を撃墜しようと機動を始めた。
「やらなきゃ……」
編隊を崩すや、照準へ収めるために敵機を猛追する。
戦闘機に搭載されるのは中性粒子砲が一門。宇宙空間にビーム砲を撃ち放つと本来ならば、どこまでも突き抜けていくものだ。しかし、惑星が浮かぶ宙域には広範囲に抵抗粒子が散布されているため、その威力は程なく減衰していく。これは宙域の安全性を確保するためであり、テロリストや宇宙海賊の不意打ちを防止する役目を果たしていた。
ミハルは立ち所に一機を照準へと収める。この敵機だけは撃ち漏らせない。実績のない自分が戦果のないまま戦闘を終えてはならないと思った。
「US04チェック!」
「やめろ! ミハル!」
刹那にグレッグの声が届いた。けれど、ミハルはトリガーを引いてしまう。次の瞬間には黄白色の淡い光がミハルの機体から撃ち放たれていた。
「やった……。撃墜したっ!」
ミハルの一撃は見事に敵機を貫く。位置取りも発射タイミングも完璧だった。よもや外れるような射撃ではなかったけれど、それでもミハルはホッと胸を撫で下ろしている。
「ミハルは戻れ! 生け捕りだといっただろうがっ!」
ところが、ミハルは叱られていた。褒められるどころか怒鳴られてしまう。
「いやでも、生け捕りって!?」
「マニュアルかセミオートで狙い撃て! フルオートじゃ爆散させちまう。中心にあるSBFを撃ち抜いては駄目だ。推進機を撃てば機体は爆発する……」
戦闘機は基本的にオート照準となっている。照準の範囲内にある対象は、視線を送って声に出すか念じるだけでロックオンされていくのだ。ただし、ロックオンはビーム砲が曲がるわけではなく、砲身が自動追尾するだけのこと。また誤射防止のため、砲身の可動範囲は左右合計三十度となっており、水平以下は十度までである。それ故に角度を残していない攻撃は外れる可能性が高くなった。
「セミオート!? 練習したこともありませんけど!?」
「マニュアルでもない限り、オートと変わらん! この型式は中央にある超高速航行用スラスターの直ぐ左脇を狙うんだ。そこに電気系統が集中している。操縦桿にあるアジャスターで微調整をしろ!」
言われた通りに操作を始める。操縦桿上部にあるロックスライドを外し、親指をアジャスターに当てた。セミオートは基本的にオート照準と変わらない。アジャスターを親指で動かし、ロックオン時の砲身動作に介入するだけである。
「二機目を仕留めたぞい!」
ミハルたちが通信している間にバゴスの攻撃が命中していた。流石に頼み込まれてまで軍部に残ったパイロットだ。加齢による衰えをまるで感じさせていない。
「こっちも行くぞ、ミハル!」
言ってグレッグはスピードをグンと上げた。彼もまた仕留めるつもりのよう。
一方でミハルは考えていた。初めての実戦であるのに初めての操作を上手くできるのかどうか。指先が微かに震えていると気付く。
「あと二機だ! バゴスさんは回頭してUS06の正面に入ってくれ!」
思考している間にグレッグの攻撃が未認証機を捕らえた。見事にセンタースラスターとサイドスラスターの真ん中を撃ち抜いている。ミハル以外の二人は依然として未認証機を爆散させていない。
「やれるの……? 私……?」
とても小さな声で呟く。
バゴスがグレッグの指示通りに敵機正面へ入ると、グレッグは未認証機の裏を取るよな機動を始めた。二機の挟み撃ちにて、この戦闘が終わろうとしている。
ミハルは鼓動を早めていた。このままでは何の戦果も残せない。オート照準で未認証機を爆散させただけ。確実に二人の足を引っ張っていたはず。
「嫌だっ! 私だってできる!」
次の瞬間にはスロットルを一杯まで踏み込んでいる。敵機の後方へ回り込もうというグレッグの脇を抜け、ミハルは鋭くターンを決めた。その機動はショートカットのようであり、彼女はグレッグを追い抜いている。
「おい! ミハル!?」
咄嗟にグレッグが声をかけるもミハルは何も答えなかった。ただ集中をして彼女は未認証機の後を追う。
「しゃーねーな……。援護してやる。狙ってみろ」
グレッグは機動の意図を理解してくれたようだ。彼は直ぐさま機体を下げてミハルの支援に回る。
ロックスライドを外すとメインモニターにポインターが表示された。それは照準であり、トリガーを引けばクロスポイントへとビームが撃ち込まれる仕組みだ。
アジャスターへ掛かる親指に力が入った。少し動かしただけでも激しく照準が動く。かつてない繊細な操縦にミハルは集中力を高めている。
「当たれぇぇえええっ!!」
ミハルが撃ち放つ。一瞬のタイミングを彼女は逃さない。中心より少し左。先ほどグレッグが撃ち抜いたのと同じ場所。ミハルは躊躇いなく撃ち込んでいた。
「やった! 今度こそやった!」
自然と漏れたその声は結果を確認してのものだ。ミハルは狙い通りに中心より左側を撃ち抜いている。
「ナイスシュート。まあ及第点だな……」
グレッグの小さな笑い声が通信から届く。ミハルは笑みを浮かべていた。不安だったセミオートでの射撃に及第点であれば上出来に違いないと。
程なくバゴスが最後の敵機を撃墜し、これにてミハルの初陣はハンター隊の勝利に終わった。未認証機の生き残りは宙域管理局へと引き渡され、任務は首尾良く完了となっている……。
『SYSTEM READY……』
システムチェックが完了すると即座に脳波アナライザーが起動する。これはパイロットの思考をAIが理解するためのものだ。脳波とAIが完全にリンクすると、見たもの感じたもの全てがAIと共有される。危険察知から操作ミスまで、あらゆる側面でAIはパイロットをアシスト。システムが完全に機能すると一瞬の判断が成否を左右する超高速域での回避起動も可能となる。
「三番機、起動準備完了! いつでもいけます!」
ミハルの準備が完了した。グレッグが了解と返事をし、管制を兼務するシエラに発進の旨を伝える。
『グレッグ隊長、無人機はどうしますか? 発進準備は完了していますけど……』
急ごうとするグレッグにシエラは問いを返していた。セントラル基地にはパイロットこそ三名しか在籍していなかったが百機もの無人機が配備されていたのだ。
無人機はその名の通りパイロットを必要としない機体である。AIによる完全操縦であり、パイロットが配備されない辺境の中継基地などでは重宝していた。
「無人機は必要ない。艦隊戦じゃないのなら邪魔なだけだ……」
『AIだって割とやると思うんですけどねぇ……』
「うるさい! 必要ない!」
シエラの提案を拒絶するようなグレッグ。彼は無人機の性能を認めていないようだ。
「シエラ! ハンター・ワン、発進するぞ!」
『はい、了解。気を付けて行ってきてください!』
ハンターとはグレッグの小隊が使用している識別コードだ。人数が減った今も変わらずに使用している。彼の隊にはJCTL001という部隊番号が設定されているが、戦闘中は間違いを防止するために小隊コードで呼ばれることが多い。
グレッグが発進し、続いて二番機のバゴス。三機しかいないものだから立ち所にミハルの順番となった。
『ミハルちゃん、頑張ってね。今回の出撃は海賊じゃないし、あの二人に任せておけば大丈夫だから……』
ミハルをリラックスさせようとシエラが声をかけた。緊張が見透かされていたのかもしれない。
目を瞑っていたミハルは頷いてから、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「大丈夫です! 私だって割とやるんですよ?」
ちょっとした冗談を言えるほどには落ち着けた。プッと吹き出したシエラの笑い声に、ミハルもまた笑みを零す。緊張で動けないといった事態は避けられたようだ。
「ハンター・スリー、発進します!」
先に発進した二機をミハルはフルスロットルで追いかけていく。
宙域に出揃うハンター隊。直ぐさまトレイルと呼ばれる縦列編隊を組んだ。
「接触するまで超高速航行モードにて移動。各機、俺に続け!」
グレッグの指示に了解と伝えるバゴスとミハル。超高速航行モードはSBFを搭載した推進機に備わるものだ。宙戦機動モードが素早い軌道変化を可能としているのに対し、超高速航行モードは推進剤を調節し真っ直ぐ後方にのみ噴射することで推進力を得ていた。ほぼ直線のみの飛行となるのだが、AIによる障害物探査を並列起動し航行を安定させている。
「了解! 超高速航行モード起動!」
ミハルの声が認証され、直ちに超高速航行モードへと移行する。機体中央にあるセンタースラスターが目映い光を帯びた。
ビーム砲の如く真っ直ぐに伸びる光の筋を宙域へ残しながら、機体はグングンと加速していく。目的地は担当区画外であったものの、距離は少しも問題とならなかった。
「レーダーに六機を捕らえた。バゴスさんは単機で。ミハルはそのまま俺の後方へと付けていろ。まずは警告をして従わないようであれば交戦だ。可能な限り生け捕りとする」
基本的に海賊や未認証機は撃墜ではなく起動不能に追い込む。何らかの組織であった場合に情報を聞き出すためだ。
指示通りにミハルはグレッグの背後へとつけた。宙戦機動モードに切り替えて彼の軌跡を追う。どんな戦いになるのか少しも想像出来なかったけれど、後衛機である事実はミハルに幾分かの余裕を与えていた。
『未認証機に告ぐ。大人しく投降するならば命は保証しよう。だが、交戦を望むのなら、その限りではない。その場合は覚悟しておけ』
グレッグがオープン回線を開いて未認証機へと警告した。だがしかし、これはただの慣例である。返答など万が一にもないだろう。何らかの不手際で宙域に出てしまったような機体であれば、区画を出るよりも前に当局の指示に従っているはずなのだから。
「めでたく交戦が決定した。バゴスさんは正面から頼む……」
「了解したぞ!」
しばらく応答を待つ素振りをしただけで追加的な警告はしなかった。宇宙海賊ではなかったのだが、違法な何かであるのは明白である。
「グレッグ、こりゃLM社の最新機じゃぞ!? 何か悪しき思惑が見え隠れしておるの!」
「デモンストレーションに利用されたのかもな。ブラックマーケットの価格つり上げだろう。完膚なきまでに叩きのめして、最安値を更新させてやるか!」
二人は状況を理解していた。よくある話なのかもしれない。テロリストや宇宙海賊に対するデモンストレーション。闇バイヤーの新型機お披露目に軍部は利用されていた。
「ミハル! 離されんなよ!」
「了解しました!」
威嚇射撃を行ったあとグレッグの全力機動が始まる。スピード全開で鋭く横滑りしたかと思えば、機体は敵編隊の裏を取るべく鋭角ターンを決めた。
「速いっ――――!」
とても隻脚であるとは思えなかった。ミハルはついて行くのが精一杯。バゴスが話していたように、グレッグの見せるフライトは確かに健常者を凌駕している。
未認証機群はビーム砲を撃ち返し透かさず応戦を始めた。まさに予想された通りの展開である。これにより宙域は戦場と化していく。
「ミハル、気を付けろ! 集中を切らすな!」
グレッグの指示にミハルは了解とだけ返事をした。
厳しい訓練を積んできたはずだ。しかし、訓練では殺傷力のある武器を使用しない。機体の脇を抜けていくビーム砲にミハルは動揺していた。
「US03シュートだ! バゴスさん!」
「こちらも一機片付けたぞい!」
交戦開始直後に早くも二人は敵機を仕留めたらしい。未認証機は六機であったから、瞬く間に互角ともいえる戦いとなった。
「ミハル、トレースするだけじゃ意味ないぞ! もっと積極的に出て行け!」
グレッグを追いかけるだけであったミハルに指示が飛んだ。確かにミハルはグレッグを追尾するだけでまだ支援すらしていない。
「でも、編隊が……」
「編隊もクソもあるか! 俺たちは常に劣勢の戦いを強いられる。定石通りの戦いじゃ生き抜けないんだよ! ここは僚機が腐るほどいる戦場じゃないんだ!」
素直に返事ができない。ミハルは編隊飛行を崩すなんて操縦を習っていなかった。
大切なことは編隊を維持し、持ち場を守ることだと訓練所では教えられている。戦局を左右する要素の一つが規律を守ることだと叩き込まれていたのだ。
「個人技でねじ伏せろ! 圧倒してやれ! 習ったことは全部忘れろ!」
ミハルが何も答えなかったからかグレッグが続けた。
これには混乱するミハル。前に出て何ができるのか。前に出たとして後衛機の務めである前衛機の支援はどうすれば良いのかと。
「わ、私……」
だが、ミハルはスロットルを踏み込んでいる。必ずしも明確ではなかった意志決定に従い、彼女は敵機を撃墜しようと機動を始めた。
「やらなきゃ……」
編隊を崩すや、照準へ収めるために敵機を猛追する。
戦闘機に搭載されるのは中性粒子砲が一門。宇宙空間にビーム砲を撃ち放つと本来ならば、どこまでも突き抜けていくものだ。しかし、惑星が浮かぶ宙域には広範囲に抵抗粒子が散布されているため、その威力は程なく減衰していく。これは宙域の安全性を確保するためであり、テロリストや宇宙海賊の不意打ちを防止する役目を果たしていた。
ミハルは立ち所に一機を照準へと収める。この敵機だけは撃ち漏らせない。実績のない自分が戦果のないまま戦闘を終えてはならないと思った。
「US04チェック!」
「やめろ! ミハル!」
刹那にグレッグの声が届いた。けれど、ミハルはトリガーを引いてしまう。次の瞬間には黄白色の淡い光がミハルの機体から撃ち放たれていた。
「やった……。撃墜したっ!」
ミハルの一撃は見事に敵機を貫く。位置取りも発射タイミングも完璧だった。よもや外れるような射撃ではなかったけれど、それでもミハルはホッと胸を撫で下ろしている。
「ミハルは戻れ! 生け捕りだといっただろうがっ!」
ところが、ミハルは叱られていた。褒められるどころか怒鳴られてしまう。
「いやでも、生け捕りって!?」
「マニュアルかセミオートで狙い撃て! フルオートじゃ爆散させちまう。中心にあるSBFを撃ち抜いては駄目だ。推進機を撃てば機体は爆発する……」
戦闘機は基本的にオート照準となっている。照準の範囲内にある対象は、視線を送って声に出すか念じるだけでロックオンされていくのだ。ただし、ロックオンはビーム砲が曲がるわけではなく、砲身が自動追尾するだけのこと。また誤射防止のため、砲身の可動範囲は左右合計三十度となっており、水平以下は十度までである。それ故に角度を残していない攻撃は外れる可能性が高くなった。
「セミオート!? 練習したこともありませんけど!?」
「マニュアルでもない限り、オートと変わらん! この型式は中央にある超高速航行用スラスターの直ぐ左脇を狙うんだ。そこに電気系統が集中している。操縦桿にあるアジャスターで微調整をしろ!」
言われた通りに操作を始める。操縦桿上部にあるロックスライドを外し、親指をアジャスターに当てた。セミオートは基本的にオート照準と変わらない。アジャスターを親指で動かし、ロックオン時の砲身動作に介入するだけである。
「二機目を仕留めたぞい!」
ミハルたちが通信している間にバゴスの攻撃が命中していた。流石に頼み込まれてまで軍部に残ったパイロットだ。加齢による衰えをまるで感じさせていない。
「こっちも行くぞ、ミハル!」
言ってグレッグはスピードをグンと上げた。彼もまた仕留めるつもりのよう。
一方でミハルは考えていた。初めての実戦であるのに初めての操作を上手くできるのかどうか。指先が微かに震えていると気付く。
「あと二機だ! バゴスさんは回頭してUS06の正面に入ってくれ!」
思考している間にグレッグの攻撃が未認証機を捕らえた。見事にセンタースラスターとサイドスラスターの真ん中を撃ち抜いている。ミハル以外の二人は依然として未認証機を爆散させていない。
「やれるの……? 私……?」
とても小さな声で呟く。
バゴスがグレッグの指示通りに敵機正面へ入ると、グレッグは未認証機の裏を取るよな機動を始めた。二機の挟み撃ちにて、この戦闘が終わろうとしている。
ミハルは鼓動を早めていた。このままでは何の戦果も残せない。オート照準で未認証機を爆散させただけ。確実に二人の足を引っ張っていたはず。
「嫌だっ! 私だってできる!」
次の瞬間にはスロットルを一杯まで踏み込んでいる。敵機の後方へ回り込もうというグレッグの脇を抜け、ミハルは鋭くターンを決めた。その機動はショートカットのようであり、彼女はグレッグを追い抜いている。
「おい! ミハル!?」
咄嗟にグレッグが声をかけるもミハルは何も答えなかった。ただ集中をして彼女は未認証機の後を追う。
「しゃーねーな……。援護してやる。狙ってみろ」
グレッグは機動の意図を理解してくれたようだ。彼は直ぐさま機体を下げてミハルの支援に回る。
ロックスライドを外すとメインモニターにポインターが表示された。それは照準であり、トリガーを引けばクロスポイントへとビームが撃ち込まれる仕組みだ。
アジャスターへ掛かる親指に力が入った。少し動かしただけでも激しく照準が動く。かつてない繊細な操縦にミハルは集中力を高めている。
「当たれぇぇえええっ!!」
ミハルが撃ち放つ。一瞬のタイミングを彼女は逃さない。中心より少し左。先ほどグレッグが撃ち抜いたのと同じ場所。ミハルは躊躇いなく撃ち込んでいた。
「やった! 今度こそやった!」
自然と漏れたその声は結果を確認してのものだ。ミハルは狙い通りに中心より左側を撃ち抜いている。
「ナイスシュート。まあ及第点だな……」
グレッグの小さな笑い声が通信から届く。ミハルは笑みを浮かべていた。不安だったセミオートでの射撃に及第点であれば上出来に違いないと。
程なくバゴスが最後の敵機を撃墜し、これにてミハルの初陣はハンター隊の勝利に終わった。未認証機の生き残りは宙域管理局へと引き渡され、任務は首尾良く完了となっている……。
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