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第一章 航宙士学校
ゲートの裏側にあるもの
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木星衛星軌道上に浮かぶGUNS統轄本部。デミトリーは秘書と共に会議室にいた。
ミルキーウェイ定例会議は二ヶ月ほど前に開催したばかり。けれど、緊急的な報告とのことで再び臨時的な通信会議を開く運びとなっていた。
「時間を取らせて申し訳ない。早速、続報から伝えようと思う」
主題はソロモンズゲートと命名された時空に開いた穴のこと。説明はサターンラボのマルコ主席研究員が行うようだ。
「時間を要してしまい申し訳ございませんでした。ようやく宙域調査に向かった探査機が戻ってきます。あと数分で予定時刻になるかと……」
研究所はソロモンズゲートに探査機を送り込んでいたようだ。その結果と併せ報告とするらしい。
『たった今探査機が戻りました! 損傷もありません!』
突として通信が割り込む。それは副主席のメイアだった。ゲートを超えて戻ってきた探査機に彼女は声を弾ませている。
『小さく映っている丸い機体が探査機です!』
この帰還は研究所による演出である。人類史において初となる異なる星系の発表をドラマチックに盛り上げるものであった。
「おお! これは凄い!」
直ぐさま木星圏代表のマンセル議員が声を上げる。ホログラム映像ではあったが、立ち上がって叫ぶ彼の姿はその興奮を余すことなく伝えていた。
初めて回収される機体。一体どんな映像を捉えているのかと全員が息を呑む。
「早速、映像を確認してみましょう。実をいうと我々もこの場で初めて見ます。何しろ探査機材を詰め込みすぎたために、SBFシステムが組み込めなかったのです。通信機能はおろか、推進装置ですら前時代的なもので妥協しました。まあそのおかげで皆様と興奮を分かち合えるのですけど……。さあ、それでは映像を解析器にかけますのでしばらくお待ちください!」
解析器は映像に補正をかけるものだ。消えそうなか細い光でもはっきりと映し出すように設定されている。距離感を出すために遠くにあるものは限りなく薄く、近くにある光は距離に応じて強く明るく表示するよう設定されていた。
現時点で想像できる内容は限られている。というより研究所は一定の結果しか想定していない。恒星を失った星系の末路。映像を見るよりも前に補正をかける彼らは、光のない空間が拡がっているだけだと考えていたのだ。
「準備が整ったようです。これから目にするのは人類が長きに亘って思い描いた異なる銀河の映像となります。皆様は歴史的目撃者となるわけです……」
言ってマルコがモニターの切り替えを行う。
取り留めのない薄暗い映像でしかないことをマルコは分かっている。かすかに映る光も他の星系や銀河が発するものでしかないと……。
「さあ、これが新たなる銀河です!!」
遂にモニターが切り替わった。それは煽った期待に応えるだけの映像ではなかったはず。こんなものかと全員が苦笑いを浮かべるだろうと思われていたのに。
ところが、参加者たちは全員が絶句していた。映像を切り替えたはずのマルコでさえも目を剥いて驚きを露わにしている。
「な……何だこれは…………?」
マルコの一言に集約されていただろう。全員が驚いたのは映像の中心部に強烈な光が映り込んでいたからだ。
「マルコ主席、この光は何でしょうか!? 我々はこの宙域の恒星が失われたと聞いておりますが!?」
間髪入れずに質問が飛ぶ。けれど、マルコはその回答を持っていない。この会議はデモンストレーション的なものであり、今度こそ問題は起こらないはずだった。
「少々お待ちください! おい、情報解析を急げ! 解析班早くしろ!」
モニターの向こう側は慌ただしかった。それだけでこの光が想定外なのだと分かる。さりとて疑問は解消したいところ。参加者たちは研究所の見解を待った。
強烈な光は明らかに星系内でのもの。近くにあったからこそ、それは目に痛いほど輝いていたのだ。真っ暗な映像では申し訳ないと設定した都合上、想定外に近い光は恒星の如く強い光を発していた。
「この光は…………」
予想外の映像ではあったが、得られたデータからマルコは事態を把握している。
「恐らく連星系……。ただこの輝きは実際の光とは異なります……。補正によって太陽のように映っておりますが、本来は殆ど輝いていないものと思われます……」
連星系とは二つ以上の恒星が同星系に存在することだ。主星の周りを伴星が公転したり、両星の質量によっては双方が公転軌道する場合もあった。
「マルコ主席、映像には二つの強い光が発せられていますよ!? もしかして三つの恒星が存在していたのですか!?」
中央にある強烈な光のせいで見落としかけていた光がある。だが、それは明らかに他の光とは異なる強い輝きを発していた。素人目には第三の恒星としか思えないほどに。
「いえ、こちらは恒星の発する光ではないかと思われます……」
マルコが重い口ぶりで返答する。何かを予感させる物言い。恐らく彼は解答に行き着いていることだろう。かといって会議の参加者たちはマルコが言葉を濁す理由を分かりかねていた。
「それはどういった……意味でしょうか……?」
火星圏代表のモルガン議員が聞いた。疑問を抱えたまま会議を終えるわけにはならない。その答えを知りたいと願うのは全員の総意だったはず。
「現時点では推論でしかありませんが……」
そんな前置きをして、彼はもう一度データに目を通す。その渋い表情から、得られた推論に問題があるのは明らかだった。
「これは恒星の発する光ではありません。またこの強さでありますから、星系外の光というわけでもないでしょう」
「どういうことです!? では何が輝いているというのですか!?」
問われない限り、話すべきではないと考えていた。それは間違いなく物議を醸す推論だと思えたから。正確な調査を行った上でマルコは公表したかった。
「私の発言はデータから予想しただけの推論であります。検証もしていない段階で答えられるのは妄言にも似た予想だけです……」
そう断ったマルコが代表者たちの顔を一瞥すると、小さな頷きが全員から返されている。
現状は土星が消失しただけでなく、ワームホールまで出現しているのだ。ある程度の超常現象なら許容できると全員が考えていた。
「これは人工的な光――――」
ところが、参加者たちは一様に言葉を失う。彼らはあらゆる想定を済ませていたというのに、告げられた話がどうしても受け入れられない。
「ゲートは……太陽系外に繋がっているのですよね……?」
怖々と聞いたモルガンにマルコは頷いていた。それが肯定を意味するのならば、謎の光はどこかの星系内に何かしらの存在がいる証明となってしまう。
「おい、マルコ君! 君はまた適当なことを言っているんじゃないだろうな!?」
「ゴードン首相、まだ確定したわけではありません。正確な検証結果は後日お知らせ致しますのでご容赦願います。とりあえずは解析器にかける前の映像をご覧ください……」
言ってマルコがモニターの映像を変更する。解析器がどれだけ映像を調整していたのか。それを知ることから始まると言わんばかりに。
「き、消えた……。おい、小さい方の光がなくなったぞ!?」
「はい……。調整前の映像には伴星しか映っておりません。ただ、あれほど輝いていたというのに、これではまるで惑星です。伴星は白色矮星に間違いないでしょう。大部分の熱を失っているようです。太陽の成れの果てというべき、恒星が迎える最後の姿をしていますね……。そして調整後と決定的に異なるのは小さな光が消えたこと。それは消えた光が非常に近い場所から発せられていたとの証明です。本来なら映り込むはずがなかった微弱な光がそこにあったことを明確にしています……」
まるで間違い探しのよう。二つの映像は一点だけが明らかに異なっていたのだ。伴星の隣にあった輝き。調整前の映像にはそれが映っていなかった。
「いやしかし、それだけで人工的な光と断定できるものなのか!? 人類は宇宙に飛び出してから未だかつて文明を発見していないのだぞ!?」
「まだ正確な検証結果ではありませんので、これは推論に他なりません。ただ我々が知る自然光と、この消えた光の波長は明らかに異なっています」
恒星が発する光には概ねあらゆる長さの波長が含まれている。だが、人工的な光は目に見える長さを組み合わせてあるだけであって、データを見れば自然光かどうかは一目瞭然であった。
「マルコ主席、もしもこの光が人工的な光であるとすれば何であると思う? 検証前に聞くのは間違っているだろうが、専門家として意見を聞かせて欲しい」
ずっと聞くだけだったデミトリー総長が挙手をして尋ねた。彼は基本的に疑うよりも事実を受け止めるタイプだ。ゴードン首相とは正反対の性格をしている。
「この光はかなり微弱です。距離は恐らく100AUから200AU程度。その近さ故に強い光に変換されていました。またかなり密集した光であるはずです。小さな光が幾つもそこにあるのでしょう。波長的にはユニックなどの航宙障害灯に酷似しています」
推論と前置きした割に、マルコは詳細な分析を済ませていた。
もう異議はあがらない。単なる思いつきではないと分かったから。突き付けられた具体的な根拠に反論できる者はいなかった。
「考えにくいことではありますが現状を考察する限り、この星系に文明がある確率は極めて高いと思われます……」
問われる前にマルコが結論を述べた。彼自身も困惑するデータに違いなかったけれど、推論であろうとも研究者として嘘は口にできない。
「マルコ主席、仮にこの光が文明の発するものだとして、我々に気付くと思うか?」
デミトリーが問いを重ねる。近いとはいえ、それなりの距離があるし、人類は探査機を一機送り込んだだけだ。気付いていない可能性は充分にあると思われた。
「恐らく気付かれたことでしょう。母星を飛び出すほどの文明であれば尚更です。我々はレーザ照射の実験をしていましたし、探査機も調査機器から電波を出していました。彼らは超新星爆発の予兆を知っていたでしょうから、ゲート付近を注視していないはずがありません。不発に終わった原因を調査していたことでしょう」
「ならば超新星爆発の影響によって全滅している可能性は?」
そこはかとない不安が質問内容に反映されていた。かといって厄介事を避けたいと願うのは、何もデミトリーだけではなかったことだろう。
「バーストは間違いなく不発でしたから、まだ文明は生きているはずです。一カ所に詰め込まれたようなユニック群の光を見る限り、彼らは避難していたんだと推測されます。それも一つや二つではなく、何万という数ですから。綿密なバーストのシミュレーションを済ませた結果であるはずです」
期待する返答は引き出せなかった。検証前の話であるが、マルコの中では既に確定事項となっているようだ。
「デミトリー総長、我々はどうするべきなのでしょうか……?」
小さな声で聞いたのはマンセル議員だ。どうやらマルコの話に不安を覚えたらしい。
嘆息しデミトリーはしばし考え込む。太陽系にとって最善の選択は何か。どうあれば人類にとって有益であるかを。
「もしも新しい宙域に文明社会が存在するならば、我々はあらゆる想定を今のうちに済ませておくべきだろう……」
新たな存在は誰にも否定できない。それこそ知的生命体はどこかにいるだろうと考えられていたことだ。しかし、それが突として隣人になるだなんて予想すらできない現実だった。
「想定とは何でしょう? 文明人であれば話し合いくらいは可能じゃないですか?」
「私が心配性なだけかもしれない……。だが、事実として友好的かどうかは接触するまで不明だ。私はどういった存在であろうとも準備が必要じゃないかと考えている……」
代表者として相応しい発言が返された。それはマンセルにも理解できる話である。人間同士であっても、人となりは会うまで分からない。まして相手はエイリアンだ。慎重に動くべきなのは危機管理として当たり前だった。
「では、その準備とは何でしょうか?」
追加的なマンセルの問いにデミトリーは表情を厳しくする。一瞬あった悩むような間は彼とて本意ではないからだ。人類を代表しているという責任感が彼に意見させていた。
「エイリアンが如何なる存在であろうとゲート圏の軍備を提案したい――――」
デミトリーの発言に会議室は騒然とした。個々のホログラム映像が忙しなく動き、時折乱れてしまう。誰しもが困惑した理由は戦争という二文字が頭をよぎったからである。
「いや、友好的に話し合えれば必要ないですよね!?」
「友好的であることを私も望んでいる。しかし、ゲートは開いたままだ。仮に現状のまま侵攻を受けたとすれば、無条件に木星まで入り込まれてしまう。人口過密エリアでの戦闘を強いられるのだ。その場合の被害は天文学的に膨れ上がるだろう。如何なる場合も人民の安全が最優先。万が一の場合もゲートで食い止められるように動くべきだ。私が基地建設を提案する理由はその一点しかない……」
議題はエイリアンの存在から対処方へと移っていた。デミトリーの提案があったのは勿論のこと、可能性が高いと示されてしまっては避けて通れない議題である。
「話し合ってからでは……遅いですか? 基地建設となればかなりの費用を捻出しなければなりませんけれど……?」
「仮に友好的であったとしてもゲートに基地は必要だと考える。永遠に友好的であり続ける保証はない。エイリアンが相手であるならば用心しすぎるくらいが適切だと思う。手遅れとなってから後悔しないために。エイリアンが我々に気付いているのなら、今直ぐにでも着手すべき。いざという時、基地の有る無しは人類の未来を大きく左右するはずだ……」
デミトリーが続けた。慎重な彼らしい説明に参加者たちは反論を止めた。確かに膨大な費用の調達先など問題はあったけれど、備えておく必要性を皆が感じている。
「地球政府は賛成だ! 同等以上の科学技術を持つならば警戒すべき。デミトリー総長を全面的に支持する!」
真っ先に賛成を表明したのは地球政府代表のゴードン首相だ。彼は母星を飛び出した科学力を危惧しているらしい。
「木星圏も賛成です!」
続いて木星圏代表マンセル議員の賛成票が入る。やはり木星が戦場になるという話は聞き流せなかったようだ。
二人の表明により議論は加速し、程なく地球圏や火星プラント議会も賛成票に入れた。
問題点に上がった費用は各エリアが分担することで同意し、いよいよ満場一致で可決されようとしている。
「我々も基地建設には賛成なんですが、太陽系側に建設するものと考えてよろしいですか? わざわざ戦力を見せる必要はないと思いますし、威嚇するのも違う気がします……」
火星圏代表のモルガン議員が聞く。それはもっともな意見だった。間違いなくゲートを越えてまで戦力を出す必要はない。敵対心を煽るような真似は戦争を助長するだけだ。
全員が緊張した面持ちで返答を待つ。少し考えるようにしてから、デミトリーは自らの見解を述べた。
「基地は太陽系側に建設する。我々は万が一に備えて準備するだけだ。敵対心を煽ろうとしているのではない」
ホッと一安心のマンセル議員。これにて参加者たちは全員が賛成票を投じた。
仮の決議ではあったものの、本会議にかけられるよりも前にプロジェクトが始動している。以降は事後承認という形になるらしい。
「マルコ主席、継続的な調査と基地建設に関して適切な助言を願いたい。また向こう側に文明があり、我々に気付いていると判明したのなら直ぐに連絡して欲しい。最悪の事態を迎える前に話し合いを持ちたい……」
「承知致しました。結果は随時ご報告致します……」
これにて会議は終了となる。ただの報告会であったはずが、人類の命運をかけた重大な議論を交わすことになってしまった。
銀河間戦争なんて誰も望んでいない。しかし、異なる二つの存在が一度の衝突もなく共存できるとは考えられなかった。
戦争は人類史そのもの。人は戦いを通じて折り合っていくしか安定を得られない。その長い歴史において、自らの主張を押し通す方法は争いに勝つしかなかったのだから。
ミルキーウェイ定例会議は二ヶ月ほど前に開催したばかり。けれど、緊急的な報告とのことで再び臨時的な通信会議を開く運びとなっていた。
「時間を取らせて申し訳ない。早速、続報から伝えようと思う」
主題はソロモンズゲートと命名された時空に開いた穴のこと。説明はサターンラボのマルコ主席研究員が行うようだ。
「時間を要してしまい申し訳ございませんでした。ようやく宙域調査に向かった探査機が戻ってきます。あと数分で予定時刻になるかと……」
研究所はソロモンズゲートに探査機を送り込んでいたようだ。その結果と併せ報告とするらしい。
『たった今探査機が戻りました! 損傷もありません!』
突として通信が割り込む。それは副主席のメイアだった。ゲートを超えて戻ってきた探査機に彼女は声を弾ませている。
『小さく映っている丸い機体が探査機です!』
この帰還は研究所による演出である。人類史において初となる異なる星系の発表をドラマチックに盛り上げるものであった。
「おお! これは凄い!」
直ぐさま木星圏代表のマンセル議員が声を上げる。ホログラム映像ではあったが、立ち上がって叫ぶ彼の姿はその興奮を余すことなく伝えていた。
初めて回収される機体。一体どんな映像を捉えているのかと全員が息を呑む。
「早速、映像を確認してみましょう。実をいうと我々もこの場で初めて見ます。何しろ探査機材を詰め込みすぎたために、SBFシステムが組み込めなかったのです。通信機能はおろか、推進装置ですら前時代的なもので妥協しました。まあそのおかげで皆様と興奮を分かち合えるのですけど……。さあ、それでは映像を解析器にかけますのでしばらくお待ちください!」
解析器は映像に補正をかけるものだ。消えそうなか細い光でもはっきりと映し出すように設定されている。距離感を出すために遠くにあるものは限りなく薄く、近くにある光は距離に応じて強く明るく表示するよう設定されていた。
現時点で想像できる内容は限られている。というより研究所は一定の結果しか想定していない。恒星を失った星系の末路。映像を見るよりも前に補正をかける彼らは、光のない空間が拡がっているだけだと考えていたのだ。
「準備が整ったようです。これから目にするのは人類が長きに亘って思い描いた異なる銀河の映像となります。皆様は歴史的目撃者となるわけです……」
言ってマルコがモニターの切り替えを行う。
取り留めのない薄暗い映像でしかないことをマルコは分かっている。かすかに映る光も他の星系や銀河が発するものでしかないと……。
「さあ、これが新たなる銀河です!!」
遂にモニターが切り替わった。それは煽った期待に応えるだけの映像ではなかったはず。こんなものかと全員が苦笑いを浮かべるだろうと思われていたのに。
ところが、参加者たちは全員が絶句していた。映像を切り替えたはずのマルコでさえも目を剥いて驚きを露わにしている。
「な……何だこれは…………?」
マルコの一言に集約されていただろう。全員が驚いたのは映像の中心部に強烈な光が映り込んでいたからだ。
「マルコ主席、この光は何でしょうか!? 我々はこの宙域の恒星が失われたと聞いておりますが!?」
間髪入れずに質問が飛ぶ。けれど、マルコはその回答を持っていない。この会議はデモンストレーション的なものであり、今度こそ問題は起こらないはずだった。
「少々お待ちください! おい、情報解析を急げ! 解析班早くしろ!」
モニターの向こう側は慌ただしかった。それだけでこの光が想定外なのだと分かる。さりとて疑問は解消したいところ。参加者たちは研究所の見解を待った。
強烈な光は明らかに星系内でのもの。近くにあったからこそ、それは目に痛いほど輝いていたのだ。真っ暗な映像では申し訳ないと設定した都合上、想定外に近い光は恒星の如く強い光を発していた。
「この光は…………」
予想外の映像ではあったが、得られたデータからマルコは事態を把握している。
「恐らく連星系……。ただこの輝きは実際の光とは異なります……。補正によって太陽のように映っておりますが、本来は殆ど輝いていないものと思われます……」
連星系とは二つ以上の恒星が同星系に存在することだ。主星の周りを伴星が公転したり、両星の質量によっては双方が公転軌道する場合もあった。
「マルコ主席、映像には二つの強い光が発せられていますよ!? もしかして三つの恒星が存在していたのですか!?」
中央にある強烈な光のせいで見落としかけていた光がある。だが、それは明らかに他の光とは異なる強い輝きを発していた。素人目には第三の恒星としか思えないほどに。
「いえ、こちらは恒星の発する光ではないかと思われます……」
マルコが重い口ぶりで返答する。何かを予感させる物言い。恐らく彼は解答に行き着いていることだろう。かといって会議の参加者たちはマルコが言葉を濁す理由を分かりかねていた。
「それはどういった……意味でしょうか……?」
火星圏代表のモルガン議員が聞いた。疑問を抱えたまま会議を終えるわけにはならない。その答えを知りたいと願うのは全員の総意だったはず。
「現時点では推論でしかありませんが……」
そんな前置きをして、彼はもう一度データに目を通す。その渋い表情から、得られた推論に問題があるのは明らかだった。
「これは恒星の発する光ではありません。またこの強さでありますから、星系外の光というわけでもないでしょう」
「どういうことです!? では何が輝いているというのですか!?」
問われない限り、話すべきではないと考えていた。それは間違いなく物議を醸す推論だと思えたから。正確な調査を行った上でマルコは公表したかった。
「私の発言はデータから予想しただけの推論であります。検証もしていない段階で答えられるのは妄言にも似た予想だけです……」
そう断ったマルコが代表者たちの顔を一瞥すると、小さな頷きが全員から返されている。
現状は土星が消失しただけでなく、ワームホールまで出現しているのだ。ある程度の超常現象なら許容できると全員が考えていた。
「これは人工的な光――――」
ところが、参加者たちは一様に言葉を失う。彼らはあらゆる想定を済ませていたというのに、告げられた話がどうしても受け入れられない。
「ゲートは……太陽系外に繋がっているのですよね……?」
怖々と聞いたモルガンにマルコは頷いていた。それが肯定を意味するのならば、謎の光はどこかの星系内に何かしらの存在がいる証明となってしまう。
「おい、マルコ君! 君はまた適当なことを言っているんじゃないだろうな!?」
「ゴードン首相、まだ確定したわけではありません。正確な検証結果は後日お知らせ致しますのでご容赦願います。とりあえずは解析器にかける前の映像をご覧ください……」
言ってマルコがモニターの映像を変更する。解析器がどれだけ映像を調整していたのか。それを知ることから始まると言わんばかりに。
「き、消えた……。おい、小さい方の光がなくなったぞ!?」
「はい……。調整前の映像には伴星しか映っておりません。ただ、あれほど輝いていたというのに、これではまるで惑星です。伴星は白色矮星に間違いないでしょう。大部分の熱を失っているようです。太陽の成れの果てというべき、恒星が迎える最後の姿をしていますね……。そして調整後と決定的に異なるのは小さな光が消えたこと。それは消えた光が非常に近い場所から発せられていたとの証明です。本来なら映り込むはずがなかった微弱な光がそこにあったことを明確にしています……」
まるで間違い探しのよう。二つの映像は一点だけが明らかに異なっていたのだ。伴星の隣にあった輝き。調整前の映像にはそれが映っていなかった。
「いやしかし、それだけで人工的な光と断定できるものなのか!? 人類は宇宙に飛び出してから未だかつて文明を発見していないのだぞ!?」
「まだ正確な検証結果ではありませんので、これは推論に他なりません。ただ我々が知る自然光と、この消えた光の波長は明らかに異なっています」
恒星が発する光には概ねあらゆる長さの波長が含まれている。だが、人工的な光は目に見える長さを組み合わせてあるだけであって、データを見れば自然光かどうかは一目瞭然であった。
「マルコ主席、もしもこの光が人工的な光であるとすれば何であると思う? 検証前に聞くのは間違っているだろうが、専門家として意見を聞かせて欲しい」
ずっと聞くだけだったデミトリー総長が挙手をして尋ねた。彼は基本的に疑うよりも事実を受け止めるタイプだ。ゴードン首相とは正反対の性格をしている。
「この光はかなり微弱です。距離は恐らく100AUから200AU程度。その近さ故に強い光に変換されていました。またかなり密集した光であるはずです。小さな光が幾つもそこにあるのでしょう。波長的にはユニックなどの航宙障害灯に酷似しています」
推論と前置きした割に、マルコは詳細な分析を済ませていた。
もう異議はあがらない。単なる思いつきではないと分かったから。突き付けられた具体的な根拠に反論できる者はいなかった。
「考えにくいことではありますが現状を考察する限り、この星系に文明がある確率は極めて高いと思われます……」
問われる前にマルコが結論を述べた。彼自身も困惑するデータに違いなかったけれど、推論であろうとも研究者として嘘は口にできない。
「マルコ主席、仮にこの光が文明の発するものだとして、我々に気付くと思うか?」
デミトリーが問いを重ねる。近いとはいえ、それなりの距離があるし、人類は探査機を一機送り込んだだけだ。気付いていない可能性は充分にあると思われた。
「恐らく気付かれたことでしょう。母星を飛び出すほどの文明であれば尚更です。我々はレーザ照射の実験をしていましたし、探査機も調査機器から電波を出していました。彼らは超新星爆発の予兆を知っていたでしょうから、ゲート付近を注視していないはずがありません。不発に終わった原因を調査していたことでしょう」
「ならば超新星爆発の影響によって全滅している可能性は?」
そこはかとない不安が質問内容に反映されていた。かといって厄介事を避けたいと願うのは、何もデミトリーだけではなかったことだろう。
「バーストは間違いなく不発でしたから、まだ文明は生きているはずです。一カ所に詰め込まれたようなユニック群の光を見る限り、彼らは避難していたんだと推測されます。それも一つや二つではなく、何万という数ですから。綿密なバーストのシミュレーションを済ませた結果であるはずです」
期待する返答は引き出せなかった。検証前の話であるが、マルコの中では既に確定事項となっているようだ。
「デミトリー総長、我々はどうするべきなのでしょうか……?」
小さな声で聞いたのはマンセル議員だ。どうやらマルコの話に不安を覚えたらしい。
嘆息しデミトリーはしばし考え込む。太陽系にとって最善の選択は何か。どうあれば人類にとって有益であるかを。
「もしも新しい宙域に文明社会が存在するならば、我々はあらゆる想定を今のうちに済ませておくべきだろう……」
新たな存在は誰にも否定できない。それこそ知的生命体はどこかにいるだろうと考えられていたことだ。しかし、それが突として隣人になるだなんて予想すらできない現実だった。
「想定とは何でしょう? 文明人であれば話し合いくらいは可能じゃないですか?」
「私が心配性なだけかもしれない……。だが、事実として友好的かどうかは接触するまで不明だ。私はどういった存在であろうとも準備が必要じゃないかと考えている……」
代表者として相応しい発言が返された。それはマンセルにも理解できる話である。人間同士であっても、人となりは会うまで分からない。まして相手はエイリアンだ。慎重に動くべきなのは危機管理として当たり前だった。
「では、その準備とは何でしょうか?」
追加的なマンセルの問いにデミトリーは表情を厳しくする。一瞬あった悩むような間は彼とて本意ではないからだ。人類を代表しているという責任感が彼に意見させていた。
「エイリアンが如何なる存在であろうとゲート圏の軍備を提案したい――――」
デミトリーの発言に会議室は騒然とした。個々のホログラム映像が忙しなく動き、時折乱れてしまう。誰しもが困惑した理由は戦争という二文字が頭をよぎったからである。
「いや、友好的に話し合えれば必要ないですよね!?」
「友好的であることを私も望んでいる。しかし、ゲートは開いたままだ。仮に現状のまま侵攻を受けたとすれば、無条件に木星まで入り込まれてしまう。人口過密エリアでの戦闘を強いられるのだ。その場合の被害は天文学的に膨れ上がるだろう。如何なる場合も人民の安全が最優先。万が一の場合もゲートで食い止められるように動くべきだ。私が基地建設を提案する理由はその一点しかない……」
議題はエイリアンの存在から対処方へと移っていた。デミトリーの提案があったのは勿論のこと、可能性が高いと示されてしまっては避けて通れない議題である。
「話し合ってからでは……遅いですか? 基地建設となればかなりの費用を捻出しなければなりませんけれど……?」
「仮に友好的であったとしてもゲートに基地は必要だと考える。永遠に友好的であり続ける保証はない。エイリアンが相手であるならば用心しすぎるくらいが適切だと思う。手遅れとなってから後悔しないために。エイリアンが我々に気付いているのなら、今直ぐにでも着手すべき。いざという時、基地の有る無しは人類の未来を大きく左右するはずだ……」
デミトリーが続けた。慎重な彼らしい説明に参加者たちは反論を止めた。確かに膨大な費用の調達先など問題はあったけれど、備えておく必要性を皆が感じている。
「地球政府は賛成だ! 同等以上の科学技術を持つならば警戒すべき。デミトリー総長を全面的に支持する!」
真っ先に賛成を表明したのは地球政府代表のゴードン首相だ。彼は母星を飛び出した科学力を危惧しているらしい。
「木星圏も賛成です!」
続いて木星圏代表マンセル議員の賛成票が入る。やはり木星が戦場になるという話は聞き流せなかったようだ。
二人の表明により議論は加速し、程なく地球圏や火星プラント議会も賛成票に入れた。
問題点に上がった費用は各エリアが分担することで同意し、いよいよ満場一致で可決されようとしている。
「我々も基地建設には賛成なんですが、太陽系側に建設するものと考えてよろしいですか? わざわざ戦力を見せる必要はないと思いますし、威嚇するのも違う気がします……」
火星圏代表のモルガン議員が聞く。それはもっともな意見だった。間違いなくゲートを越えてまで戦力を出す必要はない。敵対心を煽るような真似は戦争を助長するだけだ。
全員が緊張した面持ちで返答を待つ。少し考えるようにしてから、デミトリーは自らの見解を述べた。
「基地は太陽系側に建設する。我々は万が一に備えて準備するだけだ。敵対心を煽ろうとしているのではない」
ホッと一安心のマンセル議員。これにて参加者たちは全員が賛成票を投じた。
仮の決議ではあったものの、本会議にかけられるよりも前にプロジェクトが始動している。以降は事後承認という形になるらしい。
「マルコ主席、継続的な調査と基地建設に関して適切な助言を願いたい。また向こう側に文明があり、我々に気付いていると判明したのなら直ぐに連絡して欲しい。最悪の事態を迎える前に話し合いを持ちたい……」
「承知致しました。結果は随時ご報告致します……」
これにて会議は終了となる。ただの報告会であったはずが、人類の命運をかけた重大な議論を交わすことになってしまった。
銀河間戦争なんて誰も望んでいない。しかし、異なる二つの存在が一度の衝突もなく共存できるとは考えられなかった。
戦争は人類史そのもの。人は戦いを通じて折り合っていくしか安定を得られない。その長い歴史において、自らの主張を押し通す方法は争いに勝つしかなかったのだから。
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大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

続・歴史改変戦記「北のまほろば」
高木一優
SF
この物語は『歴史改変戦記「信長、中国を攻めるってよ」』の続編になります。正編のあらすじは序章で説明されますので、続編から読み始めても問題ありません。
タイム・マシンが実用化された近未来、歴史学者である私の論文が中国政府に採用され歴史改変実験「碧海作戦」が発動される。私の秘書官・戸部典子は歴女の知識を活用して戦国武将たちを支援する。歴史改変により織田信長は中国本土に攻め入り中華帝国を築き上げたのだが、日本国は帝国に飲み込まれて消滅してしまった。信長の中華帝国は殷賑を極め、世界の富を集める経済大国へと成長する。やがて西欧の勢力が帝国を襲い、私と戸部典子は真田信繁と伊達政宗を助けて西欧艦隊の攻撃を退け、ローマ教皇の領土的野心を砕く。平和が訪れたのもつかの間、十七世紀の帝国の北方では再び戦乱が巻き起ころうとしていた。歴史を思考実験するポリティカル歴史改変コメディー。
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