Solomon's Gate

坂森大我

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第一章 航宙士学校

Solomon’s Gate

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 木星圏に浮かぶユニックの大部分はスタイリッシュで煌びやかな外観をした居住用ユニックである。だが、外縁部に浮かぶ真っ白なユニックはまるで飾り気がない。そのユニックは居住スペースも小さく、その割にやたらと大きなポートを備えていた。

 何隻もの巨大艦船が停泊するユニックの側面にはこう記されている。

【Galaxy United NationS HeadQuarters】

 このユニックこそがGUNSの本拠地。銀河連合統轄本部であった。
 本日は半年毎に開催されるミルキーウェイ定例会議の予定が入っている。いつもなら中継会議で済ますはずなのに、なぜか各エリアの代表者が木星まで足を運んでいた。

「本日はご足労感謝する。早速、会議を始めたい。既に土星の消失についてマスコミ等がうるさくしていると思うが、本日の調査報告を踏まえて公表して欲しい」

 総長であるデミトリーの話から会議は始まった。
 議題はやはり土星の消失について。消失後、初めて調査結果が報告されるらしい。

 会議の参加者は木星圏、火星圏、地球圏、及び地球政府の面々だ。ほぼ全員が土星開発審査団として研究所を訪れており、その消失を間近に体験していた。

「研究所からマルコ主席とメイア副主席を呼んでいる。あれから研究所には徹底的に原因を調査してもらった。まずは彼らの報告を聞いて欲しい……」

 研究者らしい白衣を纏った二人。マルコとメイアがモニター前へと立った。簡単な自己紹介を済ませたあと、モニターに資料を映し出す。

「皆様、お久しぶりでございます。研究所ではあれから昼夜を問わず調査して参りました。土星消失の問題点などは資料としてお配りした通りです。またグラビティジェネレーターシステムの動作につきましては何の問題もなく、試運転は良好そのものであり……」

「マルコ主席、ご託はいい! 我々は消失の理由を聞きに来たのだ! 試運転が有意義であったかどうかなど知りたくもない。どうすればあれほど巨大な惑星が一瞬にして消失するというのだね?」

 声を荒らげたのは地球政府代表であるゴードン首相だった。
 地球政府はGUNSに所属していない唯一の組織である。かといって敵対組織というわけではない。母なる惑星に住む彼らは、地球人であるという思いが強いだけだ。

 地球政府はGUNSの発足と同時に創設された。それまで世界を取り仕切っていたオールコンチネンタルユニオンに代わって地上の全権を担う組織として。

 GUNSが勢力を拡大する現在では組織として見劣りするものの、二つの組織は立ち上げからずっと対等な力関係にあった。従って彼らは率直な意見を述べられるし、GUNSの決めごとに縛られることもない。

 ゴードン首相の指摘もあり、発電システムに関する報告はそこで打ち切りとなった。
 マルコは急いでモニターを切り替え、土星消失に関するレポートを映し出す。

「まずこちらをご覧ください……」

 小さく礼をしてからマルコがモニターを切り替える。
 何の変哲もない宇宙空間。細々としたレポートに代わって映し出されたのは主星すらない宙域である。

「かつて土星が存在した宙域です。我々は原因を解明するために、まず宙域の探査から始めました」

 過程が分からぬ事象である。研究所は手がかりとして結果から調査したようだ。
 見守るデミトリーは不安げな表情をしている。真っ先に報告を受けた彼にはこの調査結果が穏便に受け入れられるとは考えられなかった。

「ここが当時あった土星の中心です。もう何も見えませんが、ダークマターの集合体が残されていることを突き止めています。加えてその中心部ですが……」

 問題はここからである。デミトリーは嘆息せずにはいられない。続けられる報告を果たして冷静に聞いてもらえるだろうかと。

「穴が開いた状態であると判明しました――――」

 ざわめき立つ会議室。予想外の報告に騒然としてしまう。参加者たちは一様に眉根を寄せ、隣り合う者同士が意見とも文句ともいえない話を始めている。

 見た目には何もない宇宙空間だった。しかし、研究所はそこに穴が開いたと主張する。かといって根拠を後回しにしたその報告を信じられる者はいなかった。

「マルコ主席、我々がど素人だと思って適当な話を始めたのではないだろうな?」

 堪らず意見したのは始めから喧嘩腰だったゴードンである。流石に看過できなかったらしい。宇宙空間に穴が開いただなんて話は……。

「これは調査結果です。よって嘘偽りないものだとお伝えしておきます。まあ穴が開いたという表現は間違っているかもしれません。何しろその穴は……」

 マルコは動じることなく話を進めている。調査結果にはまだ続きがあるのだと。

「確実に太陽系外のどこかと繋がっているのですから……」

 再びどよめく。突拍子もない話に参加者たちは混乱していた。穴でさえ意味が分からないというのに、その穴がどこかと繋がっているだなんて理解の範疇を完全に超えている。

「研究所はワームホールが出現したとでもいうつもりか!?」
「有り体にいえばそうなります。この穴は実際に何処かへ通じている。証明ではありませんが、実験映像をご覧いただければある程度はご理解頂けるはずです」

 言ってマルコはモニターを切り替えた。理解を促すという実験映像。参加者たちは静かにモニターを見つめている。

「宙域にレーザー光を照射しています。分かりやすく色づけされたもの。ある一定の平面上に到達するとレーザーはなぜか遮断されてしまいます。もちろん減衰したわけではありません」

 マルコの説明に初めて納得の表情を見せる参加者たち。確かにレーザー光は見えない壁に遮られたように消えている。徐々に薄くなり消えたわけではない。レーザー光が突如として途切れている様はあまりに不自然だった。

「レーザー光は何かに遮られたのではなく、ホールが接続した向こう側へ照射されているのだと推測されます……」

 理解の及ばぬ事象であったけれど、実際の映像を見る限りは研究所の結論通りだと思えてしまう。ワームホールがそこに存在するとしか考えられなかった。

「マルコ主席、仮にワームホールが現れたとして、なぜ土星が消失した? ワームホールの出現メカニズムにガス惑星が必要なのか?」

 ここで一歩踏み込んだ話になる。明らかにその宙域は異常を来していた。その原因が土星にあるのかどうか、若しくは土星が必須条件であるのか。要点を捉えきれていない質問であったが、マルコは頷いている。

「土星の消失に関しては推論となります。けれど、それは明確な根拠を得た末の結論です。先に結果からお伝えしたのはその方が解り良いからであります」

 そう言うとマルコはまたもモニターを操作する。映し出されたのはあの日の記録。土星が爆縮していく様子がモニターに表示されていた。

「ご存じのように土星はこのように消失しています。ですが、これは日常的に起こり得る事象ではありません。また消失対象が土星と決定していたわけでもありませんでした」

 研究所は何かしらの根拠を得ているらしい。現状では土星が消失した事実とそこに穴が開いたことしか分からなかったはずなのに。

「土星の消失は余剰次元に伝播した重力波が原因かと思われます……」

 全員が揃って眉根を寄せた。一人として重力波と土星の消失に因果関係を見つけられない感じだ。

「マルコ主席、余剰次元に重力が伝播するなど普通のことではないでしょうか?」

 手を挙げたのはモルガン議員である。彼の疑問は学校でも習うような話をマルコがしたからであった。

 物理学上の四つの力のうち、重力だけが僅かな力しか持たないのは重力が余剰次元方向に力を吸収されているからだとされている。

 地球のような惑星が持つ重力でさえも、小さな磁石の発する電磁気力に及ばないのだ。釘やクリップを磁石によって持ち上げられるのは重力がその大きさに比例した力を持たない証拠であり、大部分の力を損なっているとされる理由だった。従って土星の重力が余剰次元に伝播していたとしても、何ら問題はなく普通の事象であったはずだ。

「確かに通常であれば問題ありません。ですが、普通ではない事象が同時に起きてしまいました」

 マルコは指摘を認めながらも説明していく。あの瞬間に何が起きたのか。土星が消失したメカニズムがどういったものであるのかを。

「余剰次元は観測不可能なほど小さなスケールに巻き上げられています。この世界よりもずっとコンパクト化されているのです。しかし、完全に切り離された世界ではなく、重力波が伝播することからも密接に関係しているのは間違いありません」

 誰もが真剣に聞いていた。彼らは会議のあと事実を公表しなければならないのだ。可能な限り理解しようと全員が必死である。

「もしかすると、それは頻繁に起きている事象なのかもしれない。ただし、発生確率は限りなくゼロでしょう。極めて稀なケースに土星は巻き込まれたと考えるべきです」

「でしたら、土星が原因ではないのでしょうか?」
「もちろん土星が原因ではありません。土星は偶然そこにあっただけ。少しでも公転周期がズレておれば恐らくは今も宙域に存在していたでしょう」

 考えていたよりも研究所は此度の事象を理解していた。推論と前置きした割に詳細まで調べ上げたようである。

「余剰次元に想定外の重力波が伝播したものと思われます。無限大に増加した強大な重力波が時空を歪めてしまった。それにより本来なら重なり合うことのない二つの重力波が接続してしまったのです」

 先ほどとは打って変わって静まり返る会議室。異常事態であるのは分かっていたけれど、何がどうなればその結論に至るのか少しも理解できない。

「接続……ですか?」
 力のない問いであったが、マルコは頷きを返している。

「それは余剰次元における事象であったのですが、あまりに強大な重力波は重なるだけでなく弱い方へと流れ込みました。それが時空の接続です。強大な重力波が流れ込んだ先こそが土星であり、余剰次元だけでなく三次元空間までもが歪んでしまった仕組みです」

「そんな馬鹿な!? いや、どうして時空の接続が土星消失に繋がるんだ!? 確証があってのことだろうな!?」

 再びゴードンが声を荒らげて意見した。混乱した彼は理解を深めようとするより、理解できないもどかしさをマルコにぶつけているかのよう。

「当然、根拠があってのことです。この推論に至った理由が次のデータにあります」
 マルコは裏付けを示すようにグラフと数値をモニターへと映した。

「これは土星が消失する直前のデータです。データは重力値の推移となっています」
 説明を受けるまでもなく全員が息を呑んだ。
 表題にはサターン。加えて重力値。明らかにおかしい点があった。

「ご覧の通り土星の重力値が極端に上がっているところがありますよね? そしてそのあと土星は爆縮し、質量を失い始めます……」

 開示されたデータは誰の目にもおかしく見えた。土星の重力値は上がっているというよりも全くの別物と思える。何しろその瞬間に計測された重力値は太陽の十倍以上にもなっていたのだから。

「マルコ主席、このデータに間違いはないのか? 幾ら何でもこの数値は……」

「疑われるわけは理解しています。何しろ、これだけの重力値を示す星は太陽系にありませんからね? まるで巨星のような大きさです。しかし、これこそが他の星系へ繋がったとした理由であり、時空が歪んだとする根拠です……」

 該当する天体は太陽系に存在しなかった。この計測値は伝播重力が逆流したとする報告の裏付けであり、接続先にある巨星の存在を明らかにしていた。

「し、しかし、仮に接続を果たしたとして、土星が消えるなんてことは……」

 尚も反論を試みるゴードンだが、もう勢いはなかった。何しろ提示されたデータは研究所の推測以外に説明できないのだ。事実として受け入れざるを得なくなっていた。

「最初に申し上げましたように、運が悪かったとしか言いようがありません。仰る通り、通常であれば瞬間的に重力が伝播したとして何ら問題はありませんでした。余剰次元を介した接続が長く維持されるはずもありませんし……」

 本来ならワームホールは非常に安定性を欠くものだとマルコが続けた。通常であれば一瞬にして接続が断たれるものであると。

「ならば、どうして土星は消失したんだ? 仮に時空が接続しようとも、土星が消失するなんてイレギュラーは考えられんだろう? これまでも土星は普通に存在していたんだ。それも何十億年という期間をな!」

「まあ確かに普通であれば何も起こらなかったでしょうね……」
 再びゴードンが語気を荒らげるも、マルコは受け流すようにして返すだけだ。

「それはどういうことだ!? あの瞬間、私も土星にいたんだ! 君が話すところの普通とやらは何だっていうつもりだ!?」

 審査団である全員が目撃した土星の消失。確かに異常だったのは土星だけであった。それ以外は他の宙域と何ら変わらなかったと全員が記憶している。

「こちら側の話ではありませんよ……。異常事態となっていたのは接続先です……」

 続けられた話は小首を傾げるようなものだ。観測できない向こう側の事象が分かるはずもないというのに。

「先ほどご覧頂いたデータ。巨星と目される重力値をお忘れですか?」

 確かに土星の重力値は瞬間的に太陽の十倍以上を記録していた。しかし、それは時空が接続した事実を証明するだけであったはず。

「順を追って考えれば分かりやすいかと思います。まずは強大な重力波によって余剰次元内の時空が歪みます。それにより本来なら距離のある二つの重力波が重なりました。加えて桁外れの重力波は弱い力の方へと逆流。これにより三次元空間をも接続してしまいます。最終的には接続先である巨星の重力が土星に流れ込んでしまう。その結果として、どうしてか土星は消失することになりました。一見この問題は難題に思えて、実は一つの事象を仮定するだけで解決できるのです……」

 巨星の重力が土星に流れ込んだまではデータを見れば一目瞭然である。けれど、一つの事象をはめ込むだけで土星が消失するなんて出席者たちには想像もできなかった。

「それは接続先で起きた超新星爆発――――」

 この難問を解くたった一つのキーワード。マルコは接続先の異常事態を口にした。天文学的確率で起こり得ないと言った自身の言葉を肯定するかのように。

「つまりは時空が接続した瞬間の重力崩壊に土星は巻き込まれたものと推測されます」

 研究所は結果から過程を導いたという。
 この全てを受け入れるのは容易ではなかったはず。しかし、土星が消失するという超常現象から考えると、示された結論は真実に近いと思わざるを得なかった。

「土星が……重力崩壊に巻き込まれた……?」

「ええ、その通りです。ただし、土星の消失も一連の事象を完結させるための一因でしかありません。全てはワームホール構築のプロセスであります……」

 ゴードンの小さな呟きにマルコが返答する。巨星が引き起こした重力崩壊でさえも過程でしかなかったのだと。

「重力崩壊によって超圧縮された全ての物質は分子レベルにまで分解されていました。その膨大なエネルギーの塊はワームホールが構築される上で必要な熱量となります。また宙域には時空を固定するためのエキゾチック物質までもが存在していました」

 ワームホール構築のメカニズムが図解を用いて説明される。
 時空を接続し、固定させる。その流れは人類が長年研究し続けるワープ航法と似ていたものの、人類が考えていたスケールを遥かに超えていた。

「マルコ主席、接続を固定するためのエキゾチック物質とは何だったのでしょうか? 都合良く宙域に存在するものですかね?」

 木星圏代表マンセル議員の発言。聞き慣れない物質がどういったものであるのか疑問に感じているらしい。

「宙域に存在したエキゾチック物質とはアクシオン粒子です。通常は太陽などの恒星が発する素粒子で特別なものではありません。ただアクシオン粒子は強力な磁場を受けると負のエネルギーに変化する性質を持っています。重力崩壊により劇的に強化された磁場がアクシオン粒子を負のエネルギーに変化させたのだと思われます」

 研究所の見解通りならば、一連の事象は確率が存在しないらしい。全ての条件を満たすのは奇跡でしかないと。

「負のエネルギーはワームホール構築に欠かせぬ要素であります。歪められた時空にはプラスの質量によって生まれた欠損角が存在しているからです。欠損角を補わなければワームホールは安定を欠くことになり接続を維持できません。負の質量が生み出す過剰角によって支えなければ時空を固定できないのです……」

 時空の歪みとは柔らかな丸いビニールシートの上に重りを落とし込むようなことだという。

 重さの分だけビニールシートは沈み込む。重さによって伸ばされて円錐状となるのだ。その円錐状の部分こそが歪みであるらしい。重りを落とす前は丸い平面であったはず。しかし、円錐部分に切り込みを入れて平面に戻すと展開図の円は欠けてしまう。元の丸い平面に戻ることはない。つまりは本来あった角度が失われている。

 この失われた角度こそが欠損角であり、歪んだ時空が安定を欠く原因である。プラスの質量によって歪められた時空には必ず欠損角が存在し、それを補うためにはマイナスの質量によって生まれた過剰角が必須。反する性質によって補うことでのみ時空は安定を得るのだ。一連の事象には負の質量に変化したアクシオン粒子が存在しており、接続した時空はワームホールとして構築されていた。

「時空の接続によって土星が消失……。消失した事実は時空の接続を肯定する……?」

 ゴードン首相の独り言。彼もようやく受け入れたのかもしれない。頭ごなしに否定することをやめ、資料に見入っている。

「今も接続は固定されております。それは研究所で行った実験結果からも明らかです」

 ゴードンの独り言に答えるようにマルコは話し、またもモニターの表示を切り替えた。

「土星が消失してからX線や重力波を検知していません。宙域の計測値は正常のままであり、それは本来なら向こう側にあるはずのブラックホールや中性子星の存在を否定しています。つまりは超新星爆発が不発に終わった事実を明確にしており、宙域に存在した全てのエネルギーがワームホール構築の過程で失われたことを意味しています。接続先はこちら側と同じような状況になっているはず。宙域にはダークマターの集合体が残るだけでしょう。そこには事象の残りかすしか存在しておりません……」

 研究所の見解は宙域にワームホールが形成されたことで一貫していた。
 出席者の多くが受け入れ始めていたものの、理解が深まったとは言い難い状況である。

「今後は踏み込んだ調査をする予定です。しばらく実験を続けたあと、我々は向こう側へと探査機を送り込む計画を立てております」

 最早、反駁を加える者はいない。研究所の見解以外に一連の事象は説明できそうになかった。しばらくは全員が整理しようと考え込んでいたが、質問なのか火星圏代表モルガン議員がスッと手を挙げた。

「マルコ主席、ワームホールが接続した先の見当はついているのでしょうか? そこは人類にとって有益な星系となり得るでしょうか?」

 ようやく議論の方向性が変わる。彼らは良識ある代表者だ。過程を話し合うために集まったわけではない。対策や方針を決めるべく一堂に会しているのだ。

「ベテルギウスが二百年前にバーストしてから、観測可能宙域内に超新星爆発の予兆を来した恒星はありません。加えてあの瞬間から現在に至るまで超新星爆発による重力波や電磁波を観測できませんでした。従って接続先とはかなりの距離があると推測されます。恐らく銀河系外ではないかと……。あと星系に関しては探査が完了次第お知らせ致します」

 惑星の消失から時空の接続。ひいてはワームホールまでもが出現したとあっては常識の全てが覆されただろう。しかし、代表者の面々は馬鹿らしいと拒絶することを止め、全員が真剣に話を聞いていた。

「では、ワームホールは今後どうなるのでしょう?」
「宙域の穴は宇宙空間の拡大と同期し、取り残されることなく太陽系に付随している模様です。また消失は考えられません。既に歪みは固定されておりますから……」

 波乱が予想された会議であったが、研究所の見解を出席者たちは受け入れていた。
 他に質問がないことを確認すると、マルコは持参した資料を整理しながら続ける。

「研究所では穴の仮符号をG/798としました。かの穴は時空を繋ぐ門であり、ゲートと呼ぶべきものですから。一般呼称はそのままゲートと呼んだ方が良いでしょうね。ゲートオブサターンといったような……」

 帰り支度を済ませたようなマルコ。呼称については完全に余談であったのだが、出席者たちは彼の話を静かに聞いている。

「宇宙研究の発展を期待した名称が相応しいかもしれません。突如として現れたゲートは神が我々の進歩に期待され、授けてくださったものかもしれませんし……。こういう呼称はどうでしょうか? かつて土星は美しいリングを纏った惑星でした。その存在位置に神が新たな宇宙へと繋がる門を与えてくださったのです。古代、神より知恵の指輪を授かった王の名になぞらえ……」

 新たな研究対象にマルコは期待していた。よって彼は前向きな呼称を提案する。雑談の末に思いついたゲートの名称を。

 Solomon’s Gate――――と。

 マルコの話が終わるとデミトリーは手を叩いて皆の視線を集めた。

「主席が話す通り、この門は三次元空間にある別の場所と確実に繋がっているだろう。我々は頭ごなしに否定するよりも、現実と向き合う必要がある……」

 デミトリーもまた前を向いていた。研究者が悲観していないのだから何も問題はないのだと。しかしながら、参加者には少なからず不安を覚えた者もいる。

「そのゲートをどうするつもりですか? 我々はどう向き合えば良いのでしょう?」
 挙手すらなくマンセル議員が聞いた。けれど、その解答は誰にも分からないことだ。

「続報は追って連絡させてもらう。しばらく待って欲しい。今のところはパンドラの箱でないことを祈るのみだよ……」

「パンドラの箱でしたら最後には希望が残っていますよ!?」
 直ぐさま反応があったものの、デミトリーは頷くだけ。

 彼とて災厄が詰まっただけの箱だとは考えていない。希望だけが溢れるものであることを願っている。
 ゲートの向こう側について。現時点のデミトリーには願うしかできなかった……。
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