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第一章 航宙士学校
ジュリアの姉
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表彰式が終わったことで、ミハルの出番はもうなかった。しかし、彼女はまだ会場にいる。なぜか着替えもせずに関係者出入り口の前で立ち呆けていた。
「よう、ミハルじゃないか……」
名を呼ばれ、ミハルはクルリと振り向く。声をかけたのは彼女の待ち人に他ならない。
「ちょっと話がしたかったから待っていたのよ……」
「何のようだ? 俺は基地へと戻らなきゃいけないんだが……」
言ってジュリアは小首を傾げた。軍属である彼はレースが終わったとしても、自由な時間を与えられていないらしい。
「ひょっとして、話は俺の名前についてか?」
ジュリアはなぜかミハルの話を理解していた。
鋭く察したジュリアにミハルは驚いたけれど、それでも彼女は疑問を口にする。
「どうして女の子みたいな名前なの!?」
ミハルに悪気はなかった。だが、苦虫を噛み潰したようなジュリアの表情に、触れてはいけない話題なのだと気付く。
「ごめんなさい……。悪く言うつもりじゃなかったの……」
「いや、別にいい……。理由は親父がファガーソン姉妹のファンだったから。おかげで俺と姉貴はファガーソン姉妹と同じ名になった……」
ファガーソン姉妹はビッグレースの常連だった伝説的レーサーである。卓越したテクニックとその美貌で人気を博していた。特に姉のアイリス・ファガーソンは歴代を見ても上位の勝利数で女性では現在でも歴代一位というレジェンドだ。
「俺を知らない人は必ず女だと思っているんだ。ファーストネームで呼び合うこの時代に、ちょっとした衝撃だろう?」
「う、ううん……。可愛いと思う……」
褒めているのか貶しているのか……。どうにも分からなくなり、ミハルは苦々しく笑って誤魔化すしかなかった。
「ミハルはとても良いパイロットだな。学生なのに最後まで離れずについてくるなんて驚いたよ。きっとミハルは良いレーサーになれると思う……」
「私、レーサーになんかならないって! それにジュリアさんも凄かったわ! 今まで貴方みたいなパイロットに会ったことがないもの!」
ミハルは会話の流れとして勝者を称えただけ。しかし、ジュリアは大きく首を振った。如何にもミハルが間違っていると言わんばかりに。
「ミハル、俺は下手くそだよ。部隊では下から数えた方が早い。学生相手に映像判定。勝ったとはいえ不甲斐ない結果だ。もしミハルが俺を上手いというのなら、お前の世界は狭すぎるな……」
ミハルの称賛にも笑顔を見せないジュリア。溜め息を吐く様子はミハルに疑問しか与えなかった。
「貴方が下手くそ? 一位だったのに? それに私の世界が狭いって?」
まるで理解できなかった。枠順という要素はあったにせよ、先ほどのレースで彼は一番速かったはず。その優劣は平等であり、ただ純粋に他者よりも実力上位であったことを意味する。
「俺だって学生時代は一番上手いと思っていた。でも、今の部隊に配備され、その考えは変わった。俺は下手くそなんだよ。世界は考えているよりも広い。ミハルがそれに気付いていないなら、ミハルは最終レースまで見るべきだ。きっと今までの感覚が崩壊するだろう……」
「一位になるだけじゃ不満なの? 最終レースってプロフェッショナルクラスのこと? それなら上手いに決まってるんじゃないの?」
先程からミハルは疑問を並べ続けている。例年を見てもティーンエイジクラスのレベルが一番低いのだ。プロフェッショナルクラスのタイムが悪いはずはない。
「姉貴のフライトを見れば分かるよ。姉貴は軍部を代表するエースパイロット。ただし、覚悟しておいてくれ。姉貴のフライトは次元が違うから……」
どうにも気になっていた。ジュリアの姉が誰なのかということよりも、勝者であるジュリアがここまでこだわっている理由に。
「分かった……。じゃあ、私は最後までレースを見るよ。でも私は覚悟なんてしない。もう誰にも負けないって決めたから。たとえそれが軍部のエースパイロットであっても!」
長く負け知らずだったミハルは敗北の悔しさを思い出してしまった。だからこそ勝ちたいと思う。相手がどこの誰であろうと。
「何だかミハルは姉貴に似てるよ。負けず嫌いなんだな?」
「負けたら面白くない。それどころか最悪の気分だわ。ジュリアさんには悪いけど、次の対戦があるのなら私が勝つから!」
ミハルは気持ちを切り替えている。学校に戻れば昔のように努力しようと。上手くなりたいと考えるなんて本当に久しぶりだった。
「最悪の気分って二着じゃねぇかよ?」
「ジュリアさん知らないの? 二着は負けなんだよ?」
ミハルの原動力となっていた言葉を口にする。かつて悔し涙を与えたその台詞をミハルは笑顔で話していた。
「本当に姉貴みたいな奴だな……。まあでも上手くなる奴は基本的に負けず嫌いだ。俺も見習わないと。俺だって姉貴の背中を追いかけている一人だからな……」
軽く手を挙げて、ジュリアは爽やかに去っていく。ミハルは彼の背中が消えていくまでずっと笑顔で手を振っていた。
ここまではグレン教員の思惑通りである。ミハルの心に火をつけることに彼は成功していたのだ。しかし、このあとはグレンも予想できなかった事態となってしまう。
最終プログラムであるプロフェッショナル部門のレースがミハルの人生を左右するなんて、グレンにとって想定外だった。彼が望んでいたのはアナウンサー志望を諦めさせることだけであったというのに……。
「よう、ミハルじゃないか……」
名を呼ばれ、ミハルはクルリと振り向く。声をかけたのは彼女の待ち人に他ならない。
「ちょっと話がしたかったから待っていたのよ……」
「何のようだ? 俺は基地へと戻らなきゃいけないんだが……」
言ってジュリアは小首を傾げた。軍属である彼はレースが終わったとしても、自由な時間を与えられていないらしい。
「ひょっとして、話は俺の名前についてか?」
ジュリアはなぜかミハルの話を理解していた。
鋭く察したジュリアにミハルは驚いたけれど、それでも彼女は疑問を口にする。
「どうして女の子みたいな名前なの!?」
ミハルに悪気はなかった。だが、苦虫を噛み潰したようなジュリアの表情に、触れてはいけない話題なのだと気付く。
「ごめんなさい……。悪く言うつもりじゃなかったの……」
「いや、別にいい……。理由は親父がファガーソン姉妹のファンだったから。おかげで俺と姉貴はファガーソン姉妹と同じ名になった……」
ファガーソン姉妹はビッグレースの常連だった伝説的レーサーである。卓越したテクニックとその美貌で人気を博していた。特に姉のアイリス・ファガーソンは歴代を見ても上位の勝利数で女性では現在でも歴代一位というレジェンドだ。
「俺を知らない人は必ず女だと思っているんだ。ファーストネームで呼び合うこの時代に、ちょっとした衝撃だろう?」
「う、ううん……。可愛いと思う……」
褒めているのか貶しているのか……。どうにも分からなくなり、ミハルは苦々しく笑って誤魔化すしかなかった。
「ミハルはとても良いパイロットだな。学生なのに最後まで離れずについてくるなんて驚いたよ。きっとミハルは良いレーサーになれると思う……」
「私、レーサーになんかならないって! それにジュリアさんも凄かったわ! 今まで貴方みたいなパイロットに会ったことがないもの!」
ミハルは会話の流れとして勝者を称えただけ。しかし、ジュリアは大きく首を振った。如何にもミハルが間違っていると言わんばかりに。
「ミハル、俺は下手くそだよ。部隊では下から数えた方が早い。学生相手に映像判定。勝ったとはいえ不甲斐ない結果だ。もしミハルが俺を上手いというのなら、お前の世界は狭すぎるな……」
ミハルの称賛にも笑顔を見せないジュリア。溜め息を吐く様子はミハルに疑問しか与えなかった。
「貴方が下手くそ? 一位だったのに? それに私の世界が狭いって?」
まるで理解できなかった。枠順という要素はあったにせよ、先ほどのレースで彼は一番速かったはず。その優劣は平等であり、ただ純粋に他者よりも実力上位であったことを意味する。
「俺だって学生時代は一番上手いと思っていた。でも、今の部隊に配備され、その考えは変わった。俺は下手くそなんだよ。世界は考えているよりも広い。ミハルがそれに気付いていないなら、ミハルは最終レースまで見るべきだ。きっと今までの感覚が崩壊するだろう……」
「一位になるだけじゃ不満なの? 最終レースってプロフェッショナルクラスのこと? それなら上手いに決まってるんじゃないの?」
先程からミハルは疑問を並べ続けている。例年を見てもティーンエイジクラスのレベルが一番低いのだ。プロフェッショナルクラスのタイムが悪いはずはない。
「姉貴のフライトを見れば分かるよ。姉貴は軍部を代表するエースパイロット。ただし、覚悟しておいてくれ。姉貴のフライトは次元が違うから……」
どうにも気になっていた。ジュリアの姉が誰なのかということよりも、勝者であるジュリアがここまでこだわっている理由に。
「分かった……。じゃあ、私は最後までレースを見るよ。でも私は覚悟なんてしない。もう誰にも負けないって決めたから。たとえそれが軍部のエースパイロットであっても!」
長く負け知らずだったミハルは敗北の悔しさを思い出してしまった。だからこそ勝ちたいと思う。相手がどこの誰であろうと。
「何だかミハルは姉貴に似てるよ。負けず嫌いなんだな?」
「負けたら面白くない。それどころか最悪の気分だわ。ジュリアさんには悪いけど、次の対戦があるのなら私が勝つから!」
ミハルは気持ちを切り替えている。学校に戻れば昔のように努力しようと。上手くなりたいと考えるなんて本当に久しぶりだった。
「最悪の気分って二着じゃねぇかよ?」
「ジュリアさん知らないの? 二着は負けなんだよ?」
ミハルの原動力となっていた言葉を口にする。かつて悔し涙を与えたその台詞をミハルは笑顔で話していた。
「本当に姉貴みたいな奴だな……。まあでも上手くなる奴は基本的に負けず嫌いだ。俺も見習わないと。俺だって姉貴の背中を追いかけている一人だからな……」
軽く手を挙げて、ジュリアは爽やかに去っていく。ミハルは彼の背中が消えていくまでずっと笑顔で手を振っていた。
ここまではグレン教員の思惑通りである。ミハルの心に火をつけることに彼は成功していたのだ。しかし、このあとはグレンも予想できなかった事態となってしまう。
最終プログラムであるプロフェッショナル部門のレースがミハルの人生を左右するなんて、グレンにとって想定外だった。彼が望んでいたのはアナウンサー志望を諦めさせることだけであったというのに……。
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