Solomon's Gate

坂森大我

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第一章 航宙士学校

再び見る景色

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 壮絶なゴール前のバトル。互いにスロットルはベタ踏みのままだ。
 近年、稀に見るデッドヒートに盛り上がるスタンド前。疾風迅雷の勢いで、先頭を行く二機が並んでゴールラインを突っ切っていった……。

『物凄いレースとなりました! どちらが勝利したのか肉眼では確認できません! 最終コーナーから猛追する十号機! 逃げ切りを図ったのは六号機です! 勝敗は映像判定となります!』

 ほぼ同時にゴールラインを突っ切った二機。実況アナウンサーにも、その勝敗は分からなかったようだ。勝負は映像判定にて決するようである。

『ああっと、結果がでました! 一着は六号機です! 先頭である優位を生かし逃げ切った模様! そして二着に十号機! 猛追及ばず惜しくも届きませんでした! しかしながら、三着以下を大きく突き放すデッドヒート! 観衆の皆様、この素晴らしいレースを展開した若きパイロットたちに惜しみない賛辞をお願い致します!』

 実況放送にスタンドは一段と沸き返っている。至る所から割れんばかりの拍手が送られていた。
 次のレース準備が始められないほど観客たちは先ほどのレースに熱狂し、選手たちがドックへと引き上げた今も万雷の拍手が響いている。

 そんな中、ミハルは機体のハッチを開き、飛び降りるようにして降機していた。

「ミハルちゃん惜しかったね! 驚いたよ!」
 担当整備士が駆け寄ってきたが、ミハルは小さく微笑んだだけでやり過ごす。彼女には真っ先に確認したいことがあったのだ。

 自機のドックから四つ左。そこがミハルの目的地だった。しかし、既にパイロットの姿はなくフルエイジクラスの操縦者が準備を始めている。

「確か表彰式はフルエイジクラスのあとよね……?」

 どこへ行ったのかとミハルは考える。恐らく表彰式もパイロットスーツのはず。だから着替えではないはずだ。

「私なら……」

 ミハルは駆け出した。思いついたら即行動。それは彼女の欠点であり、ある意味長所でもある。躊躇わない性格はパイロットとして問題があったものの、咄嗟の判断力が試されるレーサーには向いているといえた。

「あれ? ここにもいない……。てか、そもそも私は誰を探してたんだっけ……?」
 頭が混乱してしまう。飲み物の自動販売機があるエリアでミハルは立ち尽くしている。
 ここに来るまでは確かに女の子を探していた。だが、冷静に考えれば自分に土を付けたのは六号機である。ミハルは六号機をマークしていなかったから、どんなパイロットが操縦していたのか覚えていなかったのだ。

「誰を探してるんだ?」

 そんなとき、ふと背後から声がする。
 ミハルが振り向くと、そこには青色のパイロットスーツに身を包んだ男の子がいた。

 輝くようなブロンドの髪。すらりとして背が高い。年の頃はミハルと変わらないだろう。

「貴方……誰……?」
「誰とは挨拶だな? 俺はさっきのレースに参加してたパイロットだけど?」

 彼の記憶はまるでなかった。けれど、先ほどのレースに参加していたのならミハルにとって好都合だ。
 戸惑うミハルに構うことなく、彼はジュースを購入し渇いた咽を潤している。

「ねぇ、六号機のパイロットって誰なの?」
「……ん? どうして六号機のパイロットを探してる? そういうお前は十号機のパイロットだよな?」

「ええ、私はセントグラード航宙士学校のミハル・エアハルト……」
 男の子はミハルの挨拶に頷いていたが、特に情報もなかったのかポリポリと頭を掻いていた。

「負けた腹いせをするために探してるのか?」
「違うわよ! 別に負けたからって探しているんじゃないわ!」

 ミハルの反応に男の子は笑みを零した。彼は一歩ミハルへと近付いて、

「俺がそうだけど……?」

 と予想外の話を口にする。
 驚きのあまり声を失うミハル。しかし、直ぐ失礼に気が付いてペコリと頭を下げた。

「ごめんなさい。私、顔を覚えてなくて……」
「ああ、いいよ。何かしきりに三号機のやつを睨みつけてたな?」

「見てたの!? や、でもどんな子かなって思うじゃない? 軍にいるエースの妹とかさ!」
「あいつ有名人なのか? それは知らなかったな……」

 凄く恥ずかしい。他にも競技者がいたというのに一人しか見ていなかったとか。しかも優勝者の顔すら知らないだなんて本当に申し訳ないと思った。

「凄く有名らしいわ。でも、腕前は大したことなかったみたい。貴方の方がずっと速かったもの……」

 三号機に関しては正直に期待外れだった。聞いていたほどの実力はなかったらしい。

「お前も速かったよ。背後からのプレッシャーは相当なものだった。もしも俺が大外枠だったなら勝敗は違っていたかもしれないな……」

「別にお世辞はいらないわ。私は自分の実力がよく分かったし……」
「まあ、そうへこむな。軍部だと俺の技術も大したことない。それに俺は十九歳だし、お前とは経験が違うから……」

 彼もまた軍人なのだという。けれど、たった一年の差だ。その話は慰めてくれただけだとミハルは理解している。

『只今より、表彰式を行います。入賞者は中央ステージまでお越しください』

 館内放送によって、二人は表彰式の時間を知らされた。
 前座であるフルエイジクラスとティーンエイジクラスのみ先に表彰するらしい。

「おっ、やべ! ミハル、急ぐぞ!」

 二人は共に受賞者である。こんなところで無駄話をしている場合ではない。ミハルは彼に続いて、ステージへと繋がる通路を走った。

 舞台袖から見るスタンドはまさに人の海だ。流石のミハルも緊張してしまう。キョロキョロと落ち着かなくしていると、進行役の男性がステージに立つ。

『只今より、アマチュアクラス二部門の表彰をさせて頂きます! まずはティーンエイジクラスの表彰です! さあ、入賞者たちに盛大な拍手をお願い致します!』

 大歓声が選手たちを迎えた。
 耳が痛いほどに届く歓声。ミハルは息を呑んでスタンドを見渡している。

「みんな、私たちのレースを見てくれたんだ……」

 そう思うと地鳴りのような歓声も心地よく感じた。
 ちゃんと記憶にある。あのデッドヒート。思い出しただけでも心に火が着いたかのように感じる。熱くたぎる何かがミハルに芽生えていた。

『では、表彰式を始めましょう! 第三位は三号機に搭乗されていましたメンシス航宙士学校代表マイ・ニシムラ選手!』

 壇上に上がったのは何と三号機の女の子だった。彼女は少し出遅れたものの、後半に巻き返して入着していた模様だ。

「えっ? この子って確かジュリア……?」

 ミハルはずっと間違えていたらしい。彼女の名はマイ・ニシムラ。気になっていた人ではなかった。

「じゃあ、ジュリアって誰よ!?」

 当然の疑問は解消できなかった。考える間もなくミハルは名前を呼ばれてしまったのだ。

『さあ、二着に参りましょう。またも女の子ですね! まだ鮮烈に思い出されます! 歴史に残る最終コーナーからのデッドヒート! 惜しくも二着に破れましたが、流石は名門セントグラード代表です! また大外枠からの二着はお見事でした! 十号機に搭乗されましたセントグラード航宙士学校代表、ミハル・エアハルト選手!』

 一際大きな歓声がミハルの思考を止めた。
 360度から届く絶叫にも似た声援。良い意味で身体が震えた。一歩進むたびに強く脈動する胸。視線を動かすたび手に汗が滲んだ。

 優勝したわけでもなかったのに。学校の連勝記録を止めてしまったのに……。

 ミハルは大歓声を浴びながら表彰台に乗る。大会のスポンサーらしき人と握手をして、メダルが彼女の首に掛けられた。

 地味に輝く銀メダル。それは優勝を逃した者の色だ。

「銀メダル……」

 かつてミハルは同じ色のメダルを手にしていた。幼き日の彼女は銀メダルに歓喜したあと、悔し涙を流している。

『嬢ちゃん、二着は負けだぞ?――――』

 今も忘れない。あの一言がどれだけ悔しくて悲しかったのかを。二着に価値などないと幼き日の彼女は知った。もう絶対に負けるもんかとミハルは心に決めたはず。なのに、あれから十二年が過ぎ、再び彼女の胸には同じ色のメダルが輝いている。

「これはあの日の私に見せられないな……」

 ミハルは心の内に思う。十二年後にまたも同じメダルをもらうだなんて話をすれば、幼少期の自分は激怒したはずと。自身の不甲斐なさが我慢ならなかっただろうと。

「ごめんね……」

 小さく呟く。しかし、ミハルは笑みを浮かべた。悔しくないとすれば嘘だ。けれど、負けたことにより、彼女はようやく思い出せたのだ。

 あの日の感情や自身が費やしてきた全て。人生を通して航宙機と共にあった。この場所まで自身が飛び続けて来たことを彼女は思い出していた。

「もう負けないから……」

 勝者にしか見えない景色がある。ミハルは二着になることでそれに気付いた。一段低い表彰台の眺めはいつも見てきたものと明確に異なる。やはり一番高いところ。表彰台の真ん中でなければ納得できない。ミハルはこの景色を忘れずにいようと思う。いつでもあの悔しさが思い出せるようにと。

『続きまして優勝者の表彰です! こちらも六枠という不利をものともしない圧巻のフライトでした! 壮絶なゴール前の争いを制しましたのは……』

 まだミハルは考え込んでいた。優勝者の表彰があるというのに、彼女は俯いたまま。どれだけ怠けていたのかを悔やみ続けている。
 ところが……。

『GUNSセントラル基地所属ジュリア・マックイーン一等航宙士です!』

 続けられた選手名にミハルは唖然として隣を振り返った。

 一段高くなった表彰台の真ん中。そこには先ほど知り合った六号機の彼がいる。ミハルがずっと気にしていた女の子の姿はどこにもない……。
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