Solomon's Gate

坂森大我

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第一章 航宙士学校

ミハル・エアハルト

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 統世歴798年――――。

 人類はかつてない繁栄を手にしていた。
 地球圏を飛び出し、火星まで開発し始めたのがほんの二百年前である。しかし、スーパーブラディオン供給装置(SBF)の実用化によって宇宙開発は急速な発展を遂げた。

 超光速粒子スーパーブラディオン。光速を超えるその素粒子は人類を銀河へ解き放つ翼である。SBF推進装置は人類にとって広大すぎた星系を手が届く範囲に変えたのだ。

 星間シャトルライナーは地球圏から火星圏までを約一時間、木星圏であっても六時間と大幅な時間短縮を実現している。またSBFを使用した通信装置も宇宙開発には欠かせないものだ。タイムラグが生じない通話がSBF通信装置によって可能となっていた。

 今や地球圏や火星圏だけでなく木星の衛星軌道上にまで数多のユニックが浮かんでいる。だが、無計画に建造されているわけではない。常に人口は増加しており、いくら建造しようとも需要が供給を下回ることはなかった。

 木星圏にあるガリレオサテライト5THは地球時代の天文学者にちなんで名付けられた。フィフスは太陽系最大のユニックであり、もしも当時に存在していたとすれば彼が発見した五番目の衛星になっただろうとの意味合いである。

 首都セントグラードのターミナルステーションから続く近代的で華やかな大通りを真っ直ぐに抜けると、この街を象徴する建物が見えてくる。歴史を感じさせる外観。特に目を惹くのは時計台が併設された建物だ。贅沢にも天然石を使用して造られたという美しい建物はまるで宮殿であるかのよう。

 ところが、そこは学校だった。数ある航宙士学校の中でも一番だと名高いセントグラード航宙士学校の学び舎である。

「またミハルが一番かぁ……」
「実力よ! 実力が違うのよ!」

 本日は期末試験の結果が発表されていた。試験結果は腕時計型ギアに一斉送信され、生徒たちは各々その結果を確認している。

「でも実技だけだよね?」
「それを言っちゃあ、お仕舞いですよ! キャロルさん?」

 おちゃらけて見せる彼女はミハル・エアハルト。十八歳になったところだ。軽く罵られたというのに、彼女は実に誇らしそう。

 猫っ毛のせいか耳元の髪が少し前向きにはねている。けれど、ミハルはそれほど気にしていない様子。そもそも長い髪に関する校則を面倒がって、ミハルは肩にそって切ってしまったのだ。そんな彼女に特別なこだわりがあるとは思えない。

 友人のキャロルが話すように操縦実技だけは常に良かった。名門と謳われるこのセントグラード航宙士学校において、入学から卒業を間近に控えた今の今までミハルはずっと一番だったのだ。

「これから面談でしょ? ミハルは進路どうするつもりなの?」

 そう聞いたのはキャロルだ。彼女は入学から六年間、ずっとルームメイトであり、ミハルの大親友。ミハルとは違って長い髪を後ろで束ねている。赤茶色をした髪の毛がよく目立つ女の子だ。

「ずっと面談の予約を取ってなかったから、強制的に決められちゃったよ……」

 最終学年もあと半年を残すばかり。大半の生徒は就職先を決めていたものの、ミハルは進路が未定のままだ。元より就職面談の予約すら取っていなかった彼女に内定があるはずもなかった。

「あたしは高望みしすぎちゃったなぁ……。ギャラクシートラベルにオールジュピターツーリズム……。最初から身の丈にあった旅行会社を受けるべきだったよ……」

 キャロルもまた就職が決まっていない一人であるらしい。彼女は旅行会社を希望しているようだが、その状況は芳しくない。

「ミハルは何か考えてるの? 進学って感じでもないし、全く就職活動していないから、親のすねをかじるのかと思ってたよ……」

「実家に帰るのは嫌だって! それに私だって進路は考えてるよ?」

 航宙士学校を卒業した者は殆どが就職をする。既に専門的な知識を得ている彼らが大学まで進んで学べることは少ない。別の道を歩む場合はその限りでなかったけれど、生徒たちは概ね操縦士系の職に就くか、若しくは銀河連合軍へ入隊する者に分けられたのだ。

「放送局を受けようかなぁって……。アナウンサーとか!」
「ミハルがアナウンサーですって!?」

 大道具係の間違いかしらとキャロル。当然のことミハルは怒っている。だが、こんな一幕も彼女たちの日常なのだ。失礼な冗談を言い合えるほど二人は仲が良かった。

「じゃあ、キャロルはこれからどうするつもりよ?」
「あたし? あたしはスターツアーズっていう旅行会社を受けるつもりよ。二次募集になるから、割と厳しいみたいだけど……」

「キャロルの操縦するシャトルには乗りたくないなぁ」
「ああ、酷い! そりゃミハルには全く敵わないけどさ。あたしだって今回の実技は三位だったのよ! それにあたしは勉強ができますから!」

 手を叩いて大笑いする二人。けれど、ここは寮にある二人の自室である。従って、いくら騒いだとしても問題はない。

「さて、面倒だけど行ってくるわ……」
「頑張ってね! 就職指導のグレン先生は凄くムカつくけど!」

 最後の一言が気になったものの、進路指導は全員が受ける決まり。如何にも面倒くさそうな表情をして、ミハルは就職指導室へと向かうのだった。

 アナウンサー志望。だが、別に本気というわけではない。やりたいことがなかったから、ニュースを見ていたときに決めた。しかし、それはただの衝動的動機でしかなく、就職指導室へ行くというのに資料さえ手にしていない彼女が本気であるはずもなかった。
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