1 / 62
プロローグ
Prologue
しおりを挟む
木星の衛星軌道上に煌めく幾つもの人工的な光。それらは全てユニバーサルコンチネントという巨大建造物が放つものだ。略称はユニック。それは銀河に浮かぶ新しい大地の名称である。
木星圏には多種多様なユニックが浮かんでいたのだが、中でもガリレオサテライト5THと名付けられたユニックは他に類を見ない巨大なものだった。フィフスと呼ばれるそのユニックは約三億人が生活する木星メガフロントユニック群のシンボル的存在である。
セントラル区画にある首都セントグラードは木星経済の中心地だ。インフラだけでなく観光施設や娯楽も充実しており、誰しもが憧れを抱く大都市であった。
そんなセントグラード市の特区にある第七上層ブロック。本日は外郭部にある競技場で市民参加型の航宙機イベントが催されていた。
たった今、初等学校低学年組の航宙機レースが終わったところである。既に表彰式が始まっており、壇上には三名の若きパイロットが勢揃いしていた。
『以上が初等学校低学年組の入賞者でした!』
三人の首にメダルがかけられ、拍手に見送られながら入賞者が壇上を後にしていく。
その中の一人、初等学校一年生であるミハルは満面の笑みを浮かべていた。彼女は一年生ながら二位につけるという大健闘を見せている。三年生には敵わなかったけれど、彼女は胸に煌めく銀メダルを誇らしく感じていた。
控え室へと続く通路を歩くミハル。堂々と銀メダルを見せびらかすように歩いていた彼女だが、不意に声をかけられている。
「嬢ちゃん、何がそんなに嬉しいんだ?」
ミハルはピタリと足を止めた。表彰式が終わったばかりであり、彼女の胸には入賞者の証しが燦然と輝いている。笑顔のわけが分からないなんてミハルには信じられなかった。
「おじさん、レース見てなかったの?」
「おじさん言うな。俺はお兄さんだ……」
高等学校生らしき彼はパイロットスーツを着込んでいる。どうやら彼も何かしらのプログラムに参加するパイロットのようだ。
「私は二位だったのよ! ほら!」
呼び方に関してはスルーし、ミハルは彼に銀メダルを見せた。それだけで彼にも笑顔の理由が分かってもらえるはずと。
しかし、彼は首を横に振る。ミハルが期待した褒め言葉なんてかけてくれない。
「嬢ちゃん、二着は負けだぞ?――――」
ミハルは唖然としてしまう。彼女は二着という順位を素直に喜んでいたというのに、それが敗北であったのだと知らされている。
「負け……?」
聞き返すしかない。壇上では主催者に褒められたのだ。だからこそミハルは頑張った結果が優れたものであると信じていた。
「当たり前だ。一段高い表彰台にもう一人いただろ? つまり君はその彼に負けた。レースのあと笑顔が許されるのは彼だけだ……」
確かにミハルの隣には優勝者が立っていた。表彰式では気にならなかったけれど、よくよく考えると自分は一段低い場所。それが敗北を意味していたなんてミハルは今の今まで気付けなかった。
「私……負けちゃった……?」
「ああ、完敗だな。二番に価値なんてない。常に勝者は一人しかいないんだ。だから負けた君が笑っているとかおかしいだろ? 勝った者以外は悔しがるべきだ……」
追い打ちをかけるように彼は続けた。相手はたった六歳の少女であったというのに。
「よく覚えておけよ? 何事も一番でなければ意味がない。その鈍い輝きを放つメダルに騙されるな。それは競技が生み出した悪習にすぎない。本来なら敗者である君は何ももらえなかったはず。つまり君は比較的マシだったという情けをかけられただけだ……」
言って彼は去って行く。呆然と立ち尽くすミハルを放置したまま。少女の笑顔を奪った彼は少しの罪悪感すら覚えることなく通路の先へと行ってしまう。
次の瞬間、ミハルの目から涙が零れた。どうやら彼の話を真に受けてしまったらしい。
誇らしかった銀メダルは既に輝きを失っている。それはもうミハルにとって敗者を識別するための目印でしかなくなっていた。胸に揺れる銀メダルを見つめながら、ミハルは大粒の涙を流している……。
木星圏には多種多様なユニックが浮かんでいたのだが、中でもガリレオサテライト5THと名付けられたユニックは他に類を見ない巨大なものだった。フィフスと呼ばれるそのユニックは約三億人が生活する木星メガフロントユニック群のシンボル的存在である。
セントラル区画にある首都セントグラードは木星経済の中心地だ。インフラだけでなく観光施設や娯楽も充実しており、誰しもが憧れを抱く大都市であった。
そんなセントグラード市の特区にある第七上層ブロック。本日は外郭部にある競技場で市民参加型の航宙機イベントが催されていた。
たった今、初等学校低学年組の航宙機レースが終わったところである。既に表彰式が始まっており、壇上には三名の若きパイロットが勢揃いしていた。
『以上が初等学校低学年組の入賞者でした!』
三人の首にメダルがかけられ、拍手に見送られながら入賞者が壇上を後にしていく。
その中の一人、初等学校一年生であるミハルは満面の笑みを浮かべていた。彼女は一年生ながら二位につけるという大健闘を見せている。三年生には敵わなかったけれど、彼女は胸に煌めく銀メダルを誇らしく感じていた。
控え室へと続く通路を歩くミハル。堂々と銀メダルを見せびらかすように歩いていた彼女だが、不意に声をかけられている。
「嬢ちゃん、何がそんなに嬉しいんだ?」
ミハルはピタリと足を止めた。表彰式が終わったばかりであり、彼女の胸には入賞者の証しが燦然と輝いている。笑顔のわけが分からないなんてミハルには信じられなかった。
「おじさん、レース見てなかったの?」
「おじさん言うな。俺はお兄さんだ……」
高等学校生らしき彼はパイロットスーツを着込んでいる。どうやら彼も何かしらのプログラムに参加するパイロットのようだ。
「私は二位だったのよ! ほら!」
呼び方に関してはスルーし、ミハルは彼に銀メダルを見せた。それだけで彼にも笑顔の理由が分かってもらえるはずと。
しかし、彼は首を横に振る。ミハルが期待した褒め言葉なんてかけてくれない。
「嬢ちゃん、二着は負けだぞ?――――」
ミハルは唖然としてしまう。彼女は二着という順位を素直に喜んでいたというのに、それが敗北であったのだと知らされている。
「負け……?」
聞き返すしかない。壇上では主催者に褒められたのだ。だからこそミハルは頑張った結果が優れたものであると信じていた。
「当たり前だ。一段高い表彰台にもう一人いただろ? つまり君はその彼に負けた。レースのあと笑顔が許されるのは彼だけだ……」
確かにミハルの隣には優勝者が立っていた。表彰式では気にならなかったけれど、よくよく考えると自分は一段低い場所。それが敗北を意味していたなんてミハルは今の今まで気付けなかった。
「私……負けちゃった……?」
「ああ、完敗だな。二番に価値なんてない。常に勝者は一人しかいないんだ。だから負けた君が笑っているとかおかしいだろ? 勝った者以外は悔しがるべきだ……」
追い打ちをかけるように彼は続けた。相手はたった六歳の少女であったというのに。
「よく覚えておけよ? 何事も一番でなければ意味がない。その鈍い輝きを放つメダルに騙されるな。それは競技が生み出した悪習にすぎない。本来なら敗者である君は何ももらえなかったはず。つまり君は比較的マシだったという情けをかけられただけだ……」
言って彼は去って行く。呆然と立ち尽くすミハルを放置したまま。少女の笑顔を奪った彼は少しの罪悪感すら覚えることなく通路の先へと行ってしまう。
次の瞬間、ミハルの目から涙が零れた。どうやら彼の話を真に受けてしまったらしい。
誇らしかった銀メダルは既に輝きを失っている。それはもうミハルにとって敗者を識別するための目印でしかなくなっていた。胸に揺れる銀メダルを見つめながら、ミハルは大粒の涙を流している……。
10
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
第一機動部隊
桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。
祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる