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第十五章 世界と君のために

緊急事態

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 リーフメルを襲った土砂崩れから三ヶ月。

 寄せられる情報に吉報はありませんでしたが、土砂の除去作業は順調だと聞いています。

 ようやく貴族院が夏休み前の最終日を迎えました。よって私は明日から被災地へ戻ろうかと考えています。私一人が戻ったところで、早く片付くこともなかったのですけれど。

 最後の授業を終え、私とイセリナが馬車に乗っていると、不意に脳裏へと念話が送られています。

 今やリックとモルディン大臣だけでなく、セシルとも繋がる魔道具を持っていましたから、通話してみないことには誰であるのか分かりません。

『アナスタシア様、大変なんです!』

 どうやら相手はセシルみたい。

 慌てた様子だけど、再び土砂崩れとかシャレにならない話を聞かされてしまうのでしょうか。

『落ち着いてください。どうされたのでしょうか?』

 セシルに魔道具を渡されたときには恋愛フラグを疑ったのですが、この一ヶ月は一度も通話がなかったので、ただ私と連絡を取る手段を欲していただけみたいですね。

『実は東にある街が襲われているのです!』

 リーフメルの東といえば割と近場にあるポゼウムという街に違いありません。

『ポゼウムが盗賊にでも襲われましたか?』

『いいえ、違いますよ! それくらいならアナスタシア様に連絡などしません』

 そりゃそうか。今はリーフメルに近衛騎士団が集結しているんだものね。盗賊くらいで連絡してくるはずもないか。

 私は知らされています。どういった脅威が差し迫っているのかを。

『巨大な黒竜がポゼウムを襲っています――』

 声を失う。私はゴクリと生唾を呑み込んでいる。

 黒竜という単語。巨大なという形容詞。襲われるという話は一つの結論にしか導いていない。

(封印が解けたの……?)

 正直に悪い予感はあった。

 アンジェラの石像が発見されたときから、このような事態が起きるのではないかと。

(前世じゃ石像すら発見されていないし……)

 ゲームでいうなら石像はフラグだろうね。

 前世よりも大きく土砂が崩れたこと。それはきっとアンジェラの封印式まで丸裸としていたのでしょう。

(いよいよアマンダが望んだ世界線が始まる……)

 私は心して挑まねばなりません。

 アナスタシア・スカーレットに託された世界。このプロメティア世界に勇者や英雄は存在しない。

 貧乏な農耕貴族の血を引いた私しか女神の使徒はいないのですから。

『殿下、黒竜は強大な存在です。抗うよりも住民の避難を優先してください』

『いや、それではポゼウムはどうなるのです!?』

 取り乱す王子殿下様。まあ根っからの善人である彼には決断できなかったのでしょう。

『ポゼウムは切り捨てます。もう助かりません』

 私は事実を口にしていました。

 無慈悲であり、冷酷な決断を。

『アナスタシア様でもでしょうか!?』

『どんなに急いでも五時間はかかります。それよりもリーフメルの住人を逃がさないことには、そこも全滅となりますよ? 一人でも助けようとしていた災害とは異なるのです。全てを守ろうとすれば、全てを失うことでしょう』

 偉そうな話だけど、嘘は言っていない。

 今は被害を最小限とすべきであって、ポゼウムまで守ろうとすべきではないのです。

 残念だけど、ポゼウムの住人は幸運に見放されただけよ。生死を分けるものは、いつだって運不運なのですから。

『急いでください。伝承によると黒竜は破壊の限りを尽くします。私の所領であるクルセイドへと向かってもらえたらと思います。私が知る限り、黒竜は非常に動きが遅い。今から避難すれば問題ありません』

 討伐に向かったアンジェラはサルバディール皇国があった場所へ行き、更に北上しても黒竜はリーフメルにいた。

 執拗な破壊をしていたこと。飛び回るような竜種ではないことが分かります。

『アナスタシア様はやはり黒竜をご存じなのですね……?』

 セシルは何を勘付いていることやら。

 魔道通話でする話でもないけれど、私は真実を返すだけだわ。

『王家の禁書庫から拝借したアンジェラ・ローズマリーの日記を読みましたので』

 今となっては私に楯突く貴族もいないことです。

 傍受されていたとして、知ったこっちゃありません。

 私を査問会に引っ張りだすような公爵家はもう存在しないのですから。

『貴方という人は……。分かりました。住民の避難を優先いたします』

『そうしてくださいな。私も準備を済ませたのち、リーフメルに参上します』

 今すぐに飛び立てない理由が私にはある。

 黒竜討伐に赴く前に確認しなければなりません。

 私は世界を救えるのかどうか。

 主神たるアマンダは何を考えているのかを……。
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