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第十五章 世界と君のために

誇れること

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 大騒ぎとなったお祭りが終わり、私はリーフメル城へと招かれています。

 豪華な食事を取ったあと、少しばかりセシルとの歓談。ご厚意によって今日はお城に泊めて頂けるみたいです。

「エスフォレスト名産のシャンパンは本当に美味しいですね?」

「それは秘蔵のボトルらしいです。出回っていないものだと聞いております」

 ワイナリーの責任者から頂いたボトル。私はセシルと一緒に頂いております。

 私としては少し癖が強すぎるように感じますけれど、セシルは大層気に入ってくれたようですね。

 二人きりで呑むのは実をいうと前世から今まで一度もありませんでした。会話に困るかと思ったのですけど、お酒のせいか無駄な心配だったみたい。

(あれ……?)

 突然に視界が揺れる。

 割と酒豪であった私ですが、目が回っていました。

(なにこれ……?)

 疑問に感じた瞬間、花瓶や戸棚が倒れ始めました。

 酔っ払ったのかと思いきや、その実は建物全体が揺れていたのです。

(地震!?)

 ガラスや陶器が割れる甲高い音が全方位から届きます。

 加えて、ずっと地鳴りのような不気味な音が続いていました。

(もしかして、これは……?)

 とても嫌な予感がする。

 数分間も続く揺れは地震というより、記憶にある事象を彷彿と蘇らせていたからです。

(リーフメルの地滑り……)

 最初の揺れこそ地震だと思います。けれど、永遠にも続くような地鳴りは恐らく地滑りであったことでしょう。

 ピークレンジ山脈の大規模な地滑りでリーフメルの北側が壊滅したというものだと。

(でも、あれは成人したあとのことじゃ……)

 そう思って直ぐに頭を振る。この世界線は全てのイベントが前倒しになっていたのです。

 長雨から飢饉、そして疫病まで。時系列が滅茶苦茶になった世界線において、前世の発生時期などは無意味にも感じます。

「セシル殿下、街の様子を見に行きましょう!」

「あ、ああ、分かりました!」

 私たちは兵を引き連れ、リーフメルの街へと馬を走らせます。

 ここでもドレスがネックにも思いますが、チラ見せとか気にしている場合じゃありません。

「嘘でしょ……?」

 嫌な予感ほど当たるもの。やはりピークレンジ山脈が地滑りを起こしていました。

 けれど、その規模は私が考えていたものを遥かに凌駕しています。

「壊滅してるじゃないの……」

 記憶にあった報告ではリーフメル北側の一部が被害を受けたというものでした。

 ところが、実際には巨大な街の半分くらいが土に埋まっている。

 もちろん、街の北東部という括りでありましたけど、壊滅的な被害を被っているのは明らかです。

「兵は救助を! 何人かは城に残る兵たちを連れてきて! 生存者の救助を始めるわよ!」

 前世の記憶では災害時における人命の救助は三日が限界。

 七十二時間の壁というリミットがあり、それ以降は生存可能性が極端に減っていく。

「クレイウォール!」

 即座に土属性魔法を唱えます。土砂を操り、生き埋めとなった者たちの捜索を開始しました。

「アナスタシア様!?」

「私は土属性魔法と水属性魔法を操れます。土砂の撤去には最適なのです。可能な限り、生存者を見つけ出します」

 戸惑うセシルに私は伝えていく。

 この場面でやるべきこと。狼狽えるのではなく、生存者がいると信じて動き始めることだと。

「殿下は救助された者たちを治療する簡易施設の建設を急がせてください。あと住民たちを叩き起こして、救助作業を手伝ってもらいましょう」

「分かりました。アナスタシア様もご無理はされませんように!」

 こんなときまで優しいのね。

 でも、平気よ。私は何度も死んだ経験がある。

 死ぬほど頑張るという意味を誰よりも知っているのですから。

「ハイドロクラッシャァァ!!」

 大まかに土砂を削るため、私は岩盤をも貫く魔法を唱えています。

 まるで役に立ちそうになかった土と水の魔法ですけれど、この災害時には意外と使えそうな感じです。

 何時間が経過したでしょう。

 ほぼ死体しか発見できておりませんでしたが、それでも何人かは生存者が見つかっています。

 私たちは眠る間を惜しんで、土砂を撤去していくだけです。

「姫様、生存者が見つかりましたが、巨大な岩が邪魔をして……」

 住民が声をかけてくれる。この辺りは昼間の成果かもしれない。

 壁がなくなっていなければ、このような話を直接できなかったことでしょう。

「案内して!」

 住民に連れられたそこには、転がって来ただろう巨大な岩石がありました。

 倒壊を免れた壁の隙間から手が見えています。

「エクストラヒール!」

 まずは生存者の回復を促す。

 更には岩石を人海戦術にて撤去しようという人たちを後方まで下がらせました。

「ハイドロクラッシャァアアア!!」

 この程度の岩石なんて敵じゃない。あっという間に粉砕してやるんだから。

 魔力の限りに噴射し続ける。この巨岩が木っ端微塵となるまで。

「うおおお! 姫様が破壊してくれたぞ! 救助を急げ!」

 岩石が粉々になるや、住民たちが救助を再開。この分だと生存者は恐らく助かるはず。

「救助困難な場合は直ぐさま連絡を! 一刻も早い救助が必要です!」

 一秒も休まることのない救助作業が続いていました。

 夜を徹し、次の日も同じように。

 しかし、土砂崩れの規模は想像を絶するものでありまして、十分の一も撤去できていないのが現実であります。

「アナスタシア様、少しお休みになられては……?」

 流石に心配したのか、休息を取るようにとセシルが言います。

 確かに疲れているけれど、私は動くしかないの。私にしかできないことがあるのだから。

「殿下、心配ご無用です。私は一人でも多く助けたいだけなのです」

 生存可能性は刻一刻と目減りしていることでしょう。

 もしも仮眠を取ったとすれば、その間に亡くなる方もいるはずなのです。

「姫様! まだ息のある少女を発見しました!」

「直ぐ行くわ!」

 セシルに礼をしてから、私は現場へと駆けていく。

 この日のために誂えたドレスは今や泥まみれ。所々、破れてもいます。

 でも、悪くないと思う。私は泥だらけのドレスを誇りに感じている。

 かつてドレスが汚れたときには、このような感情に至らなかったんだもの。

「返り血で汚れるより、ずっと良いわ――」
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