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第十四章 迫る闇の中で

君に祝杯を

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 いよいよ査問会となります。

 もう既にイセリナを救うといった私の目的は達せられていましたが、白金貨二千枚と契約を勝ち取った私はこの査問会を操らねばなりません。

 それこそ契約違反など私の矜持に反することですから。


 事前に話していたように、髭が新たな議事を提出したことで異様な雰囲気に包まれています。

 寝耳に水と言ったダルハウジー侯爵でしたけれど、反論などできるはずがありません。

 何しろ、エレオノーラが拘束されているのです。どうしてかクレアフィール公爵家を裏切る結果になっているのですから。

「本日は重要な議案が二つ提出されております。お忙しい中、ほぼ全員が集まってくださり感謝いたします。早速と議題を進めて参りましょう」

 議長であるモルディン大臣の進行に、全員が拍手を送っています。

「とまあ、以上が王家の婚約者名簿を盗んだ者への提案であり、クレアフィール公爵から提出されたものです。またお知らせしましたように、同様の議題がランカスタ公爵からも提出されております。そちらは具体名が記載されておりまして、ダルハウジー侯爵家の廃爵がその内容となります」

 モルディン大臣が説明を終えると、直ぐさまダルハウジー侯爵が手を挙げた。

 後がない彼が意見するのは当然のことでしょう。

「異議あり! ワシは身に覚えのない疑惑をかけられておる。どうしてワシが王家の婚約者名簿を盗んだことになる? そもそも廃爵とは何だ!?」

 威圧的にダルハウジー侯爵。

 好きなだけ喋らせてあげてもいいけれど、このような茶番に時間を費やすなど無駄なことです。

 モルディン大臣が返答するよりも前に私は手を挙げました。

「スカーレット子爵、どうぞ……」

「発言許可をありがとうございます。ダルハウジー侯爵様のお話では身に覚えがないと仰っております。しかし、私は当日の早朝、不審者を捕らえておるのですよ……」

 言って私はシルヴィアを呼ぶ。

 といっても、待機させていた彼女が隣室から入って来ただけですけれど。

「シ、シルヴィア……?」

 ダルハウジー侯爵は目を剥いておられます。

 恐らく仕事をしたあとは身を潜めておくように言われていたのでしょうね。

 まあ、そんなことよりも、彼女に証言してもらいましょうか。

「貴方はシルヴィア・ガイア・リッチモンドで間違いないですね?」

「はい……」

 集まった貴族たちがざわつく。

 流石にシルヴィアが証人だとは誰も考えていなかったみたいです。

「彼女は罪人です。しかし、証言することで減刑と致します。鞭打ち百回を公開で行うことで了解を得ておりますので、ご了解ください。全ては真相を明らかとするためですから。まあそれでシルヴィア様、当日貴方は貴族院で何をされていましたか?」

「ダルハウジー侯爵に命じられ、イセリナ・イグニス・ランカスタの机へ王家の婚約者名簿をしまい込めと……」

「ま、待て! どうして一方的に話が進むのだ!? その女が証人など認めないぞ!」

 契約もしていなければ、愛人であっただけ。確かに証拠などありません。

 でもね、貴方は既に詰んでいるのよ。


 ここでクレアフィール公爵が手を挙げました。

「私はダルハウジー侯爵から議題を提出して欲しいと頼まれた。禁書庫から蔵書を盗んだ者の情報を得たと。悪を裁くためであり、私にも恩恵があるのだと話していたな」

「待ってください! ワシは……」

 もう自白したようなものじゃないの。

 もっと頑張ってくれないと準備した全てが無駄になってしまうわ。

「ダルハウジー侯爵様、私はイセリナ・イグニス・ランカスタが無実の罪で断罪される予知をしておりますの。貴方は当初、イセリナ・イグニス・ランカスタを嵌めようとしていた。だからこそ、クレアフィール公爵様に声をかけたのですね?」

 ダルハウジー侯爵は顔を振るだけでした。

 そもそも議題の中心実物になった時点で切り捨てられることが確定しているのです。

「ではシルヴィア様、どうしてイセリナ様の机に入れなかったのでしょう?」

「やはり私が産んだ子……。命令に背くことになったのですけれど、同じ公爵令嬢であれば彼の望みは叶うだろうと……」

「貴様、拾ってやったのに、何だその話は!? この女は嘘を言っている!」

 流石に頭にきたのでしょう。ダルハウジー侯爵は声を荒らげています。

「ダルハウジー侯爵様、更に罪を重ねるおつもりで?」

「どういうことだ!?」

「いや、正直に骨が折れたのですけれど、もう一人証言者がおられますの」

 私は回答を導いていました。

 契約をしたクレアフィール公爵が嘘を言うはずもない。ならばと決定的証拠を掴んでいます。

「ベリンガム大司教様、どうぞ……」

 次の証言者として現れたのはベリンガム大司教です。

 彼は最終日の封印を担当された方でありまして、盗みに荷担したと思われる人間です。

「ベリンガム大司教様もまた取引しております。此度の件は非常に断りづらかったと話されておりますし、情状酌量を求めさせてください。これも真相解明に必要なことですので、ご了解願います」

 この査問会では二人の罪人を見逃すことになる。

 全ての罪はダルハウジー侯爵家が背負うことになるのです。

 私の説明があってから、ベリンガム大司教が証言を始めます。

「実はダルハウジー侯爵から王家の婚約者名簿を手に入れるよう指示を受けました。加えて、引き受けなければ来年度以降に寄付金を止めると仰ったのです」

 教会もまた裁いてやろうかと考えていたのですけれど、契約を上書きしたのちに聞いてみると脅しを受けていたみたい。

「地方の教会は地元の名士から寄付金をいただかないとままなりません。孤児たちに食べさせることができなくなってしまいます。悪事であるのは分かっていました。此度の盗みは聖教会も把握しております。実行した私こそが悪であり、罰せられるべきは私です。どうか聖教会には寛大な処置をお願いいたします」

 言ってベリンガム大司教は一枚の紙を取り出して見せる。

 その姿にダルハウジー侯爵は目を剥いて驚いていました。

「お前、どうしてそれを出して生きているんだ……?」

 契約を済ませていたのは知っています。

 しかし、私は万全を期してこの場にいるのです。残念だけど小悪党に出し抜かれるのは一度きりで充分なのよ。

「ベリンガム大司教は契約を強制させられていました。私の術式で上書きしているので、このように契約違反も可能となっております。それでこの紙には双方の義務が記されており、ベリンガム大司教は王家の婚約者名簿を手に入れること、更には秘匿することが強いられていました」

 静まり返る査問会。何だか裁判ゲームの主人公になったかのよう。

 私は完全に査問会を牛耳っていました。

「この契約書の存在によりダルハウジー侯爵の罪は明らか。加えて彼はシルヴィア・ガイア・リッチモンドに先ほどこう返しています」

 これで茶番は終わりよ。

 残念だけど、今回の罰ゲームは貴方で決まっているの。些細な罪から重大な犯罪まで。

「拾ってやったのにと――」

 再びどよめく。

 もはや敗戦濃厚なダルハウジー侯爵に票を入れる者などいるはずがない。

 貴族界は強い者がより強くなれる場所。力を失えば仮に強者であったとして切り捨てる対象に成り果ててしまう。

 人情など少しも加味されない場所が貴族界なのです。

「以上がダルハウジー侯爵の罪。王家の婚約者名簿の窃盗に加え、罪をなすりつけようとしました。更には犯罪者を匿っていたこと。廃爵及び一族の断罪が適当かと思われます」

 演説にも聞こえる私の話に拍手が返されていました。

 参加した全員。ダルハウジー侯爵を除いた貴族たちが盛大な拍手で称えてくれたのです。

「ワ、ワシは……?」

 残念だけど、貴方はたった今切り捨てられたのよ。

 過去に貴方も見てきたでしょ? それと同じよ。

 たとえ無罪であったとしても、査問会は気にしないのだから。


 裁決は拍手と同じだけでした。ほぼ満票でダルハウジー侯爵家の廃爵案が可決しています。

 と同時にエレオノーラの嫌疑は晴れ、クレアフィール公爵の議案は却下となっています。


 ◇ ◇ ◇


 査問会を終えた私は疲れ果てていました。

 早く横になろうとランカスタ公爵邸へと戻ったのですけれど、迎えてくれたイセリナは何とも暢気なものです。

「アナ、ワタクシは咽が渇きましたの!」

 いや、あんたねぇ。私は貴方のために頑張ってきたのに……。

 ぶっちゃけ、このイセリナが前世界線を知るはずもない。何も考えていない怠惰な姫君だもの。

 断頭台に送られる世界線があったことなど分かるはずもありません。

「お酒にしない?」

 私はそう提案しています。

 寝酒よろしくと。呑まずに眠るなんてできそうにないもの。

「アナは本当にお酒が好きね? よろしくてよ?」

 早く用意しろとイセリナ。本当に人使いが荒いけれど、私を心から信頼している。

 死の間際でさえ、彼女は私を信じてくれたのですから。

「とっておきのボトルを開けるわ」

 兎にも角にも祝杯です。何しろ私はイセリナとの約束を果たした。

 結果は想像もしていない形になりましたけれど、約束だけは遂げたのです。

 次は絶対に助けてあげる。

 そう誓ったことだけは達成したわけですから。
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