青き薔薇の悪役令嬢はその愛に溺れたい ~取り巻きモブとして二度目の転生を命じられたとしても~

坂森大我

文字の大きさ
上 下
337 / 377
第十四章 迫る闇の中で

妥協案

しおりを挟む
 私は仮眠を取っていました。

 貴族院の中庭にあるベンチで居眠りです。

 どれだけ眠っていたでしょうか。不意に脳裏へと声が聞こえて、私は目を覚ましています。

『アナスタシア様、今よろしいですか? 少しお話ししたいことがございます』

 期待通りに念話が届きました。

 今度は確実にエレオノーラを守れという話でしょう。

 何しろ、イセリナが拘束された頃には査問会の開催が決まっていたのですから。

『構いません。貴族院の図書室にいましたから、直ぐに登城しますわ』

 エレオノーラに恨みはありませんが、クレアフィール公爵家の男性たちには不満しかありませんの。

 よって、私は友人を守るだけ。此度の断頭台はお一人でどうぞ。

 私は貴族らしくなく駆け足で王城を走って行く。徹夜した成果を早く聞きたいがために。

「アナスタシアですわ」

 ノックをして名乗ると、モルディン大臣が扉を開いてくれる。

 ここは記憶通りです。イセリナが拘束された日も同じ部屋に呼ばれたのですから。

「どうされました? 急いで来ましたけれど」

「実は相談事がございましてね……」

 嘆息するモルディン大臣を見る限りはクレアフィール公爵家にとって苦渋の決断となっているからでしょう。

「今朝のことです。アナスタシア様の予知が現実になってしまいました」

「ああ、イセリナが捕らえられるという予知ですね?」

「その通りです。しかし、どこで狂ったのか、イセリナ様ではなく、エレオノーラが拘束されてしまったのです」

 まあ、そうなるでしょうね。

 近衛騎士団が動いたのですから、即刻逮捕となったはず。

「王家の婚約者名簿が盗まれたのですね?」

「匿名の密告では貴族院の一般科に通う女性が似たような書物を持っていたという話だったのです。てっきり私はイセリナ様が予知通りに嵌められたのだと考えていました」

「密告はたったそれだけなのですか?」

「あとは公爵令嬢だと……」

 なるほど、ぼかし方が甘かったわね。

 学年全体を見ても、公爵令嬢はイセリナとエレオノーラしかいないのだから。

「そういえば、私の予知も曖昧だったかもしれません。てっきりイセリナだと考えておりましたが……」

 私も濁しておきましょう。

 どうせ証明などできないのですから。

「二人は髪色や背格好が似ていますからね……」

「というと、エレオノーラ様の机から王家の婚約者名簿が出てきたと?」

「その通りです。防犯用の術式まで展開されていました。まるでエレオノーラが見つからないように施したとしか思えないものが……」

 モルディン大臣には悪いけれど、私はもうクレアフィール公爵と敵対しているのよ。

 孫娘はさぞかし可愛いでしょうが、私に同情を引くなんて無駄なことです。

「査問会は開かれるのでしょうか?」

「ええまあ。書物が盗まれたと発覚して直ぐ、クレアフィール公爵から提出されています。犯人は断罪処分にすべきだと」

 ま、クレアフィール公爵の気持ちは分かる。

 犯人がイセリナと分かってから断罪処分とするよりも、先に言っておかないと相手を見た罰則だと思われてしまうものね。

「アナスタシア様、エレオノーラを助けてもらえないでしょうか?」

 モルディン大臣は一連の流れを作った張本人に助力を求めています。

 ここまでの過程を知り得ない彼は最大の悪に気付いていないようです。

 私としては徹底的に戦うつもりでしたが、モルディン大臣には世話になっていますし、エレオノーラにも悪い印象はありません。

「難しいですね。貴族界は誰かを吊し上げて、解決とするものでしょう?」

 イセリナがそうであったように、エレオノーラの机から発見された事実。

 嵌められたのかどうかなんて考慮する貴族界ではありません。

「そうなのですが、不憫に感じましてね。貴方様は私が最も期待をし、信頼している人物。アナスタシア様であれば、策があるかと思ったのですけれど」

 そこまで評価が上がる理由は分かりませんでしたが、頼み込まれたのなら手を貸したいと考えます。

 たとえ全ての元凶が私であったとしても。

「まず聞きたいことがございます。クレアフィール公爵は何を考えて議題を提出されたのですか? 明らかに先走った感があり、謀略の影が透けて見えております」

 助けるにしても、クレアフィール公爵には釘を刺しておかねばならない。

 妙な動きをしないように、力を削いでおきたいところです。

「確かに。恐らくアナスタシア様の予知のままかと。残念ながら愚息はイセリナ様を陥れようとして、手違いで愛娘を追い込んでしまったようです」

 そう考えるのが当たり前よね。雇った人間がミスを犯したと考えるべきです。

 とはいえ、疑問が残ります。

 仕掛け人であるシルヴィアはダルハウジー侯爵に囲われていると話したのです。クレアフィール公爵とは関係ありませんでした。

「エレオノーラ様を助けても構わない。ですが、クレアフィール公爵の自業自得感は否めません。他者を陥れてまで愛娘を嫁がせようとしたのですから」

 明言しておかねばなりません。

 エレオノーラ可愛しといって、イセリナを断罪に追い込むなんて。私としては公爵自身が断頭台に登ってくれないと納得できません。

「一つ手があることは確かです……」

「本当ですか!? 是非ともお聞かせ願いたいのですけれど」

 モルディン大臣のためならば動く用意があります。

 だけど、結果的にクレアフィール公爵がお咎めなしとなるなんて許せない。

「その前に私はクレアフィール公爵に弁明願いたい。一つ間違えたのなら、イセリナが断罪に処されていたはず。彼女は私の親友です。イセリナを陥れようとした者を助けるほど、聖人ではありませんよ?」

 ぐうの音も出ないことでしょう。

 立場が一変しただけ。前世界線で私は完全に敗北したのよ。クレアフィール公爵の策によって。

「息子は何と愚かなのでしょうか。ランカスタ公爵家には貴方様がいる。口を酸っぱくして言いきかせてきましたが、残念ながら牙を剥いてしまった。取り返しのつかない馬鹿な行いです。王都におりますので、呼び出して頭を下げさせます。どうかそれで溜飲を下げてもらえないでしょうか?」

 孫娘を不憫に思う気持ちは分かります。

 妥協案というか、相応の対価を求めることで了承すべきかもしれません。

「謝罪など結構です。しかし、公爵様にはそれなりの罰を与えないと納得できません。ただでさえ私はアルバート様の件で公爵家に良い印象を持っておりませんから」

「具体的に何を? 私は殴りつけてでも謝罪させる予定です」

 そこまで言われてしまうと、妥協案を提示するしかありません。

 謝られたとして何も変わらない。よって私はクレアフィール公爵を取り込む方向で動くしかないでしょう。

「ご存じのように私は力を欲している。賠償として白金貨千枚。加えて契約を行います。もう二度と私の意に反する行動をしないこと。ひいては私が王家の直轄地を得る場合に賛成するように」

 突きつけたのは公爵家が傾いても仕方のないものです。

 恐らく現金では用意できないはず。

 あらゆる物を売却し、捻出しなければ支払えないことでしょう。

「そんなにですか!?」

「譲るつもりはありません。条件を呑むのであれば、エレオノーラ様は助けましょう」

 じっくりと考えてください。

 私は売られた喧嘩を買っただけ。敗戦が目に見えたからと、降参を認めるとかあり得ない。

 勝利に値する対価がなければ、停戦など受け入れられません。

「一つお聞かせください。どうやってエレオノーラを助けるつもりです? 盗まれた書物はエレオノーラの机から発見されたのですよ?」

 当然のこと、方法は知りたいでしょうね。

 でもなければ、説得などできるはずもないのですから。

「ご存じのように今朝、私は貴族院にいました。そこで妙な女を捕らえたのです。尋問しますと、彼女は雇われの間者だと名乗っていました。もちろん、雇い主の名も聞いています」

 これだけ言えば分かるかな。

 手の内を全て晒すなんて考えていませんし。

「雇い主は息子ではないのですね……?」

「ええまあ。現在も拘束中ですわ。貴族界の慣例により、誰かが罪を負わねばなりません。その女を使えば、厳罰をエレオノーラ様からある者へとすげ替えることが可能です」

 モルディン大臣は頷いていた。

 貴族界の習わしについては彼もよく知っていることでしょう。

 盗まれた事実と証拠が揃った今、誰かが罪を背負うしかないのです。

「承知しました。必ずや説得してまいります」

 白金貨千枚なら悪くないわ。北部の発展に使わせてもらいましょう。

 その条件を呑むしかないのです。エレオノーラを助けようとするならば。

 私は念押しするように、モルディン大臣へと告げています。

 査問会まで三日。よくご検討ください――と。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

【完結】あなたの瞳に映るのは

今川みらい
恋愛
命を救える筈の友を、俺は無慈悲に見捨てた。 全てはあなたを手に入れるために。 長年の片想いが、ティアラの婚約破棄をきっかけに動き出す。 ★完結保証★ 全19話執筆済み。4万字程度です。 前半がティアラside、後半がアイラスsideになります。 表紙画像は作中で登場するサンブリテニアです。

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...