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第十四章 迫る闇の中で
推論
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面談を終えたあと、モルディン大臣の執務室へと来ています。
「結局のところ、ダルハウジー侯爵に雇われた者はおらず、それどころか王家の婚約者名簿すら品目として口にしませんでした」
報告を終えますが、モルディン大臣は眉根を寄せています。
当然だよね。全員が有象無象の伯爵家に雇われていたなんて。
「アナスタシア様はどうお考えです? 聡明な貴方様なら真相に行き着いているのではないでしょうか?」
なるほど。自身の意見よりも私の話を聞くのね。
私としては王国のためだとか少しも考えていないのだけど。
「恐らく共謀者がいる。だけど、証拠がありません。主犯はランカスタ公爵が雇ったヒューズに違いないと思われます」
ヒューズしか犯人はいない。それだけは明らかです。
髭と契約を結びながら、陰で動いていたのは彼しか考えられない。
何しろヒューズだけが私と契約していないから。彼は髭を裏切らぬように問答するだけでやり過ごせたのです。
「どうしてそうお考えに?」
「単に強制力が違うからです。私は他の四人と契約を結びました。それ以前の契約を無にする強固な契約。彼らは嘘を言えませんし、私の意に反する返答を口にできませんから」
「それだけでヒューズが怪しいと?」
恐らくモルディン大臣も何らかの考えがあるはず。
きっとモルディン大臣は他者の考えから、自分の思考に肉付けしていく人だ。
「彼だけが自由でした。初日に私の依頼物であるアンジェラ・ローズマリーの日記をすり替え、私が手渡した偽物を白金貨二枚で売ったのです。値切り交渉に応じたのは偽物だと分かっていたからでしょう」
王国を去るつもりだった彼はできるだけ収入を得たかったはず。
行き掛けの駄賃とばかりに請け負ったはずだわ。
「では王家の婚約者名簿についてはどうお考えですか?」
問題はそこなのよね。
私が制作した偽物を売り払ったのだから、確実に第三区画には空き番が出てしまう。
チェックに引っかかるのはヒューズにも分かったはずです。
「ヒューズは初日にアンジェラ・ローズマリーの日記を手に入れたと話しています。それが本当であれば、三日目までに偽物の偽物を用意しようとしたはず。ただし、一日や二日で精巧なものが作れるはずもありません」
最終日までには用意しなければなりません。
全員が雇われの文官であると彼は知らなかったのです。
他者の区画をチェックするときには代品を用意しなければならないことが分かりきっていました。
「どうやったのですか? アナスタシア様の予知から考えると、王家の婚約者名簿が欠番になっていた。しかし、現状では欠番となるのはアンジェラ・ローズマリーの日記ですよね?」
「最終チェック時にアンジェラ・ローズマリーの日記が欠番となっていたのは確実。ヒューズは最終チェックの担当者ダストンを買収していたのだと思われます」
眉根を寄せるのはモルディン大臣です。
もしも、その話が真実であれば、ヒューズはもう二度と王国へ戻ることができません。
「買収ですか? 証拠はございますか?」
「状況証拠ですけれど……」
恐らく間違いはない。契約をしたダストンの話が真実であるのなら。
「ダストンは白金貨二枚でブラガン伯爵から依頼を受けています。また彼は依頼品のすり替えに白金貨一枚を支払ったと語っていました。だとすれば、ダストンの手持ちは白金貨一枚……」
アンジェラ・ローズマリーの日記の最終確認が問題とならなかった理由。それはダストンが買収されていたからに違いないでしょう。
「ダストンの利益は白金貨一枚しかありません。しかし、彼は面談した私を買収しようとして、白金貨を手渡そうとしていたのです」
確実にダストンはまだ余力を残していた。大罪を犯した対価を確保していないはずがないのです。
「恐らくヒューズは白金貨をダストンに手渡し、最終チェックの見逃しを依頼した……」
これが私の推論です。
アンジェラ・ローズマリーの日記を依頼したセオドアは白金貨二枚をヒューズに支払っている。そのうちの一枚をヒューズはダストンに手渡したはず。
ダストンも利益を残せるわけで、その推論なら矛盾は生まれません。
「なるほど、数珠つなぎに犯罪が横行していたのですか。しかし、それでは王家の婚約者名簿が欠番の理由はまだ分かりませんね?」
「そこで先ほど述べた共謀者が登場するのです……」
推論以外の何でもありません。
だけど、現状から予測できる事態はそれしか考えられない。
きっと受け入れられないだろう。ともすれば私の人格を否定するかもしれない。
だけど、私は告げるだけだ。
陰で動いていた者の名を。
「ベリンガム大司教が悪意の第三者であると考えます」
「結局のところ、ダルハウジー侯爵に雇われた者はおらず、それどころか王家の婚約者名簿すら品目として口にしませんでした」
報告を終えますが、モルディン大臣は眉根を寄せています。
当然だよね。全員が有象無象の伯爵家に雇われていたなんて。
「アナスタシア様はどうお考えです? 聡明な貴方様なら真相に行き着いているのではないでしょうか?」
なるほど。自身の意見よりも私の話を聞くのね。
私としては王国のためだとか少しも考えていないのだけど。
「恐らく共謀者がいる。だけど、証拠がありません。主犯はランカスタ公爵が雇ったヒューズに違いないと思われます」
ヒューズしか犯人はいない。それだけは明らかです。
髭と契約を結びながら、陰で動いていたのは彼しか考えられない。
何しろヒューズだけが私と契約していないから。彼は髭を裏切らぬように問答するだけでやり過ごせたのです。
「どうしてそうお考えに?」
「単に強制力が違うからです。私は他の四人と契約を結びました。それ以前の契約を無にする強固な契約。彼らは嘘を言えませんし、私の意に反する返答を口にできませんから」
「それだけでヒューズが怪しいと?」
恐らくモルディン大臣も何らかの考えがあるはず。
きっとモルディン大臣は他者の考えから、自分の思考に肉付けしていく人だ。
「彼だけが自由でした。初日に私の依頼物であるアンジェラ・ローズマリーの日記をすり替え、私が手渡した偽物を白金貨二枚で売ったのです。値切り交渉に応じたのは偽物だと分かっていたからでしょう」
王国を去るつもりだった彼はできるだけ収入を得たかったはず。
行き掛けの駄賃とばかりに請け負ったはずだわ。
「では王家の婚約者名簿についてはどうお考えですか?」
問題はそこなのよね。
私が制作した偽物を売り払ったのだから、確実に第三区画には空き番が出てしまう。
チェックに引っかかるのはヒューズにも分かったはずです。
「ヒューズは初日にアンジェラ・ローズマリーの日記を手に入れたと話しています。それが本当であれば、三日目までに偽物の偽物を用意しようとしたはず。ただし、一日や二日で精巧なものが作れるはずもありません」
最終日までには用意しなければなりません。
全員が雇われの文官であると彼は知らなかったのです。
他者の区画をチェックするときには代品を用意しなければならないことが分かりきっていました。
「どうやったのですか? アナスタシア様の予知から考えると、王家の婚約者名簿が欠番になっていた。しかし、現状では欠番となるのはアンジェラ・ローズマリーの日記ですよね?」
「最終チェック時にアンジェラ・ローズマリーの日記が欠番となっていたのは確実。ヒューズは最終チェックの担当者ダストンを買収していたのだと思われます」
眉根を寄せるのはモルディン大臣です。
もしも、その話が真実であれば、ヒューズはもう二度と王国へ戻ることができません。
「買収ですか? 証拠はございますか?」
「状況証拠ですけれど……」
恐らく間違いはない。契約をしたダストンの話が真実であるのなら。
「ダストンは白金貨二枚でブラガン伯爵から依頼を受けています。また彼は依頼品のすり替えに白金貨一枚を支払ったと語っていました。だとすれば、ダストンの手持ちは白金貨一枚……」
アンジェラ・ローズマリーの日記の最終確認が問題とならなかった理由。それはダストンが買収されていたからに違いないでしょう。
「ダストンの利益は白金貨一枚しかありません。しかし、彼は面談した私を買収しようとして、白金貨を手渡そうとしていたのです」
確実にダストンはまだ余力を残していた。大罪を犯した対価を確保していないはずがないのです。
「恐らくヒューズは白金貨をダストンに手渡し、最終チェックの見逃しを依頼した……」
これが私の推論です。
アンジェラ・ローズマリーの日記を依頼したセオドアは白金貨二枚をヒューズに支払っている。そのうちの一枚をヒューズはダストンに手渡したはず。
ダストンも利益を残せるわけで、その推論なら矛盾は生まれません。
「なるほど、数珠つなぎに犯罪が横行していたのですか。しかし、それでは王家の婚約者名簿が欠番の理由はまだ分かりませんね?」
「そこで先ほど述べた共謀者が登場するのです……」
推論以外の何でもありません。
だけど、現状から予測できる事態はそれしか考えられない。
きっと受け入れられないだろう。ともすれば私の人格を否定するかもしれない。
だけど、私は告げるだけだ。
陰で動いていた者の名を。
「ベリンガム大司教が悪意の第三者であると考えます」
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