青き薔薇の悪役令嬢はその愛に溺れたい ~取り巻きモブとして二度目の転生を命じられたとしても~

坂森大我

文字の大きさ
上 下
315 / 377
第十四章 迫る闇の中で

髭の呼び出し

しおりを挟む
 髭の執務室へ入ると、いつものようにふんぞり返った公爵様が私を見ていました。

「えっと、なに?」

 話は分かっていましたが、とりあえず聞くことから始めないとね。

 適切な受け答えをしなきゃだし。

「お前はどういうつもりだ?」

 あらま、割と怒っているのかな?

 国務大臣を目指しているというのに、娘が王太子妃の候補から外れたんだものね。

「いや、私というよりフェリクス殿下がですね……」

 弁明を始めるしかないな。

 今となっては言葉を発しない王子殿下のせいにするしかかりません。

「はぁ? フェリクス殿下の話がどうして出てくる?」

「聞いてないの? フェリクス殿下が亡くなる直前に女神アマンダから未来を見せてもらったという話だけど……」

「何のことだ? 儂はお前の態度に文句があっただけだぞ?」

 あちゃぁ、やらかしたかも。

 てっきりイセリナの破局について怒られるのかと思ったけど、フェリクスの話を知らないのなら別件で呼び出されたのかもしれません。

「お前が依頼していた書物が届いた……」

 言って髭は机の上に一冊の古びた書物を置く。

 あら? それってまさかアンジェラ・ローズマリーの日記じゃないの?

 喜び勇んで手を伸ばしますが、髭はアンジェラ・ローズマリーの日記に触らせてくれません。

「今の話を先に聞かせろ……」

 あたた……。やっちまったね。

 まだ髭に話をつけていないのは確実。恐らくはイセリナの意志を確認してからという話だったのでしょう。

 どうせ伝えなきゃいけないし、私はここまでの経緯と自分の意志を告げなければいけません。

「実はフェリクス殿下が亡くなる直前、私は治療を担当していたのです。まあですが、幾ばくも持たないだろうと、王家の方々を集めていました」

 まずはどうしてこうなったのか。

 普通の状況ではイセリナの婚約破棄とかあり得ません。彼女のぐうたらがバレたわけでもないですし。

「意識を失っていたフェリクス殿下は王国の未来を見たいと女神アマンダに願われたそうです。そこで彼は夢に王国の未来を見たといいます。ルーク殿下が王太子となり、王国を導いていくという夢を……」

「別段変わった話ではないだろう? もうルーク殿下が王太子となるのは確定的だ」

「そうなんだけど、続きがあってさ。フェリクス殿下は夢に見た話を続けたのよ」

 実際のところアマンダが見せた夢なのかどうかは分かりません。

 だけど、アナスタシア・スカーレットを知らぬフェリクス殿下が口にしたという事実が現実を惑わせているのです。

「王太子妃は桃色の髪をしていたと……」

 流石の髭も目を丸くしています。

 王国中を捜せば一人くらい見つかるかもしれませんが、現状でピンク色をした髪の女性は私くらいなのよね。

 しかも、王座に近い女性で括ると、私以外にはいないと思える内容です。

「お前が王太子妃だと?」

「分からないわ。でも、王家は女神アマンダのお告げを重要視している。既にイセリナはルーク殿下との婚約破棄を伝えられているし、セシル殿下の婚約者となる打診を受けているの」

 これで全部です。私が選ばれようとしている事実から、イセリナへのフォローまで。

 王家の動きで分かっているのはここまでです。

「なるほどな。悪くない話だ……」

 意外と髭は受け入れている。

 まだ私は代案としての国務大臣の指名を口にしていないのだけど。

「どうしてそう思うの?」

「いや、イセリナに王太子妃が務まると思うか?」

 えっと、実父にも残念令嬢との認識があるんだ……。

 イセリナには少しの信頼もないみたい。

「私はランカスタ公爵家の人間じゃないけど構わないの?」

「お前はウチの人間みたいなものだろ? エレオノーラが選ばれたのであれば、流石に口を挟んでいる」

「そうなのね。あと王家はランカスタ公爵を国務大臣に指名するらしいわ。迷惑料みたいだけど……」

 国務大臣は王家が候補者を選定し、議会の投票によって決まります。

 その王家が指名するということは、信任投票でしかなくなることを意味していました。

「大臣の席は既に安泰だろう。だから、儂は別に気にしていない」

 確かに。今さら指名だなんて意味などありません。

 メルヴィス公爵家の廃爵が決まった今、対抗馬などいないのですから。

「しかし、お前を妃とするのは王家でも苦労するんじゃないか? 他国の枢機卿でもなくなったお前を選ぶのに、フェリクス殿下が夢を見たからだと言えるはずもない。それは後付けでしか理由として成立せん」

 もっともな話です。フェリクス殿下の夢が王太子妃決定の理由では貴族界を納得させられない。

 私が伯爵位を得て、北部地域で絶大な支持を得たあとでなければ、後付けの弁明にしか聞こえないのです。

「分かってるわ。あと九ヶ月あるもの。私は北部地域を統べる覚悟よ……」

 私の決意に髭は憎たらしい笑みを浮かべています。

「クック……。お前は本当にいいな? 儂が養子縁組してやっても良いが、それではお前が納得できないだろ?」

「当たり前でしょ。私は自分の力で未来を切り開き、手にするだけよ……」

「期日的に厳しいとしか言えん。何しろ、アナは授爵したばかりだ。今以上に陞爵させるには救世主にでもならなければ無理だろう。あらゆる貴族を黙らせる功績が必須となるはずだ」

 勇者だとか救世主だとかは私の使命に入っていません。

 結果的な救世主でしかない私は世界に生きる人たちにとって、下位貴族の括りから外れないのよね。

 停滞する世界を動かそうとしているなんて分かるはずもないのですから。

「忠告どうも。私からも一つ言っておくと、イセリナが本当にセシル殿下の婚約者になるのなら気を付けなきゃいけないわ。エレオノーラはかなり第三王子を意識していたから」

 髭も分かっているだろうけど、一応は話しておかないとね。

 エレオノーラは無茶をしないと思うけれど、警戒はしておいた方がいいのだし。

「またも貴族界が荒れるのか……」

 髭は溜め息を吐いた。

 当然だけど、私も同感だわ。結局は誰が選ばれても角が出る。

 王子殿下の妃となる人数は限られているのだから。

「とにかく、盗んできた本をちょうだい。私はそれを待っていたのよ」

「お前な、儂の苦労も考えろ。幾らかかったと思っているんだ?」

「ダミーは私が用意したのだし、お金を出しただけじゃない?」

 不満げな髭ですけれど、こういった遣り取りは慣れたものです。

 強気に話していたら、髭は折れてくれるようになっています。

「その分はちゃんと出世して返せ。雇った調査員を逃がすのにも金がいるんだぞ?」

「今逃げたら不自然じゃないの? てか、逃がす必要あるの?」

「白金貨五枚もくれてやったんだ。バレたとき、面倒だろう? 契約してはいるが、本年度で王家の務めを終えることになっている。世界を見て回りたいらしいぞ?」

 再びクックと邪悪な声で笑う髭。

 回りたいらしいぞって、あんたがそう仕向けたのでしょうが。

 まあしかし、白金貨五枚とは大盤振る舞いしたわね。

「了解。私が王太子妃になればそれでいい?」

「充分だ。仕事して見せろ」

 言われなくてもそのつもり。なんたって自分の幸せがかかってる。

 絶対にこの世界線をハッピーエンドで終えてやるんだから。

 アンジェラ・ローズマリーの日記を抱えながら、私は執務室を出て行きます。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...