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第十四章 迫る闇の中で

その愛に溺れる

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「王太子妃はアナだ……」

 私は呆気にとられていました。

 断言したルークは私を見つめたまま。

 両肩を掴まれた私は視線を外すくらいしかできません。

「夢でしょ……?」

「いや、アマンダ様が見せた未来。父上もあの夢の話が気になっていると話していた。だから、俺が切り出した婚約解消の話には頷くだけだった。誰も反対しないんだ……」

 王家も全員がアウローラ聖教会の信徒ですけれど、意識が朦朧としているフェリクスの戯れ言を王様も王妃様も重要視しているみたい。

 桃色をした髪の王太子妃が私であるとは決まっていないというのに。

「まだ私を選べないでしょ……? 王国民や貴族たちが納得しないわ」

「未来は決まっている。当人である俺自身の気持ちも……」

 嘆息するしかありません。

 私は王国のために意見しているというのに、誰もが盲目的にフェリクスの夢を信じているみたい。

「知らないわよ? どうなっても……」

「構わないさ。どうしてこんなにも遠回りしたのかと考えてしまう。あの夜に君を一目見た瞬間から、俺はずっと君のことが好きだった」

 真っ直ぐに向けられる恋心。いや、双方向ならば愛と呼ぶべきでしょうか。

 私はもう既に遠い記憶となったあの夜を思い出していました。

「火竜二頭を討伐した君は格好良かった。月明かりに照らし出される君は美しかった。身なりは侍女よりも酷いものだったけど、俺は君に恋をしたんだ……」

 真っ直ぐに受け取っている。

 貴方の言葉。貴方の気持ちを。

 格好いいとか酷い身なりは褒めていないけれど、それでも私は嬉しいと感じる。

 貴方を想う気持ちに気付いてから、幾度となく涙したわ。

 世界を動かす使命さえなければと、悔しくて堪らなかった。

 私は幸せになっていいの?

 私はその愛に手を伸ばしてもいいの?

 逡巡する私にルークが続けました。

「アナ、キスして良いか?」

 ここは貴族院の廊下。しかも、ルークにはまだ婚約者がいるというのに。

 唖然としてしまいますが、私は問いを返します。

「今度は確認するんだ?」

 貴方は知らないでしょうけど、実は何度もキスしてるの。

 この世界線は怒鳴りつけただけなのだけど、貴方は何度も私に口づけをしたわ。

「俺も学んだからな? 気が強い女の子の唇は奪うものじゃないって……」

 気が強いって……。これでも私は人知れず涙する乙女だというのに。

「自分勝手に行動するより良いことだわ。別に私は気が強いなんてことはないけどね」

 まったく、褒めるのなら褒め倒して欲しいわ。

 まあそれで、返事だけど……。

「いいよ……」

 どうしてかな。イセリナやエリカに悪いと思いつつも、私は許可を出していました。

 対するルークは驚いた表情です。

 自分で聞いておいて何て顔するのかしら?

「本当に……?」

 また私が怒り出すとでも思ってんの?

 いいと言ってるんだから、男らしく奪えば良かったのに。

「あのときはごめんね。私はどうしようもなかったんだ。貴方に当たり散らすしか精神を保てなかった。この人生では色々と後悔してるけど、あのときは最悪だった。やり直せるのなら、やり直したい。ずっとそう思ってる……」

 もしも、ルークルートから離れなかったなら。言い寄られたまま、世界線を進めていたのなら。

 こんなにも回り道はしなかったことでしょう。

 私はずっと貴方の隣にいただろうし、いつも笑顔でいられたはず。

「神さえも恨むほどに、あの瞬間を後悔してるわ……」

 全ての間違いがあの瞬間から始まっている。

 普通に過ごせばもっと早く辿り着いたことでしょう。だけど、私はあの選択ミスから、今この時まで来てしまった。

 回り道はしてしまったけれど、前世からずっと見ていた人が私の目の前にいました。

「それは俺もさ……」

 五年前とは明確に異なっています。

 ずっと背は伸びて、見下ろされているような感覚に陥る。

 でもね、しっくりと来るの。前世と同じ角度。私は上目遣いに彼を見ていました。

「アナ、一緒になろう」

 私は小さく頷いた。

 決意を覚悟に変え、夢を現実とするため。

(もう戻れないのね……)

 これから先は突き進むしかない。

 後ろなど振り返らずに、ただ望む未来へ懸命に手を伸ばすだけよ。


 静まり返った廊下に二人。

 私たちは口づけを交わす。

 それだけで私の心は満たされていく。

 だけど、幸せなのに胸が苦しい。この時間が永遠ではないと分かったから。

 明け方に見る淡い夢のように、唇が離れるやこの愛は水泡が如く弾けてしまうと知っていたから。


 とても長い時間に感じられていました。

 差し込む西日により長く伸びた二つの影が離れるまで、私は幸福の絶頂にいたことでしょう。

 息が詰まるほど濃密な愛。

 私は転生して初めて彼の愛に溺れていた。
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