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第十三章 巨星に挑む

私の味方

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「ホーリー・ブレス!!」

 授爵記念だというのに、私は祝福を授けたりもしています。騒いだもの勝ちと言わんばかりに。

 パレードが進むと、お花や食べ物を手渡す住民たちも現れていました。

 何だか思い出す。スラムの清掃活動から端を発した住民たちとのふれ合いについて。

「ありがとう!!」

 賢明に手を振り、声を上げました。

 当初の目的などすっかり頭から抜け落ちて、私を祝福してくれる人たちに感謝を返すことで精一杯です。

 時間をかけ、街を半周した私たちの馬車はルナレイクの大広場へと来ています。

 噂を聞きつけたのか、既に大勢の方が馬車の到着を待っていたみたい。

「アナ、挨拶した方が良いんじゃないか?」

 ルークに促されて、私は再び座席の上に立つ。

 見渡す限りの人。こんなにも私は、この街に溶け込んでいたのでしょうか。

 一つ引きを吸ってから、拡声魔法を実行。全員に私の気持ちが届くようにと声を張りました。

「皆様、私はどうしてか子爵となってしまいました……」

 第一声には笑い声が聞こえます。

 ですよねぇ。笑っちゃうのは私も同じです。

「今思い返すと、懐かしい日々。あちこちで買い食いをして、マリィと一緒に走り回ったことを今でも思い出します」

 一転して静かに聞いてくれました。

 私の話を一字一句聞き逃さないかのように。

「あれから四年が過ぎましたよ? 本当に時が経つのは早いですね。ルイ・ローズマリーとしてこの街へ来て、今では元のアナスタシア・スカーレット。私ってもう十七歳なんです……」

 少しばかり感傷的になってしまう。

 温かい拍手が私の言葉に返されていたから。

「北の大地でも炊き出しを始めました。もちろん、清掃をした人にしか食べさせてあげません。働かざる者食うべからずです」

 再び笑い声が響く。

 街の人たちも懐かしい日々を思い出してくれているのかもしれません。

「私は所領を持ってしまったので、昔のようにルナレイクで炊き出しをする機会はあまりないかと思います。でも、どうか続けてください。貧しい人や孤児たち。みんな一生懸命なんですけど、社会に出るには手助けがいる人たちばかりです。貧民と馬鹿にしないで欲しい。同じ人間じゃないですか? ルナレイクの人たちには手を取り合って生きて欲しいと願っています」

 盛大な拍手が送られています。

 こんな感じで良かったかな?

 演説とかあまり得意じゃないのですけど、私は気持ちを伝えられたでしょうか。感謝の想いを伝えきれたでしょうか。

「アナスタシア様、ルーク殿下はお元気そうじゃないですか!」

 ふと私は声をかけられています。

 その話はしないでおこうと考えていたのですけれど、一人が声を上げるや、大勢がその質問を向けていました。

 やはり王都で拡がったという噂話は下々の人たちにまで届いていたようです。

 ならば私は答えるしかない。これから起こり得る戦争ともいうべき査問会に赴くことを。

「実はこれから……」

 全てを赤裸々に伝えています。

 同情を引くつもりもなかったのですけれど、理不尽だと思えたのか不満の声が届いていました。

「もし仮に断罪処分となったとして、アナスタシア・スカーレットは何も間違っていない。そのとき私は笑みを浮かべて、断頭台からこの街を眺めることにします」

 最後は決意を。私は敗北が決定的な査問会に赴く。

 死が確定していようと信念を貫くだけだ。

 絶対に屈しないのだと。


 この演説に意味はありません。

 当事者の意見すら通らない査問会においては民の不満など考慮されるはずがないのです。

 だけど、私は伝えよう。揺るがぬ決意と筋の通った強さ。ただ殺されるためだけに赴くのではないのだと。

「最後まで戦います。悪の根を王国から排除できるそのときまで……」

 大地が揺れるほどの歓声が私に返されていました。

 流石に斬首刑は住民たちも予想していなかったのでしょう。

 徐々にヒートアップする彼らは政権批判まで口にしています。

「皆様、落ち着いてください。私は最後まで抗うつもりですから……」

 私の味方は大勢いる。査問会に彼らは出席できませんけれど、本気で怒ってくれるのですから。

 けれども、一般市民に幾ら同情されたからといって、私の罪状が変わるはずもありません。


 どうしてか涙が零れていました。

 私にとって斬首刑はリセットと同義。何の問題もなかったはずなのに。

「私は死にたくない……」

 遂には愚痴とも未練ともいえる言葉を口にしてしまう。

 大粒の涙が頬を伝い、それ以上は何も話せませんでした。

 静かに馬車が動き出します。

 泣きじゃくる私をルークは介抱してくれましたが、それよりも驚くことが……。

 どうしてか住人たちが馬車について来ています。

 口々に査問会への不満を叫び、私を応援してくれるのです。

「駄目よ……」

 そんなことを私は望んでいない。

 上位貴族は下級民のことなど考えもしていないの。貴族の批判はそれだけで投獄されてもおかしくありません。

「ついてこないで! 捕まってしまうわ! 私はそんなこと望んでいません!」

 声を張るも無駄なことでした。

 鍬やスコップを武器にした人たちが私たちを追いかけています。

「ルーク、どうしたらいいの!?」

「俺に任せろ。住人たちの安全は保証するし、アナを死なせはしない。王子として約束する」

 ルークは何か策があるのか、住人たちの決起を止めませんでした。

 確かに第一王子であれば、住民たちくらいは不問にできるかもしれない。

 城門前では当然のこと、騒ぎを聞きつけた兵たちに止められてしまうけれど、ルークは声を張っています。

「兵よ、通せ! 住人たちは横暴な査問会への不満を口にしているだけだ! 高圧的な貴族の排除を求めている! また俺は住人たちを支持すると決めた!」

「ルーク!?」

 またも私が望まぬ世界線が始まったのかもしれません。

 ルークは議会と衝突するつもりのよう。

 ただでさえ、一度やらかしている彼。査問会に一蹴されたとすれば、今度こそ王太子の目はなくなることでしょう。

「アナ、戦おうぜ。俺は査問会に乱入してやる。横暴な振る舞いの権力者を問い詰めてやるんだ」

 真っ直ぐに向けられた眼差し。意に反して私は頷いていました。

 前世は妻であった私ですけれど、実をいうと初めてです。

 ルークを頼りにするなんてことは……。
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