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第十一章 謀略と憎悪の大地
領主代行
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屋敷に戻ると、レナが出迎えてくれました。
流石に捕縛した傭兵が一緒なので絶句していましたけれど、昨日の私を見ている彼女です。
今日もまた問題が起きたのだと推し量ってもいました。
牢屋へと閉じ込めたあと、私は嘆息しています。
どうにも尋問するような気分ではありません。どうせ彼は傭兵であり、何も聞き出せないのですから。
地下牢を出て直ぐ、セバスチャンが私に声をかけます。昨日は酷い尋問をしたわけですが、彼の希望もあって執事として働いてもらうことに。
「アナスタシア様、お客様なのですが……」
え? 私に来客って誰?
ここに来て二日しか経っていないのだけど。
「誰なの? 貴族?」
「ああいえ、身なりは平民のようですけれど……」
まるで理解できません。
いきなり領主代行が決まるはずもないし、それだったら平民風だとは言わないはずよね。
街の有力者は既に排除済みだし、北部に知り合いなんて一人もいない。いたとして平民が面会を求めるなんてわけが分からないわ。
(誰だろう……?)
血まみれでしたけれど、相手が平民だというのなら、このままでも良いかな?
苛烈な領主だという印象を与えて、交渉ならば有利に動かさないと。
「案内してくれる?」
「畏まりました」
セバスチャンに連れられたのは質素な部屋でした。
流石に応接室には案内されなかったみたいね。門前払いじゃないだけ有り難いと考えてもらわなきゃ。
セバスチャンが扉を開き、中へと入った私は愕然としていました。
部屋にいたのは確かに知った顔だったのですが、予想もしていない人だったからです。
「リック!?」
「アナスタシア様、お久しぶりです」
どうしてかリックがそこにいました。
今頃は天界にて転生待ちをしているのかと思いきや、彼はどうしてまだ生きていたようです。
セバスチャンに退席を求め、私は念のため防音術式を施します。
「リック、説明して。サルバディール皇国は滅亡したじゃない?」
側近であったリック。占領したノヴァ聖教国は皆殺しにしなかったというのかしらね?
「私は牢獄に閉じ込められたままだったのです。三ヶ月程度でしょうか。最後は一日一個のパンすら届けられませんでしたが、どうしてか聖教国は私を解放してくれました」
やはり世界線はかなり乱れていたようです。
あのあと、直ぐにノヴァ聖教国が動き出したこともそうだし、投獄されたリックが解放されるなんて考えもしていません。
「なら、皇家の人たちは?」
「残念ですが。皇家の方々は占領された当日に斬首刑となっています。ただ私を初めとした従者は解放されております。餓死した者も少なからずおりましたが……」
「ソフィア殿下も?」
追加的な問いには頷きがある。
セシルルートのライバル令嬢はこの世から去ったようです。異なる世界戦で亡命を希望したノヴァ聖教国の手によって。
「皮肉が効いてるわね……」
「私は聖教国から国外退去処分とされまして、こうしてセントローゼス王国を旅をしていたのです。視察時に訪れなかった北部の街を見てみようかと……」
どうやら訪問は偶然だったみたいね。
ま、昨日あれだけ騒ぎを起こしたのだから、噂くらいは聞いたことでしょう。
「昨日、子爵領に到着したばかりでして、宿の酒場でアナスタシア様のお話を聞いたのです。火竜の聖女が領主になったのだと……」
やはりリックは噂を聞きつけ、子爵家に来たみたい。
「まあしかし、領主になっても派手にされているようですね?」
血まみれの私をリックは笑っています。
それは仕方がないよ。だって、私が計画したイベントじゃないし。
「実はメルヴィス公爵と対立しているのよ。ホントやんなるわ。街は間者だらけだったし、朝から傭兵団を送り込んで来て。当然、殲滅したけれど」
「メルヴィス公爵ですか……。私は公爵領を見てきましたが、平穏そのものでしたけどね」
「そりゃそうよ。あの爺さんはこの土地を手に入れたい。あとセシル殿下の後ろ盾となってしまったから、ランカスタ公爵と繋がりのある私が邪魔なのよ」
概ねリックは知っているかと思います。
北部に来た経験はなくとも、カルロの留学先として調査していたのだし。
「今もまだ王太子を巡る争いが起きているのですか。まあでも、問題ないでしょう?」
「何を根拠に、そんな楽観的な話ができるってのよ?」
呆れてものが言えないわ。三大公爵家の一角と私は対立しているというのに。
「いや、完全にメルヴィス公爵は詰んでいるじゃないですか?」
だから根拠を示せっての。領主生活二日目にして大暴れさせられてるんだから。
薄い目をして見る私にリックはその理由を告げました。
「目と鼻の先に火竜の聖女が据えられたのですから……」
ボードゲームのつもりかしら?
それに私は強い駒じゃないわ。強いて言えば不死身な駒ってだけ。
「まあそれで、私が子爵邸にお邪魔したのには理由があるのです」
ここでリックは話題を変える。
メルヴィス公爵の話など興味がないといった風に。
「実はこれをお渡ししようかと……」
大きな革の袋から取り出されたもの。私は愕然とさせられています。
「魔道書……?」
明らかに古代エルフ文字が記されています。
前世界線では一つもリックは見つけていなかったのですが、どうしてか彼はこの世界線にて魔道書を入手したみたいです。
「実は牢屋から解放されたあと、皇家の宝物庫に侵入しました。聖教国は皇城の地下室を発見できなかったみたいです。まあ、貴方様が破壊された瓦礫の下でしたからね」
どうやら滅亡したサルバディール皇国の所蔵であったらしい。
聖教国に奪われるくらいならと、侵入して持ち出したとのこと。
「ありがとう。それでリック、今後のアテはあるの?」
「いえ、放浪の身でしかありません」
分かってたけど、ちょうど良いわ。
彼とは契約を結んだままだし、私はリックを信頼しているから。
「じゃあ、領主代行として、この地に留まりなさい。私は貴族院の選挙があって、頻繁に王都へ戻らなくちゃいけないの」
「それは有り難いお話ですが貴院長になられるので? ルーク殿下と同い年でしたよね?」
話せば長くなるのだけど、私は今よりもずっと力を付けなければいけません。
それに王家の禁書庫。世界と私を救う唯一の手がかりを入手しなければならないのですから。
「貴院長になると、王家の禁書庫へ入ることが許されるの。その特権を狙う者は少ないみたいだけど、私には必要なのよ」
魔道書ですねとリック。
まあそういうことにしといてくれるかな。魔道書を集める理由は知らないはずだけど、私の計画には必須なのだし。
「私がいない間、またメルヴィス公爵が手を打ってくるかもしれない。とりあえず、モルディン大臣が戻るまではここにいるけれど、油断しないようにね」
「承知しました。運営計画とかございますか?」
「それは本日中に用意しておくわ。あと所領の資料を渡しておきます。よく読んでください」
やることが多過ぎだわ。こんな調子で貴院長選挙なんかに立候補できるのかしら?
まあしかし、領主代行に信頼のおける人物を据えられたのは幸運ね。
一つの懸念が払拭されていたのですから。
流石に捕縛した傭兵が一緒なので絶句していましたけれど、昨日の私を見ている彼女です。
今日もまた問題が起きたのだと推し量ってもいました。
牢屋へと閉じ込めたあと、私は嘆息しています。
どうにも尋問するような気分ではありません。どうせ彼は傭兵であり、何も聞き出せないのですから。
地下牢を出て直ぐ、セバスチャンが私に声をかけます。昨日は酷い尋問をしたわけですが、彼の希望もあって執事として働いてもらうことに。
「アナスタシア様、お客様なのですが……」
え? 私に来客って誰?
ここに来て二日しか経っていないのだけど。
「誰なの? 貴族?」
「ああいえ、身なりは平民のようですけれど……」
まるで理解できません。
いきなり領主代行が決まるはずもないし、それだったら平民風だとは言わないはずよね。
街の有力者は既に排除済みだし、北部に知り合いなんて一人もいない。いたとして平民が面会を求めるなんてわけが分からないわ。
(誰だろう……?)
血まみれでしたけれど、相手が平民だというのなら、このままでも良いかな?
苛烈な領主だという印象を与えて、交渉ならば有利に動かさないと。
「案内してくれる?」
「畏まりました」
セバスチャンに連れられたのは質素な部屋でした。
流石に応接室には案内されなかったみたいね。門前払いじゃないだけ有り難いと考えてもらわなきゃ。
セバスチャンが扉を開き、中へと入った私は愕然としていました。
部屋にいたのは確かに知った顔だったのですが、予想もしていない人だったからです。
「リック!?」
「アナスタシア様、お久しぶりです」
どうしてかリックがそこにいました。
今頃は天界にて転生待ちをしているのかと思いきや、彼はどうしてまだ生きていたようです。
セバスチャンに退席を求め、私は念のため防音術式を施します。
「リック、説明して。サルバディール皇国は滅亡したじゃない?」
側近であったリック。占領したノヴァ聖教国は皆殺しにしなかったというのかしらね?
「私は牢獄に閉じ込められたままだったのです。三ヶ月程度でしょうか。最後は一日一個のパンすら届けられませんでしたが、どうしてか聖教国は私を解放してくれました」
やはり世界線はかなり乱れていたようです。
あのあと、直ぐにノヴァ聖教国が動き出したこともそうだし、投獄されたリックが解放されるなんて考えもしていません。
「なら、皇家の人たちは?」
「残念ですが。皇家の方々は占領された当日に斬首刑となっています。ただ私を初めとした従者は解放されております。餓死した者も少なからずおりましたが……」
「ソフィア殿下も?」
追加的な問いには頷きがある。
セシルルートのライバル令嬢はこの世から去ったようです。異なる世界戦で亡命を希望したノヴァ聖教国の手によって。
「皮肉が効いてるわね……」
「私は聖教国から国外退去処分とされまして、こうしてセントローゼス王国を旅をしていたのです。視察時に訪れなかった北部の街を見てみようかと……」
どうやら訪問は偶然だったみたいね。
ま、昨日あれだけ騒ぎを起こしたのだから、噂くらいは聞いたことでしょう。
「昨日、子爵領に到着したばかりでして、宿の酒場でアナスタシア様のお話を聞いたのです。火竜の聖女が領主になったのだと……」
やはりリックは噂を聞きつけ、子爵家に来たみたい。
「まあしかし、領主になっても派手にされているようですね?」
血まみれの私をリックは笑っています。
それは仕方がないよ。だって、私が計画したイベントじゃないし。
「実はメルヴィス公爵と対立しているのよ。ホントやんなるわ。街は間者だらけだったし、朝から傭兵団を送り込んで来て。当然、殲滅したけれど」
「メルヴィス公爵ですか……。私は公爵領を見てきましたが、平穏そのものでしたけどね」
「そりゃそうよ。あの爺さんはこの土地を手に入れたい。あとセシル殿下の後ろ盾となってしまったから、ランカスタ公爵と繋がりのある私が邪魔なのよ」
概ねリックは知っているかと思います。
北部に来た経験はなくとも、カルロの留学先として調査していたのだし。
「今もまだ王太子を巡る争いが起きているのですか。まあでも、問題ないでしょう?」
「何を根拠に、そんな楽観的な話ができるってのよ?」
呆れてものが言えないわ。三大公爵家の一角と私は対立しているというのに。
「いや、完全にメルヴィス公爵は詰んでいるじゃないですか?」
だから根拠を示せっての。領主生活二日目にして大暴れさせられてるんだから。
薄い目をして見る私にリックはその理由を告げました。
「目と鼻の先に火竜の聖女が据えられたのですから……」
ボードゲームのつもりかしら?
それに私は強い駒じゃないわ。強いて言えば不死身な駒ってだけ。
「まあそれで、私が子爵邸にお邪魔したのには理由があるのです」
ここでリックは話題を変える。
メルヴィス公爵の話など興味がないといった風に。
「実はこれをお渡ししようかと……」
大きな革の袋から取り出されたもの。私は愕然とさせられています。
「魔道書……?」
明らかに古代エルフ文字が記されています。
前世界線では一つもリックは見つけていなかったのですが、どうしてか彼はこの世界線にて魔道書を入手したみたいです。
「実は牢屋から解放されたあと、皇家の宝物庫に侵入しました。聖教国は皇城の地下室を発見できなかったみたいです。まあ、貴方様が破壊された瓦礫の下でしたからね」
どうやら滅亡したサルバディール皇国の所蔵であったらしい。
聖教国に奪われるくらいならと、侵入して持ち出したとのこと。
「ありがとう。それでリック、今後のアテはあるの?」
「いえ、放浪の身でしかありません」
分かってたけど、ちょうど良いわ。
彼とは契約を結んだままだし、私はリックを信頼しているから。
「じゃあ、領主代行として、この地に留まりなさい。私は貴族院の選挙があって、頻繁に王都へ戻らなくちゃいけないの」
「それは有り難いお話ですが貴院長になられるので? ルーク殿下と同い年でしたよね?」
話せば長くなるのだけど、私は今よりもずっと力を付けなければいけません。
それに王家の禁書庫。世界と私を救う唯一の手がかりを入手しなければならないのですから。
「貴院長になると、王家の禁書庫へ入ることが許されるの。その特権を狙う者は少ないみたいだけど、私には必要なのよ」
魔道書ですねとリック。
まあそういうことにしといてくれるかな。魔道書を集める理由は知らないはずだけど、私の計画には必須なのだし。
「私がいない間、またメルヴィス公爵が手を打ってくるかもしれない。とりあえず、モルディン大臣が戻るまではここにいるけれど、油断しないようにね」
「承知しました。運営計画とかございますか?」
「それは本日中に用意しておくわ。あと所領の資料を渡しておきます。よく読んでください」
やることが多過ぎだわ。こんな調子で貴院長選挙なんかに立候補できるのかしら?
まあしかし、領主代行に信頼のおける人物を据えられたのは幸運ね。
一つの懸念が払拭されていたのですから。
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