上 下
249 / 377
第十一章 謀略と憎悪の大地

強い女

しおりを挟む
 とりあえずは民たちも落ち着いたように思います。

 もう誰も物を投げつけることなどありませんでした。

「ありがとう、私の臣民たち。私は頼りないかもしれませんが、これまで年齢以上の行動をしてきたという自負がございます。この十七年という歳月において、私が目標としていること。それは常に一定でありまして、今もまだその意志を貫いておりますの」

 私は演説と言うべき話を続ける。

 耳目を集めた今こそ、宣戦布告の時であると。

「悪は許さない。善を蝕む悪は絶対に許しません。ランカスタ公爵家のイセリナ様を暗殺するという予知をしてから、私は十二歳にして動き始めました。あらゆる手段を講じて悪を屠ったのです。デンバー侯爵やリッチモンド公爵を相手として。ご存じのように当地を治めていたマキシム侯爵も同様ですわ」

 ここでざわめきが起きました。

 デンバー侯爵やリッチモンド公爵は南部の話ですが、やはりマキシム侯爵は地元の名士であり、より身近な人物であったからでしょう。

「ただマキシム侯爵が善であるのか悪であるのか分かりません。何しろマキシム侯爵はより強大な悪に操られていたからです。彼の悪事で判然としていることがあるとすれば、それは巨悪に与したことでしょう。悪の要請を断り切れなかった侯爵は公爵令嬢暗殺未遂という汚名だけを着せられて、切り捨てられたのですから」

 一層ざわめき立つ。

 私が口にしているのは明らかにメルヴィス公爵批判であり、北部の権力を掌握する者への対立表明であったからです。

「公爵家? 知りませんよ。私は別に身分など気にしていないのです。今までも子爵令嬢として動いてきました。これからもそれは変わらない。喧嘩を売る相手が間違っていたことを公爵様に分かっていただくだけですわ。私は如何なる権力にも屈しない。他にも陰がいるのなら、どうぞ公爵様にお伝えくださいな? 暗殺でも謀略でも好きなだけどうぞ。しかし、覚悟してくださいまし。私は善なる者へ等しく慈悲を与えますけれど、悪は徹底して叩く性分なのですわ!」

 どうしてか私の隣にいる少年が拍手をくれました。

 有り難いけれど、今は止めた方がいいね。あとでお家の人に怒られちゃうわよ?

 私が少年を制止しようとしたそのとき、見守る人たちから一斉に拍手が返されていました。

「ありがとうございます。クルセイドの民たちを悪いようには扱いません。たとえメルヴィス公爵家と敵対しようとも、私は南部と繋がりがございますの。今後、全ての産物は南へと輸出をし、収益を上げたいと考えております。ただし、メルヴィス公爵は敵だとお考えください。領内の膿を出し切ったあと、必ずやメルヴィス公爵家には報いを受けていただきます」

 再び盛大な拍手があった。もうこれくらいで良いでしょう。

 どうせ領地の拝領が決まってから民衆を扇動しただけだもの。極悪だと教えられたとして、数ヶ月くらいかしら?

 実際に私を見た彼らは聞いていた話との差異に戸惑ったことでしょうね。

「エスフォレストの未来に光を! クルセイドの民に幸あれ!」

 私は人心掌握の最終段階として、彼らに祝福を授けている。

「ホーリー・ブレス!!」

 聖女としてここにいる。私は全身全霊の神聖魔法を披露していました。

 天より降り注ぐ光の粒。かつてラマティック正教会の信徒たちをも魅了したこの魔法は臣民たちの心にどう映るのでしょうか。

 ここでガタンと音がして、どうしてかゴンドラの扉が開かれました。

 確実に扉を閉めたはず。なのにマリィが飛び出して来たわけ。

(モルディン大臣か……)

 マリィは泣き叫びながら、私の肩へと飛び乗っています。これには流石に住民たちも驚きを隠せません。

 噂に聞く火竜の聖女。本当に幼竜を連れているなんて、考えもしていないことでしょう。

(大臣、助かります……)

 心の中で謝意を伝える。

 モルディン大臣はきっと求心力を高めるため、マリィを外に出したのね。

 まあこのおデブちゃんは怪我をした肩に乗っかっていまして、辛い痛みを私に与えていますけれど。

「聖女様、どうかクルセイドをお守りください!」

 少年の母親らしき方が近寄り、頭を下げています。

 すると、堰を切ったかのように全員が私の元へと近付いてきました。

 ここからは鳴り止まぬ火竜の聖女コール。暗に戦争を仄めかしたというのに、彼らは私に付き従ってくれるようです。

「皆様、私は悪を許しませんが、善なる者には惜しみない愛を与えましょう。エスフォレストの地はお任せください。しばらくは領主代行を立てることになりますけれど、圧政を敷くつもりは毛頭ございません。ざっと資料を見たところですが、現状の税率は高すぎます。恐らくメルヴィス公爵家への上納金が上乗せされていたのでしょう。よって、来月から減税をさせていただく所存であります」

 再び大声援を私は受けていました。

 とりあえず、首都クルセイドの人民には受け入れられたのかもしれない。暇さえあれば足を向けて、住民たちと話をしていかねばなりませんね。

 盛大な拍手に見送られながら、私はゴンドラへと戻ります。

 ふと目が合ったモルディン大臣は少しばかり笑みを浮かべている。加えて彼は呟くようにして言うのでした。

 貴方様は本当に強い女性だ――と。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

処理中です...