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第十一章 謀略と憎悪の大地

空席は一つ

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「じゃあ、逆に聞きますけど、アナは妾で構わないの?」

 そんな未来は考えたこともなかった。

 私にはまだ希望を叶える道がある。少なくとも彼の愛を受けられるらしい。

「妾……?」

 もしも仮にルークが側室を取るとすれば、それは正妻に男子が生まれたあとになる。或いは二人目の男子が生まれるまで待つかもしれません。

 しかし、条件が満たされたのなら、ルークは妾を取る可能性がある。バランスを崩さぬように、頃合いを見計らいながら。

「子爵位を授爵したとして、アナは正妻になれませんわ。もっとも、ルーク殿下が王太子選に圧勝しているなら、それもできたでしょう。しかし、現状はワタクシの力を足さねばならない。つまるところ、ワタクシはなりたくもない王太子妃となり、挙げ句の果て中身のない王族となるのですわ」

 やはりイセリナは今も王太子妃になりたくなりようです。

 面倒ごととしか考えていない自堕落な令嬢のままみたい。

「それが……私のせいなの?」

「ですわね。まあでも、アナが王太子妃を目指してくれたのなら、面白くなりますわ。ワタクシの計画通りとなります!」

 自信満々に語るイセリナ。

 どうしてか、私が手を挙げることは彼女の計画の内にあったみたいです。

「計画って何よ?」

「そもそもワタクシは婚約をして婚約破棄されたかったのですわ。一度、婚約破棄されたのなら、二度と指名されませんから。だからこそ、愛想を振りまくなんて無駄でしたの」

 何とも悪役令嬢らしい計画が告げられていました。

 イセリナは婚約破棄を前提に婚約したそうです。髭が聞けば、ひっくり返って驚くだろうね。

「しかし、ルーク殿下はこの婚約を前向きに考えていらっしゃる。かくいうワタクシも殿下のことを見直しましたの。ワタクシをリードできる殿方などそうはおりません。結果的に婚約を受け入れてもいいと感じたのですわ」

 先日あった胡蝶蘭の夜会。そこが転換点となったようです。

 悪役令嬢イセリナが本来進むべき道を認識した夜。過度に改変を受けた彼女も己が道に気付いたらしい。

「そこで問題となるのがアナですわ。やはりワタクシは全てを手に入れたい。今のまま結婚したとして、妾以下の存在ですの。それでは面白くありませんわ。アナが堂々と手を挙げられる環境で、それでも殿下がワタクシを選ぶ。そうならないことにはイセリナ・イグニス・ランカスタの敗北ですの」

 勝ち負けはともかくとして、イセリナもやはり心が欲しいのかもしれません。

「妾か……」

 使命を終えたあとは所領に引っ込んで、ぬくぬく開拓ライフを送ろうと考えていました。

 しかし、妾であれば格の問題も軽減されるし、私の望みも叶う。独占こそできませんけれど、一人で涙する夜はなくなることでしょう。

「駄目ですの。妾になりたいだとか考えてはなりませんわ。アナは正々堂々とワタクシに挑むべき。正妻になってこそ、ワタクシもアナも勝者となれるのです。負け犬はセシル殿下で満足すべきですわ」

「それはセシル殿下に悪いって……」

 セシルはエリカに任せるつもりだけど、エリカの方はどうなっているのかしらね。

 この世界線において私はセシルとの接点が多すぎる。ルーク一本で動いていた世界線とは異なります。

 現状から、エリカとセシルが結ばれる未来は想像できなかったりするのよね。

「血みどろの王宮活劇か……」

 何だか面白い。私が目指していた世界線は前回と同じ構図であったのですが、そこに私が入り込むことで滅茶苦茶になってしまう。

 ともすれば、世界線がリセットされるような未来。でも、挑んでみたくなる。

 イセリナが構わないというのであれば、私は手を挙げてみようと。

「私を焚き付けて、あとで後悔しても知らないよ?」

「アナ、言っておきますが、ワタクシはどちらに転んでもハッピーなのですわ。全てを手に入れるのか、或いは王太子妃という重責を逃れられるのか。この世界にアナがいたことを感謝せざるを得ません。たとえ、どの未来になったとして、ワタクシは喜んで受け入れるでしょう。運命とやらにワタクシは身を委ねようと考えますの」

 運命か……。ま、私も同感だわ。

 自分自身であったイセリナに挑む立場だなんて、少しも考えていなかったし。

 アマンダがどこまで予想していたのか分からないけれど、仕組まれていたようにも感じています。

「じゃあ、分かった。現状、イセリナが婚約者であるのはサービスしといてあげる。負けたとき、ブツクサ言われないために」

「あら? それならワタクシの方が不利ですわよ? 何しろ殿下のお心は貴方に向いているのですから。負けたとき、ブツクサ言わないで欲しいですわね?」

 一瞬のあと、私たちは笑い合う。

 本当におかしい。自分の前世であり、現状は取り巻きモブでしかなかったというのに。

 気付けば親友であり、ライバルとなっていました。

「勝負ね、イセリナ!」

「受けて立ちますわ、アナ!」

 私たちは固い握手を交わす。

 お互いに真っ直ぐ目を見つめ合っていたのは牽制しているのではなく、健闘をたたえ合っているからだ。

 これから起こり得るシナリオは誰にも分かりません。ですが、どう転んでも納得できるように、私たちは握手しているのです。

 王座の隣に座るのは一人だけ。

 その席を私たちは争うことにしたのですから。
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