青き薔薇の悪役令嬢はその愛に溺れたい ~取り巻きモブとして二度目の転生を命じられたとしても~

坂森大我

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第十章 闇夜に咲く胡蝶蘭

夢の舞台へ

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 何杯目かのシャンパンを飲み干した私は再び執事にグラスを突きつけています。

「早くついで……」

「承知しました」

 うん、もう彼と結婚するわ。

 従順であり、美味しいシャンパンを無限についでくれるのだし。

 とりあえず、曲が終わったところなので、まだ私の心は平穏を保っています。ルークとイセリナのダンスを見る必要もなかったからです。

「シャンパングラスって、ピッチャーとかにできないのかしらね……」

 直ぐに空となるグラス。

 幸いにも腕を伸ばすだけで、ついでくれるので面倒はありません。でもね、グビグビと飲み干したい気分だったりするのですよ。


 ふと、前方に視線が向く。

 思わず私はグラスを落としそうになっていました。なぜなら、イセリナが私に向かって歩いていたからです。彼女のパートナーであるルークを引き連れながら。

「何の用なの……?」

 確かに注目を浴びたのですけれど、今は観覧席から見えない場所にいる。

 だから、もう誰も気にしていないはず。なのに、どうしてイセリナは私のところへと来るのでしょうか。

 ゆっくりと引き上げるイセリナに拍手が送られています。

 まあ、当然のことでしょう。どこへ出しても恥ずかしくないダンスを彼女は披露したはずですから。

「アナ、随分とまあ派手な登場をしましたわね?」

 戻って来たイセリナは笑顔で言いました。

 派手な登場って何? 喪服ドレスでテラスに現れたこと?

「別に私の意志じゃないわ。この執事がシャンパンを移動させたから、ついて来ただけよ」

 何杯呑んだか分からない。だから、涙も零れない。

 朦朧とした意識の中で、私は来場された皆様に挨拶したのですし。

「まあ、そんなことはともかく。意外と黒いドレスは良いですわね?」

 不意に酔いが醒めるようなことをイセリナが口にする。

 意外と良い? これはカルロが嫉妬の炎を燃やしてできた炭というべき礼服ドレスなのよ?

 現にアルバートはこのドレスを見て逃げてしまったのに。

「お世辞はいらないわ。私は意図してこのドレスを着ている。それにこのドレスはもう任務を全うした。どこまでも高慢な公爵家のご長男を退場させたのだから……」

 私としてはカルロのおかげだと思っている。

 彼がこのドレスを残してくれたからこそ、アルバートの要求に対して反発できたのだし、美味しいシャンパンもいただけているの。

「世辞なんか口にするものですか。ワタクシは純粋に良いと思っていますの。純白のステージにとてもよく映えている。貴方の桃色をした髪もまたアクセントとなっていますわね」

 どうやらイセリナは本当に褒めているみたい。陰気な黒いドレスを。

「ワタクシは少しお酒でもいただいて、休憩させていただきますわ」

 言ってイセリナは隣にいる執事からグラスを受け取っている。

 細長いグラスに注がれるシャンパンに笑みを浮かべていました。

 その人は私の専属バトラーなのにな……。


 イセリナが私の前から移動をして、露わになるのは王子殿下です。

 刹那に視線を逸らす私でしたけれど、彼は真っ直ぐに私へと向かっています。

「アナ、踊ろう」

 私は固まっていました。

 イセリナが疲れたという理由でダンスを止めた場面。パートナーが休みを取ったのであれば、異なる人を誘うのも許されること。

 しかしながら、私とルークには過去に遺恨があり、更には身分差が懸念されることだというのに。

「私はパーティーに似つかわしくない衣装を着ているのですけれど?」

「とても似合ってる。風変わりではあるけどな?」

 どうやらドレスに関しては気にしていないみたい。かといって、私にはまだまだ問題点がある。

「今はただの子爵令嬢です……」

「君はパーティーの出席者じゃないか? 策を講じて潜り込んだのか?」

 問いには首を振る。

 確かに私はアルバートに誘われてこの場にいます。裏から手を回して、潜り込んだわけではありません。

「えっと、酔っ払いですけれど……?」

 最大のネックは何杯もシャンパンを呑んだこと。

 踊る予定のなかった私は勢い任せに、おかわりしていたのですから。

「じゃあ、俺もシャンパンをいただくとしよう。そのあとで踊るのなら、対等だろう?」

 どうあってもルークは私と踊るつもり。

 加えて、隣にいるイセリナは気にも留めていません。初めから彼女が仕組んでいたかのように。

 私は考えていました。

 この場面でどう対応するべきかと。ルークの誘いを受けたとして、このあとどうなってしまうのかと。

 一瞬のあと、どうしてか奇声のような声を聞く。

「がぁぁぁっっ!!」

 急に轟いたそれは私に近寄っています。

 何が何だか分かりませんけれど、バッサバッサと羽ばたかせて寄ってきたのは私のカワイコちゃん。

「マリィ!?」

 無理矢理に私の肩へと乗っかるマリィ。どうやら部屋の窓を閉め忘れていたようです。

「えっと、窓を開けていたから、出てきちゃったみたいです……」

「うはは、マリィもでかくなったなぁ!」

 ルークは意にも介さぬ感じでマリィを撫でていました。

 もうダンスどころではありません。マリィが肩に乗った時点で踊るなど不可能です。

 ところが、私の言い訳を遮るかのように、イセリナが口を開く。

「子豚ちゃんはワタクシが預かっておきますわ。飼い主と同じで呑兵衛ですもの。ほら、高級なシャンパンですわよ?」

「があああぁっ!」

 直ぐさまイセリナの方へと飛び移るマリィ。慣れているとはいえ、現金なものです。

 もう私に断る理由はなくなりました。

 ゆっくりと視線を上げて、ルークを見つめます。

「踊ってくれるかい?」

 再び、向けられる問いに私は頷く。

 パートナーの休憩時によくある光景。だとしたら、余計な憶測を招くことにはならないだろうと。

「私は少々、暴れん坊ですけれど?」

「知ってる。ずっと昔から……」

 差し出された手を取る。私は決めました。

 今宵をこの人生における最高の思い出にしようと。

 アナスタシア・スカーレットが輝く、最初で最後の舞台にしようと……。
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