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第十章 闇夜に咲く胡蝶蘭
光と闇が交差するとき
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イセリナとルークはテラスの中央で踊っていた。
仲睦まじく踊る二人に盛大な拍手が送られている。不仲という噂が第三王子派のデマなのだと観衆は理解したことだろう。
「ルーク殿下、ワタクシについてくるとは意外でしたわ!」
「イセリナ、君はじゃじゃ馬すぎる。男をリードしようとする女とかあり得ん。地面に転がるかと思ったぞ?」
ルークは笑っている。
正直にイセリナという人物が理解できなかった彼であるが、何度か話をして分かったこともある。
彼女は感情のままに動いているのだと。嬉しいも悲しいも怒りや憎しみも。
全てを曝け出してしまう彼女は誤解を招きやすいのだろうと。
「ワタクシは今初めて、婚約して良かったと思えておりますの。今宵はとても楽しめていますわ!」
予期せぬ言葉が告げられている。
今はスローバラードであったけれど、引っ張っていく彼女は相変わらずだ。気を抜けば足を引っかけてしまいそうなほどに。
「それは俺もだ。君という人を勘違いしていたようだ。やる気のないご令嬢とばかり考えていたけれど、君はやりたいことしかしない。やりたくないことをしたくないだけなんだな?」
「それって褒めてますの? でも誤解ではありません。ワタクシは楽をして生きたい。好きなことだけをして生きたいのです」
イセリナが王妃になりたくないことは、もう充分に理解している。
彼女は上位貴族の義務を果たしただけ。望んでもいない王太子妃という立場を受け入れただけだ。
しかし、そんなイセリナが婚約して良かったと話す。
恐らく彼女はダンスが好きなのだろう。ルークは自身の腕前が彼女に認められたのだと感じている。
「君には迷惑をかけた。俺はダンスの練習を誰よりもしたつもり。いつでもお相手するよ。せっかく婚約者になったんだ。少しでも人生を楽しんで欲しいと思ってる」
それはルークの本心であった。
そもそもイセリナとの婚約は政治的な意味しか持たない。けれど、純粋な笑顔を見せるイセリナに、ルークは気持ちを切り替えていかねばならないと思う。
「最後まで踊り続ける?」
ちょうど三曲目が終わった。
スローバラードが流されたあとは少しばかりの休憩がある。
ステージで次が始まるのを待っていてもいいし、飲み物を飲んで数曲休んだって構わない。
イセリナが思案していると、急に会場から拍手が巻き起こる。
何事かと思うも、その事象に驚くべき内容はなかった。
「あの子ったら……」
薄い目をしてイセリナは見ていた。
アルバートをやり込めたのは予想通りだが、今もまだ会場にいるとは考えもしていない。
シャンパンを勧めたのは自分自身であったけれど、まさかシャンパンのワゴンに連なってテラス入りするなんて思いもしないことだ。
「ルーク殿下、ワタクシは少し休みますわ」
「ああ、そうかい? じゃあ、俺も休もうかな」
ルークはまだ気付いていないようだ。
お姫様が遅れて現れたこと。鳴り響く拍手も先ほどのダンスが評価されているものと疑っていない。
「いえ、ルーク殿下は踊るべき。ワタクシは独り占めするほど、強欲ではありませんので」
「何のことだ? 君は俺の婚約者だろ? 今さら独り占めとか……」
困惑するルークにイセリナは指さす。
何のことだとルークは眉間にしわを寄せ、彼女が指さす方向を振り返った。
「!?」
唖然としてしまう。
確かに参加者名簿に名前を見つけていた。しかし、アルバート貴院長のパートナーであったと記憶している。
「ルーク殿下、あの子は放っておくとシャンパンを飲み干してしまいますわ。どうやらパートナーにすっぽかされてふて腐れているようですの。泥酔する前に壁際から連れだしてくださいまし」
ルークは頭を振る。どうにも思考が追いついていない。
「アルバート貴院長はいないのか……?」
「いないからこそ、ワタクシたちが中央にいるのでは? ワタクシが楽しめるように、アルバートは辞退したのでしょう」
間違っても辞退だなんて話はないだろう。何かしらの問題が起きたのだと容易に想像できる。
何しろ、現れた彼女はトラブルメーカー。更にはパーティーに不似合いな漆黒のドレスを身に纏っていたのだから。
「アナのやつ、またやりやがったのか?」
「あの子に大人しくしていろという方が間違ってますわ。それに最後まで嫌がっていましたからね。アルバートはとんでもないクズですわよ? 殿下からもクレアフィール公爵家に文句を言ってやってくださいな?」
言ってイセリナは壁際に向かって歩き出す。
一方でルークは過度に困惑していたけれど、パートナーである彼女についていくしかない。
ルークは緊張していた。
一歩進むごとに鼓動が高鳴り、心臓が破裂しそうになる。
イセリナが歩むその先にいる人が気になって仕方がない。
「アナ……」
忘れようとしても忘れられなかった。
ルークの目に映る人は初恋の人であり、一目見た瞬間から心を奪われていた女性である。
イセリナに付いていくだけ。
そう心に誓って、彼は歩を進めていた。
仲睦まじく踊る二人に盛大な拍手が送られている。不仲という噂が第三王子派のデマなのだと観衆は理解したことだろう。
「ルーク殿下、ワタクシについてくるとは意外でしたわ!」
「イセリナ、君はじゃじゃ馬すぎる。男をリードしようとする女とかあり得ん。地面に転がるかと思ったぞ?」
ルークは笑っている。
正直にイセリナという人物が理解できなかった彼であるが、何度か話をして分かったこともある。
彼女は感情のままに動いているのだと。嬉しいも悲しいも怒りや憎しみも。
全てを曝け出してしまう彼女は誤解を招きやすいのだろうと。
「ワタクシは今初めて、婚約して良かったと思えておりますの。今宵はとても楽しめていますわ!」
予期せぬ言葉が告げられている。
今はスローバラードであったけれど、引っ張っていく彼女は相変わらずだ。気を抜けば足を引っかけてしまいそうなほどに。
「それは俺もだ。君という人を勘違いしていたようだ。やる気のないご令嬢とばかり考えていたけれど、君はやりたいことしかしない。やりたくないことをしたくないだけなんだな?」
「それって褒めてますの? でも誤解ではありません。ワタクシは楽をして生きたい。好きなことだけをして生きたいのです」
イセリナが王妃になりたくないことは、もう充分に理解している。
彼女は上位貴族の義務を果たしただけ。望んでもいない王太子妃という立場を受け入れただけだ。
しかし、そんなイセリナが婚約して良かったと話す。
恐らく彼女はダンスが好きなのだろう。ルークは自身の腕前が彼女に認められたのだと感じている。
「君には迷惑をかけた。俺はダンスの練習を誰よりもしたつもり。いつでもお相手するよ。せっかく婚約者になったんだ。少しでも人生を楽しんで欲しいと思ってる」
それはルークの本心であった。
そもそもイセリナとの婚約は政治的な意味しか持たない。けれど、純粋な笑顔を見せるイセリナに、ルークは気持ちを切り替えていかねばならないと思う。
「最後まで踊り続ける?」
ちょうど三曲目が終わった。
スローバラードが流されたあとは少しばかりの休憩がある。
ステージで次が始まるのを待っていてもいいし、飲み物を飲んで数曲休んだって構わない。
イセリナが思案していると、急に会場から拍手が巻き起こる。
何事かと思うも、その事象に驚くべき内容はなかった。
「あの子ったら……」
薄い目をしてイセリナは見ていた。
アルバートをやり込めたのは予想通りだが、今もまだ会場にいるとは考えもしていない。
シャンパンを勧めたのは自分自身であったけれど、まさかシャンパンのワゴンに連なってテラス入りするなんて思いもしないことだ。
「ルーク殿下、ワタクシは少し休みますわ」
「ああ、そうかい? じゃあ、俺も休もうかな」
ルークはまだ気付いていないようだ。
お姫様が遅れて現れたこと。鳴り響く拍手も先ほどのダンスが評価されているものと疑っていない。
「いえ、ルーク殿下は踊るべき。ワタクシは独り占めするほど、強欲ではありませんので」
「何のことだ? 君は俺の婚約者だろ? 今さら独り占めとか……」
困惑するルークにイセリナは指さす。
何のことだとルークは眉間にしわを寄せ、彼女が指さす方向を振り返った。
「!?」
唖然としてしまう。
確かに参加者名簿に名前を見つけていた。しかし、アルバート貴院長のパートナーであったと記憶している。
「ルーク殿下、あの子は放っておくとシャンパンを飲み干してしまいますわ。どうやらパートナーにすっぽかされてふて腐れているようですの。泥酔する前に壁際から連れだしてくださいまし」
ルークは頭を振る。どうにも思考が追いついていない。
「アルバート貴院長はいないのか……?」
「いないからこそ、ワタクシたちが中央にいるのでは? ワタクシが楽しめるように、アルバートは辞退したのでしょう」
間違っても辞退だなんて話はないだろう。何かしらの問題が起きたのだと容易に想像できる。
何しろ、現れた彼女はトラブルメーカー。更にはパーティーに不似合いな漆黒のドレスを身に纏っていたのだから。
「アナのやつ、またやりやがったのか?」
「あの子に大人しくしていろという方が間違ってますわ。それに最後まで嫌がっていましたからね。アルバートはとんでもないクズですわよ? 殿下からもクレアフィール公爵家に文句を言ってやってくださいな?」
言ってイセリナは壁際に向かって歩き出す。
一方でルークは過度に困惑していたけれど、パートナーである彼女についていくしかない。
ルークは緊張していた。
一歩進むごとに鼓動が高鳴り、心臓が破裂しそうになる。
イセリナが歩むその先にいる人が気になって仕方がない。
「アナ……」
忘れようとしても忘れられなかった。
ルークの目に映る人は初恋の人であり、一目見た瞬間から心を奪われていた女性である。
イセリナに付いていくだけ。
そう心に誓って、彼は歩を進めていた。
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