225 / 377
第十章 闇夜に咲く胡蝶蘭
待ち伏せ
しおりを挟む
胡蝶蘭の夜会まであと三日。
出席予定のない私は普通に貴族院での講義を受けていました。
本日は礼儀作法やら、ダンスレッスンやら。ほぼ女子のみの講義でしたので、気分的には非常に楽な一日となっています。
「イセリナ、気合い入ってたじゃない?」
「ワタクシもやるときはやるのですわ。夜会では主役になってみせますから」
二年生を差し置いて、主役になるのは難しい。かといって、イセリナならば可能かもしれません。何しろ、彼女のパートナーは第一王子殿下であるのだから。
「イセリナ様、私は観覧席で拝見させていただきます!」
結局、オリビアもパートナーとして声がかからなかったみたい。私と同じく観覧席の花となるようですね。
本心を言えば、イセリナとルークのダンスは心を痛めるだけだったのですが、イセリナの晴れ舞台なので観覧は仕方ありません。
最後の講義であるダンスレッスンを終えた私たちは講堂をあとにして、馬車が待つ停車場まで並んで歩いていました。
もう帰るだけ。そう思っていたのですが、校舎をあとにした私たちを待ち構えるような人影があります。
「アナスタシア……」
待っていたのはアルバートでした。しかも、私を待っていたみたい。
「何でしょうか?」
胡蝶蘭の夜会については断ったはず。だからこそ、今さら何の用事があるのか不明です。
「私は今も返事を待っている……」
眉を顰めるしかありません。まるで世界線が戻されたかのよう。
キッパリと断ったはずなのに、アルバートは私が返事をしていないような話をするのです。
「ダンスパートナーの件でしたらお断りしたはずですが?」
「確かにダンスパートナーの話だが、私が待っているのは君が口にしていることではない」
さっぱり分かりません。彼が何を言っているのか。
ともすれば、気が触れてしまったかのように感じられています。
「私のダンスパートナーになるという返事を待っている……」
嘘でしょ? 私は断る以外の返答を持っていないというのに。
「ダンスパートナーにはなりたくありません」
「君はドレスを新調したのだろう? 調べはついている。私のパートナーとなるために、相応しいドレスを誂えたことをな」
どうにも自信家であり、更には病んでいる気もする。
普通のご令嬢なら尻尾を振って頼み込むのでしょうが、生憎と私は違います。
「アルバート貴院長のため? そんなわけないじゃないですか? ドレスはイセリナが買ってくれただけ。断った人のために誂える人間がいるはずもありませんわ」
「隠さなくて良い。私の誘いを断るような令嬢がいるはずもないのだ」
言ってアルバートは私の腕を掴んだ。
強く引き寄せ、私の顎先をその手で上に向ける。
「な、何を……?」
「ウブなんだな? 分からないとは……」
アルバートの顔が近付いてきた瞬間、パシンと耳に残る音が周囲に響く。
間違っても私じゃない。
授爵式を控えた私はただの子爵令嬢でしかなく、もし仮に授爵したあとであっても、アルバートのクレアフィール公爵家には遠く及ばないのです。
そんな彼に平手打ちするような真似を公衆の面前でできるはずもありません。
「イセリナ……?」
どうやら手を出したのはイセリナのよう。アルバートと同格である彼女は私の危機に際して、間に入っている。
「アルバート、貴方は何様? アナはワタクシの親友であり、従者ですのよ? 今回の件はお父様に処分を願いますわ。大勢が見ているのです。言い逃れはできませんわよ」
イセリナは強い口調で言った。
間違っても従者であるつもりはありませんでしたが、彼女が割って入ってくれたことには感謝しかありません。
「イセリナ、君こそ私に手を上げたな? 後悔しても知らんぞ?」
「何ならルーク殿下まで出てきてもらってもよろしいのですわよ? クレアフィール公爵家が没落しないように願うのであれば、さっさと立ち去りなさい!」
普段のだらしないイセリナと同一人物だとは思えません。
今の彼女は明確に悪役令嬢イセリナであって、全てを畏怖させるご令嬢に他なりませんでした。
ここまで言われてしまっては、流石にアルバートも周囲を気にしています。
イセリナの甲高い声に呼び寄せられたかのような群衆は彼を焦らせていました。
「アナスタシア、私に恥を掻かせるなよ? 当日は新調したドレスを着てくるんだ!」
最後までアルバートは主張を変えない。
私たちを取り囲むような生徒たち。騒ぎが大きくなってしまったのはイセリナの張り手なのか、或いは怒鳴るようなアルバートのせいなのか。
授爵式を控えている以上、問題ごとを起こしてはならない。私は嘆息しつつも覚悟を決めました。
幸いにも証人となる人たちが大勢いる。だからこそ、私は告げるだけでした。
「分かりました。とりあえず、胡蝶蘭の夜会には参加いたします。けれど、貴方様と踊るつもりはありませんので悪しからず……」
「ふん、最初から素直になればいいのだ! いいか? お前は私のパートナーだ。よく肝に銘じておけ」
「パートナーではありませんわ! 参加することを了承しただけですから!」
次第に私もヒートアップしていました。
ゲームキャラではクールな印象だったけれど、現在のアルバートは正直に悪役だとしか思えません。
「当日は会場の入り口で合流する。いいな?」
アルバートは命令を残して去って行きました。最後まで悪態付いたままに。
私は溜め息混じりに口を開く。
「ごめん、イセリナ。気を遣わせてしまった……」
「気にしなくてもよろしくてよ? クレアフィール公爵家はまともだと考えていたというのに、どうしようもないクズでしたわね? ワタクシ、あのような輩は大嫌いですの!」
大声でアルバートを批判するイセリナ。これには集まってきた者たちも苦笑いを浮かべるしかない。
同意しようものなら、どのような罰を受けるか分からないのだから。
「ま、とりあえず参加はするわ。あんな男と踊るつもりはないけれど……」
「蹴り飛ばしてやりなさい!」
イセリナは今も怒りが収まらない様子。
気持ちは分からなくもないですけれど、私としては嫌がらせをするだけです。
命令通りに夜会へと参加し、決めた通りに彼とは踊らない。両方を遂げてこそ悪役令嬢だわ。
私にも少なからず矜持があるということを見せつけてやりましょう。
出席予定のない私は普通に貴族院での講義を受けていました。
本日は礼儀作法やら、ダンスレッスンやら。ほぼ女子のみの講義でしたので、気分的には非常に楽な一日となっています。
「イセリナ、気合い入ってたじゃない?」
「ワタクシもやるときはやるのですわ。夜会では主役になってみせますから」
二年生を差し置いて、主役になるのは難しい。かといって、イセリナならば可能かもしれません。何しろ、彼女のパートナーは第一王子殿下であるのだから。
「イセリナ様、私は観覧席で拝見させていただきます!」
結局、オリビアもパートナーとして声がかからなかったみたい。私と同じく観覧席の花となるようですね。
本心を言えば、イセリナとルークのダンスは心を痛めるだけだったのですが、イセリナの晴れ舞台なので観覧は仕方ありません。
最後の講義であるダンスレッスンを終えた私たちは講堂をあとにして、馬車が待つ停車場まで並んで歩いていました。
もう帰るだけ。そう思っていたのですが、校舎をあとにした私たちを待ち構えるような人影があります。
「アナスタシア……」
待っていたのはアルバートでした。しかも、私を待っていたみたい。
「何でしょうか?」
胡蝶蘭の夜会については断ったはず。だからこそ、今さら何の用事があるのか不明です。
「私は今も返事を待っている……」
眉を顰めるしかありません。まるで世界線が戻されたかのよう。
キッパリと断ったはずなのに、アルバートは私が返事をしていないような話をするのです。
「ダンスパートナーの件でしたらお断りしたはずですが?」
「確かにダンスパートナーの話だが、私が待っているのは君が口にしていることではない」
さっぱり分かりません。彼が何を言っているのか。
ともすれば、気が触れてしまったかのように感じられています。
「私のダンスパートナーになるという返事を待っている……」
嘘でしょ? 私は断る以外の返答を持っていないというのに。
「ダンスパートナーにはなりたくありません」
「君はドレスを新調したのだろう? 調べはついている。私のパートナーとなるために、相応しいドレスを誂えたことをな」
どうにも自信家であり、更には病んでいる気もする。
普通のご令嬢なら尻尾を振って頼み込むのでしょうが、生憎と私は違います。
「アルバート貴院長のため? そんなわけないじゃないですか? ドレスはイセリナが買ってくれただけ。断った人のために誂える人間がいるはずもありませんわ」
「隠さなくて良い。私の誘いを断るような令嬢がいるはずもないのだ」
言ってアルバートは私の腕を掴んだ。
強く引き寄せ、私の顎先をその手で上に向ける。
「な、何を……?」
「ウブなんだな? 分からないとは……」
アルバートの顔が近付いてきた瞬間、パシンと耳に残る音が周囲に響く。
間違っても私じゃない。
授爵式を控えた私はただの子爵令嬢でしかなく、もし仮に授爵したあとであっても、アルバートのクレアフィール公爵家には遠く及ばないのです。
そんな彼に平手打ちするような真似を公衆の面前でできるはずもありません。
「イセリナ……?」
どうやら手を出したのはイセリナのよう。アルバートと同格である彼女は私の危機に際して、間に入っている。
「アルバート、貴方は何様? アナはワタクシの親友であり、従者ですのよ? 今回の件はお父様に処分を願いますわ。大勢が見ているのです。言い逃れはできませんわよ」
イセリナは強い口調で言った。
間違っても従者であるつもりはありませんでしたが、彼女が割って入ってくれたことには感謝しかありません。
「イセリナ、君こそ私に手を上げたな? 後悔しても知らんぞ?」
「何ならルーク殿下まで出てきてもらってもよろしいのですわよ? クレアフィール公爵家が没落しないように願うのであれば、さっさと立ち去りなさい!」
普段のだらしないイセリナと同一人物だとは思えません。
今の彼女は明確に悪役令嬢イセリナであって、全てを畏怖させるご令嬢に他なりませんでした。
ここまで言われてしまっては、流石にアルバートも周囲を気にしています。
イセリナの甲高い声に呼び寄せられたかのような群衆は彼を焦らせていました。
「アナスタシア、私に恥を掻かせるなよ? 当日は新調したドレスを着てくるんだ!」
最後までアルバートは主張を変えない。
私たちを取り囲むような生徒たち。騒ぎが大きくなってしまったのはイセリナの張り手なのか、或いは怒鳴るようなアルバートのせいなのか。
授爵式を控えている以上、問題ごとを起こしてはならない。私は嘆息しつつも覚悟を決めました。
幸いにも証人となる人たちが大勢いる。だからこそ、私は告げるだけでした。
「分かりました。とりあえず、胡蝶蘭の夜会には参加いたします。けれど、貴方様と踊るつもりはありませんので悪しからず……」
「ふん、最初から素直になればいいのだ! いいか? お前は私のパートナーだ。よく肝に銘じておけ」
「パートナーではありませんわ! 参加することを了承しただけですから!」
次第に私もヒートアップしていました。
ゲームキャラではクールな印象だったけれど、現在のアルバートは正直に悪役だとしか思えません。
「当日は会場の入り口で合流する。いいな?」
アルバートは命令を残して去って行きました。最後まで悪態付いたままに。
私は溜め息混じりに口を開く。
「ごめん、イセリナ。気を遣わせてしまった……」
「気にしなくてもよろしくてよ? クレアフィール公爵家はまともだと考えていたというのに、どうしようもないクズでしたわね? ワタクシ、あのような輩は大嫌いですの!」
大声でアルバートを批判するイセリナ。これには集まってきた者たちも苦笑いを浮かべるしかない。
同意しようものなら、どのような罰を受けるか分からないのだから。
「ま、とりあえず参加はするわ。あんな男と踊るつもりはないけれど……」
「蹴り飛ばしてやりなさい!」
イセリナは今も怒りが収まらない様子。
気持ちは分からなくもないですけれど、私としては嫌がらせをするだけです。
命令通りに夜会へと参加し、決めた通りに彼とは踊らない。両方を遂げてこそ悪役令嬢だわ。
私にも少なからず矜持があるということを見せつけてやりましょう。
10
お気に入りに追加
81
あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。
三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*
公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。
どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。
※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。
※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる