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第十章 闇夜に咲く胡蝶蘭
ひとつになる輝き
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セシルの見舞いを終えたイセリナは浮かぬ表情をしてルークの部屋を訪ねていた。
良からぬ話をしたあとだ。イセリナは何も口にすることなく椅子へと腰掛ける。持参した本を読もうとして。
「なぁ、最近は何をしていた?」
本を開くや、ルークが話しかけてきた。
沈黙を嫌がったのだろうが、取り留めのない話である。
イセリナはグルリと視線を一周させ、話題となる内容を思い出す。
「ドレスを新調しましたわ」
端的に返している。
ずっと夏期休暇なのだ。最近の話で伝えられることがあるのなら、それだけである。
「へぇ、どんなドレスだ? ひょっとして胡蝶蘭の夜会に?」
何とか会話を弾ませようとするルーク。既に不仲説まで噂されていると聞いた。
だからこそ、何とか険悪な関係だけは避けようとしている。
「ええ、その通りですわ。深く青い生地で仕立てましたの」
ところが、好ましい話ではなかった。
夜会への出席に浮かれて、ドレスを新調したのではないと分かったからだ。
華やかな式典の最後を締めくくるパーティーであり、ご令嬢たちは明るい色のドレスを着込むものである。
「それって大丈夫なのか……?」
「あら? 別に殿下が恥を掻くなんてことにはなりませんでしてよ? 何の問題もございませんわ」
否定されたとして、受け入れ難い話だ。
自分一人だけ式典に不似合いな重い色のドレスを着た女性がパートナーだなんて。
政略結婚への当てつけのようにしか思えなかった。
しかし、ルークは知らされている。イセリナが本気でドレスを選んだという理由を。
「所詮、ドレスなど茎や葉と同じですわ。美しき花を際立たせるためだけにありますの……」
イセリナは自信満々に言った。王子殿下に恥など掻かせないのだと。
「ワタクシではご不満でしょうか?」
ルークは息を呑んだ。
性格はともかく、彼女なら注目を浴びるに違いない。
そもそも既にイセリナに関しては貴族会で話題となっている。彼女がどのような艶姿を披露してくれるのかと。
「いや、君ならば問題ない」
やはりこの婚約は正解だったのだと、ルークは思い直している。
王太子に相応しい人はイセリナなのだろうと。
「ワタクシは暗い色合いを選びましたけれど、誰よりも輝いて見せましょう。正直に上級生が不憫に思いますの。ワタクシと同じ舞台で踊らねばならないのですから」
イセリナの話にルークは思わず笑っていた。
どこまでも自信過剰であり、自分を信じる彼女に。性格もまた王家に嫁ぐものとして相応しいと感じる。
「俺は君を誤解していたのかもしれん。もっと早く、ちゃんと話をするべきだったな」
「はぁ? まだドレスを誂えた話しかしておりませんわよ?」
とにかく面白い人だと思う。感じたことをそのまま口にしてしまうだけ。
恐らく彼女は誰に対しても同じだ。無礼ではあるけれど、上手くたとえるなら気さくな人なのだと。
「まあ、あとお伝えすることがあるとすれば、アナもドレスを新調しましたわ」
続けられたのはアナスタシア・スカーレットの話であった。
しかし、ルークとしては聞きたくない話だ。さりとて、切り出されてしまえば、知りたくなってしまう。
「ひょっとしてアナも胡蝶蘭の夜会に? 誰に誘われたんだ?」
「誰でしょうねぇ?」
悪戯に笑うイセリナ。どうやら彼女はからかっているようだ。
仮にもルークはフィアンセであったというのに。
「もしかしてセシルか!?」
アナスタシアをダンスパートナーとして選ぶには同じ夜会の出席者でなければならない。
従ってルークは王家の一員として参加するセシルではないかと思う。
「セシル殿下が誘えるはずありませんわ。首を斬られた挙げ句、アナに救われているのですよ? その事実は既に広まっておりますし、セシル殿下にそんな度胸があるとは思えません」
忌憚ない話であったけれど、その通りだと思う。
功を成すことなく、更には助けられた手前、セシルは誘い辛かったはずだ。勝利を収めておれば、堂々と誘えただろうに。
「じゃあ、誰だ?」
「別に誘われていませんわ。しかし、あの子を卒業生が指名しないなど考えられません。ちなみに、アナが参加すれば、ワタクシはずっとあの子と一緒に過ごす予定ですわ」
どこまで仲良しなんだとルーク。しかし、イセリナの話はあり得るように思う。
何かと話題であるのだし、アナスタシアの美貌であれば引く手数多ではないかと。
少しばかり落ち込むけれど、もう彼女とは接点がない。前を向こうと決意した世界線とは異なる。下位貴族でしかないアナスタシアと自分が結ばれる未来などあるはずもなかった。
セシルが諦めてくれるのなら、それだけで良い。
直ぐ近くで眺めることになることが、ルークにとって最悪の状況であるのだから。
良からぬ話をしたあとだ。イセリナは何も口にすることなく椅子へと腰掛ける。持参した本を読もうとして。
「なぁ、最近は何をしていた?」
本を開くや、ルークが話しかけてきた。
沈黙を嫌がったのだろうが、取り留めのない話である。
イセリナはグルリと視線を一周させ、話題となる内容を思い出す。
「ドレスを新調しましたわ」
端的に返している。
ずっと夏期休暇なのだ。最近の話で伝えられることがあるのなら、それだけである。
「へぇ、どんなドレスだ? ひょっとして胡蝶蘭の夜会に?」
何とか会話を弾ませようとするルーク。既に不仲説まで噂されていると聞いた。
だからこそ、何とか険悪な関係だけは避けようとしている。
「ええ、その通りですわ。深く青い生地で仕立てましたの」
ところが、好ましい話ではなかった。
夜会への出席に浮かれて、ドレスを新調したのではないと分かったからだ。
華やかな式典の最後を締めくくるパーティーであり、ご令嬢たちは明るい色のドレスを着込むものである。
「それって大丈夫なのか……?」
「あら? 別に殿下が恥を掻くなんてことにはなりませんでしてよ? 何の問題もございませんわ」
否定されたとして、受け入れ難い話だ。
自分一人だけ式典に不似合いな重い色のドレスを着た女性がパートナーだなんて。
政略結婚への当てつけのようにしか思えなかった。
しかし、ルークは知らされている。イセリナが本気でドレスを選んだという理由を。
「所詮、ドレスなど茎や葉と同じですわ。美しき花を際立たせるためだけにありますの……」
イセリナは自信満々に言った。王子殿下に恥など掻かせないのだと。
「ワタクシではご不満でしょうか?」
ルークは息を呑んだ。
性格はともかく、彼女なら注目を浴びるに違いない。
そもそも既にイセリナに関しては貴族会で話題となっている。彼女がどのような艶姿を披露してくれるのかと。
「いや、君ならば問題ない」
やはりこの婚約は正解だったのだと、ルークは思い直している。
王太子に相応しい人はイセリナなのだろうと。
「ワタクシは暗い色合いを選びましたけれど、誰よりも輝いて見せましょう。正直に上級生が不憫に思いますの。ワタクシと同じ舞台で踊らねばならないのですから」
イセリナの話にルークは思わず笑っていた。
どこまでも自信過剰であり、自分を信じる彼女に。性格もまた王家に嫁ぐものとして相応しいと感じる。
「俺は君を誤解していたのかもしれん。もっと早く、ちゃんと話をするべきだったな」
「はぁ? まだドレスを誂えた話しかしておりませんわよ?」
とにかく面白い人だと思う。感じたことをそのまま口にしてしまうだけ。
恐らく彼女は誰に対しても同じだ。無礼ではあるけれど、上手くたとえるなら気さくな人なのだと。
「まあ、あとお伝えすることがあるとすれば、アナもドレスを新調しましたわ」
続けられたのはアナスタシア・スカーレットの話であった。
しかし、ルークとしては聞きたくない話だ。さりとて、切り出されてしまえば、知りたくなってしまう。
「ひょっとしてアナも胡蝶蘭の夜会に? 誰に誘われたんだ?」
「誰でしょうねぇ?」
悪戯に笑うイセリナ。どうやら彼女はからかっているようだ。
仮にもルークはフィアンセであったというのに。
「もしかしてセシルか!?」
アナスタシアをダンスパートナーとして選ぶには同じ夜会の出席者でなければならない。
従ってルークは王家の一員として参加するセシルではないかと思う。
「セシル殿下が誘えるはずありませんわ。首を斬られた挙げ句、アナに救われているのですよ? その事実は既に広まっておりますし、セシル殿下にそんな度胸があるとは思えません」
忌憚ない話であったけれど、その通りだと思う。
功を成すことなく、更には助けられた手前、セシルは誘い辛かったはずだ。勝利を収めておれば、堂々と誘えただろうに。
「じゃあ、誰だ?」
「別に誘われていませんわ。しかし、あの子を卒業生が指名しないなど考えられません。ちなみに、アナが参加すれば、ワタクシはずっとあの子と一緒に過ごす予定ですわ」
どこまで仲良しなんだとルーク。しかし、イセリナの話はあり得るように思う。
何かと話題であるのだし、アナスタシアの美貌であれば引く手数多ではないかと。
少しばかり落ち込むけれど、もう彼女とは接点がない。前を向こうと決意した世界線とは異なる。下位貴族でしかないアナスタシアと自分が結ばれる未来などあるはずもなかった。
セシルが諦めてくれるのなら、それだけで良い。
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